上 下
38 / 46
○3章 旅館のあり方

 -10『作戦会議』

しおりを挟む
「とはいえ、どうやってこの状況を打破するかだな」

 ロビーの一角の椅子に腰掛け、俺たちは作戦会議を始めた。アーシェはゲームをすると言って立ち去ってしまったが、シエラとエルナトは残ってくれている。

「あの中條という方、おそらく相当な立場の人なのでしょう。エルナトさんが翻訳魔法を切った言葉もしっかり理解されていました。私のように介入魔法を使ったのか、それともすでに異界語を習得されているのか。どちらにしても一朝一夕でできるようなものではありません」

「さすが政府が使わしてくるエリート。そんな人が眼を光らせて監視してきてるわけか」

 現状としてふみかさんをはじめ、従業員たちは客との接触を最低限に絞っている節がある。プライベートの余計な干渉が、俺のように政府に目をつけられる事態を招きかねないという警戒心に繋がってしまっているようだ。

「私たち異世界人の方々と親しくしても問題ありませんよ、と提示する必要がありますね」

 俺が作ってしまった、従業員と客の間にできた垣根の排除。
 それこそが以前の旅館の活気を取り戻す最重要事項だろう。

「何か異世界間の交流を深める催しごとを開催するとか?」

 エルナトが提案するが、しかし俺は素直に頷けなかった。
 具体性がない上、あまり大体的なものには予算がかかるし、時間もかかる。

 もちろんアルバイトの俺が適当に考えたイベントに経費など落ちるはずもなく、せいぜいふみかさんに案を提出できる程度だろう。実現の目処は薄い。

「じゃあさ。何か観光場所をつくって案内するとか」
「観光場所?」

「そうだよ。この旅館の新しい目玉を作るんだよ。これが上手くいけば客の入りも更によくなって、旅館に貢献してることになるでしょ。そうなればいくら上の立場の人間だって、売り上げの貢献人を簡単には解雇できないはずだよ。人が増えれば活気も出るし、この旅館も大賑わいになるよ」
「そう都合よくいくかどうか」

 エルナトの提案は一理ないこともない。
 異世界客からこの旅館の評判が上がるのは政府にとって願ってもないことだ。

 友好的な親密性の保持。異世界の外貨の獲得。
 政治的観点からしても、客が増えること自体は大喜びだ。
 活気が増えれば客との交流も深まり、元の喧騒を取り戻せる可能性はある。

「なにか、観光場所になりそうなところはありますか?」

 シエラに尋ねられ俺はしばし思案してみたが、これといって思いつかない。
 そもそも、あるならば両親が経営していた頃からそれを推して観光地にしていただろう。

「――いや、待てよ」

 と、俺はふと昨夜の夢のことを思い出していた。
 誰でも一度見れば感嘆の声を漏らしそうな綺麗な光景。それに心当たりがある。

「蛍だ」と俺は言葉をこぼした。

「ほたる? ハル、なにそれ?」

 エルナトが小首を傾げる。

「そうか。そっちの世界にはいないのか。綺麗な水があるところにだけ住む昆虫なんだけど、それが綺麗な光を出すんだよ」

 今はまだ六月。蛍のシーズンはまだ過ぎ去っていないはずだ。

 あそこにいた蛍が本物ならば、もしかすると今だってそこにいるかもしれない。真っ暗な洞窟を明るく照らし出すほどの幻想的な光景だ。ちょっとした観光物としての期待はできるだろう。

「ねえ、それってどこで見れるの」

 エルナトの問いに、俺は首を振った。

「わからない。俺も、確かに前にそこに行った記憶はあるんだ。でも、そこから帰ったときの記憶がないんだよ。だから正確な場所はわからない。でも確かに見たんだ。あの川の流れる洞窟で、奥に広がっていた滝つぼから蛍の光がたくさん溢れ出ているのを」

 曖昧な幼少時の記憶の断片でしかない。
 だが不思議と、それは存在するのではないかという自信はあった。

「探してみよう。おおまかな場所の予想ならつけられる」

 俺の言葉に、エルナトもシエラも頷いた

「うん、やろう」
「やりましょう」

 二人の快い肯定。だが、返事はそれだけではなかった。

「その場所。私にも案内しなさい」

 ゲームコーナーに向かったはずのアーシェが、いつの間にか俺の真後ろに立っていた。腕を組んで仁王立ちし、命令だといわんばかりだに上からの物言いだ。

 いつになく乗り気な彼女に驚きながらも、俺は二つ返事で受け入れた。

   ◇

 フロントでエルナトとシエラの外出許可を申請し、了承を得た上で旅館の裏山に出かけた。

 エルナトとシエラにはGPSのついたカードが渡され、責任者として記名した俺の監督下で行動するように言い渡されている。アーシェは元々特別な許可があるので顔パスのように外へ出ていた。

「なんだかわくわくしますね」

 旅館の裏山の草木を分け入り獣道を進む中、シエラが楽しそうに声を弾ませる。

 そんな彼女を遠目から見守る視線がある。マリーディアだ。
 彼女もこっそりと、エルナトたちの外出許可証に自分の名前を紛れ込ませていた。気づいているのはフロントの担当者と俺だけだろう。

 これでシエラに怪我でもさせれば、またマリーディアの怒りを買うことになりかねない。

「足元、気をつけろよ」

 念入りに周囲を見回して雑草や不安定な足場の少ない道を選びつつ、山奥へと進んでいく。

 一列に並ぶ様子は昔にゲームでやった勇者一行のような気分だ。
 実際にエルフや有翼の天族が混じっているのだから再現度は高い。

 小さい頃はここで遊ぶことも多かったこともあり、裏山は俺にとって、見知った場所も多い庭のようなものだった。

 目的地は川の流れる洞窟。

 野山を歩いていた俺が川に流されたということは、洞窟に流れている川の上流は外にあるはずだ。つまり上流では普通に地上を下っていた川が、どこかで地中にもぐり、洞窟の中に噴出している。

 上流の川の場所はわかる。
 山の麓にも、どこかから湧き出てきた川がある。つまり、それらの川の中間地点に、暗渠を通る水路のように流れる洞窟の川があるはずだ。

 その場所を予想し、俺は土地勘を頼りに足を進めた。
 たどり着いたのは幾つもの岩石が組みあがったような切り立った断層崖だった。

「上流と下流の川の位置関係を見ると、ちょうどこのあたりになるはずだ」

 このどこかに洞窟があるのだろうか。
 ざらついた岩肌ばかりが広がる断崖を眺めてみるが、それらしい横穴などはまったく見当たらない。

「下流の川からたどるべきだったかな。とはいえ、そうなるとけっこう遠くになっちゃうな」
「本当にあるの?」

 ぶうたれるエルナトの問いに、俺は自信を持って言葉を返せなかった。

 あの洞窟での出来事は、すべて夢の中の出来事だったのだろうか。
 現実には存在しなくて、ただ幼かった俺が夢と現実を混同させてしまったのだろうか。

 蛍がいる滝つぼなんて。
 洞窟の中を流れる川なんて、本当はないのかもしれない。

 結局、日が暮れるまでの一時間ほどを、俺たちは無駄に費やすことになってしまった。エルナトも疲れ果てた様子で座り込み、シエラは汗にまみれた俺にハンカチのような布キレを渡してくれた。

「お疲れ様です、ハルさん。見つからないのでしたら仕方がありません。別の案を考えるしかありませんね」
「そうだな。蛍がいるかどうか以前に、その場所すら見つけられないんじゃどうしようもない。暗くなる前にそろそろ戻るか」
「はい、残念ですが」

 せっかく意気込んで来てみたものの何の成果も得ることができず、これからどうすればいいのだろうという焦燥が募るばかりだ。

 肩を落として踵を返すシエラたちの隣で、しかしアーシェだけは周囲の壁を未だ執念深く見つめていた。

「アーシェ、帰るぞ」

 俺が声をかけて来た道を戻り始めてからもしばらく、アーシェはまるで何かに固執するかのように、そこから離れようとすることはなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

社畜の俺の部屋にダンジョンの入り口が現れた!? ダンジョン配信で稼ぐのでブラック企業は辞めさせていただきます

さかいおさむ
ファンタジー
ダンジョンが出現し【冒険者】という職業が出来た日本。 冒険者は探索だけではなく、【配信者】としてダンジョンでの冒険を配信するようになる。 底辺サラリーマンのアキラもダンジョン配信者の大ファンだ。 そんなある日、彼の部屋にダンジョンの入り口が現れた。  部屋にダンジョンの入り口が出来るという奇跡のおかげで、アキラも配信者になる。 ダンジョン配信オタクの美人がプロデューサーになり、アキラのダンジョン配信は人気が出てくる。 『アキラちゃんねる』は配信収益で一攫千金を狙う!

エロゲーの悪役に転生した俺、なぜか正ヒロインに溺愛されてしまった件。そのヒロインがヤンデレストーカー化したんだが⁉

菊池 快晴
ファンタジー
入学式当日、学園の表札を見た瞬間、前世の記憶を取り戻した藤堂充《とうどうみつる》。 自分が好きだったゲームの中に転生していたことに気づくが、それも自身は超がつくほどの悪役だった。 さらに主人公とヒロインが初めて出会うイベントも無自覚に壊してしまう。 その後、破滅を回避しようと奮闘するが、その結果、ヒロインから溺愛されてしまうことに。 更にはモブ、先生、妹、校長先生!? ヤンデレ正ヒロインストーカー、不良ヤンキーギャル、限界女子オタク、個性あるキャラクターが登場。 これは悪役としてゲーム世界に転生した俺が、前世の知識と経験を生かして破滅の運命を回避し、幸せな青春を送る為に奮闘する物語である。

処理中です...