上 下
5 / 69
○1章 手汗魔王と旅立ちの朝

 -4 『さすがに責任を感じました』

しおりを挟む
「あなたの力、便利ね」

 部屋に入って荷物を置いたボクたちは、手を繋いだまま一息ついていた。

「うーん。あんまり嬉しくない」
「勝手に使ったのは悪かったわよ。その使い道も。でもすっきりしたわ」

 ひどい暴虐ぶりだ。とは思ったけれど、きっとあのヤンチャ男がボクにまで言及しなければ、エイミは手を出すつもりもなかったのだろう。

 そういう子なのだと、短い付き合いながらもなんとなく感じ取れた。

 だから悪い気はしなかった。
 ボクのために怒ってくれるなんて初めてだ。

 けれど、初めての割りに、頭の中に僅かな懐かしさを感じた。
 エイミの物腰が落ち着いたものだからだろうか。母親と接しているように安心できるのかもしれない。

「ありがとう。エイミ」
「なによいきなり」
「いや、その。さっきの」

「何言ってるのかしら。私は私のためにあいつらを成敗したのよ。気を晴らすためにね」
「え」
「だってむかついたんだもの」
「はは……まあ、ボクもだけどさ」

 きっと照れ隠しなのだろうと、そう思っておくことにした。

 さてさて部屋で二人きりだ。
 手を繋いでベッドに腰掛けている。

 隣には可愛い女の子。
 近いせいか、ほんのり良い香りが漂ってくる。

 狭い密室。

 初めて女の子に触れて一日も経っていないボクには、まだ慣れるには早そうだ。

 イヤにも心臓がドキドキしてしまう。
 ああ、これはやばい。ぜったいやばい。

 緊張で、汗が――。

「ねえ」

 きた。まただ!

「ご、ごめん。また手汗が……」

 慌てて汗を拭おうとする。
 しかしエイミは、まったく関係ない方向を眺めながら静かに耳を済ませていた。

「何か騒がしいわね。下からかしら」
「え、そう?」

 いまひとつわからなくて、ボクはきょとんとした顔で首をかしげた。
 その異変に気づくことになったのは、それから十分も経たないうちだった。

「たいへんだー!」

 急に部屋の扉が開いたかと思うと、受付にいた獣人の店員が駆け入ってきた。

 何事かと二人して身を構える。
 息を切らせた獣人の彼は、肩を大きく上下させながら言った。

「さっき急にうちの料理人が倒れたんだ。病気でも何でもねえのに。それで晩飯の用意をできなくなっちまったんだよ」

「「……あ」」

 聞いた途端、二人で声をそろえてそう漏らしてしまった。

「ね、ねえ。その料理人さん、どこにいたのかしら?」
「え? 地下の厨房だよ」
「それってどのあたりにあるの?」
「どこって。この部屋と受付の間にある廊下の真下あたりだが」

「「……あ」」

 また二人の声が重なる。

「すまねえ、お客さん。宿代に晩飯の料金も入ってるってのに、ちょっとこれじゃあ用意もできそうにねえんだ。いくらか払い戻すから、それで勘弁してやくれねえかい」

 丁寧に頭を下げてくる獣人に、ボクとエイミはお互いの顔を見やる。二人とも、表情が引きつったように不気味になっていた。

 当然だ。
 廊下の真下ということは、おそらく原因はアレだろう。

 ――たぶんボクたちのせいだよね。
 ――でしょうね。
 ――ど、どうしよう。
 ――しらないわよ。

 二人して目だけで会話する。

 いたたまれなさと申し訳なさが襲ってきて、二人の額に大量の冷や汗が流れ出た。手の方はもう、これ以上にないくらい大滝だ。もはや手汗がどうこうというレベルではない。

「……と、とりあえず」

 表情筋をひくつかせながら、エイミは鞄の中をまさぐる。そこから金貨の入った麻袋を取り出すと、

「これ、その料理人さんへのお見舞いに持っていってちょうだい」

 ぎこちなく顔を強張らせながら、へこへこ頭を下げて手渡していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

転生皇女は冷酷皇帝陛下に溺愛されるが夢は冒険者です!

akechi
ファンタジー
アウラード大帝国の第四皇女として生まれたアレクシア。だが、母親である側妃からは愛されず、父親である皇帝ルシアードには会った事もなかった…が、アレクシアは蔑ろにされているのを良いことに自由を満喫していた。 そう、アレクシアは前世の記憶を持って生まれたのだ。前世は大賢者として伝説になっているアリアナという女性だ。アレクシアは昔の知恵を使い、様々な事件を解決していく内に昔の仲間と再会したりと皆に愛されていくお話。 ※コメディ寄りです。

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

装備製作系チートで異世界を自由に生きていきます

tera
ファンタジー
※まだまだまだまだ更新継続中! ※書籍の詳細はteraのツイッターまで!@tera_father ※第1巻〜7巻まで好評発売中!コミックス1巻も発売中! ※書影など、公開中! ある日、秋野冬至は異世界召喚に巻き込まれてしまった。 勇者召喚に巻き込まれた結果、チートの恩恵は無しだった。 スキルも何もない秋野冬至は一般人として生きていくことになる。 途方に暮れていた秋野冬至だが、手に持っていたアイテムの詳細が見えたり、インベントリが使えたりすることに気づく。 なんと、召喚前にやっていたゲームシステムをそっくりそのまま持っていたのだった。 その世界で秋野冬至にだけドロップアイテムとして誰かが倒した魔物の素材が拾え、お金も拾え、さらに秋野冬至だけが自由に装備を強化したり、錬金したり、ゲームのいいとこ取りみたいな事をできてしまう。

女神の代わりに異世界漫遊  ~ほのぼの・まったり。時々、ざまぁ?~

大福にゃここ
ファンタジー
目の前に、女神を名乗る女性が立っていた。 麗しい彼女の願いは「自分の代わりに世界を見て欲しい」それだけ。 使命も何もなく、ただ、その世界で楽しく生きていくだけでいいらしい。 厳しい異世界で生き抜く為のスキルも色々と貰い、食いしん坊だけど優しくて可愛い従魔も一緒! 忙しくて自由のない女神の代わりに、異世界を楽しんでこよう♪ 13話目くらいから話が動きますので、気長にお付き合いください! 最初はとっつきにくいかもしれませんが、どうか続きを読んでみてくださいね^^ ※お気に入り登録や感想がとても励みになっています。 ありがとうございます!  (なかなかお返事書けなくてごめんなさい) ※小説家になろう様にも投稿しています

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...