54 / 69
○4章 手汗魔王と繋いだ手
-8 『突然の告白です』
しおりを挟む
それからしばらく。
広々とした客間に腰をすえて、ボクたちは旅の疲れを癒すように一服をついた。
使用人の女性たちが用意してくれる紅茶やお菓子はどれも美味しくて、王都の様子や旅の思い出話など、他愛のない会話に華を添えてくれていた。
使用人たちの中でもシラタと呼ばれた男性は執事長なのだという。
「それにしても、いやほんと。お戻りになられるのを、首を長くしてお待ちしておりました。このわたくし、そのせいでいつ部屋の天井を突き破りはしないかとハラハラしておりました」
そう興奮気味に話す彼からは、よくわからないけど、それだけ待っていたという気持ちだけは伝わってきた。
この人はよほどエイミのことを思っているのだろう。
優しく暖かな雰囲気が、エイミを取り巻く使用人たちからとてもよく感じた。
彼はエイミが家出をしたと言っていた。
けれど使用人たちの様子も、落ち着いたエイミの佇まいも、とても彼女がこの場所を嫌っている風には見えない。
いったい何故家出なんかを――。
「それで、お嬢様方はこれからどうなさいますですか」
ちょうどリリオからそんな話題になった頃だった。
シラタがエイミにこっそりと耳打ちする。
途端、表情が微かに曇ったのをボクは見逃さなかった。
眉間を微かにしわ寄せたままシラタに耳打ちを返す。
それからシラタが退室してすぐ、客間の扉が勢いよく開かれた。
「帰ってきたのなら、真っ先にこの俺に一報ぐらい入れてくれてもいいんじゃあないか?」
ねっとりと、耳に絡みつくような低い声と共に部屋に入ってきたのは、おおよそボクたちと同い年くらいだと思われる長身の青年だった。
肩ほどまで伸びた栗毛の髪に、白い肌。鋭く切れ長の赤い瞳。礼装の上に高級そうな分厚い毛皮のコートを羽織っている、ちゃらちゃらした雰囲気の男だ。
彼はなんの断りもなく無遠慮に部屋へと押し入ると、口角を持ち上げながらエイミの目の前までやって来た。
「帰ってもらうように伝えたはずだけれど」
「何言ってんだよ。そう邪険にすんな。俺はずっとお前のことを待っていたんだぞ、エミーネ」
――エミーネ? エイミのことだろうか。
「どうして私が戻ってきたのを知っているのかしら。ついさっきのことなのだけれど」
「王都はもはや俺の庭みたいなもんだぜ。なんだってわかるさ。それに、直感でわかる。俺とお前の仲だからなあ」
「さて、どういう仲かしら。私は知らないわね」
「しらばっくれるなよ。俺とお前、婚姻の杯を交し合った仲じゃねえか」
「ええっ?!」と、リリオたち三人娘から驚きの声が上がる。
ボクも、思わず手を離してしまいそうなほど、驚いて咄嗟にエイミの顔を見やってしまった。
そんなこと初耳だ。
まさかエイミに婚約相手がいただなんて。
途方もない衝撃。
けれどなにより、その話を聞いてショックを受けている自分に吃驚した
婚約者と名乗る男が、まるで優越感に浸っているかのような余裕の笑みで、座っているボクたちを見下ろしてくる。
ふと、彼の視線が隣にいたボクへと向けられた。おまけに、手を繋いでいることに気付いたようだ。そこに視線を留めると、不機嫌に声を荒立てて言ってきた。
「何だよ、お前は」
赤い瞳が、ボクを突き刺すように睨んでくる。
ドキリ、と胸の奥がざわついた。まるでそれに怯えているかのように。
「えっと、ボクは…………うわぁっ?!」
言葉に詰まりそうになっていたボクを、しかしエイミが突然寄りかかり、抱き寄せてくる。そして彼女は寸分の迷いもないような凛とした声で言いのけた。
「彼は私の婚約者よ」と。
――えええええっ?!
さっき以上に、本当に目が飛び出そうなくらいボクは仰天した。
――いやいや、どういうことさ。
あまりに急なこと過ぎて理解が追いついていない。唖然としすぎて言葉にもならない。
リリオたちも、口許に手を当てて顔を赤らめたり、鼻息荒くして前のめりになっていたりと、驚きを隠せない様子だった。
そんなボクたちを余所に、エイミは平然と言葉を続ける。
「貴方との婚姻なんてまったく覚えがないわ。勝手に話を進めないでくれるかしら、ワドルド」
「お、おまえ……」
男――ワドルドの握り締めた手が震え、憤怒の感情が零れ出る。
しかしそれもすぐに止むと、彼はぱっと切り替えたように表情を改め、
「ま、そんな戯言を言ってられるのも今のうちさ。どうせお前はすぐ、俺の元にくることになる」
「ありえないわね」
「ありえるさ。そのために力を蓄えてきたんだ」
そう言うワドルドの調子は随分自信気だった。
「どう振舞うべきが正解なのか、もう一度冷静になってよく考えておくんだな」
下卑た笑みを浮かべながら、そう言ってワドルドは客間を出ていった
「塩をまいておいてちょうだい」とシラタに言ったエイミは、しかしいたってあの男を気に留める様子もなく、平然としていた。
広々とした客間に腰をすえて、ボクたちは旅の疲れを癒すように一服をついた。
使用人の女性たちが用意してくれる紅茶やお菓子はどれも美味しくて、王都の様子や旅の思い出話など、他愛のない会話に華を添えてくれていた。
使用人たちの中でもシラタと呼ばれた男性は執事長なのだという。
「それにしても、いやほんと。お戻りになられるのを、首を長くしてお待ちしておりました。このわたくし、そのせいでいつ部屋の天井を突き破りはしないかとハラハラしておりました」
そう興奮気味に話す彼からは、よくわからないけど、それだけ待っていたという気持ちだけは伝わってきた。
この人はよほどエイミのことを思っているのだろう。
優しく暖かな雰囲気が、エイミを取り巻く使用人たちからとてもよく感じた。
彼はエイミが家出をしたと言っていた。
けれど使用人たちの様子も、落ち着いたエイミの佇まいも、とても彼女がこの場所を嫌っている風には見えない。
いったい何故家出なんかを――。
「それで、お嬢様方はこれからどうなさいますですか」
ちょうどリリオからそんな話題になった頃だった。
シラタがエイミにこっそりと耳打ちする。
途端、表情が微かに曇ったのをボクは見逃さなかった。
眉間を微かにしわ寄せたままシラタに耳打ちを返す。
それからシラタが退室してすぐ、客間の扉が勢いよく開かれた。
「帰ってきたのなら、真っ先にこの俺に一報ぐらい入れてくれてもいいんじゃあないか?」
ねっとりと、耳に絡みつくような低い声と共に部屋に入ってきたのは、おおよそボクたちと同い年くらいだと思われる長身の青年だった。
肩ほどまで伸びた栗毛の髪に、白い肌。鋭く切れ長の赤い瞳。礼装の上に高級そうな分厚い毛皮のコートを羽織っている、ちゃらちゃらした雰囲気の男だ。
彼はなんの断りもなく無遠慮に部屋へと押し入ると、口角を持ち上げながらエイミの目の前までやって来た。
「帰ってもらうように伝えたはずだけれど」
「何言ってんだよ。そう邪険にすんな。俺はずっとお前のことを待っていたんだぞ、エミーネ」
――エミーネ? エイミのことだろうか。
「どうして私が戻ってきたのを知っているのかしら。ついさっきのことなのだけれど」
「王都はもはや俺の庭みたいなもんだぜ。なんだってわかるさ。それに、直感でわかる。俺とお前の仲だからなあ」
「さて、どういう仲かしら。私は知らないわね」
「しらばっくれるなよ。俺とお前、婚姻の杯を交し合った仲じゃねえか」
「ええっ?!」と、リリオたち三人娘から驚きの声が上がる。
ボクも、思わず手を離してしまいそうなほど、驚いて咄嗟にエイミの顔を見やってしまった。
そんなこと初耳だ。
まさかエイミに婚約相手がいただなんて。
途方もない衝撃。
けれどなにより、その話を聞いてショックを受けている自分に吃驚した
婚約者と名乗る男が、まるで優越感に浸っているかのような余裕の笑みで、座っているボクたちを見下ろしてくる。
ふと、彼の視線が隣にいたボクへと向けられた。おまけに、手を繋いでいることに気付いたようだ。そこに視線を留めると、不機嫌に声を荒立てて言ってきた。
「何だよ、お前は」
赤い瞳が、ボクを突き刺すように睨んでくる。
ドキリ、と胸の奥がざわついた。まるでそれに怯えているかのように。
「えっと、ボクは…………うわぁっ?!」
言葉に詰まりそうになっていたボクを、しかしエイミが突然寄りかかり、抱き寄せてくる。そして彼女は寸分の迷いもないような凛とした声で言いのけた。
「彼は私の婚約者よ」と。
――えええええっ?!
さっき以上に、本当に目が飛び出そうなくらいボクは仰天した。
――いやいや、どういうことさ。
あまりに急なこと過ぎて理解が追いついていない。唖然としすぎて言葉にもならない。
リリオたちも、口許に手を当てて顔を赤らめたり、鼻息荒くして前のめりになっていたりと、驚きを隠せない様子だった。
そんなボクたちを余所に、エイミは平然と言葉を続ける。
「貴方との婚姻なんてまったく覚えがないわ。勝手に話を進めないでくれるかしら、ワドルド」
「お、おまえ……」
男――ワドルドの握り締めた手が震え、憤怒の感情が零れ出る。
しかしそれもすぐに止むと、彼はぱっと切り替えたように表情を改め、
「ま、そんな戯言を言ってられるのも今のうちさ。どうせお前はすぐ、俺の元にくることになる」
「ありえないわね」
「ありえるさ。そのために力を蓄えてきたんだ」
そう言うワドルドの調子は随分自信気だった。
「どう振舞うべきが正解なのか、もう一度冷静になってよく考えておくんだな」
下卑た笑みを浮かべながら、そう言ってワドルドは客間を出ていった
「塩をまいておいてちょうだい」とシラタに言ったエイミは、しかしいたってあの男を気に留める様子もなく、平然としていた。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。
【完結】そんなに怖いなら近付かないで下さいませ! と口にした後、隣国の王子様に執着されまして
Rohdea
恋愛
────この自慢の髪が凶器のようで怖いですって!? それなら、近付かないで下さいませ!!
幼い頃から自分は王太子妃になるとばかり信じて生きてきた
凶器のような縦ロールが特徴の侯爵令嬢のミュゼット。
(別名ドリル令嬢)
しかし、婚約者に選ばれたのは昔からライバル視していた別の令嬢!
悔しさにその令嬢に絡んでみるも空振りばかり……
何故か自分と同じ様に王太子妃の座を狙うピンク頭の男爵令嬢といがみ合う毎日を経て分かった事は、
王太子殿下は婚約者を溺愛していて、自分の入る余地はどこにも無いという事だけだった。
そして、ピンク頭が何やら処分を受けて目の前から去った後、
自分に残ったのは、凶器と称されるこの縦ロール頭だけ。
そんな傷心のドリル令嬢、ミュゼットの前に現れたのはなんと……
留学生の隣国の王子様!?
でも、何故か構ってくるこの王子、どうも自国に“ゆるふわ頭”の婚約者がいる様子……?
今度はドリル令嬢 VS ゆるふわ令嬢の戦いが勃発──!?
※そんなに~シリーズ(勝手に命名)の3作目になります。
リクエストがありました、
『そんなに好きならもっと早く言って下さい! 今更、遅いです! と口にした後、婚約者から逃げてみまして』
に出てきて縦ロールを振り回していたドリル令嬢、ミュゼットの話です。
2022.3.3 タグ追加
下剋上を始めます。これは私の復讐のお話
ハルイロ
恋愛
「ごめんね。きみとこのままではいられない。」そう言われて私は大好きな婚約者に捨てられた。
アルト子爵家の一人娘のリルメリアはその天才的な魔法の才能で幼少期から魔道具の開発に携わってきた。
彼女は優しい両親の下、様々な出会いを経て幸せな学生時代を過ごす。
しかし、行方不明だった元王女の子が見つかり、今までの生活は一変。
愛する婚約者は彼女から離れ、お姫様を選んだ。
「それなら私も貴方はいらない。」
リルメリアは圧倒的な才能と財力を駆使してこの世界の頂点「聖女」になることを決意する。
「待っていなさい。私が復讐を完遂するその日まで。」
頑張り屋の天才少女が濃いキャラ達に囲まれながら、ただひたすら上を目指すお話。
*他視点あり
二部構成です。
一部は幼少期編でほのぼのと進みます
二部は復讐編、本編です。
グラティールの公爵令嬢
てるゆーぬ(旧名:てるゆ)
ファンタジー
ファンタジーランキング1位を達成しました!女主人公のゲーム異世界転生(主人公は恋愛しません)
ゲーム知識でレアアイテムをゲットしてチート無双、ざまぁ要素、島でスローライフなど、やりたい放題の異世界ライフを楽しむ。
苦戦展開ナシ。ほのぼのストーリーでストレスフリー。
錬金術要素アリ。クラフトチートで、ものづくりを楽しみます。
グルメ要素アリ。お酒、魔物肉、サバイバル飯など充実。
上述の通り、主人公は恋愛しません。途中、婚約されるシーンがありますが婚約破棄に持ち込みます。主人公のルチルは生涯にわたって独身を貫くストーリーです。
広大な異世界ワールドを旅する物語です。冒険にも出ますし、海を渡ったりもします。
猟犬リリィは帰れない ~異世界に転移したけどパワハラがしんどい~
陸路りん
ファンタジー
少し根暗でオタク気味だが、医療従事者(ST)として真面目に病院に勤めていた莉々子が、ある日突然、異世界に転移してしまった。
名前をリリィに変えてなんとかその世界で生活を始めるが、そんな莉々子のことを拾ったのは、莉々子のことを飼い犬と称してこき使う、とんでもない美少年ユーゴだった。
出世をするための手伝いをしろ? 手柄を立てるためにドラゴンを倒せ?
ユーゴの無茶ぶりに悩ませられながらも、元の世界に帰るために現代知識(主に医療、生理学的な)を活かして異世界について探っていったり人々と交流して心が揺らいだりするファンタジー。
エブリスタにも投稿している作品です。
*STという職業が出てきます。作中では作者のふんわりとした知識で書かれているため、詳しく知りたい方は自力で調べることをお勧めします。
Copyright-2018-陸路りん
今日で都合の良い嫁は辞めます!後は家族で仲良くしてください!
ユウ
恋愛
三年前、夫の願いにより義両親との同居を求められた私はは悩みながらも同意した。
苦労すると周りから止められながらも受け入れたけれど、待っていたのは我慢を強いられる日々だった。
それでもなんとななれ始めたのだが、
目下の悩みは子供がなかなか授からない事だった。
そんなある日、義姉が里帰りをするようになり、生活は一変した。
義姉は子供を私に預け、育児を丸投げをするようになった。
仕事と家事と育児すべてをこなすのが困難になった夫に助けを求めるも。
「子供一人ぐらい楽勝だろ」
夫はリサに残酷な事を言葉を投げ。
「家族なんだから助けてあげないと」
「家族なんだから助けあうべきだ」
夫のみならず、義両親までもリサの味方をすることなく行動はエスカレートする。
「仕事を少し休んでくれる?娘が旅行にいきたいそうだから」
「あの子は大変なんだ」
「母親ならできて当然よ」
シンパシー家は私が黙っていることをいいことに育児をすべて丸投げさせ、義姉を大事にするあまり家族の団欒から外され、我慢できなくなり夫と口論となる。
その末に。
「母性がなさすぎるよ!家族なんだから協力すべきだろ」
この言葉でもう無理だと思った私は決断をした。
お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる