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○第2話 三つ目看板猫となかよし夫婦
-5 『夢』
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「――よし、これで大丈夫だよね。買い忘れは……ないかな?」
サイフォンに使うろ過用紙、ダイヤモンド加工のスポンジ、布巾などなど。いくつかの店を回ってお使いの品を買って回った美咲の手には、大きなレジ袋が二つも提げられていた。
「うう。一個一個は軽いけど、束になると地味に重いよお。二の腕ぷにぷにがマシになったりするかなあ」
ソルテは泣き言を吐きながら歩く美咲の足元を歩く。
道中、沙織の職場である市民センターの前を横切った。
今日は土曜日だったが人が多く、子連れの主婦や老人が、室内の透明ガラス張りの遊具スペースで遊んでいる光景が見えた。
柔らかいゴムボールだったりフラフープだったり、変えにいくつも並んだ光るボタンをタッチするゲームだったり。無邪気に走り回っている子どもたちを保護者たちが見守る様子には、冬の寒さにも負けない温かさがある――とマスターがよく口にしている。
美咲は敷地の前に立てられている掲示板を眺めた。
そこにはセンターで行われる行事案内などの張り紙が並んでいた。
一番大きくカラー印刷されているのは、二十五日に開催されるクリスマス会の告知だ。地元の子ども会が主導して、近隣の介護施設などのご老人たちを招いて子どもたちと交流させるというものだ。
「いいねー、クリスマス会。十二月だもんね。ケーキ。ケーキ食べたいなあ。クリスマス会楽しそうだね、ソルテ」
話を振られるが、もちろんソルテには興味がない。
そんな催しがあろうともソルテには関係がないからだ。
「ここもいろいろやってるんだなー。茶道教室。習字。ボードゲーム会。あ、見て。絵画教室だって。そんなのもあるんだー。週末のお昼から、誰でも通える無料の絵画教室……へえ、いいなあ。やっぱり趣味とかあったほうがいいのかなあ。私、どうしても夢中になってやりたいことなんて、いままで何もなかったし……」
ふと一瞬だけ物思いに耽る様子で美咲が中空を眺めた。だがすぐにけろりと顔を改めると、
「……帰ろっか」と足元のソルテに微笑んだ。
むしろさっさと歩け、とばかりにソルテは立腹である。
早く帰って、暖かい店の中で昼寝をしなければならないのだ。
しかし再び帰路に戻ったかと思った矢先、また美咲は足を止めた。
「……あ」と少女の声が漏れる。
その視線の先には、近くにあったプレハブの宝くじ売り場の前で立ち尽くしているおばあさんの姿があった。先ほど買った花束を胸に、ぼうっと売り場の看板を眺めるように顔を持ち上げている。
「こんにちは」
美咲がまた声をかける。
「あら、どうも」とおばあさんが驚いた顔でお辞儀をした。隣のおじいさんは相変わらず石のように無愛想だ。
「奇遇ですね」
「本当に奇遇ね。人の縁というものは一期一会と言うもの。こうして何度も出会うのは何かご縁があるのかもしれないわね」
「素敵な縁だといいですね」
「可愛いお嬢さんに声をかけてもらえて、悪い縁のはずがないわ」
「か、可愛い! 聞いた、ソルテ? いやー、照れちゃいますよー」
頬を赤くして照れる美咲に、なんとも軽い女だ、とソルテは呆れる思いだった。
「そういえば、こんなところでじっとしてどうしたんですか」
「そうねえ。ちょっと迷っていて」
「迷う? 宝くじを買うんですか?」
美咲の問いに、おばあさんは少しの間沈黙してどこか遠くを見るように呆けた。
「旦那と一緒に毎年買っていたの。年末の宝くじ。でも、今年はどうしようかと思って」
「ああー。当たるといま四億円でしたっけ。夢がありますもんね」
ちょうど店頭でも張り紙で広告が出されている。一等四億円。年末の夢の宝くじ。二人が話している間も、若い男性が分厚い束で買って帰っていた。
「毎年ってどれくらいですか」
「もう三十年以上は経つかしら。この宝くじが始まってあまり間もないころから買っていたから」
「うわあ、すごい」
「旦那が好きでね、こういうの。毎年買っては、私に『これを当てて、いつかお前を世界一周旅行に連れて行ってやるからな』なんて言ってたものよ。新婚旅行に行けなかった昔の私が旅行に出かけたいって言ったのをきっと気にしていたのね。当時は旦那の給料も少なくて生活が苦しかったから。それからは毎年、一緒に買いに来るのが恒例になってたわ。でも結局当たらずじまい。気がつけばこんな歳になっちゃった」
ふふっ、と笑みを浮かべるおばあさんの隣で、おじいさんがバツが悪そうに目を背けた。妻の前で格好つけた手前、恥ずかしいのも頷ける。立つ瀬がないとばかりに、気まずい顔で苦笑を浮かべていた。
「もう無理なのかなって思うと、買おうかどうかも迷っちゃって。まあ、宝くじなんてそうそう当たるものでもないし。所詮は夢物語だったのかしらね」
そう言って笑うおばあさんは、どこか哀しげで、儚く見えた。
隣に佇むおじいさんも、ただ申し訳なさそうに顔をひそめて見ているばかりだった。
サイフォンに使うろ過用紙、ダイヤモンド加工のスポンジ、布巾などなど。いくつかの店を回ってお使いの品を買って回った美咲の手には、大きなレジ袋が二つも提げられていた。
「うう。一個一個は軽いけど、束になると地味に重いよお。二の腕ぷにぷにがマシになったりするかなあ」
ソルテは泣き言を吐きながら歩く美咲の足元を歩く。
道中、沙織の職場である市民センターの前を横切った。
今日は土曜日だったが人が多く、子連れの主婦や老人が、室内の透明ガラス張りの遊具スペースで遊んでいる光景が見えた。
柔らかいゴムボールだったりフラフープだったり、変えにいくつも並んだ光るボタンをタッチするゲームだったり。無邪気に走り回っている子どもたちを保護者たちが見守る様子には、冬の寒さにも負けない温かさがある――とマスターがよく口にしている。
美咲は敷地の前に立てられている掲示板を眺めた。
そこにはセンターで行われる行事案内などの張り紙が並んでいた。
一番大きくカラー印刷されているのは、二十五日に開催されるクリスマス会の告知だ。地元の子ども会が主導して、近隣の介護施設などのご老人たちを招いて子どもたちと交流させるというものだ。
「いいねー、クリスマス会。十二月だもんね。ケーキ。ケーキ食べたいなあ。クリスマス会楽しそうだね、ソルテ」
話を振られるが、もちろんソルテには興味がない。
そんな催しがあろうともソルテには関係がないからだ。
「ここもいろいろやってるんだなー。茶道教室。習字。ボードゲーム会。あ、見て。絵画教室だって。そんなのもあるんだー。週末のお昼から、誰でも通える無料の絵画教室……へえ、いいなあ。やっぱり趣味とかあったほうがいいのかなあ。私、どうしても夢中になってやりたいことなんて、いままで何もなかったし……」
ふと一瞬だけ物思いに耽る様子で美咲が中空を眺めた。だがすぐにけろりと顔を改めると、
「……帰ろっか」と足元のソルテに微笑んだ。
むしろさっさと歩け、とばかりにソルテは立腹である。
早く帰って、暖かい店の中で昼寝をしなければならないのだ。
しかし再び帰路に戻ったかと思った矢先、また美咲は足を止めた。
「……あ」と少女の声が漏れる。
その視線の先には、近くにあったプレハブの宝くじ売り場の前で立ち尽くしているおばあさんの姿があった。先ほど買った花束を胸に、ぼうっと売り場の看板を眺めるように顔を持ち上げている。
「こんにちは」
美咲がまた声をかける。
「あら、どうも」とおばあさんが驚いた顔でお辞儀をした。隣のおじいさんは相変わらず石のように無愛想だ。
「奇遇ですね」
「本当に奇遇ね。人の縁というものは一期一会と言うもの。こうして何度も出会うのは何かご縁があるのかもしれないわね」
「素敵な縁だといいですね」
「可愛いお嬢さんに声をかけてもらえて、悪い縁のはずがないわ」
「か、可愛い! 聞いた、ソルテ? いやー、照れちゃいますよー」
頬を赤くして照れる美咲に、なんとも軽い女だ、とソルテは呆れる思いだった。
「そういえば、こんなところでじっとしてどうしたんですか」
「そうねえ。ちょっと迷っていて」
「迷う? 宝くじを買うんですか?」
美咲の問いに、おばあさんは少しの間沈黙してどこか遠くを見るように呆けた。
「旦那と一緒に毎年買っていたの。年末の宝くじ。でも、今年はどうしようかと思って」
「ああー。当たるといま四億円でしたっけ。夢がありますもんね」
ちょうど店頭でも張り紙で広告が出されている。一等四億円。年末の夢の宝くじ。二人が話している間も、若い男性が分厚い束で買って帰っていた。
「毎年ってどれくらいですか」
「もう三十年以上は経つかしら。この宝くじが始まってあまり間もないころから買っていたから」
「うわあ、すごい」
「旦那が好きでね、こういうの。毎年買っては、私に『これを当てて、いつかお前を世界一周旅行に連れて行ってやるからな』なんて言ってたものよ。新婚旅行に行けなかった昔の私が旅行に出かけたいって言ったのをきっと気にしていたのね。当時は旦那の給料も少なくて生活が苦しかったから。それからは毎年、一緒に買いに来るのが恒例になってたわ。でも結局当たらずじまい。気がつけばこんな歳になっちゃった」
ふふっ、と笑みを浮かべるおばあさんの隣で、おじいさんがバツが悪そうに目を背けた。妻の前で格好つけた手前、恥ずかしいのも頷ける。立つ瀬がないとばかりに、気まずい顔で苦笑を浮かべていた。
「もう無理なのかなって思うと、買おうかどうかも迷っちゃって。まあ、宝くじなんてそうそう当たるものでもないし。所詮は夢物語だったのかしらね」
そう言って笑うおばあさんは、どこか哀しげで、儚く見えた。
隣に佇むおじいさんも、ただ申し訳なさそうに顔をひそめて見ているばかりだった。
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