15 / 69
○1章 手汗魔王と旅立ちの朝
-14『可愛い女の子がそこにいました』
しおりを挟む
束の間の天国と地獄を味わった後、ボクとエイミは野営のためにそのまま町を離れることにした。
「貴女はまた、あの男の所で働くの?」
リリオとの別れ際、エイミが尋ねる。リリオは複雑そうに笑んで返した。
「お仕事でございますですし」
「この町の獣人たちは、仕事だったら自分の身を投げ出すのね。それは自分から奴隷に成り下がっているのじゃないかしら」
「それは……」
リリオは苦しそうに口ごもっていた。
きっと彼女だってわかっている。
それでも、ずっと自分達の常識として存在してきた考え方は変えづらいものだ。何年、何十年と凝り固まっているのだ。
「人間だろうが獣人だろうが、上の者だろうが下の者だろうが、自分の気持ちは持つべきよ。周りに流されるままいるのじゃあ、それこそ魔獣と変わらないわ」
そう厳しくも言うエイミの言葉を、リリオは伏せた顔で受け止めていた。
しばらくしてリリオと別れ、ボクらは天幕を張れそうな木陰に落ち着いた。
ユーなんとかはどうやら無事に生きていたようで、顔中を傷だらけ泥だらけにしながらも強がって平然を装っていた。
「貴女のためにがんばりました!」とあの後エイミに擦り寄ってきたが、
「ご苦労様。もういいわよ」とあっさり一蹴されていた。
情けないほど無様である。
うな垂れて気落ちしながら去っていく彼の行方は誰もわかっていない。
少し可哀想には思う。
けれど、ちょっと面白くもあった。
それからボクとエイミは天幕を設営し、眠りに付いた。
雨風を避ける薄い布の下で、手を繋いだまま二人きりで眠った。
◇
目が覚めると、目の前に美少女の寝顔があった。
エイミだ。
薄暗い天幕の中でも、彼女の白い木目細やかな肌は綺麗に見える。
昨夜は魔獣騒動の疲れもあってすぐに眠ってしまったが、よくよく考えると今の状況も相当にドキドキする。
密室――と言うには隙間風の入る天幕だが、あまり腕を広げて寝られない程度には狭い。そんな空間に同年代の少女と二人きりで、しかも手まで繋いでいる。
目の前には凛とした整った顔出しの少女の顔。
瑞々しい唇が震え、吐息の音まで聞こえるような近さだ。
しわのよった服の隙間からはすかすかの胸元が見え、覗き込もうとすれば中が見えてしまいそうなほど弛んでいる。
イヤでも緊張せざるを得ない状況だった。
「ああ、まずい」
また手汗が噴出してきそうだ。
この状況で起きられたら、また冷めた目で見られてしまいかねない。
――女子の寝顔を見て興奮してた変態。
だとか罵られてもおかしくないだろう。由々しき事態だ。
「んん……」
くぐもった吐息がエイミから漏れる。瞳が微かに開き始めた。
まずい。
起きようとしている。
もう外に誰かいようが知ったことではない。
ボクが慌てて手を離して逃げようとすると、しかしエイミの繋いでいないもう片方の手によって腕をがっしりと掴まれてしまった。
まるでボクの腕に抱きつくような形になる。
「……エル」
ぼそりとエイミが呟く。
彼女の目はやや半開きのままで、うっとりと蕩けたような顔をしている。
ボクの腕を引き寄せると、表情を砕けさせて頬ずりしてきた。
「ふふっ。エル、甘えん坊さんね。そんなにほっぺにキスをしてほしいの?」
呂律の回りきっていない調子で彼女は言う。すごく甘えるような囁き声だ。
エルとは誰だろう。と思うが、それどころではない。
間違いない。
どうやら寝ぼけているようだ。
「もう、我侭さんなんだから。じゃあ一回だけね……ちゅっ」
腕を引き寄せられ、肘にそっと彼女の唇が触れる。
――ふああああっ!
心臓が飛び跳ねそうなほどに騒いだ。
手汗どころではない。
額、背筋、全身から大量の汗が噴出する。
体中が熱くなって逆上せてしまいそうなほど顔も赤くなっている。
このままでは本当にまずい。
寝ぼけているとはいえ、彼女が目を覚ましたら大惨事だ。
いつもの凛とした彼女からは想像もできないほどに蕩けた口調。更にはキスまでしてしまったとなれば、それをもしエイミが知ればどんな事態になるだろうか。
ユーなんとかみたいに平手打ち程度で済めばいいが、それ以上の恐怖に押し寄せられる。
けれど、逃げようにも彼女の腕が艶かしくボクの腕を絡んで離さない。
引っ張られた勢いで、ボクの腕が寝そべったままのエイミの胸元にこつんと触れてしまう。
「もう。私の柔らかい胸が気持ち良いからって枕にしないの、エル」
――なにもしてません、ボク、なにもしてませんよ!
ボクのせいではないと必死に心中で否定する。
いや待て。彼女の夢の中でのエイミは枕にできるほどの胸があるということか。
見てはいけないコンプレックスの顕現を垣間見た気がして、申し訳なさに血の気が引いた。
いや、でもやはり、今のエイミでもそれなりに柔らかいのかもしれない。
女の子だし、脂肪ものっているはずだ。
ちらりと彼女の胸元を覗き見てみる。
ふくらみは――ない。やっぱりない。
身体のラインは肋骨をなぞったようにまっすぐで滑らかである。
「やっぱりぺたんとしてるよなあ……」
まるで鑑定士のようにしみじみとそう呟いたときだった。
「それは私に喧嘩を売っているのかしら」
低く、ふつふつと沸き立つような怒りの帯びた声と共に、握られたボクの手に痛みが走る。
気が付くと、いつの間にかエイミの目はパッチリと開いていて、冷ややかな笑顔でボクを睨みつけていた。
吐き気までするような悪寒が全身を走る。
非常に心地よいビンタの音が響いたのは、それから間もなくのことだった。
「貴女はまた、あの男の所で働くの?」
リリオとの別れ際、エイミが尋ねる。リリオは複雑そうに笑んで返した。
「お仕事でございますですし」
「この町の獣人たちは、仕事だったら自分の身を投げ出すのね。それは自分から奴隷に成り下がっているのじゃないかしら」
「それは……」
リリオは苦しそうに口ごもっていた。
きっと彼女だってわかっている。
それでも、ずっと自分達の常識として存在してきた考え方は変えづらいものだ。何年、何十年と凝り固まっているのだ。
「人間だろうが獣人だろうが、上の者だろうが下の者だろうが、自分の気持ちは持つべきよ。周りに流されるままいるのじゃあ、それこそ魔獣と変わらないわ」
そう厳しくも言うエイミの言葉を、リリオは伏せた顔で受け止めていた。
しばらくしてリリオと別れ、ボクらは天幕を張れそうな木陰に落ち着いた。
ユーなんとかはどうやら無事に生きていたようで、顔中を傷だらけ泥だらけにしながらも強がって平然を装っていた。
「貴女のためにがんばりました!」とあの後エイミに擦り寄ってきたが、
「ご苦労様。もういいわよ」とあっさり一蹴されていた。
情けないほど無様である。
うな垂れて気落ちしながら去っていく彼の行方は誰もわかっていない。
少し可哀想には思う。
けれど、ちょっと面白くもあった。
それからボクとエイミは天幕を設営し、眠りに付いた。
雨風を避ける薄い布の下で、手を繋いだまま二人きりで眠った。
◇
目が覚めると、目の前に美少女の寝顔があった。
エイミだ。
薄暗い天幕の中でも、彼女の白い木目細やかな肌は綺麗に見える。
昨夜は魔獣騒動の疲れもあってすぐに眠ってしまったが、よくよく考えると今の状況も相当にドキドキする。
密室――と言うには隙間風の入る天幕だが、あまり腕を広げて寝られない程度には狭い。そんな空間に同年代の少女と二人きりで、しかも手まで繋いでいる。
目の前には凛とした整った顔出しの少女の顔。
瑞々しい唇が震え、吐息の音まで聞こえるような近さだ。
しわのよった服の隙間からはすかすかの胸元が見え、覗き込もうとすれば中が見えてしまいそうなほど弛んでいる。
イヤでも緊張せざるを得ない状況だった。
「ああ、まずい」
また手汗が噴出してきそうだ。
この状況で起きられたら、また冷めた目で見られてしまいかねない。
――女子の寝顔を見て興奮してた変態。
だとか罵られてもおかしくないだろう。由々しき事態だ。
「んん……」
くぐもった吐息がエイミから漏れる。瞳が微かに開き始めた。
まずい。
起きようとしている。
もう外に誰かいようが知ったことではない。
ボクが慌てて手を離して逃げようとすると、しかしエイミの繋いでいないもう片方の手によって腕をがっしりと掴まれてしまった。
まるでボクの腕に抱きつくような形になる。
「……エル」
ぼそりとエイミが呟く。
彼女の目はやや半開きのままで、うっとりと蕩けたような顔をしている。
ボクの腕を引き寄せると、表情を砕けさせて頬ずりしてきた。
「ふふっ。エル、甘えん坊さんね。そんなにほっぺにキスをしてほしいの?」
呂律の回りきっていない調子で彼女は言う。すごく甘えるような囁き声だ。
エルとは誰だろう。と思うが、それどころではない。
間違いない。
どうやら寝ぼけているようだ。
「もう、我侭さんなんだから。じゃあ一回だけね……ちゅっ」
腕を引き寄せられ、肘にそっと彼女の唇が触れる。
――ふああああっ!
心臓が飛び跳ねそうなほどに騒いだ。
手汗どころではない。
額、背筋、全身から大量の汗が噴出する。
体中が熱くなって逆上せてしまいそうなほど顔も赤くなっている。
このままでは本当にまずい。
寝ぼけているとはいえ、彼女が目を覚ましたら大惨事だ。
いつもの凛とした彼女からは想像もできないほどに蕩けた口調。更にはキスまでしてしまったとなれば、それをもしエイミが知ればどんな事態になるだろうか。
ユーなんとかみたいに平手打ち程度で済めばいいが、それ以上の恐怖に押し寄せられる。
けれど、逃げようにも彼女の腕が艶かしくボクの腕を絡んで離さない。
引っ張られた勢いで、ボクの腕が寝そべったままのエイミの胸元にこつんと触れてしまう。
「もう。私の柔らかい胸が気持ち良いからって枕にしないの、エル」
――なにもしてません、ボク、なにもしてませんよ!
ボクのせいではないと必死に心中で否定する。
いや待て。彼女の夢の中でのエイミは枕にできるほどの胸があるということか。
見てはいけないコンプレックスの顕現を垣間見た気がして、申し訳なさに血の気が引いた。
いや、でもやはり、今のエイミでもそれなりに柔らかいのかもしれない。
女の子だし、脂肪ものっているはずだ。
ちらりと彼女の胸元を覗き見てみる。
ふくらみは――ない。やっぱりない。
身体のラインは肋骨をなぞったようにまっすぐで滑らかである。
「やっぱりぺたんとしてるよなあ……」
まるで鑑定士のようにしみじみとそう呟いたときだった。
「それは私に喧嘩を売っているのかしら」
低く、ふつふつと沸き立つような怒りの帯びた声と共に、握られたボクの手に痛みが走る。
気が付くと、いつの間にかエイミの目はパッチリと開いていて、冷ややかな笑顔でボクを睨みつけていた。
吐き気までするような悪寒が全身を走る。
非常に心地よいビンタの音が響いたのは、それから間もなくのことだった。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~
三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】
人間を洗脳し、意のままに操るスキル。
非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。
「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」
禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。
商人を操って富を得たり、
領主を操って権力を手にしたり、
貴族の女を操って、次々子を産ませたり。
リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』
王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。
邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!
クラス転移で神様に?
空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。
異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。
そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。
異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。
龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。
現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!
夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ)
安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると
めちゃめちゃ強かった!
気軽に読めるので、暇つぶしに是非!
涙あり、笑いあり
シリアスなおとぼけ冒険譚!
異世界ラブ冒険ファンタジー!
エロゲーの悪役に転生した俺、なぜか正ヒロインに溺愛されてしまった件。そのヒロインがヤンデレストーカー化したんだが⁉
菊池 快晴
ファンタジー
入学式当日、学園の表札を見た瞬間、前世の記憶を取り戻した藤堂充《とうどうみつる》。
自分が好きだったゲームの中に転生していたことに気づくが、それも自身は超がつくほどの悪役だった。
さらに主人公とヒロインが初めて出会うイベントも無自覚に壊してしまう。
その後、破滅を回避しようと奮闘するが、その結果、ヒロインから溺愛されてしまうことに。
更にはモブ、先生、妹、校長先生!?
ヤンデレ正ヒロインストーカー、不良ヤンキーギャル、限界女子オタク、個性あるキャラクターが登場。
これは悪役としてゲーム世界に転生した俺が、前世の知識と経験を生かして破滅の運命を回避し、幸せな青春を送る為に奮闘する物語である。
追放からはじまる異世界終末キャンプライフ
ネオノート
ファンタジー
「葉山樹」は、かつて地球で平凡な独身サラリーマンとして過ごしていたが、40歳のときにソロキャンプ中に事故に遭い、意識を失ってしまう。目が覚めると、見知らぬ世界で生意気な幼女の姿をした女神と出会う。女神は、葉山が異世界で新しい力を手に入れることになると告げ、「キャンプマスター」という力を授ける。ぼくは異世界で「キャンプマスター」の力でいろいろなスキルを獲得し、ギルドを立ち上げ、そのギルドを順調に成長させ、商会も設立。多数の異世界の食材を扱うことにした。キャンプマスターの力で得られる食材は珍しいものばかりで、次第に評判が広がり、商会も大きくなっていった。
しかし、成功には必ず敵がつくもの。ライバルギルドや商会から妬まれ、陰湿な嫌がらせを受ける。そして、王城の陰謀に巻き込まれ、一文無しで国外追放処分となってしまった。そこから、ぼくは自分のキャンプの知識と経験、そして「キャンプマスター」の力を活かして、この異世界でのサバイバル生活を始める!
死と追放からはじまる、異世界サバイバルキャンプ生活開幕!
嫌われ者の悪役令息に転生したのに、なぜか周りが放っておいてくれない
AteRa
ファンタジー
エロゲの太ったかませ役に転生した。
かませ役――クラウスには処刑される未来が待っている。
俺は死にたくないので、痩せて死亡フラグを回避する。
*書籍化に際してタイトルを変更いたしました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる