6 / 44
○2章 仲居娘たちの日常
2-1 『可愛い目覚まし?』
しおりを挟む
てんやわんやの一日だった。
何の計画も立てずに山に入って迷っただけでも相当に阿呆なことだが、それに加え、理解を超えた人外の住まう館に足を踏み入れてしまったのだ。 しかもそこに長居をする羽目になるとは思いもしなかった。
いきなり起こったたくさんの出来事に頭の整理が追いつかなくなりそうだ。
しかし長い山道の疲れもあってか、ひとたび布団に入ってしまうと、意識はあっという間にまどろみの中へと沈んでいった。
気がつくと目の前が明るくなっている。
いつ寝たのかもわからないくらいだった。
眠った実感はあまりないが、酷使した足の裏の痛みや身体の疲れは取れていた。
じっとしていると窓の外から小鳥のさえずりが聞こえてくる。見上げた天井の板には煤けたような黒いシミがたくさんついていて、一人暮らしの部屋の漂白されたように綺麗過ぎる白い壁紙とは大違いだった。
「はあ、いま何時だ」
傍に置いていたはずのスマホを手で探る。
足元の方にでも動かしてしまったのだろうかと、布団を手当たり次第に叩いて回ってみた。
と、俺の太もも辺りを叩くとなにかがあった。
布団のくせに何故か固い。
よく見ると、丸い何かが布団にかぶさっているらしい。
しかしそれはずいぶんと幅が広く円形で、大きな卵が入っているかのようだ。
「なんだ、これ」
鞄でも置いていたのだろうか、と少し寝ぼけた頭で膨らみの表面を摩ってみる。
まずは上の方。ほとんど平らだ。続いて横の方を触ってみると、滑らかな曲線の丸みを見つけ、それをなぞるようにわさわさと摩っていった。
すると、
「ひゃん」
と女の子の声がした。
慌てて掛け布団を全て取り払ってみると、どういうわけか、背を丸めて横になっているサチの姿があった。
「な、なんでここにいるんだ」
俺は反射的に立ち上がって布団からも退いてしまっていた。
状況がわからない。
だが女の子と一緒に入っている場面など誰かに見られては、変な誤解を与えかねないだろう。
姿が露になってもサチは目を閉じたままだ。
自分の腕を枕に幸せそうな寝顔を浮かべていた。
少し経って眩く感じたのか、目をこすってようやく思い瞳を持ち上がらせる。俺と目が合うと、すっきりと爽やかな笑顔を浮かべてみせた。
「そこでなにやってるんだ」
「おはよ、せんせー」
「おはよ、じゃない。なんで布団に入ってるんだ」
「えっとね。朝ごはんの準備ができたからせんせーを起こしに行けって言われたの。ご飯の時間とっくに過ぎてるからって」
そう言うと、サチはまた瞼を落としてしまった。
確かに、朝食は七時半と言っていたがもう十分ほど過ぎてしまっている。何一つサチが眠っている説明になっていないが。
「おい、起こしに来たお前が寝てたら駄目だろ」
「眠ってるせんせーを見てたらサチもなんだか眠たくなっちゃったんだー」
「なんでだよ」
「うーん。せんせーは眠たくないの?」
「まあ、起きたばかりだからそりゃあまだ眠いけどさ。でももう朝だし、食事も用意してくれてるんだろ」
「朝だから起きなきゃいけないって誰が決めたのー」
ひどい屁理屈に頭が痛くなりそうだ。
サチはすっかり声が蕩け、眠る体勢に入ってしまっている。
こいつ、本当に眠るつもりだ。
「寝たいときに寝る。食べたい時に食べる。サチはそれで幸せだなあ」
「単純なやつだ」
「よくぼーには忠実になるべきだよ。それが大人なんだって、前にテレビで言ってた。チャンネル二つしか映らないけど」
「どんだけ田舎なんだよここ」
「えへへ。というわけでおやすみ、せんせー」
寝言のように呟いている。
構わず寝続けようとする少女に、俺は呆れた溜め息を漏らした。
浴衣を袖を腕までまくる。
そして深く息を吸い込むと、腰を屈めて思い切り敷布団を引っ張ったのだった。
少女の小さな体が、回転しながら僅かに浮かんで宙を舞う。
フィギュアスケート顔負けのトリプルアクセルのように切れのいい回転だ。
我ながら曲芸の才能があるかもしれない。
自分でも褒めたくなるほど、テーブルクロス抜きのような見事な手際であった。
何の計画も立てずに山に入って迷っただけでも相当に阿呆なことだが、それに加え、理解を超えた人外の住まう館に足を踏み入れてしまったのだ。 しかもそこに長居をする羽目になるとは思いもしなかった。
いきなり起こったたくさんの出来事に頭の整理が追いつかなくなりそうだ。
しかし長い山道の疲れもあってか、ひとたび布団に入ってしまうと、意識はあっという間にまどろみの中へと沈んでいった。
気がつくと目の前が明るくなっている。
いつ寝たのかもわからないくらいだった。
眠った実感はあまりないが、酷使した足の裏の痛みや身体の疲れは取れていた。
じっとしていると窓の外から小鳥のさえずりが聞こえてくる。見上げた天井の板には煤けたような黒いシミがたくさんついていて、一人暮らしの部屋の漂白されたように綺麗過ぎる白い壁紙とは大違いだった。
「はあ、いま何時だ」
傍に置いていたはずのスマホを手で探る。
足元の方にでも動かしてしまったのだろうかと、布団を手当たり次第に叩いて回ってみた。
と、俺の太もも辺りを叩くとなにかがあった。
布団のくせに何故か固い。
よく見ると、丸い何かが布団にかぶさっているらしい。
しかしそれはずいぶんと幅が広く円形で、大きな卵が入っているかのようだ。
「なんだ、これ」
鞄でも置いていたのだろうか、と少し寝ぼけた頭で膨らみの表面を摩ってみる。
まずは上の方。ほとんど平らだ。続いて横の方を触ってみると、滑らかな曲線の丸みを見つけ、それをなぞるようにわさわさと摩っていった。
すると、
「ひゃん」
と女の子の声がした。
慌てて掛け布団を全て取り払ってみると、どういうわけか、背を丸めて横になっているサチの姿があった。
「な、なんでここにいるんだ」
俺は反射的に立ち上がって布団からも退いてしまっていた。
状況がわからない。
だが女の子と一緒に入っている場面など誰かに見られては、変な誤解を与えかねないだろう。
姿が露になってもサチは目を閉じたままだ。
自分の腕を枕に幸せそうな寝顔を浮かべていた。
少し経って眩く感じたのか、目をこすってようやく思い瞳を持ち上がらせる。俺と目が合うと、すっきりと爽やかな笑顔を浮かべてみせた。
「そこでなにやってるんだ」
「おはよ、せんせー」
「おはよ、じゃない。なんで布団に入ってるんだ」
「えっとね。朝ごはんの準備ができたからせんせーを起こしに行けって言われたの。ご飯の時間とっくに過ぎてるからって」
そう言うと、サチはまた瞼を落としてしまった。
確かに、朝食は七時半と言っていたがもう十分ほど過ぎてしまっている。何一つサチが眠っている説明になっていないが。
「おい、起こしに来たお前が寝てたら駄目だろ」
「眠ってるせんせーを見てたらサチもなんだか眠たくなっちゃったんだー」
「なんでだよ」
「うーん。せんせーは眠たくないの?」
「まあ、起きたばかりだからそりゃあまだ眠いけどさ。でももう朝だし、食事も用意してくれてるんだろ」
「朝だから起きなきゃいけないって誰が決めたのー」
ひどい屁理屈に頭が痛くなりそうだ。
サチはすっかり声が蕩け、眠る体勢に入ってしまっている。
こいつ、本当に眠るつもりだ。
「寝たいときに寝る。食べたい時に食べる。サチはそれで幸せだなあ」
「単純なやつだ」
「よくぼーには忠実になるべきだよ。それが大人なんだって、前にテレビで言ってた。チャンネル二つしか映らないけど」
「どんだけ田舎なんだよここ」
「えへへ。というわけでおやすみ、せんせー」
寝言のように呟いている。
構わず寝続けようとする少女に、俺は呆れた溜め息を漏らした。
浴衣を袖を腕までまくる。
そして深く息を吸い込むと、腰を屈めて思い切り敷布団を引っ張ったのだった。
少女の小さな体が、回転しながら僅かに浮かんで宙を舞う。
フィギュアスケート顔負けのトリプルアクセルのように切れのいい回転だ。
我ながら曲芸の才能があるかもしれない。
自分でも褒めたくなるほど、テーブルクロス抜きのような見事な手際であった。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
【R18】泊まった温泉旅館はエッチなハプニングが起きる素敵なところでした
桜 ちひろ
恋愛
性欲オバケ主人公「ハル」
性欲以外は普通のOLだが、それのせいで結婚について悩むアラサーだ。
お酒を飲んだ勢いで同期の茜に勧められたある温泉旅館へ行くことにした。そこは紹介された人のみ訪れることのできる特別な温泉旅館だった。
ハルのある行動から旅館の秘密を知り、素敵な時間を過ごすことになる。
ほぼセックスしかしていません。
男性とのプレイがメインですが、レズプレイもあるので苦手な方はご遠慮ください。
絶倫、巨根、連続絶頂、潮吹き、複数プレイ、アナル、性感マッサージ、覗き、露出あり。
クラス転移で神様に?
空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。
異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。
そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。
異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。
龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。
現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
嫌われ者の悪役令息に転生したのに、なぜか周りが放っておいてくれない
AteRa
ファンタジー
エロゲの太ったかませ役に転生した。
かませ役――クラウスには処刑される未来が待っている。
俺は死にたくないので、痩せて死亡フラグを回避する。
*書籍化に際してタイトルを変更いたしました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる