12 / 39
-2 『可愛い友達と買い歩き』
しおりを挟む
「ダチョウの卵が三つと売れ残った人参。それと蜂蜜に小麦粉を少し混ぜて、三日間寝かせてから濾して成分だけを取り出すと、なんと五十秒若返ることができる秘薬になるんだって!」
休日に王都の市場にまで足を運んで散策していると、偶然出会ったスコッティがそんなことを言ってきたのがつい一時間前。
メモを片手になんとも訳のわからない呪文のようなものをすっかり信じた様子で熱く語る彼女に、私は突っ込む気が起きなかった。
「凄いと思わない? これが成功したら若返っちゃうんだよ!」
随分と楽しそうに興奮している彼女を止める者は誰もいない。
おそらくルックの入れ知恵だろう。またでたらめを吹き込んだに違いない。
「よかったらユフィっちも一緒に買い物しようよー。若返っちゃおう!」
休日というのに全く休む気配のない彼女のテンションに気圧され、私はそのへんてこな買い物に付き合うことになっていた。
突然のことだったから断ることもできず、彼女の妄言も否定できず、仕方なく市場の隅から隅を一緒に歩き回っている次第だ。
まあ今日はフェロも家の用事で外出できず、独りで暇を持て余していたところだ。王都観光をかねて出歩いていたが、ちょうど良いかもしれない。
なにより今日のスコッティの格好はいつもの制服姿ではなく、肩が出るまで捲ったシャツに太股が露わになったホットパンツ。そしてニーソックスによってその僅かに垣間見える太股が強調されていて、非常に目を引きつけられる可愛らしい格好だった。
これを見れただけでも眼福といったところだろう。付き合うくらいは喜んでやってやる。
そんな風に、私は彼女の求める素材を探して一緒に町中を歩き回っていったのだった。
唯一の誤算は、彼女が底なしの元気っ子だということを忘れていたことだ。
スコッティはメモに書かれた材料を求めて、王都の端から端、路地裏の隅に隠れた店から大通りの一件ごとまで、余すことなく歩き回っていったのだった。
おかげで私の足はもうふらふらで、降りかかる太陽の暑さもあって、すっかり疲労困憊だった。もし今なにかに足をつつかれたら、そのまま地面に倒れてしまう自信がある。
「おじさーん。ダチョウの卵とかないかなー?」
道すがらに座り込んだ露天商にまでスコッティは声をかけていく。ターバンを巻いたその男性店主は首をかしげた。
「ダチョウの卵? そんなもん滅多に見かけないねえ」
「そっかー」
ふと、私たちを交互に見やった露天商が目を見開く。
「お嬢さんたち、もしかして貴族の方かい?」
「え、そうだけど……どうしてわかったの?」
「身なりの良さを見れば一目瞭然だよ」
主に私を見ながら彼は言う。
スコッティはそれほどでもないが、私は薄着ながらもしっかりと着飾った洋服を見に纏っていたから、それですぐにわかったのだろう。
しめしめ、と顔をにやつかせた露天商に私は一抹の気味悪さを感じた。だが彼は私たちに何をするわけでもなく、自分の背後に隠すように置いていた木箱を取り出した。
「お嬢さん方、これに興味はないかい?」
口許を緩めながら露天商が木箱を開く。
その中には赤い上質そうな布に包まれた数本の葉巻が置かれていた。
「葉巻? 私たちは未成年よ?」
小首を傾げた私に、スコッティが小声で耳打ちをしてくる。
「そういえば聞いたことがあるよ。貴族の若者に売りつけてる売人がいるって」
それを聞いて、私もふと、いつか小耳に挟んだことを思い出した。
葉巻は嗜好品としても高級だ。安価の劣悪なものもあるが、基本的には値段が高い。だからそれらを買えるのは富裕層の貴族ばかりである。その中毒性によって需要は拡大しているが、その広まりが問題視もされているという。
最近では若者にまで普及し、未成年の使用は禁止されているものの、隠れて使用する者がいるのだという話だ。そんな人たちが身を潜めて葉巻を入手できる。それがこのような露天商のルートなのだろう。
「こいつはほとんど臭いも気にならない特別な代物でね。煙もほとんど出ないんだよ。だから若い子達に特に人気でね」
羽振りの良い貴族を狙ったぼろい商売だ。
「残念ながら求めてるのはそれじゃないの。そういえば、さっき近くで衛兵が歩いてたわよ。ねえ、スコッティ」
「へ? そうだったかな?」
「そうよ」
私が自信気にそう言うと、露天商は露骨に顔をしかめて咄嗟に木箱を隠した。やはりこの露天商も誰彼構わず売りつけているようだ。
「それじゃあ私たちは行くわね」と、私はスコッティをつれてさっさとそこから去ることにした。
王都もいろいろだ。
プルネイにいた時は、商売人なんてみんな顔見知りで、だからこそ不穏な商売はできないものだ。それにくらべてここはどうにも不透明さがはびこっている。
なんてことを、浮ついた気持ちで考えながら私はただただ足を動かした。
「あ、ダチョウの卵だ!」
死にそうな浮浪者のようによろよろ歩いていると、スコッティが大通りにあった出店に駆け寄った。
やっと見つけてくれたようだ。ああ、よかった。死ぬところだった。
「おじさん、これちょーだい!」
「ん? 一つ、五銀貨だよ」
「えー、高いよ。普通の卵なら銅貨十枚くらいじゃんかー」
「新鮮なダチョウの卵は貴重なんだ。そこらの鶏とは違うさ」
ターバンを巻いた行商人風の店主の言葉はもっともだろう。ただでさえ腐りやすく、干したりして加工もできないものだ。
スコッティもわかってるのかいないのか、それでも「もっと安くならないー?」と食い下がろうとしていた。
彼女の笑顔はとても愛嬌がある。おそろしく無邪気だ。そんな彼女の笑顔を曇らせることに罪悪感を覚えてしまいそうなくらい。
そういうところは天性のものなのだろう。
やがて店主も観念したように首をひねり、
「えーい、じゃあひとつ銀貨三枚。三つで九枚だ。もってけ泥棒!」
「あ、あたしは泥棒じゃないよー! ひえーっ!」
「そういう意味じゃないわよ」
両手をあげて悲鳴を漏らしたスコッティに私はたまらず突っ込んでしまっていた。傍観しているつもりだったのに。
「よし、これで小麦粉と蜂蜜はもうあるから三つそろった! あとは売れ残った人参だねー」
もはや何故そんな指定があるのかなど突っ込む気になれない。ルックはさぞ面白がっていることだろう。
「あ、八百屋さんだ。すみませんー。この人参、売れ残りですかー?」
「いいや。今日入荷したばかりの新鮮なものさ。産地直送。とっても甘いよ」
「あらー。売れ残らないんですかー?」
「なんだい。うちの店の商品が売れ残るような残念なものだって言いたいのかい」
「ひえーっ! ごめんなさい違うんですよお!」
確かに見ていて面白いな、と私も思った。
五十秒だけ若返る薬なんて見え透いた嘘なのに、それでもスコッティは信じてがんばっている。その実直さが彼女の良いところなのだろう。
「貴族だ立場だって言ってる堅い連中を見てるよりずっと楽しいでしょ」
「ええ、そうね――んっ?!」
いつの間にか私の背後にルックが立っていて、にまにまとした顔で、八百屋で話をしているスコッティを眺めていた。
「貴方ね……なにやってるのよ」
「人間観察」
「個人だけを観察するのはストーカーよ」
「ひどいなー。俺はそんなつもりなんてないのに。ねえ、アレキサンダー」
ルックが自分の頭に乗せた鳩の頭を撫でて言う。
「アレキサンダーは俺の叔父なんだー」
「前と変わってるじゃない」
「あれ、そうだっけ?」
とぼけた風にルックは言うと、再びスコッティに視線を戻した。
「それで、なにをやってるの? ストーカーさん」
「だからストーカーじゃないってばー。あははー」
「ストーカーはみんなそう言うのよ」
とても心当たりがある。主に身内に。
と、ふと草葉の陰から視線を感じた気がしてぶるると寒気がおそった。
――いや、まさか。
「…………ねえ、アルフォンス」
「なんでございましょうかお嬢様ああああ!」
いきなり近くの茂みから執事服の優男――アルフォンスが飛び出してきて、私は言葉を返す代わりに右手を握りしめて思い切り殴りとばしていた。
「なっ! い、いったい何を、お嬢様」
「ストーキングしてるんじゃないわよ!」
「べ、べつに。私はお嬢様をストーキングなどしておりません! ええ、断じて! 絶対に!」
「じゃあどうしてそこにいたのよ」
「わたくしの散歩コースでございます」
「その茂みが?」
「休暇というものは自然にとけあうことで更に充実するものでありましす」
「自然ととけあうって絶対その意味じゃないでしょ」
「捉え方は千差万別。いろんな考えの人がいて良いものです」
「いや、とにかくストーカーはストーカーだから」
もはやわかりきっているのにしらを切ろうとしている根性はむしろ褒めたいくらいだ。
「ちょっと待ってほしい、ユフィくん」
「なによルック」
急にルックが真面目な顔をしはじめる。
「彼はストーカーじゃない。俺が言っているんだ。間違いない」
「あんたじゃ説得力ないわよ!」
「あれぇ? おっかしいなー。あははー」
結局道化のように細目を更に引き延ばしてけらけらとルックは笑っていた。
「およよ、ルックだ」
「おっと。戻ってきてしまったか」
アルフォンスに気を取られている間にスコッティが戻ってきていた。手には人参のは入った袋が提げられている。
「ちょうどいいや。あったよルック! 売れ残りの人参! 昨日処分するのを忘れてたのが箱の隅に残ってたんだって!」
「……あったのね」
よく見つけたものだ、そんなアバウトなもの。
「他のものもバッチリだよー!」とスコッティが買い集めた袋を見せると、ルックはとても満足そうに――いや、笑い転げたいのを我慢するかのように微笑んで頷いた。
「よし、これでいい薬ができるだろう。よくやった、スコッティ」
「やったー!」
「さっそく作った物は、功労者であるお前に試食させてやる」
「ええ、ほんとー?! 若返っちゃうかな? お肌ぴちぴちになっちゃうかな?!」
いや、せいぜい五十秒前なんて何も変わらないでしょう。それにスコッティは今でも十分にぴちぴちの柔肌だ。
――あの太股を、絶妙な肉付きを感じながらずっと撫でていたいくらいには。
おっと。じゅるり。
心の涎を拭って私は正気を取り戻す。
「なにはともあれ見つかってよかったわね、スコッティ」
「うん! ユフィっちもありがとー!」
「私は何もしてないけれどね」
ただ同行して足をがくがくにしただけだ。もうすっかり疲労困憊で、本音は今にでも帰って風呂を浴びたいくらいだ。
そのまま私は二人と別れて帰ることにした。
なにか通じ合ったのか、別れ際にルックとアルフォンスががっちりと握手していたのを、私は気づかなかったことにして立ち去ったのだった。
その数日後。
変な物を食べてお腹を壊したというスコッティとルックの欠席の連絡が入り、
「何やってるのよあの子たちは」と私は思わず笑ってしまったのだった。
休日に王都の市場にまで足を運んで散策していると、偶然出会ったスコッティがそんなことを言ってきたのがつい一時間前。
メモを片手になんとも訳のわからない呪文のようなものをすっかり信じた様子で熱く語る彼女に、私は突っ込む気が起きなかった。
「凄いと思わない? これが成功したら若返っちゃうんだよ!」
随分と楽しそうに興奮している彼女を止める者は誰もいない。
おそらくルックの入れ知恵だろう。またでたらめを吹き込んだに違いない。
「よかったらユフィっちも一緒に買い物しようよー。若返っちゃおう!」
休日というのに全く休む気配のない彼女のテンションに気圧され、私はそのへんてこな買い物に付き合うことになっていた。
突然のことだったから断ることもできず、彼女の妄言も否定できず、仕方なく市場の隅から隅を一緒に歩き回っている次第だ。
まあ今日はフェロも家の用事で外出できず、独りで暇を持て余していたところだ。王都観光をかねて出歩いていたが、ちょうど良いかもしれない。
なにより今日のスコッティの格好はいつもの制服姿ではなく、肩が出るまで捲ったシャツに太股が露わになったホットパンツ。そしてニーソックスによってその僅かに垣間見える太股が強調されていて、非常に目を引きつけられる可愛らしい格好だった。
これを見れただけでも眼福といったところだろう。付き合うくらいは喜んでやってやる。
そんな風に、私は彼女の求める素材を探して一緒に町中を歩き回っていったのだった。
唯一の誤算は、彼女が底なしの元気っ子だということを忘れていたことだ。
スコッティはメモに書かれた材料を求めて、王都の端から端、路地裏の隅に隠れた店から大通りの一件ごとまで、余すことなく歩き回っていったのだった。
おかげで私の足はもうふらふらで、降りかかる太陽の暑さもあって、すっかり疲労困憊だった。もし今なにかに足をつつかれたら、そのまま地面に倒れてしまう自信がある。
「おじさーん。ダチョウの卵とかないかなー?」
道すがらに座り込んだ露天商にまでスコッティは声をかけていく。ターバンを巻いたその男性店主は首をかしげた。
「ダチョウの卵? そんなもん滅多に見かけないねえ」
「そっかー」
ふと、私たちを交互に見やった露天商が目を見開く。
「お嬢さんたち、もしかして貴族の方かい?」
「え、そうだけど……どうしてわかったの?」
「身なりの良さを見れば一目瞭然だよ」
主に私を見ながら彼は言う。
スコッティはそれほどでもないが、私は薄着ながらもしっかりと着飾った洋服を見に纏っていたから、それですぐにわかったのだろう。
しめしめ、と顔をにやつかせた露天商に私は一抹の気味悪さを感じた。だが彼は私たちに何をするわけでもなく、自分の背後に隠すように置いていた木箱を取り出した。
「お嬢さん方、これに興味はないかい?」
口許を緩めながら露天商が木箱を開く。
その中には赤い上質そうな布に包まれた数本の葉巻が置かれていた。
「葉巻? 私たちは未成年よ?」
小首を傾げた私に、スコッティが小声で耳打ちをしてくる。
「そういえば聞いたことがあるよ。貴族の若者に売りつけてる売人がいるって」
それを聞いて、私もふと、いつか小耳に挟んだことを思い出した。
葉巻は嗜好品としても高級だ。安価の劣悪なものもあるが、基本的には値段が高い。だからそれらを買えるのは富裕層の貴族ばかりである。その中毒性によって需要は拡大しているが、その広まりが問題視もされているという。
最近では若者にまで普及し、未成年の使用は禁止されているものの、隠れて使用する者がいるのだという話だ。そんな人たちが身を潜めて葉巻を入手できる。それがこのような露天商のルートなのだろう。
「こいつはほとんど臭いも気にならない特別な代物でね。煙もほとんど出ないんだよ。だから若い子達に特に人気でね」
羽振りの良い貴族を狙ったぼろい商売だ。
「残念ながら求めてるのはそれじゃないの。そういえば、さっき近くで衛兵が歩いてたわよ。ねえ、スコッティ」
「へ? そうだったかな?」
「そうよ」
私が自信気にそう言うと、露天商は露骨に顔をしかめて咄嗟に木箱を隠した。やはりこの露天商も誰彼構わず売りつけているようだ。
「それじゃあ私たちは行くわね」と、私はスコッティをつれてさっさとそこから去ることにした。
王都もいろいろだ。
プルネイにいた時は、商売人なんてみんな顔見知りで、だからこそ不穏な商売はできないものだ。それにくらべてここはどうにも不透明さがはびこっている。
なんてことを、浮ついた気持ちで考えながら私はただただ足を動かした。
「あ、ダチョウの卵だ!」
死にそうな浮浪者のようによろよろ歩いていると、スコッティが大通りにあった出店に駆け寄った。
やっと見つけてくれたようだ。ああ、よかった。死ぬところだった。
「おじさん、これちょーだい!」
「ん? 一つ、五銀貨だよ」
「えー、高いよ。普通の卵なら銅貨十枚くらいじゃんかー」
「新鮮なダチョウの卵は貴重なんだ。そこらの鶏とは違うさ」
ターバンを巻いた行商人風の店主の言葉はもっともだろう。ただでさえ腐りやすく、干したりして加工もできないものだ。
スコッティもわかってるのかいないのか、それでも「もっと安くならないー?」と食い下がろうとしていた。
彼女の笑顔はとても愛嬌がある。おそろしく無邪気だ。そんな彼女の笑顔を曇らせることに罪悪感を覚えてしまいそうなくらい。
そういうところは天性のものなのだろう。
やがて店主も観念したように首をひねり、
「えーい、じゃあひとつ銀貨三枚。三つで九枚だ。もってけ泥棒!」
「あ、あたしは泥棒じゃないよー! ひえーっ!」
「そういう意味じゃないわよ」
両手をあげて悲鳴を漏らしたスコッティに私はたまらず突っ込んでしまっていた。傍観しているつもりだったのに。
「よし、これで小麦粉と蜂蜜はもうあるから三つそろった! あとは売れ残った人参だねー」
もはや何故そんな指定があるのかなど突っ込む気になれない。ルックはさぞ面白がっていることだろう。
「あ、八百屋さんだ。すみませんー。この人参、売れ残りですかー?」
「いいや。今日入荷したばかりの新鮮なものさ。産地直送。とっても甘いよ」
「あらー。売れ残らないんですかー?」
「なんだい。うちの店の商品が売れ残るような残念なものだって言いたいのかい」
「ひえーっ! ごめんなさい違うんですよお!」
確かに見ていて面白いな、と私も思った。
五十秒だけ若返る薬なんて見え透いた嘘なのに、それでもスコッティは信じてがんばっている。その実直さが彼女の良いところなのだろう。
「貴族だ立場だって言ってる堅い連中を見てるよりずっと楽しいでしょ」
「ええ、そうね――んっ?!」
いつの間にか私の背後にルックが立っていて、にまにまとした顔で、八百屋で話をしているスコッティを眺めていた。
「貴方ね……なにやってるのよ」
「人間観察」
「個人だけを観察するのはストーカーよ」
「ひどいなー。俺はそんなつもりなんてないのに。ねえ、アレキサンダー」
ルックが自分の頭に乗せた鳩の頭を撫でて言う。
「アレキサンダーは俺の叔父なんだー」
「前と変わってるじゃない」
「あれ、そうだっけ?」
とぼけた風にルックは言うと、再びスコッティに視線を戻した。
「それで、なにをやってるの? ストーカーさん」
「だからストーカーじゃないってばー。あははー」
「ストーカーはみんなそう言うのよ」
とても心当たりがある。主に身内に。
と、ふと草葉の陰から視線を感じた気がしてぶるると寒気がおそった。
――いや、まさか。
「…………ねえ、アルフォンス」
「なんでございましょうかお嬢様ああああ!」
いきなり近くの茂みから執事服の優男――アルフォンスが飛び出してきて、私は言葉を返す代わりに右手を握りしめて思い切り殴りとばしていた。
「なっ! い、いったい何を、お嬢様」
「ストーキングしてるんじゃないわよ!」
「べ、べつに。私はお嬢様をストーキングなどしておりません! ええ、断じて! 絶対に!」
「じゃあどうしてそこにいたのよ」
「わたくしの散歩コースでございます」
「その茂みが?」
「休暇というものは自然にとけあうことで更に充実するものでありましす」
「自然ととけあうって絶対その意味じゃないでしょ」
「捉え方は千差万別。いろんな考えの人がいて良いものです」
「いや、とにかくストーカーはストーカーだから」
もはやわかりきっているのにしらを切ろうとしている根性はむしろ褒めたいくらいだ。
「ちょっと待ってほしい、ユフィくん」
「なによルック」
急にルックが真面目な顔をしはじめる。
「彼はストーカーじゃない。俺が言っているんだ。間違いない」
「あんたじゃ説得力ないわよ!」
「あれぇ? おっかしいなー。あははー」
結局道化のように細目を更に引き延ばしてけらけらとルックは笑っていた。
「およよ、ルックだ」
「おっと。戻ってきてしまったか」
アルフォンスに気を取られている間にスコッティが戻ってきていた。手には人参のは入った袋が提げられている。
「ちょうどいいや。あったよルック! 売れ残りの人参! 昨日処分するのを忘れてたのが箱の隅に残ってたんだって!」
「……あったのね」
よく見つけたものだ、そんなアバウトなもの。
「他のものもバッチリだよー!」とスコッティが買い集めた袋を見せると、ルックはとても満足そうに――いや、笑い転げたいのを我慢するかのように微笑んで頷いた。
「よし、これでいい薬ができるだろう。よくやった、スコッティ」
「やったー!」
「さっそく作った物は、功労者であるお前に試食させてやる」
「ええ、ほんとー?! 若返っちゃうかな? お肌ぴちぴちになっちゃうかな?!」
いや、せいぜい五十秒前なんて何も変わらないでしょう。それにスコッティは今でも十分にぴちぴちの柔肌だ。
――あの太股を、絶妙な肉付きを感じながらずっと撫でていたいくらいには。
おっと。じゅるり。
心の涎を拭って私は正気を取り戻す。
「なにはともあれ見つかってよかったわね、スコッティ」
「うん! ユフィっちもありがとー!」
「私は何もしてないけれどね」
ただ同行して足をがくがくにしただけだ。もうすっかり疲労困憊で、本音は今にでも帰って風呂を浴びたいくらいだ。
そのまま私は二人と別れて帰ることにした。
なにか通じ合ったのか、別れ際にルックとアルフォンスががっちりと握手していたのを、私は気づかなかったことにして立ち去ったのだった。
その数日後。
変な物を食べてお腹を壊したというスコッティとルックの欠席の連絡が入り、
「何やってるのよあの子たちは」と私は思わず笑ってしまったのだった。
0
お気に入りに追加
161
あなたにおすすめの小説
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
完結【R―18】様々な情事 短編集
秋刀魚妹子
恋愛
本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。
タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。
好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。
基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。
同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。
※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。
※ 更新は不定期です。
それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる