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○1章 手汗魔王と旅立ちの朝
-4 『さすがに責任を感じました』
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「あなたの力、便利ね」
部屋に入って荷物を置いたボクたちは、手を繋いだまま一息ついていた。
「うーん。あんまり嬉しくない」
「勝手に使ったのは悪かったわよ。その使い道も。でもすっきりしたわ」
ひどい暴虐ぶりだ。とは思ったけれど、きっとあのヤンチャ男がボクにまで言及しなければ、エイミは手を出すつもりもなかったのだろう。
そういう子なのだと、短い付き合いながらもなんとなく感じ取れた。
だから悪い気はしなかった。
ボクのために怒ってくれるなんて初めてだ。
けれど、初めての割りに、頭の中に僅かな懐かしさを感じた。
エイミの物腰が落ち着いたものだからだろうか。母親と接しているように安心できるのかもしれない。
「ありがとう。エイミ」
「なによいきなり」
「いや、その。さっきの」
「何言ってるのかしら。私は私のためにあいつらを成敗したのよ。気を晴らすためにね」
「え」
「だってむかついたんだもの」
「はは……まあ、ボクもだけどさ」
きっと照れ隠しなのだろうと、そう思っておくことにした。
さてさて部屋で二人きりだ。
手を繋いでベッドに腰掛けている。
隣には可愛い女の子。
近いせいか、ほんのり良い香りが漂ってくる。
狭い密室。
初めて女の子に触れて一日も経っていないボクには、まだ慣れるには早そうだ。
イヤにも心臓がドキドキしてしまう。
ああ、これはやばい。ぜったいやばい。
緊張で、汗が――。
「ねえ」
きた。まただ!
「ご、ごめん。また手汗が……」
慌てて汗を拭おうとする。
しかしエイミは、まったく関係ない方向を眺めながら静かに耳を済ませていた。
「何か騒がしいわね。下からかしら」
「え、そう?」
いまひとつわからなくて、ボクはきょとんとした顔で首をかしげた。
その異変に気づくことになったのは、それから十分も経たないうちだった。
「たいへんだー!」
急に部屋の扉が開いたかと思うと、受付にいた獣人の店員が駆け入ってきた。
何事かと二人して身を構える。
息を切らせた獣人の彼は、肩を大きく上下させながら言った。
「さっき急にうちの料理人が倒れたんだ。病気でも何でもねえのに。それで晩飯の用意をできなくなっちまったんだよ」
「「……あ」」
聞いた途端、二人で声をそろえてそう漏らしてしまった。
「ね、ねえ。その料理人さん、どこにいたのかしら?」
「え? 地下の厨房だよ」
「それってどのあたりにあるの?」
「どこって。この部屋と受付の間にある廊下の真下あたりだが」
「「……あ」」
また二人の声が重なる。
「すまねえ、お客さん。宿代に晩飯の料金も入ってるってのに、ちょっとこれじゃあ用意もできそうにねえんだ。いくらか払い戻すから、それで勘弁してやくれねえかい」
丁寧に頭を下げてくる獣人に、ボクとエイミはお互いの顔を見やる。二人とも、表情が引きつったように不気味になっていた。
当然だ。
廊下の真下ということは、おそらく原因はアレだろう。
――たぶんボクたちのせいだよね。
――でしょうね。
――ど、どうしよう。
――しらないわよ。
二人して目だけで会話する。
いたたまれなさと申し訳なさが襲ってきて、二人の額に大量の冷や汗が流れ出た。手の方はもう、これ以上にないくらい大滝だ。もはや手汗がどうこうというレベルではない。
「……と、とりあえず」
表情筋をひくつかせながら、エイミは鞄の中をまさぐる。そこから金貨の入った麻袋を取り出すと、
「これ、その料理人さんへのお見舞いに持っていってちょうだい」
ぎこちなく顔を強張らせながら、へこへこ頭を下げて手渡していた。
部屋に入って荷物を置いたボクたちは、手を繋いだまま一息ついていた。
「うーん。あんまり嬉しくない」
「勝手に使ったのは悪かったわよ。その使い道も。でもすっきりしたわ」
ひどい暴虐ぶりだ。とは思ったけれど、きっとあのヤンチャ男がボクにまで言及しなければ、エイミは手を出すつもりもなかったのだろう。
そういう子なのだと、短い付き合いながらもなんとなく感じ取れた。
だから悪い気はしなかった。
ボクのために怒ってくれるなんて初めてだ。
けれど、初めての割りに、頭の中に僅かな懐かしさを感じた。
エイミの物腰が落ち着いたものだからだろうか。母親と接しているように安心できるのかもしれない。
「ありがとう。エイミ」
「なによいきなり」
「いや、その。さっきの」
「何言ってるのかしら。私は私のためにあいつらを成敗したのよ。気を晴らすためにね」
「え」
「だってむかついたんだもの」
「はは……まあ、ボクもだけどさ」
きっと照れ隠しなのだろうと、そう思っておくことにした。
さてさて部屋で二人きりだ。
手を繋いでベッドに腰掛けている。
隣には可愛い女の子。
近いせいか、ほんのり良い香りが漂ってくる。
狭い密室。
初めて女の子に触れて一日も経っていないボクには、まだ慣れるには早そうだ。
イヤにも心臓がドキドキしてしまう。
ああ、これはやばい。ぜったいやばい。
緊張で、汗が――。
「ねえ」
きた。まただ!
「ご、ごめん。また手汗が……」
慌てて汗を拭おうとする。
しかしエイミは、まったく関係ない方向を眺めながら静かに耳を済ませていた。
「何か騒がしいわね。下からかしら」
「え、そう?」
いまひとつわからなくて、ボクはきょとんとした顔で首をかしげた。
その異変に気づくことになったのは、それから十分も経たないうちだった。
「たいへんだー!」
急に部屋の扉が開いたかと思うと、受付にいた獣人の店員が駆け入ってきた。
何事かと二人して身を構える。
息を切らせた獣人の彼は、肩を大きく上下させながら言った。
「さっき急にうちの料理人が倒れたんだ。病気でも何でもねえのに。それで晩飯の用意をできなくなっちまったんだよ」
「「……あ」」
聞いた途端、二人で声をそろえてそう漏らしてしまった。
「ね、ねえ。その料理人さん、どこにいたのかしら?」
「え? 地下の厨房だよ」
「それってどのあたりにあるの?」
「どこって。この部屋と受付の間にある廊下の真下あたりだが」
「「……あ」」
また二人の声が重なる。
「すまねえ、お客さん。宿代に晩飯の料金も入ってるってのに、ちょっとこれじゃあ用意もできそうにねえんだ。いくらか払い戻すから、それで勘弁してやくれねえかい」
丁寧に頭を下げてくる獣人に、ボクとエイミはお互いの顔を見やる。二人とも、表情が引きつったように不気味になっていた。
当然だ。
廊下の真下ということは、おそらく原因はアレだろう。
――たぶんボクたちのせいだよね。
――でしょうね。
――ど、どうしよう。
――しらないわよ。
二人して目だけで会話する。
いたたまれなさと申し訳なさが襲ってきて、二人の額に大量の冷や汗が流れ出た。手の方はもう、これ以上にないくらい大滝だ。もはや手汗がどうこうというレベルではない。
「……と、とりあえず」
表情筋をひくつかせながら、エイミは鞄の中をまさぐる。そこから金貨の入った麻袋を取り出すと、
「これ、その料理人さんへのお見舞いに持っていってちょうだい」
ぎこちなく顔を強張らせながら、へこへこ頭を下げて手渡していた。
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