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8. 参戦しなくていいですから! ホントお願いします。

参戦しなくていいですから! ホントお願いします。④

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 前回、坂本に会ったのは一週間ほど前。その時は優が一緒だった。

「デジャヴ?」

 恵莉を見てそう呟いた気持ちは分かる。

(ホントそっくりだもんね)

 恵莉も坂本が言わんとしたことを察し、ケンカ上等みたいな顔で彼を見ると、坂本は困った表情で少し後退った。いくら優にそっくりでも、流石に恵莉に喧嘩を売るつもりはないようで、ぺこりと頭を下げた。

「もしかして安西のお姉さん、ですか?」
「遺伝子的にというならそうだけど、それが何か?」
「そっくりだなあと」
「もう一度それ言ったら滅殺するから」

 優美な微笑みで物騒なことを言うのはやっぱり血の成せる業だと、思ったが誰も口にしない。
 坂本は引き攣り気味の笑顔を浮かべたが、美佳を見て気を取り直したようだ。

 早くも溶け始めたアイスがぽたぽたと手に落ちるのを気にしながら、「和良品さん時間ある?」とシャクシャク音を立ててアイスを齧る。美佳も同じように慌てて齧っていたのを一旦止め、坂本を見ると「ない。恵莉ちゃんとデート」と素っ気なく言った。
 坂本が恵莉を見て、盛大な溜息を吐いた。

「安西バリアーがいない今がチャンスだと思ったんだけどなぁ。安西違いだけど、思わぬ防壁出現だ」

 ちぇっとぼやいて一気にアイスを食べる坂本をじっと見る恵莉。食べ終わって袋に棒を入れている美佳を振り返り、もう一度坂本に目を遣った。

「坂本くんって、美佳好きなの?」

 ド直球を投げかけ、ニヤニヤする恵莉を凝視する坂本は首まで真っ赤だ。決して炎天下のせいだけじゃない。
 恵莉はアイスのごみを二人から取り上げ、それを聡子に押し付けると「お話しましょっか?」と有無を言わせない笑顔で坂本の腕に腕を絡めた。



 半ば引き摺るようにして坂本を拉致した恵莉は、近所の喫茶店に場所を移すと、坂本を壁際に押しやってその隣に陣取り、怖いくらいの笑顔で彼の顔を覗き込んでいた。
 その向かいには美佳と、何となくついて来た聡子が座っている。

 注文をさっさと済ませ、恵莉は「で、どうなの?」と坂本に詰め寄った。
 恵莉の迫力に気圧されながら、チラチラと美佳に助けを求める視線を送ってくる。が、美佳はじっと坂本を眺めやり、その意図を全く汲んでいなかった。
 寧ろ美佳も聞いてみたかった事がある。

 アイスでべとついた口の中を冷たい水が洗い流す。
 美佳は一つ吐息を漏らし、圧され捲って情けない顔をしている坂本を見た。

「坂本くんさあ」
「な、なに!?」

 ようやく救いの手が伸びたかと、安堵の色を目に宿して美佳を見た。

「あたしと付き合いたいっての、優に対する意趣返し、だったりする?」

 こてんと首を傾げて坂本を見ている美佳に、彼は唖然とした面持ちになった。

「何でそーなるのッ!?」
「えー、だってさ、そうじゃなきゃ説明付かないじゃない?」
「説明って何の? 何か説明しなきゃなんないことある!?」
「あたしと付き合いたいなんて、そもそも有り得ないって言うか。優に一泡噴かせたいからって言われた方が納得…?」
「俺が和良品さんを好きだからって発想はないんだ?」

 真剣な眼差しで身を乗り出した坂本を、後ろに引き気味で美佳が見返しながら「…ない」と答えれば、あからさまにがっくりと首を垂れた。
 そこで注文した飲み物がテーブルに並び、恵莉はブラックのホットコーヒーを啜って美佳を見た。

「優に意趣返しって?」
「四年の時、優が喧嘩したじゃない。その一人なの坂本くん」
「あ~あれ。美佳をイジメたとかってキレて暴れたやつ」
「そうそれ」
「自分はしょっちゅう美佳を泣かせるクセに、人がやると許せないとか勝手な理由付けた大馬鹿野郎発言の」
「うん。その被害者」

 六年のクラスにまで騒ぎが広まり、中心が優だと知って知らん振りを決め込んだ恵莉だったが、何年も経った今その被害者に会う事になるとは思わなかった。

 聡子がトマトジュースにタバスコをガンガン入れているのを目撃して、騒いでいる美佳を微笑ましく思いながら、恵莉は坂本に向き直り、「その節は愚弟がご迷惑をお掛けしました」と頭を深々下げると、坂本が恐縮して「とんでもないです」と頭を下げ返す。と、恵莉は急に態度をコロッと変えて坂本の肩に手を置き、微笑んでいる瞳に剣呑な光をチラつかせる。
 坂本はビクッと肩を震わせ、恵莉から目が逸らせなくていた。

「それで、何で美佳をイジメたのかな?」

 恵莉の目は、寸分の偽りも許さないと言った良心に迫るものが有り、坂本はごくっと喉を鳴らした。

「あたしの可愛い美佳をイジメたとあっちゃあ、黙ってらんないわよ? 理由を説明しなさい」

 上からの物言いに、是非もない。
 坂本はコーラで喉を潤し、息を一つ吐く。クリームソーダのバニラアイスを嬉しそうに口に運ぶ美佳に笑みを浮かべ、当時の心境を話し出した。



 父親が外食産業のスーパーバイザーをしているお陰で、坂本は物心つく前から全国を転々とする生活だった。
 時季外れな転校も今更だったし、何処に行っても上手くやっていける自信があった。

 二年生の終わりに転校してきて直ぐ友人を作り、順調な走り出しだったが、それから間もなく三年生に進級し、クラスはバラバラになった。振り出しに戻った訳だ。

 新しいクラスは一人の生徒を中心に、独特の雰囲気があった。
 男子も女子もたった一人に群がって、まるで信奉者のようだとぼんやり思った気がする。その中心に居たのが安西優だった。
 勉強が出来てスポーツ万能。男子女子に分け隔てなく優しく、綺麗な面立ちをした少年はカリスマ性があった。
 幼稚園から一緒とか、入学してから一緒だという彼らが仲良いのは当然だと思ったが、余りに入る隙がなくて、初めてアウェー感と言うものを知った頃でもある。

 それでも時間が経てば友人も出来、周囲を見渡す余裕も出てくる。
 人気者の優が一人だけ特別扱いしている少女――――和良品美佳に興味を引かれた。

 ワンセット。みんなにそう言われていた。
 男子は余程のことがない限り、絶対に美佳に話しかけない。優に睨まれたくないから、そんな理由だった。
 彼女に近付ける男子は優一人。
 いつもべったり一緒にいて、仲が良いのかと思いきや、時折優が思い切り美佳を泣かす。泣かしといて直ぐに美佳を甘やかし、泣かされた本人もケロッとして優に懐いている様は不可解で、見ると胸がモヤモヤし何故だか苛ついた。

 だから優が病欠の時に、思い切って美佳に訊いたのだ。
 意地悪されてんのに何で平気な顔して仲良くしているのか。

「あたしがトロいから優が苛々しちゃうだけで、本当は優しいんだよ? しょうがないなって、最後はいつも手伝ってくれるし、ずっと一緒にいてくれて頭撫でてくれるの」
「それって安西じゃなくても良いんじゃない?」
「優の代わりはいないもん。赤ちゃんの時からずっと一緒だし。それにね」

 優のお嫁さんになるの、こっそりそう付け足し、頬を赤らめて可憐に笑ったのを見て、意味の解らない胸の痛みを感じた。
 所詮子供の口約束だと思っていたら、母親同士の会話を聞き覚えていたクラスメイトが「婚約者なんだってさ」と坂本に教えてくれた時、思いのほかショックで茫然としたまま帰宅し、夕飯が喉を通らなくて母親を慌てさせたのは苦い思い出だ。

 優のオンリーワンは、そのぽやっとした人を和ませる性格の為か、優とは違った意味でクラスのマスコットだった。
 彼女に惹かれている男子は何も優だけではなかったけど、彼を相手にして勝てる見込みがないと胸に押し込めていたのは、悔しくも優の知るところだ。

 優に対して、鬱屈した思いがあった。
 何でも持っている優が羨ましく、その一つくらい分けてくれても罰は当たらないだろうと思う。

 美佳の気を惹きたくて、意地悪してみた。
 必死に涙を堪えている美佳が可愛くて、もしかして優もこれが癖になっているのかも、と核心に迫ることを考えていたりした矢先、いきなり優が殴りつけて来た。

 綺麗で優しいはずの少年は、怒らせたら喧嘩も強い腹黒だった。

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