15 / 46
○2章 あやめ荘の愛おしき日常
-3 『誘い』
しおりを挟む
「今日もよろしくねん」
ミストで潤うマッサージルームで、ごつごつにしたゴーレム族の女性――通称・ゴーレム嬢がベッドに横たわった。
相撲取りでも有り余る大きさの浴衣を脇に畳み、石碑のような綺麗な岩肌を露にしている。モアイ像のような顔を伏せさせているので、見えているのはおそらく背中だろう。
グラビアで水着の女の子がうつ伏せに寝そべる格好と同じはずなのに、目の前のそれはどう見ても、ただの岩、あるいは分厚い鉄板だ。
「もう、ジロジロ見ちゃいやよお」と茶目っ気を含んだような声で言うゴーレム嬢に、俺は業務的な笑顔を返すので精一杯だった。
マッサージは館内サービスの一つだ。
とは言っても本格的なものではなく、あくまで無料で簡易的なものである。
ゴーレム嬢は隔日くらいの頻度でマッサージにやって来る常連だった。
本来は同性のスタッフが対応するのだが、どういうわけかゴーレム嬢はいつも俺を指名してくる。
「やっぱり坊やにしてもらうと気持ちいいわあ」
「それはよかったです」
「相性がいいのかしらあ」
「そうなんですかね」
「前に言った話、覚えているかしらあ」
「なんでしょうか」
「私のお屋敷に来ないかって話よお」
「あー、それはちょっと。たぶん親も許可してくれないんで」
「ご両親の許可をとればいいのねえ?」
「いやーダメですねー」
笑顔をへつらって応対する。
もはや毎度のことですっかり慣れたやり取りだ。
だが今日はいつもと違ってどうにもやりづらかった。
その原因はエルナトだった。相当に暇だったのだろう。
これからマッサージルームに行くのだと言うと、二つ返事に「ボクも行く!」と手を挙げたのだった。
ゴーレム嬢の許可も得てしまったし、邪魔をしないのならば別に構わない。だがさすがに視線が気になってしまう。
俺がゴーレム嬢の背中を摩ったり叩いたりする度に紛らわしい嬌声があがると、壁にもたれかかって遠目に眺めているエルナトが口許を隠してくすりと笑った。
喘ぐ巨岩を揉み解している姿はたしかに傍から見れば奇妙だろう。
「ああ、気持ちよかったわあ。またよろしくねえ」
数分間に渡る羞恥プレイを耐え抜き、どうにかマッサージを終えた。
ゴーレム嬢は満面の笑みを浮かべながら――岩なので表情筋もなにもないのだがおそらく――嬉しそうに声を弾ませて部屋へと帰っていった。
一仕事を追え、俺は大袈裟に一息ついた。ミストで汗ばんだ額を拭う。
これでマッサージは終わりだ。次は中庭の掃除が待っている。
その次は夕食に向けて仲居さんたちと準備。配膳の手伝いや客の誘導。
夕食の間には客室で布団を敷く作業もしなければならない。
客室から集めたゴミを裏のゴミ捨て場に持って行くのも俺の役目だ。
「さて、さっさと行くか」
気だるげに呟いていると、ふとエルナトが声をかけてきた。
「ねえ、ボクにもあれをやってよ」
「はあ? 一応は事前の予約制だから急には無理……ってなにやってるんだよ!」
振り返ると、エルナトはいつの間にか別のベッドに横たわっていた。
うつ伏せの格好で知らぬ間に服まで脱いでいる。下半身はタオルを被せて隠しているが、上半身はまるで無防備に露出されていた。
胸をベッドに押し付けているおかげでかろうじて肝心なところは見えていない。いや、もちろんエルナトは男なのだから見えても別に問題はないはずなのだが。
目の前のエルナトの一糸纏わぬ上半身に、先日の露天風呂での後姿を思い出した。途端、無性にいかがわしいものを見たように気分が昂ぶってしまった。
――ああダメだダメだ。こいつ、また俺の反応を見て遊ぼうとしてやがるんだ。
自分を制しようと言い聞かせる。
だがエルナトの綺麗な素肌が目に入るたびに意識してしまう。
――でもまあ男同士なのだし。
なにも問題のあることじゃないよな。ああ、もちろんだとも。
最終的に、誰に対しての言い訳かはわからないが、俺はそう納得して覚悟を決めた。
ミストで潤うマッサージルームで、ごつごつにしたゴーレム族の女性――通称・ゴーレム嬢がベッドに横たわった。
相撲取りでも有り余る大きさの浴衣を脇に畳み、石碑のような綺麗な岩肌を露にしている。モアイ像のような顔を伏せさせているので、見えているのはおそらく背中だろう。
グラビアで水着の女の子がうつ伏せに寝そべる格好と同じはずなのに、目の前のそれはどう見ても、ただの岩、あるいは分厚い鉄板だ。
「もう、ジロジロ見ちゃいやよお」と茶目っ気を含んだような声で言うゴーレム嬢に、俺は業務的な笑顔を返すので精一杯だった。
マッサージは館内サービスの一つだ。
とは言っても本格的なものではなく、あくまで無料で簡易的なものである。
ゴーレム嬢は隔日くらいの頻度でマッサージにやって来る常連だった。
本来は同性のスタッフが対応するのだが、どういうわけかゴーレム嬢はいつも俺を指名してくる。
「やっぱり坊やにしてもらうと気持ちいいわあ」
「それはよかったです」
「相性がいいのかしらあ」
「そうなんですかね」
「前に言った話、覚えているかしらあ」
「なんでしょうか」
「私のお屋敷に来ないかって話よお」
「あー、それはちょっと。たぶん親も許可してくれないんで」
「ご両親の許可をとればいいのねえ?」
「いやーダメですねー」
笑顔をへつらって応対する。
もはや毎度のことですっかり慣れたやり取りだ。
だが今日はいつもと違ってどうにもやりづらかった。
その原因はエルナトだった。相当に暇だったのだろう。
これからマッサージルームに行くのだと言うと、二つ返事に「ボクも行く!」と手を挙げたのだった。
ゴーレム嬢の許可も得てしまったし、邪魔をしないのならば別に構わない。だがさすがに視線が気になってしまう。
俺がゴーレム嬢の背中を摩ったり叩いたりする度に紛らわしい嬌声があがると、壁にもたれかかって遠目に眺めているエルナトが口許を隠してくすりと笑った。
喘ぐ巨岩を揉み解している姿はたしかに傍から見れば奇妙だろう。
「ああ、気持ちよかったわあ。またよろしくねえ」
数分間に渡る羞恥プレイを耐え抜き、どうにかマッサージを終えた。
ゴーレム嬢は満面の笑みを浮かべながら――岩なので表情筋もなにもないのだがおそらく――嬉しそうに声を弾ませて部屋へと帰っていった。
一仕事を追え、俺は大袈裟に一息ついた。ミストで汗ばんだ額を拭う。
これでマッサージは終わりだ。次は中庭の掃除が待っている。
その次は夕食に向けて仲居さんたちと準備。配膳の手伝いや客の誘導。
夕食の間には客室で布団を敷く作業もしなければならない。
客室から集めたゴミを裏のゴミ捨て場に持って行くのも俺の役目だ。
「さて、さっさと行くか」
気だるげに呟いていると、ふとエルナトが声をかけてきた。
「ねえ、ボクにもあれをやってよ」
「はあ? 一応は事前の予約制だから急には無理……ってなにやってるんだよ!」
振り返ると、エルナトはいつの間にか別のベッドに横たわっていた。
うつ伏せの格好で知らぬ間に服まで脱いでいる。下半身はタオルを被せて隠しているが、上半身はまるで無防備に露出されていた。
胸をベッドに押し付けているおかげでかろうじて肝心なところは見えていない。いや、もちろんエルナトは男なのだから見えても別に問題はないはずなのだが。
目の前のエルナトの一糸纏わぬ上半身に、先日の露天風呂での後姿を思い出した。途端、無性にいかがわしいものを見たように気分が昂ぶってしまった。
――ああダメだダメだ。こいつ、また俺の反応を見て遊ぼうとしてやがるんだ。
自分を制しようと言い聞かせる。
だがエルナトの綺麗な素肌が目に入るたびに意識してしまう。
――でもまあ男同士なのだし。
なにも問題のあることじゃないよな。ああ、もちろんだとも。
最終的に、誰に対しての言い訳かはわからないが、俺はそう納得して覚悟を決めた。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
異世界ネット通販物語
Nowel
ファンタジー
朝起きると森の中にいた金田大地。
最初はなにかのドッキリかと思ったが、ステータスオープンと呟くとステータス画面が現れた。
そしてギフトの欄にはとある巨大ネット通販の名前が。
※話のストックが少ないため不定期更新です。
バイクごと異世界に転移したので美人店主と宅配弁当屋はじめました
福山陽士
ファンタジー
弁当屋でバイトをしていた大鳳正義《おおほうまさよし》は、突然宅配バイクごと異世界に転移してしまった。
現代日本とは何もかも違う世界に途方に暮れていた、その時。
「君、どうしたの?」
親切な女性、カルディナに助けてもらう。
カルディナは立地が悪すぎて今にも潰れそうになっている、定食屋の店主だった。
正義は助けてもらったお礼に「宅配をすればどう?」と提案。
カルディナの親友、魔法使いのララーベリントと共に店の再建に励むこととなったのだった。
『温かい料理を運ぶ』という概念がない世界で、みんなに美味しい料理を届けていく話。
※のんびり進行です
マッチョな料理人が送る、異世界のんびり生活。 〜強面、筋骨隆々、とても強い。 でもとっても優しい男が異世界でのんびり暮らすお話〜
かむら
ファンタジー
身長190センチ、筋骨隆々、彫りの深い強面という見た目をした男、舘野秀治(たてのしゅうじ)は、ある日、目を覚ますと、見知らぬ土地に降り立っていた。
そこは魔物や魔法が存在している異世界で、元の世界に帰る方法も分からず、行く当ても無い秀治は、偶然出会った者達に勧められ、ある冒険者ギルドで働くことになった。
これはそんな秀治と仲間達による、のんびりほのぼのとした異世界生活のお話。
料理人がいく!
八神
ファンタジー
ある世界に天才料理人がいた。
↓
神にその腕を認められる。
↓
なんやかんや異世界に飛ばされた。
↓
ソコはレベルやステータスがあり、HPやMPが見える世界。
↓
ソコの食材を使った料理を極めんとする事10年。
↓
主人公の住んでる山が戦場になる。
↓
物語が始まった。
転生発明家は異世界で魔道具師となり自由気ままに暮らす~異世界生活改革浪漫譚~
夜夢
ファンタジー
数々の発明品を世に生み出し、現代日本で大往生を迎えた主人公は神の計らいで地球とは違う異世界での第二の人生を送る事になった。
しかし、その世界は現代日本では有り得ない位文明が発達しておらず、また凶悪な魔物や犯罪者が蔓延る危険な世界であった。
そんな場所に転生した主人公はあまりの不便さに嘆き悲しみ、自らの蓄えてきた知識をどうにかこの世界でも生かせないかと孤軍奮闘する。
これは現代日本から転生した発明家の異世界改革物語である。
異世界で魔工装具士になりました〜恩返しで作ったら色々と大変みたいです
SILVER・BACK(アマゴリオ)
ファンタジー
異世界に転生した青年は、独創的な発想とトライ&エラーを繰り返し、恩返しの為、義手 義足 義眼 を作った。
その発明は、世界に大きな影響を与え始める。彼を狙う権力者や金の亡者。しかし、それを許さず、阻止するために動く仲間達。そんな物語です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる