5 / 30
○第1話 三つ目看板猫とミステリー少女
-5 『未練』
しおりを挟む
「あれ、美咲じゃん」
喫茶店へと歩を戻してしばらく。
少女がソルテを抱きかかえて少年のメッセージのメモを眺めながら進んでいると、また少女を呼び止める声が聞こえてきた。
いったいこの短時間にどれだけ声をかけられるのか。
ソルテならば辟易して逃げ出したくなっていることだろう。
『自分本位』こそソルテの座右の銘である。
しかし当の少女は一切の渋面も浮かべずに声の方へと振り返った。
声をかけてきたのは少女と同じ制服を着た短髪の女の子だった。
横断歩道の向こうから手を振りながらやってきた。やや日に焼けたような褐色の肌をしていて、背が高く手足の長い活発なスポーツ少女といった雰囲気だ。親しげな様子からして仲のいい友達なのだろう。
「なにやってるの……ってそれ、片山から渡されたって言ってたやつじゃん」
友達が、少女が手にしている紙に気付く。
「まだそれのことを考えてるんだ」
「うん。まあ、ね」
「そんなに深く考える必要あるのかなあ。いくら考えたところでもう片山には聞けないんだし」
「……そうだけどさ」
「私は書いてるそのまんまの意味だと思うけどね。たしかサッカー観に行った帰りに事故にあったんだっけ。それで下半身不随でしょ。年がら年中サッカーのことしか考えてなかった片山からすればよっぽどショックだったんだよ。もうあんだけ大好きだったサッカーできないんだもん。あいつ、卒業アルバムにもプロのサッカー選手になるって大見得切ってたでしょ。県の選抜にも選ばれてさ。言っちゃなんだけど、自殺するのも理解できなくはないかな」
「……うん」
少女は視線を落として大人しく頷くばかりだ。
「まだ片山のことが好きなの?」
友達の言葉に、少女は一瞬だけ眉を持ち上げて唇を噛んだ。
「もう二年も経っちゃったし、今でも好きかどうかわかんないや。でもわざわざこうやって私に託してきたってことは、私はその意味をちゃんと知らなきゃいけないのかなって」
「真面目だね」
「そうかな」
「そうだよ」
「変、かな」
「変じゃないけど……ちょっと心配。いくら答えを探しても、もうその真意を聞ける相手はいないんだよ」
「……うん。だね」
「一度は気持ちの整理もつけたんだし。自分からぶり返させる必要もないよ。また、思い出して美咲が傷つくかもしれないし」
「それはまあ、そうだけど」
歯切れ悪く少女が答える。
顔を俯かせては、怪訝に表情をしかめ続けていた。
余程重たい事情があるのだろうと、関係のないソルテにも雰囲気からして伝わってくる。
しかしソルテからすればそれらの会話はとてもどうでもいいものだ。ついつい欠伸が出てしまう。
人間たちの悩みは随分と難しい。
もっと短絡に生きればいいものを。
先のことを思案するとすれば、今日の夕飯はなんだろう、と期待に胸を膨らませるくらいが丁度いい。新品の高級な猫缶ならば最高。おじやのような味の薄い安物ならばがっかりである。その程度の一喜一憂を考えるだけででソルテには十分なのだ。
「ふにゃああああ」と退屈すぎてまた物凄く大きな欠伸が漏れてしまった。情けない声まで出てしまう。涙も浮かんできそうだ。
「ふふっ、ごめんね。キミには退屈な話だったね」
少女の横顔に笑顔が戻った。
「あー駄目だ駄目だ。アンニュイ入ってたらテンションさがっちゃう!」
ぱんぱん、と少女が自分の両頬を叩く。
ソルテも驚いてびくりと体を震わせてしまった。
それから少女は心の靄を振り払うように顔を振り回し、
「私、もうちょっと頑張ってみるよ。ありがと、心配してくれて」
ソルテの頭を撫でながら、友達にそう言って空を仰いだのだった。
喫茶店へと歩を戻してしばらく。
少女がソルテを抱きかかえて少年のメッセージのメモを眺めながら進んでいると、また少女を呼び止める声が聞こえてきた。
いったいこの短時間にどれだけ声をかけられるのか。
ソルテならば辟易して逃げ出したくなっていることだろう。
『自分本位』こそソルテの座右の銘である。
しかし当の少女は一切の渋面も浮かべずに声の方へと振り返った。
声をかけてきたのは少女と同じ制服を着た短髪の女の子だった。
横断歩道の向こうから手を振りながらやってきた。やや日に焼けたような褐色の肌をしていて、背が高く手足の長い活発なスポーツ少女といった雰囲気だ。親しげな様子からして仲のいい友達なのだろう。
「なにやってるの……ってそれ、片山から渡されたって言ってたやつじゃん」
友達が、少女が手にしている紙に気付く。
「まだそれのことを考えてるんだ」
「うん。まあ、ね」
「そんなに深く考える必要あるのかなあ。いくら考えたところでもう片山には聞けないんだし」
「……そうだけどさ」
「私は書いてるそのまんまの意味だと思うけどね。たしかサッカー観に行った帰りに事故にあったんだっけ。それで下半身不随でしょ。年がら年中サッカーのことしか考えてなかった片山からすればよっぽどショックだったんだよ。もうあんだけ大好きだったサッカーできないんだもん。あいつ、卒業アルバムにもプロのサッカー選手になるって大見得切ってたでしょ。県の選抜にも選ばれてさ。言っちゃなんだけど、自殺するのも理解できなくはないかな」
「……うん」
少女は視線を落として大人しく頷くばかりだ。
「まだ片山のことが好きなの?」
友達の言葉に、少女は一瞬だけ眉を持ち上げて唇を噛んだ。
「もう二年も経っちゃったし、今でも好きかどうかわかんないや。でもわざわざこうやって私に託してきたってことは、私はその意味をちゃんと知らなきゃいけないのかなって」
「真面目だね」
「そうかな」
「そうだよ」
「変、かな」
「変じゃないけど……ちょっと心配。いくら答えを探しても、もうその真意を聞ける相手はいないんだよ」
「……うん。だね」
「一度は気持ちの整理もつけたんだし。自分からぶり返させる必要もないよ。また、思い出して美咲が傷つくかもしれないし」
「それはまあ、そうだけど」
歯切れ悪く少女が答える。
顔を俯かせては、怪訝に表情をしかめ続けていた。
余程重たい事情があるのだろうと、関係のないソルテにも雰囲気からして伝わってくる。
しかしソルテからすればそれらの会話はとてもどうでもいいものだ。ついつい欠伸が出てしまう。
人間たちの悩みは随分と難しい。
もっと短絡に生きればいいものを。
先のことを思案するとすれば、今日の夕飯はなんだろう、と期待に胸を膨らませるくらいが丁度いい。新品の高級な猫缶ならば最高。おじやのような味の薄い安物ならばがっかりである。その程度の一喜一憂を考えるだけででソルテには十分なのだ。
「ふにゃああああ」と退屈すぎてまた物凄く大きな欠伸が漏れてしまった。情けない声まで出てしまう。涙も浮かんできそうだ。
「ふふっ、ごめんね。キミには退屈な話だったね」
少女の横顔に笑顔が戻った。
「あー駄目だ駄目だ。アンニュイ入ってたらテンションさがっちゃう!」
ぱんぱん、と少女が自分の両頬を叩く。
ソルテも驚いてびくりと体を震わせてしまった。
それから少女は心の靄を振り払うように顔を振り回し、
「私、もうちょっと頑張ってみるよ。ありがと、心配してくれて」
ソルテの頭を撫でながら、友達にそう言って空を仰いだのだった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】悪女のなみだ
じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」
双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。
カレン、私の妹。
私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。
一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。
「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」
私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。
「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」
罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。
本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
拝啓、私を追い出した皆様 いかがお過ごしですか?私はとても幸せです。
香木あかり
恋愛
拝啓、懐かしのお父様、お母様、妹のアニー
私を追い出してから、一年が経ちましたね。いかがお過ごしでしょうか。私は元気です。
治癒の能力を持つローザは、家業に全く役に立たないという理由で家族に疎まれていた。妹アニーの占いで、ローザを追い出せば家業が上手くいくという結果が出たため、家族に家から追い出されてしまう。
隣国で暮らし始めたローザは、実家の商売敵であるフランツの病気を治癒し、それがきっかけで結婚する。フランツに溺愛されながら幸せに暮らすローザは、実家にある手紙を送るのだった。
※複数サイトにて掲載中です
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる