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18. 君を想うと……
君を想うと…… ④
しおりを挟む真弓は隣で「いいなぁ」と呟いた千夏を振り返る。千夏も彼女の視線に気が付いて振り返ると、
「A・Dの目に留まると、クリスマスライヴのチケット貰えるんですよねえ。あたしも奇抜な格好にすれば良かった」
残念そうに呟く。
奇抜な格好と聞いて、真弓は苦笑を隠せない。彼女にしてみれば、仮装自体がすでに奇抜な格好だ。
千夏はすぐに曲に戻り、一緒に熱唱している。
サビの部分になって、CMの曲だと言う事に気が付いた。
一歩踏み出す勇気。
会社を辞めようか悩んでいた時、付けっ放しだったテレビから流れてきて、自由と言う言葉に退職を決めていた。
(高校生に背中を押されてたとは、ね)
なかなか仕事が決まらなくて焦りはあったものの、後悔はなかった。
真弓はクスっと笑う。
帰りにCDを買って帰ろう、と考えながら彼らを見る。
曲はまだうろ覚えで、千夏と同じように熱唱は無理だったが、知らなくても充分楽しめた。
二時間のライヴはあっという間に過ぎ、年も忘れてはしゃぎ捲った後の心地よい疲労感に浸りながら、真弓はぼうっとホールを眺めまわしていた。
三度目のアンコールを諦めたファンたちが、帰り支度を始めたホールの片隅で、その様子をカメラに収めている人物が目に飛び込んだ。
真弓は、羽織を脱いで体温調整している千夏の袂を引っ張り、「彼女は?」と海兵の格好でカメラを構える人物を指差した。
見間違いでなければ、先日の美少女だ。
千夏は美少女に目を遣ると、
「あ~。彼女はカメラマンのCooだよ。ハルの妹でトークの彼女」
「彼女? ファン公認なの?」
「そうだよ。二人の日常のやり取りをハルがサイトにアップしてるんだけど、その動画の人気もあって二人のファンも多いの。観たことない?」
ファンが認める彼女と言うのに驚いた。
首を振った真弓に「最初はね」と千夏が言を継ぐ。
「トークファンはハルの妹だからってズルいみたいなこと言ってたんだけど、実際には中学の頃からトークがベタ惚れだったらしいわ。去年の夏にある事件が起こって、ファンも認めざる得なくなっちゃったのよね」
「事件…?」
チラリと美空に視線を投げた後、真摯な顔で真弓を見た。
「A・Dを逆恨みしていたバンドに拉致されたの」
それから聞いた話は、真弓を震え上がらせた。
心神喪失になった彼女を甲斐甲斐しく世話する十玖の動画が流出し、大分話題になった。そんな折、美空が発作的に飛び降りを図り、守るために一緒に落ちた十玖を誰も責めなかったと言う。
「四人の憔悴ぶりが見るに堪えなかったわ。ハルは勿論なんだけど、リュウがねぇ」
「リュウ?」
「うん。暫く死人みたいな顔してた。ハル兄妹とは幼馴染みで、妹みたいに可愛がってたし、一時期リュウの彼女じゃないかって噂もあったくらいだから」
十玖と付き合っている事が表沙汰になって、噂は噂で終わったが。
千夏は荷物を肩に掛け、「そろそろ行きましょうか」と笑いかけてくる。真弓は頷きかけて、こちらを見ている美空と目が合った。
ちょっと待ってて、と千夏に声を掛けると足早に美空の元へ行き、会釈しながら更に近付く。
「あの…先日は、お騒がせして」
「ああ。やっぱり? 何となく似てるかなぁとは思ったんですけど、違ったら恥ずかしいと思ってたんです」
小首を傾げて美空が笑う。その可愛さに、同性でありながら喉を鳴らして唾を呑んでしまって、羞恥に顔を赤らめた。
はにかんで真弓を見る美空に、心の中でもんどり打ってしまう。自分がすごくヤバイ人種のような気がしてきた。
美空にこれ以上ヤバイ人間だと思われないうちに、さっさと伝言をお願いして退散しようと口を開く。
「先日の事、本当に済みませんでしたと、伝えて頂けますか?」
美空はパチパチと音がしそうな瞬きをすると、口角を上げる。
「それ本人に言ってあげて下さい。その方が喜びます」
「ややや。会わせる顔ないし…つ、連れもいるので」
千夏を振り返ると、美空も彼女を見て「済みません」と言いながら手招きした。
一瞬きょとんとした千夏が、小走りでやって来た。何があったのと言いた気な顔で真弓と美空を見る。そんな彼女に簡単に説明すると、頭から抜ける声を上げた。
美空に連れられて控室に案内され、扉の前で真弓と千夏は深呼吸した。
二人を見て美空がクスクス笑いながら、「お疲れ様ぁ」と扉を全開に押し開き、「お客様だよぉ」と数歩入って足を止めた。
「ちょっと。みんなだらしないカッコ! 着替える人はさっさと着替えるッ!!」
声を張りながらズカズカ入って行く。
お人形のようだった美空の豹変に驚きつつ、二人が中を覗き込むと、半裸状態とパンツ姿のあられもない格好をしたA・Dが、美空に追い立てられていた。
それを涼しい顔で見ている元帥ともう一人の海兵。
千夏は顔を赤らめながらも「ハルのパンツ姿」としっかり目に焼き付け、男兄弟のいる真弓は「眼福」と口走っていた。
「あっ。竜ちゃんにお客様だから、さっさと着替えてね」
美空の言葉に初めて気が付いたような視線が、扉付近で突っ立っている二人に注がれた。
「それを早く言ってよっ!」
十玖が叫ぶと、二つ並んだ更衣室に四人が大慌てで我先にと飛び込んだ。
「言ったわよ最初に! ホントにもお……お兄ちゃん! 着替え忘れてる」
「取って取って」
カーテンの隙間から出した手にバッグの持ち手を引っ掛けると、「サンキュ」と勢いよく引っ込んだ。
狭い更衣室でデカい男たちが、ドッタンバッタンとぶつかり合ってる。
美空は溜息を吐いて「お見苦しい所を」と頭を下げ、元帥が「この方たちは?」と近付いて来た。
「この間、ちょっとした勘違いが合って知り合った方です。えーと」
美空が真弓を見た。
そう言えば名乗っていなかったことを思い出す。
「須藤真弓と申します。こちらは同じ会社の者で結城千夏です」
二人が深々と頭を下げる。
「内輪の変な所をお見せして済みません。マネージャーの筒井です」
会釈した筒井が、すっと二人の背中を押す。二人は促されるままソファーに腰かけた。
斜向かいに腰かけた小柄の少女と目が合って、二人が会釈するとにっこり笑う。
「ども。とーくちゃんの従妹の萌でぇす」
「は、初めまして」
小っちゃくて可愛いお人形のような萌をマジマジと見る。面立ちが十玖とよく似ていて、兄妹と言っても通用しそうだ。
(中学……まさか、小学生って事はないよね…?)
探るような真弓の目がお気に召さなかったのか……それも当然だと思うが、萌がぷうっと頬を膨らませて、ペットボトルのジャスミンティーのキャップを捻った。
「高一だから。こう見えても」
「え?」
「初めて会った人って、大概萌の年を図り兼ねて、同じ目で見るから」
一口お茶を含んでキャップを閉める。
「絶対とーくちゃんが萌の大きくなる遺伝子、横取りしたよね」
更衣室の十玖に向かって言うと、
「また言ってる」
「とーくちゃんばっかり無駄に大きいのが証拠」
「六兄弟だって大きいでしょ。せっちゃんなんて、うちの家系の女子で突出した大きさだと思うよ? 盗ったって言うなら僕より寧ろせっちゃんだよ」
十玖が言うように、瀬里は百七十センチを軽く越し、ローヒールでも十玖と目線の高さに大きな開きはない。
ジャッとカーテンが音を立てて開き、中から十玖と晴日が出て来る。隣からもほぼ同時に竜助と謙人。
先刻までの寛ぎ過ぎて慌てふためいた姿は、今の四人から想像できない。
十玖は美空の腰を引き寄せ、ドレッサー前のスツールに座って膝に乗せた彼女をバックハグし、晴日は「萌はちっこいから良いんだろ?」と彼女の右隣にどっかり腰掛ける。竜助、謙人と立て続けに萌の頭を掻き回し、竜助は「デカくなったら子ザルじゃないだろ」と晴日の隣に腰かけ、謙人は「そうそ。萌ちゃんはミニマムじゃないと」と彼女の向かいに座ってにっこり笑た。
電気ケトルのスウィッチが上がる音がし、筒井が「お茶でいいかしら?」と真弓と千夏に訊いて来る。
「あ、あの。お構いなく」
遠慮して言った真弓にメンバーの視線が注がれる。真弓は「あっ」と声を漏らしてシルクハットとモノクルを外すと、竜助の顔をまっすぐ見た。
「先日は、とんでもない勘違いをしてご迷惑をお掛けしました。済みませんでした」
膝に額を擦りつけんばかりに頭を下げる。
何の反応もなく、心配になって上目遣いに竜助を見、他の面々にも視線を巡らせた。
「あ~。この間のお姉さん」
口を開いたのは晴日だった。
「わざわざそれを言うために、仮装までして今日のライヴに?」
まるで萌の肩に腕を回すように、ソファーの背凭れに左腕を預け、眉を持ち上げてブルーグレイの瞳に興味津々の色を浮かべる。そんな彼に「なになに。どゆことハルさん」とロングTシャツの胸元を引っ張る萌。
チラリと隣の千夏を盗み見ると、ちょっと羨ましげな顔をしていた。
「この間の。竜助が痴漢に間違えられた」
「「「あ~~~。アレ」」」
謙人、筒井、萌がLINEを思い出して、感情が読み取れない表情で真弓に見入って来た。
真弓が居心地の悪さに身動ぎすると、萌が晴日の向こう隣りに座る竜助を覗き込んだ。
「普段の行いが悪いからだね」
「晴に比べりゃ、俺は行い良いだろ?」
「俺に振るな。最近ちゃんと大人しいだろ?」
みんなに同意を求めるが、ついっと視線を逸らされ「なんでぇ!?」っと半泣きの顔になり、萌に縋るような目を向けた。
「大人しいよな?」
「萌に聞く?」
「萌ちゃんが一番の被害者だもんね」
正面の謙人に大きく頷いて、
「ホント二人とも萌を怒らせることに関しては天才的だよね。とーくちゃんまで感化されて最近意地悪だし、謙人さんだけだよ。優しいお兄ちゃんは」
萌と謙人は首を傾いで「ね~」と顔を見合わせる。そこに筒井が「ほらほら。話それてる」とメンバーを窘めつつ、テーブル脇に両膝を着いてお茶を出す。
真弓は会釈してお茶に口を付けると、筒井が微笑んで、
「ごめんなさいね。この子たちすぐに脱線するから……でも、返して言えば、この間の件は取るに足らないことだと思ってるって事なので、気に病む必要ないですからね?」
筒井のその言葉にメンバーが頷いているのを見て、真弓はホッと胸を撫で下ろした。
今日、千夏が誘ってくれて本当に良かった。
でなければ、ずっと失敗を悔やんでいたかも知れない。
真弓と千夏はひとしきり話をし、千夏はちゃっかりメンバーと一緒の写メを撮らせて貰ってご満悦だった。
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