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アマルガムの繭(前編)
第13話 闇夜12A(九竜サイド)
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最初から真剣を振るうわけではなく木刀から始まった。体育の講義で竹刀を振るったことがあったため大丈夫かと思っていたが、筋トレで使った重しを付けたまま木刀を振るうのは予想の斜め上だった。
「回数をこなせなければ昨日と同じだ」
暗に脅しを受けてオレは無理やり腕を動かす。その度に筋肉が痛んでいるのが伝わってくる。高々50回の素振りをすることがこんなに大変だとは思っていなかった。しかも、初日サービスということで回数は半分になっているのにスタートがこれでは先が思いやられるなんて話ではない。
「痛…」
回数が重なるごとに痛みが酷くなる。ギロリと上梨単語の目が僅かに向いて余計なことを言うまい、するまいと正面だけを見てひたすらに木刀を握る手を動かす。
終わるころには掌にマメが出来ていてまともに握れる状態ではなかった。言うまでもなく腕は上げようとするだけで酷く痛んだ。
「次だ」と上梨は本から視線を逸らすことなく次へ進むように言う。手に納めるものを木刀からナイフに変えて同じように素振りを行う。回数は同じだが、木刀の素振りで痛めに痛めた手は初めから限界状態でさっきと同じようには動かない。
「重心が傾いている」
この指摘をしたとき上梨の目はオレに向いていた。ゾッとするほどに冷たい視線を受けて意識を逃れさせるようにひたすら前へ集中させる。
ナイフを扱うのは初めてで思った以上に難しく1日2日で慣れられるとは思えなかった。
必死こいてトレーニングを行っているうちに日が昇っていた。気温も上昇し始め、体から汗が噴き出す。柄は汗で滑って上手く振ることが出来ず、目は汗が染みて痛む。手が鈍りそうになるも叩かれることが恐ろしくて後ろを見ずに振り続けた。
終わるころにはまともに立っていることが出来ず、地面に倒れた。
「はぁ…はぁ…」と息を切らしながら空を見上げていると、上梨の顔が現れる。
「昼だ」単刀直入に要件だけを伝えると上梨は独りで平屋に歩いていく。ボロボロの体でオレはまたついていくことになる。
♥
昼は豚カツだった。疲れた体には天啓として目に映った。
すぐに手を伸ばしそうになったが、作り手に礼を欠くまいと食欲を抑えた。自分でも驚くほどに昨日まで胸に抱いていた警戒心は薄れていた。
「いただきます‼」音が鳴るほどに手を合わせると手始めに一切れを口に入れた。
噛むと衣のサクッという食感と肉汁が口内に広がった。1週間も肉を味わってなかったわけでもないのによく分からない感動が胸に沸き上がった。無我夢中で食べているとあっという間に食器は空になった。箸が触れてカツンという音がしてようやく食べ終えていることに気づいくほど集中していた。対する上梨の皿はまだ半分ほど残っている。
「まだ食べるか?」
上梨の言葉にオレはいると答えようとして思いとどまる。まだトレーニングが残っているため必要以上に詰め込むのはよろしくはないと考えたからだ。
「いえ、すぐにトレーニングに戻ります」
出て行こうとすると「待て」と止められた。
「再開まで時間がある。今夜使う本を探してこい」
上梨は箸を置くと袖から鍵の束を取り出す。夜になったら自分の愛読書を読むように強制してくると考えていただけに意外だった。部屋の場所を聞くとオレは早速向かった。
鍵穴に鍵を嵌めるとガチャリと小気味いい音が鳴ったが反対に扉は「キィ…」と頼りない音を上げる。
部屋に入ると紙の匂いに出迎えられて幼い頃に出入りしていた父の書斎を思い出させる。窓から柔い日差しが差し込んでいてつい微睡んでしまいそうになる自信を持たせるほどに心地よい。早々に本を選ばなければならないと意味があるのか分からない決意を新たにした。
ジャンルは哲学、歴史、戦略、文学、科学と多岐にわたっている。加えて小説や漫画などが本棚に隙間なく敷き詰められている。本棚は中央を囲むように4つ設置してあり、テーマごとに分けられている。
少し時間を置いて吟味すると哲学書と漫画を一冊ずつ手に取った。本を読めるだけの体力が残っているとは内心思えなかったが何もないというのはよろしくないと考えた次第だ。
部屋を辞すると鍵を上梨に返そうと戻った。その時には食器は既に空で丁度茶を入れようとしているところだった。
「いいタイミングだな。狙っていたか?」
新たに湯呑を取り出すと上梨は急須を傾ける。
「いただきます」と断りを入れて湯呑を口につける。湯気が立つ熱々の茶は食後の体に染みこむように行き渡る。
茶を飲み終わると地下室に移動することになった。廊下に揃って出ると半ばにある床を上梨が開けると石造りの階段が顔を覗かせる。太陽光が差し込まない空間は外とは大分気温差がある。
「靴を履いて付いて来い」
初めて立ち入る地下室は夏に差し掛かっているにもかかわらず肌寒い。誰も口を開くことがないため壁が音をよく反響する。
部屋は射撃の訓練場として始めから設計されているのか縦に長い。剥き出しになっているコンクリートの壁は無機質で何物も寄せ付けない冷たさを放っている。
「銃を扱った経験は?」
「ありません」
答えると上梨は前に出て、袖から銃を取り出す。何でも出てくる袖はホワイトホールのように思えた。
上梨はターゲットの前に出ると銃口を合わせる。
「銃は吸血鬼に通用すると思うか?」
「通用するでしょう。…殺せるかどうかは分かりませんが」
「正解だ。足止め程度ではあるが、十分使える物だ」
上梨は不釣り合いな黒衣のままトリガーを引いた。
銃を撃つどころか実物を見たことすらなかったオレは破裂音の大きさに驚く。不思議と目はしっかりと開いていて見えもしない弾丸が貫く的をジッと見ていた。
音が止んで目を開けると的は中央だけが見事に射抜かれていた。
「やってみろ」
上梨は弾倉を入れ替えてから握り方等などを説明してオレに手渡してきた。彼は使っていなかったが、イヤーマフとシューティンググラスも装備させられ、装備が完了すると空薬莢の始末について教えられた。
銃を握り、オレは両足を開いて的の中央に狙いを絞る。
「少し力を入れすぎだ。当てる、当てるとばかり考えるな」
気楽に言ってくれるとつい内心で舌打ちをする。だが、これも生き残るのに必要な術だと自分に言い聞かせ、緊張状態にある体の空気を深呼吸を通じて入れ替える。
呼吸を整えるとトリガーを引いた。
1発目は的から大きく逸れて後ろにある砂山を抉った。次を撃つも地面を抉る結果になった。
ーまずい。
当たらない。それどころか掠りもしない。
頭の中にあるのは、全部外れてしまったらという最悪の想像だ。折檻が待っているだろうか。そうに違いないと根拠のない断定をしようとしている自分がいる。まだ、勝負は何も決着していないにもかかわらず。
ー大丈夫だ。まだ、弾はある。
トリガーを引く。大きな銃口から煙から上がった。
3発目がようやく的に当たるも中央からは逸れた箇所に当たった。それから銃弾を撃ち続けるも12発中3発しか的に命中しなかった。
全てが尽きるとまるで自分のエネルギーを全て使い果たしてしまうような感覚に襲われた。膝がガックリと崩れて石を敷き詰めた床に強か打ち付けても気づかなかった。
「初めてにしては悪くない」
上梨は素っ気なく言った。その言葉に答えずにオレは弾倉を入れ替えて再び銃弾を放つ。同じ動作を幾度も繰り返しているうちに他のトレーニング同様にすぐに終わった。的の中央には何発か命中していたが、多くの銃弾が全く違う方向に飛んでいた。
「片付けが終ったら休憩だ」
言い残すと上梨は地下室を出て行き、見届けたオレは後片付けを始めた。
「回数をこなせなければ昨日と同じだ」
暗に脅しを受けてオレは無理やり腕を動かす。その度に筋肉が痛んでいるのが伝わってくる。高々50回の素振りをすることがこんなに大変だとは思っていなかった。しかも、初日サービスということで回数は半分になっているのにスタートがこれでは先が思いやられるなんて話ではない。
「痛…」
回数が重なるごとに痛みが酷くなる。ギロリと上梨単語の目が僅かに向いて余計なことを言うまい、するまいと正面だけを見てひたすらに木刀を握る手を動かす。
終わるころには掌にマメが出来ていてまともに握れる状態ではなかった。言うまでもなく腕は上げようとするだけで酷く痛んだ。
「次だ」と上梨は本から視線を逸らすことなく次へ進むように言う。手に納めるものを木刀からナイフに変えて同じように素振りを行う。回数は同じだが、木刀の素振りで痛めに痛めた手は初めから限界状態でさっきと同じようには動かない。
「重心が傾いている」
この指摘をしたとき上梨の目はオレに向いていた。ゾッとするほどに冷たい視線を受けて意識を逃れさせるようにひたすら前へ集中させる。
ナイフを扱うのは初めてで思った以上に難しく1日2日で慣れられるとは思えなかった。
必死こいてトレーニングを行っているうちに日が昇っていた。気温も上昇し始め、体から汗が噴き出す。柄は汗で滑って上手く振ることが出来ず、目は汗が染みて痛む。手が鈍りそうになるも叩かれることが恐ろしくて後ろを見ずに振り続けた。
終わるころにはまともに立っていることが出来ず、地面に倒れた。
「はぁ…はぁ…」と息を切らしながら空を見上げていると、上梨の顔が現れる。
「昼だ」単刀直入に要件だけを伝えると上梨は独りで平屋に歩いていく。ボロボロの体でオレはまたついていくことになる。
♥
昼は豚カツだった。疲れた体には天啓として目に映った。
すぐに手を伸ばしそうになったが、作り手に礼を欠くまいと食欲を抑えた。自分でも驚くほどに昨日まで胸に抱いていた警戒心は薄れていた。
「いただきます‼」音が鳴るほどに手を合わせると手始めに一切れを口に入れた。
噛むと衣のサクッという食感と肉汁が口内に広がった。1週間も肉を味わってなかったわけでもないのによく分からない感動が胸に沸き上がった。無我夢中で食べているとあっという間に食器は空になった。箸が触れてカツンという音がしてようやく食べ終えていることに気づいくほど集中していた。対する上梨の皿はまだ半分ほど残っている。
「まだ食べるか?」
上梨の言葉にオレはいると答えようとして思いとどまる。まだトレーニングが残っているため必要以上に詰め込むのはよろしくはないと考えたからだ。
「いえ、すぐにトレーニングに戻ります」
出て行こうとすると「待て」と止められた。
「再開まで時間がある。今夜使う本を探してこい」
上梨は箸を置くと袖から鍵の束を取り出す。夜になったら自分の愛読書を読むように強制してくると考えていただけに意外だった。部屋の場所を聞くとオレは早速向かった。
鍵穴に鍵を嵌めるとガチャリと小気味いい音が鳴ったが反対に扉は「キィ…」と頼りない音を上げる。
部屋に入ると紙の匂いに出迎えられて幼い頃に出入りしていた父の書斎を思い出させる。窓から柔い日差しが差し込んでいてつい微睡んでしまいそうになる自信を持たせるほどに心地よい。早々に本を選ばなければならないと意味があるのか分からない決意を新たにした。
ジャンルは哲学、歴史、戦略、文学、科学と多岐にわたっている。加えて小説や漫画などが本棚に隙間なく敷き詰められている。本棚は中央を囲むように4つ設置してあり、テーマごとに分けられている。
少し時間を置いて吟味すると哲学書と漫画を一冊ずつ手に取った。本を読めるだけの体力が残っているとは内心思えなかったが何もないというのはよろしくないと考えた次第だ。
部屋を辞すると鍵を上梨に返そうと戻った。その時には食器は既に空で丁度茶を入れようとしているところだった。
「いいタイミングだな。狙っていたか?」
新たに湯呑を取り出すと上梨は急須を傾ける。
「いただきます」と断りを入れて湯呑を口につける。湯気が立つ熱々の茶は食後の体に染みこむように行き渡る。
茶を飲み終わると地下室に移動することになった。廊下に揃って出ると半ばにある床を上梨が開けると石造りの階段が顔を覗かせる。太陽光が差し込まない空間は外とは大分気温差がある。
「靴を履いて付いて来い」
初めて立ち入る地下室は夏に差し掛かっているにもかかわらず肌寒い。誰も口を開くことがないため壁が音をよく反響する。
部屋は射撃の訓練場として始めから設計されているのか縦に長い。剥き出しになっているコンクリートの壁は無機質で何物も寄せ付けない冷たさを放っている。
「銃を扱った経験は?」
「ありません」
答えると上梨は前に出て、袖から銃を取り出す。何でも出てくる袖はホワイトホールのように思えた。
上梨はターゲットの前に出ると銃口を合わせる。
「銃は吸血鬼に通用すると思うか?」
「通用するでしょう。…殺せるかどうかは分かりませんが」
「正解だ。足止め程度ではあるが、十分使える物だ」
上梨は不釣り合いな黒衣のままトリガーを引いた。
銃を撃つどころか実物を見たことすらなかったオレは破裂音の大きさに驚く。不思議と目はしっかりと開いていて見えもしない弾丸が貫く的をジッと見ていた。
音が止んで目を開けると的は中央だけが見事に射抜かれていた。
「やってみろ」
上梨は弾倉を入れ替えてから握り方等などを説明してオレに手渡してきた。彼は使っていなかったが、イヤーマフとシューティンググラスも装備させられ、装備が完了すると空薬莢の始末について教えられた。
銃を握り、オレは両足を開いて的の中央に狙いを絞る。
「少し力を入れすぎだ。当てる、当てるとばかり考えるな」
気楽に言ってくれるとつい内心で舌打ちをする。だが、これも生き残るのに必要な術だと自分に言い聞かせ、緊張状態にある体の空気を深呼吸を通じて入れ替える。
呼吸を整えるとトリガーを引いた。
1発目は的から大きく逸れて後ろにある砂山を抉った。次を撃つも地面を抉る結果になった。
ーまずい。
当たらない。それどころか掠りもしない。
頭の中にあるのは、全部外れてしまったらという最悪の想像だ。折檻が待っているだろうか。そうに違いないと根拠のない断定をしようとしている自分がいる。まだ、勝負は何も決着していないにもかかわらず。
ー大丈夫だ。まだ、弾はある。
トリガーを引く。大きな銃口から煙から上がった。
3発目がようやく的に当たるも中央からは逸れた箇所に当たった。それから銃弾を撃ち続けるも12発中3発しか的に命中しなかった。
全てが尽きるとまるで自分のエネルギーを全て使い果たしてしまうような感覚に襲われた。膝がガックリと崩れて石を敷き詰めた床に強か打ち付けても気づかなかった。
「初めてにしては悪くない」
上梨は素っ気なく言った。その言葉に答えずにオレは弾倉を入れ替えて再び銃弾を放つ。同じ動作を幾度も繰り返しているうちに他のトレーニング同様にすぐに終わった。的の中央には何発か命中していたが、多くの銃弾が全く違う方向に飛んでいた。
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