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○4章 役所へ行こう
-10『そういうお年頃』
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泥まみれになったマルコムを慰めながら、俺はまた敷地の中へと入り込んだ。同じルートで壁際を走り、今度こそ
先ほど戦った四天王たちが視界の隅で腰を据えてくつろいでいる。
「おお、若いのう」
「男たちに鞭を打って競馬させてたのを思い出すわぁ」
「え、エイタさん?! ま、またワタシに会いに来たっていうの? べ、別に嬉しくないけど、まあ、よ、喜んであげなくもないわよ」
ゲジイにエッデル、マリーがそれぞれ、まるで運動会の様子を見守る保護者席一同のように微笑ましく眺めてくるのが無性に腹立たしい。
もう間違いはしないように右側の扉を無視して、ずっと先の、一際大きな建物を目指す。
バーゼンの私室はやはり、敷地の一番奥にある一際大きな屋敷にあった。
たどり着いた荘厳な分厚い扉を開けて中に入ると、玉座のような豪奢な椅子に腰掛けているバーゼンの姿を見つけた。
部屋はまるで洋城によくある玉の間のように広々としている。その中央に座するバーゼンの両脇には、ふわふわの尻尾をしな垂れさせた獣人の少女たちの姿があった。二人とも何故か水着姿で、あられもない姿で顔を赤らめている。
やはりバーゼンは獣人たちに卑猥なことをさせてやがったのか。
「誰かな。私の優雅な時間を邪魔するのは」
やや高台となった玉座から見下ろしてきたバーゼンは、俺の顔を捉えると、ふっと微笑を浮かべた。
「やあ、きみか。今は誰とも面会の予定は入れていないはずだが」
「悪いけど無理やり入れさせてもらった」
「強引だね。まあ、前にクエスト依頼したときは私の方が無理やり押しかけたようなものだし、今回はそれで相殺としようか」
「それはどーも」
ブロンドの髪を掻き分け、余裕のある笑みを向けてくるバーゼン。
「それで、何の用かな」
「あんんたが出した獣人保護の条例。その真意を聞きに来たんだが……」
バーゼンの隣に侍る獣人の少女たちを見やる。俺たちを前にしてより恥ずかしそうに体を捩らせる彼女たちの様子は、明らかに無理やりやらされているといった感じだ。
おまけに俺が話している最中にも、バーゼンは隣の少女の尻尾を撫でくり回していた。触れられた少女の背筋がピンと伸び、甘い吐息を漏らしながらぞわぞわ体を震わせる。
明確なセクハラ。言うに及ばず。
「もはや問いただす必要もなさそうだな」
ミュンのバックパックからクレスレブを引き抜く。
「獣人の子たちを私物化することが目的だったんだな、バーゼン」
「何を言うか。私は保護したのだよ。彼女たちを忌み嫌う連中から、ね」
「自分で楽しみたいだけの癖して。フミーネンの件だってそうだ。それに、お前が獣人の子たちにひどいことをしている証言だってあるんだ」
「証言?」
「獣人の子が、あんたのところから逃げ出してきたんだ。お前に弄ばれてボロボロになった姿でな」
「ああ、あの子か。姿が見えないと思ったら外に出てしまっていたとは。また連れ戻さないと」
ぼろぼろに憔悴して俺たちに助けを求めてきたあの獣人の少女のことが頭を過ぎる。やっぱり、バーゼンにひどいことをされていたんだ。
罪もない獣人の子たちに手をかける彼女に憤りが募る。
「保護だなんだって善人ぶって。裏ではこんな非道を働いてたなんてな」
「何を言うか。私はただ、この子たちを可愛がっているだけだ!」
さも一切の悪気がないように言い放つバーゼン。隣の獣人の尻尾や背中を撫で回し、至福に表情を緩めている。この女がいるかぎり、獣人の子たちはこうやって毒牙にかかり続けることだろう。
この畜生は俺が何とかしなければならない。そう思った。
クレスレブを握る手に力が入る。
女の子を弄ぶ悪逆を討つ。
そう意気込んで、バーゼンを睨み返した時だった。
「まあ待て。そう凄むな。ちょうど私の自信作が出来上がったところなのだ。本当ならば二人きりで楽しみたいのだが、一刻も早く目にしたいと逸る。特別にお前たちに見せてやろうではないか」
「……何をだよ」
俺の返事を待つまでもなく、バーゼンは指を鳴らして何かに合図をした。直後、部屋の奥の扉が開き、そこから獣人の子が出てくる。
白い肌を多く露出させた水色の水着。腰元に巻かれたパレオからすらりと伸びる綺麗な脚。胸は平たいが腰元がスリムで、健康的なラインが生えるボディ。
おっとりした目つき、狼のような耳と尻尾、そして西日に当たって少し明るくなったおさげの黒髪。
――そこに現れたのは、エルだった。
「な、なんで」
色々と突っ込みどころはあるがどこから言えばいいのか。
そもそもエルは男のはずなのだが、何故か胸元まで水着で隠していて、どこからどう見ても女の子にしか見えない。恥ずかしそうに身をくねらせながら歩いてくる姿はもはや誰も疑うまい。
「この子こそ、私が選りすぐった中で最高の逸材。究極の美少女!」
「いや、男だけど」
パレオで隠されてるけど、間違いなく男である。
「エルは私がもっとも懇意にしている子の一人だ。ああ、なんて可愛らしいのだろう。小柄な体躯。控え目で奥ゆかしく、従順な性格。愛でるために生まれてきたようなものだ」
可愛いことには賛成だがひどい言い様だ。
俺たちがいることに気付いたエルは、トマトのように顔を真っ赤に上気させると、大慌てで玉座の後ろに隠れた。しかしバーゼンに手を掴まれ、無理やり前に引きずり出されてしまう。
「み、見ないでください……」
羞恥に身を悶えさせつつもじもじする姿は、ここにいる誰よりも女の子然としていて可愛かった。
「やはりこの水着がベストだったか。つい完成した。私が求める究極の獣人少女が」
「何を言ってやがる」
「私は究極の獣人少女を侍らせ、可愛がることがかねてからの夢だったのだ。そう、五歳の時からの」
ずいぶん長い夢だな。
「ああ、もう我慢できない。おいで、エル」
「きゃあっ!」
腕を引かれたエルが、椅子に腰かけたバーゼンの膝元に乗せられる。抱くようにエルを引き寄せたバーゼンは、すらりとしたエルの腰元に艶かしく手を這わせた。
ひゃん、とエルの吐息が漏れる。
おのれ、羨ま――けしからん!
「ああ、我慢できん。その四肢を堪能させてくれ」とバーゼンは興奮を隠しきれない様子で指先をわきわきと捩らせた。それを見てエルが眉をひそめて口許を震わせる。
「ま、まさか。またアレを……」
アレ?
アレってなんだ。言ってみて、ほら。
「エルに何をする気だ、バーゼン!」
「何って、愛情表現だよ」
ひやりと口許が持ち上がるバーゼンと対照的に、エルの表情が引きつっていく。
「怯えなくて大丈夫。たーっぷり可愛がってあげるから」
「や、やめて……」
「おいバーゼン! いますぐに止めろ!」
「ふふ、もう遅い。お前たちに、このこの可愛い声を聞かせてやろう」
俺が叫ぶが、バーゼンは卑猥な笑みを浮かべながら、ついにはエルの首と腰元に手を伸ばし――。
「エルぅぅぅぅぅ!」
…………撫で撫で。
「よーしよしよしよしよしよし」
「へ?」
バーゼンのいかがわしく伸びた手は、エルの喉元と横腹をこれでもかというほどに撫でまくっていた。
「あははっあははははっ。や、やめてください、ふふっ」
「ほら、ここか? ここがいいのか?」
「や、駄目。そこは弱いんですぅ……ぅふふっ」
なんだこれ。
「よーしよしよしよし。どうだ、気持ちいいだろう?」
「ふぁあ……ふふっ、はははっ、や、やめてくださいっ」
「エイタさん、これはいったいなんでしょうか」
「ミュン、俺もわからん」
目の前で行われている激しい愛撫……まさに犬を撫でくり回すような光景を前に、俺たちはただ、呆然と口を開けながら眺めていた。
好き放題に触られているエルのことを、両脇の獣人の少女たちは同情に満ちた目で見守っている。可哀想に、と言わんばかり。
一通り満足したのか、バーゼンの手がようやく止まり、ふうっと一際大きな溜め息が零れた。解放されたエルはすっかり疲れ果て、魂が抜けたように体をしな垂れさせている。まるで、あの時町で保護した子のように。
「可愛がるって、まさか……」
そのまさかである。
「そのまんまの意味かよ!」
「他に何がある」
「え、いや。その」
バーゼンに真面目に返されて言葉に詰まってしまった。
いや、あの流れだと卑猥な意味を想像するのが普通だろう。獣人の少女だってそんな風な思わせぶりな態度だったのだから。それがまさか、ペットの犬を撫でるような単純な意味だったなんて思いもするはずがない。
そう、俺は悪くない。
俺はマルコムみたいに変態じゃない。
「……むっつり」
後ろからぼそりとヴェーナに囁かれ、ぐさりと心を射抜かれたように深い精神的ダメージを受けた。
『ダメージ1 残りHP9』
せっかく決戦前にミュンが持ってきてくれていた薬草で回復しておいたのに。
「さて、充足した……」
憔悴しきったエルを足元に寝かし、おもむろにバーゼンが立ち上がる。玉座の陰から剣を抜き取ると、侍らせていた獣人たちとエルを部屋の外にはけさせた。
バーゼンの手にした漆黒の剣先が鈍く光る。それは先端が鎌のように歪曲していて、血を吸ったように赤く滲んだ色をしていた。ただの剣じゃない。クレスレブと同じような力強さを感じるそれは、おそらく魔剣。魔法で強化された刃だ。
「それで、きみは私を止めにきたのだろう」
「え、ああ……」
あまりに拍子抜けていたせいで生返事になってしまった。思っていたよりは深刻ではなかったから、その温度差に戸惑いを隠せない。
もしかするとバーゼンはただの獣人愛好家で悪い奴ではないのではないか。そう思い始めると、クレスレブを掴んだ手が緩みそうになる。
「――いや、でも違う」
ピカルさんの酒場で楽しそうに働いていたエルのことを思い出す。彼を失ってからの静まり返った閑散な光景も。
この町に溶け込んで、楽しそうに暮らしていた彼女たちの生活が奪われたことには変わりないのだ。
「あんたの私利私欲のために獣人たちを拘束するのは間違ってるよ」
「私は保護しているのだと言っているだろう。町に放てば、彼女たちをよく思っていない連中に目の敵にされる」
「そうやって特別視して深く関わろうとしないから、お互いを歩み寄れないんだろ!」
相手に触れなければ、相手のことを知らないままだ。
何も知らず、好きになれというのは難しい。自分と違うところにいる相手を理解しろと言うほうが無理な話だ。
「獣人は町にいるべきだ。そうでないと、みんなにあの子たちのことをわかってもらえない」
「絶対にわかりあえない人間は少なからずいる」
「それを少しでも減らせるように施策するのがあんたの役目だろ」
「その結果がこれさ。私は断固として変えるつもりはない。もし言い聞かせたくば、私を倒して説得することだな」
「結局はそうなるんだよな」
クレスレブの柄を握り締める。
訳がわからないが、とにかく力任せに言い聞かせる他なさそうだ。
「バーゼル、お前を倒す!」
力強く啖呵を切り、俺はクレスレブを掲げ上げた。
先ほど戦った四天王たちが視界の隅で腰を据えてくつろいでいる。
「おお、若いのう」
「男たちに鞭を打って競馬させてたのを思い出すわぁ」
「え、エイタさん?! ま、またワタシに会いに来たっていうの? べ、別に嬉しくないけど、まあ、よ、喜んであげなくもないわよ」
ゲジイにエッデル、マリーがそれぞれ、まるで運動会の様子を見守る保護者席一同のように微笑ましく眺めてくるのが無性に腹立たしい。
もう間違いはしないように右側の扉を無視して、ずっと先の、一際大きな建物を目指す。
バーゼンの私室はやはり、敷地の一番奥にある一際大きな屋敷にあった。
たどり着いた荘厳な分厚い扉を開けて中に入ると、玉座のような豪奢な椅子に腰掛けているバーゼンの姿を見つけた。
部屋はまるで洋城によくある玉の間のように広々としている。その中央に座するバーゼンの両脇には、ふわふわの尻尾をしな垂れさせた獣人の少女たちの姿があった。二人とも何故か水着姿で、あられもない姿で顔を赤らめている。
やはりバーゼンは獣人たちに卑猥なことをさせてやがったのか。
「誰かな。私の優雅な時間を邪魔するのは」
やや高台となった玉座から見下ろしてきたバーゼンは、俺の顔を捉えると、ふっと微笑を浮かべた。
「やあ、きみか。今は誰とも面会の予定は入れていないはずだが」
「悪いけど無理やり入れさせてもらった」
「強引だね。まあ、前にクエスト依頼したときは私の方が無理やり押しかけたようなものだし、今回はそれで相殺としようか」
「それはどーも」
ブロンドの髪を掻き分け、余裕のある笑みを向けてくるバーゼン。
「それで、何の用かな」
「あんんたが出した獣人保護の条例。その真意を聞きに来たんだが……」
バーゼンの隣に侍る獣人の少女たちを見やる。俺たちを前にしてより恥ずかしそうに体を捩らせる彼女たちの様子は、明らかに無理やりやらされているといった感じだ。
おまけに俺が話している最中にも、バーゼンは隣の少女の尻尾を撫でくり回していた。触れられた少女の背筋がピンと伸び、甘い吐息を漏らしながらぞわぞわ体を震わせる。
明確なセクハラ。言うに及ばず。
「もはや問いただす必要もなさそうだな」
ミュンのバックパックからクレスレブを引き抜く。
「獣人の子たちを私物化することが目的だったんだな、バーゼン」
「何を言うか。私は保護したのだよ。彼女たちを忌み嫌う連中から、ね」
「自分で楽しみたいだけの癖して。フミーネンの件だってそうだ。それに、お前が獣人の子たちにひどいことをしている証言だってあるんだ」
「証言?」
「獣人の子が、あんたのところから逃げ出してきたんだ。お前に弄ばれてボロボロになった姿でな」
「ああ、あの子か。姿が見えないと思ったら外に出てしまっていたとは。また連れ戻さないと」
ぼろぼろに憔悴して俺たちに助けを求めてきたあの獣人の少女のことが頭を過ぎる。やっぱり、バーゼンにひどいことをされていたんだ。
罪もない獣人の子たちに手をかける彼女に憤りが募る。
「保護だなんだって善人ぶって。裏ではこんな非道を働いてたなんてな」
「何を言うか。私はただ、この子たちを可愛がっているだけだ!」
さも一切の悪気がないように言い放つバーゼン。隣の獣人の尻尾や背中を撫で回し、至福に表情を緩めている。この女がいるかぎり、獣人の子たちはこうやって毒牙にかかり続けることだろう。
この畜生は俺が何とかしなければならない。そう思った。
クレスレブを握る手に力が入る。
女の子を弄ぶ悪逆を討つ。
そう意気込んで、バーゼンを睨み返した時だった。
「まあ待て。そう凄むな。ちょうど私の自信作が出来上がったところなのだ。本当ならば二人きりで楽しみたいのだが、一刻も早く目にしたいと逸る。特別にお前たちに見せてやろうではないか」
「……何をだよ」
俺の返事を待つまでもなく、バーゼンは指を鳴らして何かに合図をした。直後、部屋の奥の扉が開き、そこから獣人の子が出てくる。
白い肌を多く露出させた水色の水着。腰元に巻かれたパレオからすらりと伸びる綺麗な脚。胸は平たいが腰元がスリムで、健康的なラインが生えるボディ。
おっとりした目つき、狼のような耳と尻尾、そして西日に当たって少し明るくなったおさげの黒髪。
――そこに現れたのは、エルだった。
「な、なんで」
色々と突っ込みどころはあるがどこから言えばいいのか。
そもそもエルは男のはずなのだが、何故か胸元まで水着で隠していて、どこからどう見ても女の子にしか見えない。恥ずかしそうに身をくねらせながら歩いてくる姿はもはや誰も疑うまい。
「この子こそ、私が選りすぐった中で最高の逸材。究極の美少女!」
「いや、男だけど」
パレオで隠されてるけど、間違いなく男である。
「エルは私がもっとも懇意にしている子の一人だ。ああ、なんて可愛らしいのだろう。小柄な体躯。控え目で奥ゆかしく、従順な性格。愛でるために生まれてきたようなものだ」
可愛いことには賛成だがひどい言い様だ。
俺たちがいることに気付いたエルは、トマトのように顔を真っ赤に上気させると、大慌てで玉座の後ろに隠れた。しかしバーゼンに手を掴まれ、無理やり前に引きずり出されてしまう。
「み、見ないでください……」
羞恥に身を悶えさせつつもじもじする姿は、ここにいる誰よりも女の子然としていて可愛かった。
「やはりこの水着がベストだったか。つい完成した。私が求める究極の獣人少女が」
「何を言ってやがる」
「私は究極の獣人少女を侍らせ、可愛がることがかねてからの夢だったのだ。そう、五歳の時からの」
ずいぶん長い夢だな。
「ああ、もう我慢できない。おいで、エル」
「きゃあっ!」
腕を引かれたエルが、椅子に腰かけたバーゼンの膝元に乗せられる。抱くようにエルを引き寄せたバーゼンは、すらりとしたエルの腰元に艶かしく手を這わせた。
ひゃん、とエルの吐息が漏れる。
おのれ、羨ま――けしからん!
「ああ、我慢できん。その四肢を堪能させてくれ」とバーゼンは興奮を隠しきれない様子で指先をわきわきと捩らせた。それを見てエルが眉をひそめて口許を震わせる。
「ま、まさか。またアレを……」
アレ?
アレってなんだ。言ってみて、ほら。
「エルに何をする気だ、バーゼン!」
「何って、愛情表現だよ」
ひやりと口許が持ち上がるバーゼンと対照的に、エルの表情が引きつっていく。
「怯えなくて大丈夫。たーっぷり可愛がってあげるから」
「や、やめて……」
「おいバーゼン! いますぐに止めろ!」
「ふふ、もう遅い。お前たちに、このこの可愛い声を聞かせてやろう」
俺が叫ぶが、バーゼンは卑猥な笑みを浮かべながら、ついにはエルの首と腰元に手を伸ばし――。
「エルぅぅぅぅぅ!」
…………撫で撫で。
「よーしよしよしよしよしよし」
「へ?」
バーゼンのいかがわしく伸びた手は、エルの喉元と横腹をこれでもかというほどに撫でまくっていた。
「あははっあははははっ。や、やめてください、ふふっ」
「ほら、ここか? ここがいいのか?」
「や、駄目。そこは弱いんですぅ……ぅふふっ」
なんだこれ。
「よーしよしよしよし。どうだ、気持ちいいだろう?」
「ふぁあ……ふふっ、はははっ、や、やめてくださいっ」
「エイタさん、これはいったいなんでしょうか」
「ミュン、俺もわからん」
目の前で行われている激しい愛撫……まさに犬を撫でくり回すような光景を前に、俺たちはただ、呆然と口を開けながら眺めていた。
好き放題に触られているエルのことを、両脇の獣人の少女たちは同情に満ちた目で見守っている。可哀想に、と言わんばかり。
一通り満足したのか、バーゼンの手がようやく止まり、ふうっと一際大きな溜め息が零れた。解放されたエルはすっかり疲れ果て、魂が抜けたように体をしな垂れさせている。まるで、あの時町で保護した子のように。
「可愛がるって、まさか……」
そのまさかである。
「そのまんまの意味かよ!」
「他に何がある」
「え、いや。その」
バーゼンに真面目に返されて言葉に詰まってしまった。
いや、あの流れだと卑猥な意味を想像するのが普通だろう。獣人の少女だってそんな風な思わせぶりな態度だったのだから。それがまさか、ペットの犬を撫でるような単純な意味だったなんて思いもするはずがない。
そう、俺は悪くない。
俺はマルコムみたいに変態じゃない。
「……むっつり」
後ろからぼそりとヴェーナに囁かれ、ぐさりと心を射抜かれたように深い精神的ダメージを受けた。
『ダメージ1 残りHP9』
せっかく決戦前にミュンが持ってきてくれていた薬草で回復しておいたのに。
「さて、充足した……」
憔悴しきったエルを足元に寝かし、おもむろにバーゼンが立ち上がる。玉座の陰から剣を抜き取ると、侍らせていた獣人たちとエルを部屋の外にはけさせた。
バーゼンの手にした漆黒の剣先が鈍く光る。それは先端が鎌のように歪曲していて、血を吸ったように赤く滲んだ色をしていた。ただの剣じゃない。クレスレブと同じような力強さを感じるそれは、おそらく魔剣。魔法で強化された刃だ。
「それで、きみは私を止めにきたのだろう」
「え、ああ……」
あまりに拍子抜けていたせいで生返事になってしまった。思っていたよりは深刻ではなかったから、その温度差に戸惑いを隠せない。
もしかするとバーゼンはただの獣人愛好家で悪い奴ではないのではないか。そう思い始めると、クレスレブを掴んだ手が緩みそうになる。
「――いや、でも違う」
ピカルさんの酒場で楽しそうに働いていたエルのことを思い出す。彼を失ってからの静まり返った閑散な光景も。
この町に溶け込んで、楽しそうに暮らしていた彼女たちの生活が奪われたことには変わりないのだ。
「あんたの私利私欲のために獣人たちを拘束するのは間違ってるよ」
「私は保護しているのだと言っているだろう。町に放てば、彼女たちをよく思っていない連中に目の敵にされる」
「そうやって特別視して深く関わろうとしないから、お互いを歩み寄れないんだろ!」
相手に触れなければ、相手のことを知らないままだ。
何も知らず、好きになれというのは難しい。自分と違うところにいる相手を理解しろと言うほうが無理な話だ。
「獣人は町にいるべきだ。そうでないと、みんなにあの子たちのことをわかってもらえない」
「絶対にわかりあえない人間は少なからずいる」
「それを少しでも減らせるように施策するのがあんたの役目だろ」
「その結果がこれさ。私は断固として変えるつもりはない。もし言い聞かせたくば、私を倒して説得することだな」
「結局はそうなるんだよな」
クレスレブの柄を握り締める。
訳がわからないが、とにかく力任せに言い聞かせる他なさそうだ。
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