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17. それがA・Dだろ 【R18】

それがA・Dだろ ③

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   ***


 十玖は硬直していた。
 完全に意表を突かれた。
 ニコニコ笑って立つ姿が、目の錯覚であって欲しい。
 彼は机に手をついて身を乗り出してくる。十玖は咄嗟に耳を塞いだ。

(まさか二年の教室に乗り込んでくるとは…。油断した)

 心配げな美空と太一の眼差し。
 十玖はガタッと音を立てて立ち上がった。椅子がひっくり返るのもお構いなしに、教室を出ようとした十玖のベストを彼は掴んだ。

「離して…下さい!!」
「三嶋くん! どうか “うん” と一言言ってくれないか!?」
「絶対嫌ですッ!!」

 柳田が掴んで離さないベストを脱ぎ、すたすたと歩いて行く。
   十玖はすぐにシャツを掴まれ、今度はそれを脱ぐ。柳田は空かさずTシャツを掴み、それも脱ぐと、ベルトごとズボンを掴まれた。
   勢いに任せてベルトに手を掛けたところで「これも脱ぐかい?」ニヤニヤした柳田に言われて、はたとした。

 十玖は周囲を見回し、微動だに出来なくなった。
   こちらを窺う女子の期待する眼差し。教室からも顔を出して、キャーキャー騒いでいるのを見た十玖が、彼女らに怯えた眼差しを向けたのは、仕方ないことだろう。

「十玖。ズボン脱いだら絶交するわよ」

 追っ駆けて来た美空の一言で、十玖はズボンに掛けていた手をさっと放し、不機嫌であろう彼女を振り返って「やだなあ。しないよ」と引き攣り捲った笑顔を見せた。

「会長。これ頂きますね」

 十玖の服を半ば奪うように受け取り、ぐいっと彼に押し付ける。それから周囲を見渡し、

「見世物じゃないんだから、写メも動画も撮らないで! 十玖もさっさと服着てッ」

 美空に睨まれて慌ててTシャツを着ると、女子たちのブーイングが聞こえた。

(…な……何を期待してるんだッ!?)

 美空に抗議する女子たちの剣幕と下心が途轍もなく怖い。

「斉木さんばっかりズルい!」
「何でズルいのよ! 十玖はあたしの彼なの! これ以上は絶対ダメッ!」

 十玖に抱き着こうとして柳田の手が邪魔な事に気付き、美空はズボンを掴む手に思い切り手刀を入れた。

「あだーッ」

 予想していなかった攻撃を躱せず、柳田が声を上げた。
 その隙に十玖は服を美空に預け、彼女を肩に担ぐといきなり走り出し、廊下に美空の悲鳴がこだまする。
 茫然と見送る柳田。
   のんびり追い駆けて来た苑子がクスクス笑った。

「逃げられちゃいましたね」

 柳田はチラリと苑子を見、十玖が走り去った方を眺めた。

「…ああ。そうだね」
「十玖を落としたかったら、回りくどい事しててもダメですよ」
「と言うと?」
「まずは馬を射ないと」

 苑子は意味深に笑って踵を返した。



 美空を担いだまま、十玖は保健室に駆け込んだ。

「ッ!? 何したの!? 美空ちゃんどうかしたッ?」

 肩の上でぐったりしている美空を見て、有理が駆け寄って来た。

「いや。平気」

 言って美空を下ろすと、涙目の彼女が大きく振りかぶって、十玖の胸に頭突きをする。思い切り胸骨に入って、十玖が前屈みになるのを見、「うん。平気そうね」と有理は納得した。
 十玖が大丈夫じゃないけど。

「怖いって前にも言ったじゃない! また魂抜けそうになったわよ!!」

 ボサボサになった髪を直しもせず、十玖に食って掛かる。彼は咳き込みながら胸を擦り、一息ついて美空を見た。
 涙目で睨む美空の髪を手櫛で直し、

「…ごめんて。美空ダッシュ出来ないし、あの場合仕方なかったんだから許してよ」
「だからって米俵みたいに担ぐの止めてっ」
「お姫様抱っこじゃダッシュ出来ないじゃん」
「二人とも。駆け込んでくるなり何なの?」

 有理が二人の言い合いに水を差す。
 二人は見つめ合ってため息をつくと、十玖が事の顛末を話し始めた。
 聞き終わるや有理に爆笑され、十玖はぶすっくれている。
 笑い疲れた頃、有理が横腹を擦りながら涙を拭いながら、まだ少し笑いが含まれた声で言った。

「逃げるためとは言え、あんたもよくやるわねえ」
「力で行使する訳にいかないでしょ。会長見るからにひ弱そうだし」 
「確かにひ弱だわね。体力測定、全国標準以下だし」

 ぽろっと個人情報を漏洩しつつ、標準以上の十玖を見て苦笑する。

「本気で殴らなくても大怪我するかもしれないわ。柳田くんは」
「ですよねえ」

 勝手知ったる十玖は、机の脇の棚からカップを二人分出し、インスタントコーヒーを入れる。一つを美空に渡し、スツールに腰掛けた。

「お陰で昼飯食べ損ねた。有理、なんか非常食ない?」
「カロリーメイトならあるけど、十玖のお腹を満たすには全然足りないわね」

 痩せの大食いは、当然有理も知っている。
 机の引き出しを開け、キープしていたカロリーメイトを二箱出し、一つずつ渡す。美空は会釈して箱を開けると、中の一袋を十玖に渡した。

「ホント不経済な体質してるわよね」

 美空から貰った子袋を開けている十玖を見ながら有理が呟く。

「僕もそう思う」
「成長はもお止まったわよね?」

 春の身体測定では、変わりなかったようだが。
 たった二口で一本目を食べ終え、二本目を咥えながら首を傾ぐ。

「取り合えず、骨の軋みは感じてないけど」
「それ以上伸びたら大変だよね」

 十玖の頭からつま先まで視線を走らせ、美空は複雑そうな笑みを浮かべた。

「うん。服が困る。大きいサイズはあるんだけど、横幅がね」
「十玖は痩せ過ぎ。あれだけ食べて太らないなんて」
「太れないんだよ」
「あ~あ。そのセリフ一度で良いから言ってみたいわ」

   不貞腐れた物言いをして、美空はコーヒーをこくりと飲む。十玖は彼女の頭を撫でながら、にっこりと微笑んで「僕は美空に痩せて欲しくない」と視線を落とし、その先を追った美空はしばしの間の後、彼の大腿を叩きつけた。

「どこ見てんのよッ!」
「胸。二人とも痩せてたら、お互い骨当たって痛いと思わない? 僕は美空のフニフニした感触好きだし」

 美空の二の腕を揉みながら、ニコニコと満足げに微笑む十玖。有理も美空の二の腕に手を伸ばし口を開いた。

「二の腕の柔らかさとおっぱいの柔らかさって、ほとんど一緒って言うわねぇ」
「…そうかも」
「…ッ! とーく! 先生もッ!」

 真っ赤になって二人の手を振り解き、美空は自分の腕を抱いて二人を睨んだ。十玖は肩を竦め、チラリと有理を見て美空に視線を戻すと、

「別に今更でしょ。有理には色々バレてるし」
「まあそうよね。…あれからちゃんと避妊はしてるでしょうねえ?」
「してるよ」
「頼むわよ。ヒヤヒヤするのは一度で充分だからね?」
「分かってます」

 教諭と生徒の会話とは思えない。義理の姉弟になる間柄だとしても、学校でする会話ではない気がする――――と思ってるのは美空だけか。
 新しい箱を開け、コーヒーを飲みながら黙々と食べる十玖を眺めていて、有理が「そう言えばね」と唐突に何かを思い出したようだ。

「A・Dのファンクラブに入ったのよ」
「ごふッ!!」

 口に含んだカロリーメイトの粉が有理に向かって吹き飛んだ。十玖は慌てて口を押え、何とか飲み込もうとしているけど、咽て飲み込めないでいる。

「ちょっと。きったないわねぇ」

 飛んで来た粉を叩き払う有理。背中を叩く美空がコーヒーを手渡した。十玖は咳き込みながら、コーヒーで少しずつ飲み込んでいく。
 暫く咳き込んだ後、目を潤ませ、胸をヒューヒューさせながら、言葉を絞り出した。

「…な……んで?」
「何でって、会員じゃないと参加できないじゃない。予想ゲーム」

 身近に筒井の策略にワザと乗っかった人がここにいた。と言うか公式ホームページを有理がチェックしていた事に驚きだ。
 ガックリする十玖をせせら笑うかのように、有理は言を継ぐ。

「当たるかどうか知らないけど、当たったら面白いじゃない。ファンミの十玖なんて」

(絶対に当たんないで欲しい)

 げほげほ咳き込みながら、上目遣いで有理を見やる。

「…いま当たるなって思ったでしょ」

 十玖はぷるぷる首を振った。有理は訝し気に十玖を見て「まあいいわ」と湯呑のコーヒーを飲み、にっこり笑った。

「で? 何やるか決まったの?」
「知ら…ない」

 しゃがれた声で十玖が言うと、有理が眉をそびやかせた。

「苑ちゃんのことだから、在り来たりにはしないだろうし、正々堂々と考えるか」
「ズルする気…だったの?」
「情報収集よ。やあね」

 ほほほと笑う有理。図星だったようだ。美空はくすくす笑い、

「何でも筒井さんとの約束で、十玖が何をやるかは苑子ちゃんと筒井さんしか知らないんです。十玖すら当日まで教えて貰えないみたい」
「そうなの? ガード固いわね」
「漏洩したら意味ないし」
「そうよね」

 当てが外れて残念そうな有理。十玖は「あ”~」と唸りながら席を立ち、残ったコーヒーを一気飲みして流しにカップを持って行く。
   そろそろ昼休みも終了だ。
   美空も慌てて飲み干すと、十玖がカップを受け取り洗いだした。

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