13 / 39
-3 『頭を引っこ抜きたくなる野菜』
しおりを挟む
気がつけば私の王都生活も二ヶ月を過ぎていた。
この貴族学園には夏の長期休暇に入る直前、内外の客を招いた大きな催しがあるという。
「星光祭っていう、もう何十年も続いている伝統的な学園祭があるんだよ」
フェロがそう教えてくれた。それが近づいていることもあり、わたわたと走り回る生徒や先生も見受けられ始めていた。
私としてもそういう催しは初めてだったから興味はあったが、面倒でもあった。どうやら学級でなにか出し物をしなくてはならないのだという。
「私は見てまわるだけでいいのだけど」
主に女の子を。
「まあ仕方ないよ。それが決まりだから」
「それを守らなきゃいけないってどこに書いているのかしら。校則?」
「え、いやぁ。だって昔からそれが当然だから……」
「またそれかぁ」
「え?」
「ううん、なんでもないわ」
まあ面倒ではあるが、思い出にはなるかもしれない。フェロやリリィたちとせっかく知り合った学園生活なのだ。それくらいのスパイスがあってもいいだろう。
なんだかんだで少しの楽しみを抱きつつ、私は来る夏を待っていた。
そんなある日のことだ。
からからと乾くほど、陽の光も燦々と降り注ぐ昼休み。
昼食を終え、午後の授業までの時間を持て余して校舎を歩いていると、今日もいそしんで温室のマンドラゴラを世話しているリリィの姿を見つけた。
毎日毎日大変なことだ。
彼女曰く、マンドラゴラは一日に一度は引き抜いて新鮮な空気を与えてやらないと、ここでの栽培ではうまく成長してくれないことがあるらしい。土の温度や水のやり加減、他にも色々と気をつけることが十、二十。
そんな何年も積み重ねた研究成果の書かれたノートを、以前に見せられたことがある。そのノートは端々が土に汚れていてよく日に焼けていた。
声をかけようと思ったが、私がいたのは二階の渡り廊下だ。さすがに窓を飛び降りて無事に着地できる足腰なんて持っていないし、階下で受け止めてくれる美少女もいない。
――まあ、たまには眺めているだけもいいわよね。
窓際に置いたプランターの花を愛でるかのごとく、私は窓枠に肘をついて温室にいるリリィをぼうっと眺めた。
そんな時だ。
「あいつ、また土ばっかり弄ってるぜ」
私のすぐ真下からそんな声が聞こえてきた。
室内のリリィにはまったく届いていないが、含み笑いのあるその声は明確に悪意を持っていた。
――私のリリィのことを笑う奴がいるなんて!
ふと少しだけ顔を外に覗かせて階下を見やってみると、校舎と温室の間の陰に隠れるようにして話している二人の男子生徒を見つけた。片方は長ネギだ。もう一人も、よく長ネギと一緒にいる生徒である。
「友達がいないんだろ。あいつ、あんまりまともに話さないし」
「なあネギンス、知ってるか。土に向かって話してるのを聞いたって話だぜ」
「はははっ。独りぼっちすぎて幻覚の友達でも見てるんじゃねえか? 底辺の家じゃ、話し相手のお人形すら買ってもらえないのか? 土だらけで汚くて、上級貴族の恥さらしだな」
鼻で笑う長ネギたち。
それと同時に、仄かに果実のような甘い香りがした。その中に少しの煙たさもある。
私は眉間にひどくしわ寄せて苛立った。
「またくだらないことを言って……!」
そう口にした次の瞬間には、衝動的に体が動いていた。
早足で近くの女子トイレに行き、掃除用具からバケツを取り出し、水をたっぷり注いだ水を持って足早に戻る。そしてたぷたぷに満たされたそれを、階下のネギンスたちへとぶっ掛けたのだった。
いやはや。
人間、一度火がつくと歯止めが利かないものだ。自分でもびっくり。ほんと。
まずいなー、とは思いつつも、体は正直だった。
「うわあっ!」と長ネギたちの悲鳴が聞こえる。
残念ながらがっつりと水を被りはしなかったようだが、彼らの足元がびしょびしょに濡れていた。
気付いた長ネギが私を睨むように見上げてくる。
けれども私は何の悪びれた様子も見せず、とぼけた風に言った。
「あらごめんなさい。そんな温室の裏の物陰に誰かがいるなんて思わなかったから。そんなとこで何をやってるのかしら」
また嫌味たらしい悪口を吐いてくるだろうか。
そう思っていた私だが、予想に反し、長ネギは何か手に持っていたものを放り投げて短く舌打ちをするだけで、
「なっ、何もやってねえよ!」とだけ言い残して去っていってしまった。
どうにも肩透かしな気分だ。
でもまあ、またのんびりとリリィを眺められるのだし、よしとしよう。
楽しそうにマンドラゴラの世話をするリリィ。
そんな彼女を遠目に見ながら、私は麗らかな午後の昼休みを満喫していった。
この貴族学園には夏の長期休暇に入る直前、内外の客を招いた大きな催しがあるという。
「星光祭っていう、もう何十年も続いている伝統的な学園祭があるんだよ」
フェロがそう教えてくれた。それが近づいていることもあり、わたわたと走り回る生徒や先生も見受けられ始めていた。
私としてもそういう催しは初めてだったから興味はあったが、面倒でもあった。どうやら学級でなにか出し物をしなくてはならないのだという。
「私は見てまわるだけでいいのだけど」
主に女の子を。
「まあ仕方ないよ。それが決まりだから」
「それを守らなきゃいけないってどこに書いているのかしら。校則?」
「え、いやぁ。だって昔からそれが当然だから……」
「またそれかぁ」
「え?」
「ううん、なんでもないわ」
まあ面倒ではあるが、思い出にはなるかもしれない。フェロやリリィたちとせっかく知り合った学園生活なのだ。それくらいのスパイスがあってもいいだろう。
なんだかんだで少しの楽しみを抱きつつ、私は来る夏を待っていた。
そんなある日のことだ。
からからと乾くほど、陽の光も燦々と降り注ぐ昼休み。
昼食を終え、午後の授業までの時間を持て余して校舎を歩いていると、今日もいそしんで温室のマンドラゴラを世話しているリリィの姿を見つけた。
毎日毎日大変なことだ。
彼女曰く、マンドラゴラは一日に一度は引き抜いて新鮮な空気を与えてやらないと、ここでの栽培ではうまく成長してくれないことがあるらしい。土の温度や水のやり加減、他にも色々と気をつけることが十、二十。
そんな何年も積み重ねた研究成果の書かれたノートを、以前に見せられたことがある。そのノートは端々が土に汚れていてよく日に焼けていた。
声をかけようと思ったが、私がいたのは二階の渡り廊下だ。さすがに窓を飛び降りて無事に着地できる足腰なんて持っていないし、階下で受け止めてくれる美少女もいない。
――まあ、たまには眺めているだけもいいわよね。
窓際に置いたプランターの花を愛でるかのごとく、私は窓枠に肘をついて温室にいるリリィをぼうっと眺めた。
そんな時だ。
「あいつ、また土ばっかり弄ってるぜ」
私のすぐ真下からそんな声が聞こえてきた。
室内のリリィにはまったく届いていないが、含み笑いのあるその声は明確に悪意を持っていた。
――私のリリィのことを笑う奴がいるなんて!
ふと少しだけ顔を外に覗かせて階下を見やってみると、校舎と温室の間の陰に隠れるようにして話している二人の男子生徒を見つけた。片方は長ネギだ。もう一人も、よく長ネギと一緒にいる生徒である。
「友達がいないんだろ。あいつ、あんまりまともに話さないし」
「なあネギンス、知ってるか。土に向かって話してるのを聞いたって話だぜ」
「はははっ。独りぼっちすぎて幻覚の友達でも見てるんじゃねえか? 底辺の家じゃ、話し相手のお人形すら買ってもらえないのか? 土だらけで汚くて、上級貴族の恥さらしだな」
鼻で笑う長ネギたち。
それと同時に、仄かに果実のような甘い香りがした。その中に少しの煙たさもある。
私は眉間にひどくしわ寄せて苛立った。
「またくだらないことを言って……!」
そう口にした次の瞬間には、衝動的に体が動いていた。
早足で近くの女子トイレに行き、掃除用具からバケツを取り出し、水をたっぷり注いだ水を持って足早に戻る。そしてたぷたぷに満たされたそれを、階下のネギンスたちへとぶっ掛けたのだった。
いやはや。
人間、一度火がつくと歯止めが利かないものだ。自分でもびっくり。ほんと。
まずいなー、とは思いつつも、体は正直だった。
「うわあっ!」と長ネギたちの悲鳴が聞こえる。
残念ながらがっつりと水を被りはしなかったようだが、彼らの足元がびしょびしょに濡れていた。
気付いた長ネギが私を睨むように見上げてくる。
けれども私は何の悪びれた様子も見せず、とぼけた風に言った。
「あらごめんなさい。そんな温室の裏の物陰に誰かがいるなんて思わなかったから。そんなとこで何をやってるのかしら」
また嫌味たらしい悪口を吐いてくるだろうか。
そう思っていた私だが、予想に反し、長ネギは何か手に持っていたものを放り投げて短く舌打ちをするだけで、
「なっ、何もやってねえよ!」とだけ言い残して去っていってしまった。
どうにも肩透かしな気分だ。
でもまあ、またのんびりとリリィを眺められるのだし、よしとしよう。
楽しそうにマンドラゴラの世話をするリリィ。
そんな彼女を遠目に見ながら、私は麗らかな午後の昼休みを満喫していった。
0
お気に入りに追加
161
あなたにおすすめの小説
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます
葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。
しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。
お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。
二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。
「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」
アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。
「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」
「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」
「どんな約束でも守るわ」
「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」
これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。
※タイトル通りのご都合主義なお話です。
※他サイトにも投稿しています。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
完結【R―18】様々な情事 短編集
秋刀魚妹子
恋愛
本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。
タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。
好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。
基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。
同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。
※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。
※ 更新は不定期です。
それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
ついうっかり王子様を誉めたら、溺愛されまして
夕立悠理
恋愛
キャロルは八歳を迎えたばかりのおしゃべりな侯爵令嬢。父親からは何もしゃべるなと言われていたのに、はじめてのガーデンパーティで、ついうっかり男の子相手にしゃべってしまう。すると、その男の子は王子様で、なぜか、キャロルを婚約者にしたいと言い出して──。
おしゃべりな侯爵令嬢×心が読める第4王子
設定ゆるゆるのラブコメディです。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる