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○2章 仲居娘たちの日常

2-1 『可愛い目覚まし?』

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 てんやわんやの一日だった。

 何の計画も立てずに山に入って迷っただけでも相当に阿呆なことだが、それに加え、理解を超えた人外の住まう館に足を踏み入れてしまったのだ。 しかもそこに長居をする羽目になるとは思いもしなかった。

 いきなり起こったたくさんの出来事に頭の整理が追いつかなくなりそうだ。

 しかし長い山道の疲れもあってか、ひとたび布団に入ってしまうと、意識はあっという間にまどろみの中へと沈んでいった。

 気がつくと目の前が明るくなっている。
 いつ寝たのかもわからないくらいだった。

 眠った実感はあまりないが、酷使した足の裏の痛みや身体の疲れは取れていた。

 じっとしていると窓の外から小鳥のさえずりが聞こえてくる。見上げた天井の板には煤けたような黒いシミがたくさんついていて、一人暮らしの部屋の漂白されたように綺麗過ぎる白い壁紙とは大違いだった。

「はあ、いま何時だ」

 傍に置いていたはずのスマホを手で探る。
 足元の方にでも動かしてしまったのだろうかと、布団を手当たり次第に叩いて回ってみた。

 と、俺の太もも辺りを叩くとなにかがあった。

 布団のくせに何故か固い。
 よく見ると、丸い何かが布団にかぶさっているらしい。
 しかしそれはずいぶんと幅が広く円形で、大きな卵が入っているかのようだ。

「なんだ、これ」

 鞄でも置いていたのだろうか、と少し寝ぼけた頭で膨らみの表面を摩ってみる。

 まずは上の方。ほとんど平らだ。続いて横の方を触ってみると、滑らかな曲線の丸みを見つけ、それをなぞるようにわさわさと摩っていった。

 すると、

「ひゃん」

 と女の子の声がした。
 慌てて掛け布団を全て取り払ってみると、どういうわけか、背を丸めて横になっているサチの姿があった。

「な、なんでここにいるんだ」

 俺は反射的に立ち上がって布団からも退いてしまっていた。

 状況がわからない。
 だが女の子と一緒に入っている場面など誰かに見られては、変な誤解を与えかねないだろう。

 姿が露になってもサチは目を閉じたままだ。
 自分の腕を枕に幸せそうな寝顔を浮かべていた。

 少し経って眩く感じたのか、目をこすってようやく思い瞳を持ち上がらせる。俺と目が合うと、すっきりと爽やかな笑顔を浮かべてみせた。

「そこでなにやってるんだ」
「おはよ、せんせー」
「おはよ、じゃない。なんで布団に入ってるんだ」

「えっとね。朝ごはんの準備ができたからせんせーを起こしに行けって言われたの。ご飯の時間とっくに過ぎてるからって」

 そう言うと、サチはまた瞼を落としてしまった。

 確かに、朝食は七時半と言っていたがもう十分ほど過ぎてしまっている。何一つサチが眠っている説明になっていないが。

「おい、起こしに来たお前が寝てたら駄目だろ」
「眠ってるせんせーを見てたらサチもなんだか眠たくなっちゃったんだー」
「なんでだよ」
「うーん。せんせーは眠たくないの?」

「まあ、起きたばかりだからそりゃあまだ眠いけどさ。でももう朝だし、食事も用意してくれてるんだろ」
「朝だから起きなきゃいけないって誰が決めたのー」

 ひどい屁理屈に頭が痛くなりそうだ。
 サチはすっかり声が蕩け、眠る体勢に入ってしまっている。

 こいつ、本当に眠るつもりだ。

「寝たいときに寝る。食べたい時に食べる。サチはそれで幸せだなあ」
「単純なやつだ」
「よくぼーには忠実になるべきだよ。それが大人なんだって、前にテレビで言ってた。チャンネル二つしか映らないけど」

「どんだけ田舎なんだよここ」
「えへへ。というわけでおやすみ、せんせー」

 寝言のように呟いている。
 構わず寝続けようとする少女に、俺は呆れた溜め息を漏らした。

 浴衣を袖を腕までまくる。
 そして深く息を吸い込むと、腰を屈めて思い切り敷布団を引っ張ったのだった。

 少女の小さな体が、回転しながら僅かに浮かんで宙を舞う。
 フィギュアスケート顔負けのトリプルアクセルのように切れのいい回転だ。

 我ながら曲芸の才能があるかもしれない。
 自分でも褒めたくなるほど、テーブルクロス抜きのような見事な手際であった。
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