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 -10『他の誰でもない貴女に』

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「さて、と。あのじゃじゃ馬ちゃんはどこにいったのかしら」

 私は旅館を出て、行方しれずにどこかへ行ってしまったアンジュを探した。

 私はもともと体力が無いほうだ。
 おまけに靴も厚底で走るには不向きすぎる。着ている洋服は分厚く重たいし、今日はあいにくの晴天だ。

 妹の姿を探しながらしばらく町中を走るだけで、私は汗だらけに疲労困憊となっていた。

 まったく。
 私の担当は頭脳労働で、肉体労働はロロに任せているというのに。

 そのロロは竜馬を用意するためにジュノスの厩舎へと向かっているところだ。
 ヴェルもどこかへと行ってしまい、結局、残された私がアンジュを探す羽目になったのだった。

「……まったく、手間かけさせてくれちゃって。……はあ、はあ。ぜったい、はあ、見つけて、はあ、厳しく言ってやるんだから」

 とはいえたった十分ほど走っただけで脚はもう震えていて、それからは息を切らしながら小走りに進んでいった。

 ――もう一生見つからないんじゃないかしら。

 フィルグの町も、広さだけならばそれなりにある。路地で入り組んだ商店街や林に囲まれた牧草地。それらすべてを見て回るのは徒労が過ぎる。

 もう長いこと探しているが、見つかる気配はどこにもない。ヴェルが言っていた時間稼ぎどころか、このままでは日も暮れそうなほどだ。

 半ば心が折れて挫けそうになった頃、ふと、旅館のある小丘の上に、良く見知った青みがかった白い髪を見つけた。

 アンジュだ。
 やっと見つけた。

 駆け寄ろうと思ったが、しかしそこへ行くには石畳の階段が連なっている。

「……登らなきゃ駄目なのね」

 ため息をもらしながら、私は諦めた気持ちで階段を駆け上がった。

 アンジュは旅館から少し離れた庭先で、植えられた大きな桜の樹に隠れるように座り込んでいた。

 町を一望できる場所だ。
 その桜の樹は時期になると綺麗な桃色の花を開かせ、町中に季節の到来を知らせるという。しかし今はその時期も過ぎ、青々とした葉が揺れているだけだ。

 その樹の根本で、アンジュは膝を抱えて丸まっていた。

 そっと歩み寄る。
 砂利を踏む足音でおそらく気づかれただろうが、アンジュはぴくりとも反応をみせなかった。

「アンジュ」
「……なに」

 ふてくされたような沈んだ声が帰ってくる。心なしか涙が混じっているようだ。

「やっと見つけたわ。手間をかけさせてくれるんんだから」
「見つけて欲しいなんて言っていないわ。お姉様はいつもおせっかいなのよ」
「……そうね。今回はちょっとおせっかいが過ぎたかもしれないわ」

 素直にそう頷いた私が意外だったのか、アンジュが首を少しだけ回してこちらを覗き込む。

 実際、私達はアンジュに過保護すぎたところはあると思う。その結果として彼女を傷つけてしまったのも。

 アンジュとしては過保護にされることすらもイヤだったのかもしれない。

「アンジュ。私は貴方に謝らないといけないことがあるわ」
「……? ヴェルにアンのことを教えたこと?」
「ううん」

 首を振る私に、アンジュはまた少し振り返る。

「ヴェルは最初から貴方のことを知っていたわ」
「えっ?」
「だって彼は――」

 ふと、アンジュの目が私の背後を見て大きく見開く。
 私もつられて振り返ると、肩で大きく息を切らせたヴェルの姿があった。

 前髪を汗でひっつけ、荒く息を乱したヴェル。
 彼とアンジュ、二人の目が合い、数瞬の静寂がよぎった。

「……なによ」
「アンジュさん、ごめんなさい。ボクは嘘をついていました。いや、嘘をついていたつもりなんてなかったのだけれど、それは結果として嘘のようになってしまった」

 そっと、ヴェルはアンジュへと歩み寄る。しかし一歩ずつ近づく度にアンジュは顔を背けていく。

 物理的な二人の距離は近づいているのに、心の距離はずっと開いていくようだ。

 それでもヴェルは構わず歩みを進め、近づいていった。そしてすぐ傍へたどり着くと、腰を屈めてアンジュの高さへと視線を合わせた。

 そっぽを向いた彼女に、ヴェルは肩に提げていた鞄から一つの箱を取り出す。

「これを」

 ヴェルがその箱を開け、中を見せる。
 ちらりと横目に盗み見たアンジュは、途端、その細まった瞳を大きく開かせた。

 ぎりぎり手のひらに乗るような大きさの箱の中から出てきたのは、小さな鳥籠の鉄細工だった。とても精巧で立体的な造りをしている。一見すると前に工房でみたものにそっくりだが、よく見ると籠のデザインが少し違っているのがわかる。

「……なによ。アンに皮肉を言いたいの?」
「違うよ」

 優しくヴェルは首を振る。

「ボクはもう、仕事が終わったから今日のうちに帰らないといけない」
「え?」
「その前にどうしてもキミに渡したくて、さっき、大急ぎで作ったんだ」

 そう言うとヴェルは鳥籠の精巧に作られた扉を開けた。その中には、大きく翼を広げようとしている一羽の鳩がいた。

「これ……作ってた鳥さん」
「そうです。これのために、ずっと作ってました。これをキミにプレゼントするために」
「私に?」

 ヴェルが差し出すと、反射的にアンジュは手を出してそれを受け取った。

 それはとても精巧で、今すぐにでも中の鳩が外へと飛び出しそうなほどに迫力のあるものだった。

「キミは不自由な籠の鳥なんかじゃない。とても美しく、その気になればどこにだって飛び立てる」
「幸せの、鳥……」

 アンジュは見とれるようにその鉄細工に目を奪われていた。

「どうしてアンにこれを?」
「キミに幸せになって欲しくて」
「アンに?」
「ずっと、何かをプレゼントしたいと思っていたんだ。ボクを知ってもらうのには、きっと彫金が一番だと思ったから」

「ヴェル?」
「アンジュさん」

 ヴェルが真剣な顔を浮かべてアンジュに向き直る。そのひたむきさに、思わずアンジュも息をのんでいた。

「ボクと結婚を前提に付き合って欲しい」
「え……ええっ?!」
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