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17. それがA・Dだろ 【R18】
それがA・Dだろ ③
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十玖は硬直していた。
完全に意表を突かれた。
ニコニコ笑って立つ姿が、目の錯覚であって欲しい。
彼は机に手をついて身を乗り出してくる。十玖は咄嗟に耳を塞いだ。
(まさか二年の教室に乗り込んでくるとは…。油断した)
心配げな美空と太一の眼差し。
十玖はガタッと音を立てて立ち上がった。椅子がひっくり返るのもお構いなしに、教室を出ようとした十玖のベストを彼は掴んだ。
「離して…下さい!!」
「三嶋くん! どうか “うん” と一言言ってくれないか!?」
「絶対嫌ですッ!!」
柳田が掴んで離さないベストを脱ぎ、すたすたと歩いて行く。
十玖はすぐにシャツを掴まれ、今度はそれを脱ぐ。柳田は空かさずTシャツを掴み、それも脱ぐと、ベルトごとズボンを掴まれた。
勢いに任せてベルトに手を掛けたところで「これも脱ぐかい?」ニヤニヤした柳田に言われて、はたとした。
十玖は周囲を見回し、微動だに出来なくなった。
こちらを窺う女子の期待する眼差し。教室からも顔を出して、キャーキャー騒いでいるのを見た十玖が、彼女らに怯えた眼差しを向けたのは、仕方ないことだろう。
「十玖。ズボン脱いだら絶交するわよ」
追っ駆けて来た美空の一言で、十玖はズボンに掛けていた手をさっと放し、不機嫌であろう彼女を振り返って「やだなあ。しないよ」と引き攣り捲った笑顔を見せた。
「会長。これ頂きますね」
十玖の服を半ば奪うように受け取り、ぐいっと彼に押し付ける。それから周囲を見渡し、
「見世物じゃないんだから、写メも動画も撮らないで! 十玖もさっさと服着てッ」
美空に睨まれて慌ててTシャツを着ると、女子たちのブーイングが聞こえた。
(…な……何を期待してるんだッ!?)
美空に抗議する女子たちの剣幕と下心が途轍もなく怖い。
「斉木さんばっかりズルい!」
「何でズルいのよ! 十玖はあたしの彼なの! これ以上は絶対ダメッ!」
十玖に抱き着こうとして柳田の手が邪魔な事に気付き、美空はズボンを掴む手に思い切り手刀を入れた。
「あだーッ」
予想していなかった攻撃を躱せず、柳田が声を上げた。
その隙に十玖は服を美空に預け、彼女を肩に担ぐといきなり走り出し、廊下に美空の悲鳴がこだまする。
茫然と見送る柳田。
のんびり追い駆けて来た苑子がクスクス笑った。
「逃げられちゃいましたね」
柳田はチラリと苑子を見、十玖が走り去った方を眺めた。
「…ああ。そうだね」
「十玖を落としたかったら、回りくどい事しててもダメですよ」
「と言うと?」
「まずは馬を射ないと」
苑子は意味深に笑って踵を返した。
美空を担いだまま、十玖は保健室に駆け込んだ。
「ッ!? 何したの!? 美空ちゃんどうかしたッ?」
肩の上でぐったりしている美空を見て、有理が駆け寄って来た。
「いや。平気」
言って美空を下ろすと、涙目の彼女が大きく振りかぶって、十玖の胸に頭突きをする。思い切り胸骨に入って、十玖が前屈みになるのを見、「うん。平気そうね」と有理は納得した。
十玖が大丈夫じゃないけど。
「怖いって前にも言ったじゃない! また魂抜けそうになったわよ!!」
ボサボサになった髪を直しもせず、十玖に食って掛かる。彼は咳き込みながら胸を擦り、一息ついて美空を見た。
涙目で睨む美空の髪を手櫛で直し、
「…ごめんて。美空ダッシュ出来ないし、あの場合仕方なかったんだから許してよ」
「だからって米俵みたいに担ぐの止めてっ」
「お姫様抱っこじゃダッシュ出来ないじゃん」
「二人とも。駆け込んでくるなり何なの?」
有理が二人の言い合いに水を差す。
二人は見つめ合ってため息をつくと、十玖が事の顛末を話し始めた。
聞き終わるや有理に爆笑され、十玖はぶすっくれている。
笑い疲れた頃、有理が横腹を擦りながら涙を拭いながら、まだ少し笑いが含まれた声で言った。
「逃げるためとは言え、あんたもよくやるわねえ」
「力で行使する訳にいかないでしょ。会長見るからにひ弱そうだし」
「確かにひ弱だわね。体力測定、全国標準以下だし」
ぽろっと個人情報を漏洩しつつ、標準以上の十玖を見て苦笑する。
「本気で殴らなくても大怪我するかもしれないわ。柳田くんは」
「ですよねえ」
勝手知ったる十玖は、机の脇の棚からカップを二人分出し、インスタントコーヒーを入れる。一つを美空に渡し、スツールに腰掛けた。
「お陰で昼飯食べ損ねた。有理、なんか非常食ない?」
「カロリーメイトならあるけど、十玖のお腹を満たすには全然足りないわね」
痩せの大食いは、当然有理も知っている。
机の引き出しを開け、キープしていたカロリーメイトを二箱出し、一つずつ渡す。美空は会釈して箱を開けると、中の一袋を十玖に渡した。
「ホント不経済な体質してるわよね」
美空から貰った子袋を開けている十玖を見ながら有理が呟く。
「僕もそう思う」
「成長はもお止まったわよね?」
春の身体測定では、変わりなかったようだが。
たった二口で一本目を食べ終え、二本目を咥えながら首を傾ぐ。
「取り合えず、骨の軋みは感じてないけど」
「それ以上伸びたら大変だよね」
十玖の頭からつま先まで視線を走らせ、美空は複雑そうな笑みを浮かべた。
「うん。服が困る。大きいサイズはあるんだけど、横幅がね」
「十玖は痩せ過ぎ。あれだけ食べて太らないなんて」
「太れないんだよ」
「あ~あ。そのセリフ一度で良いから言ってみたいわ」
不貞腐れた物言いをして、美空はコーヒーをこくりと飲む。十玖は彼女の頭を撫でながら、にっこりと微笑んで「僕は美空に痩せて欲しくない」と視線を落とし、その先を追った美空はしばしの間の後、彼の大腿を叩きつけた。
「どこ見てんのよッ!」
「胸。二人とも痩せてたら、お互い骨当たって痛いと思わない? 僕は美空のフニフニした感触好きだし」
美空の二の腕を揉みながら、ニコニコと満足げに微笑む十玖。有理も美空の二の腕に手を伸ばし口を開いた。
「二の腕の柔らかさとおっぱいの柔らかさって、ほとんど一緒って言うわねぇ」
「…そうかも」
「…ッ! とーく! 先生もッ!」
真っ赤になって二人の手を振り解き、美空は自分の腕を抱いて二人を睨んだ。十玖は肩を竦め、チラリと有理を見て美空に視線を戻すと、
「別に今更でしょ。有理には色々バレてるし」
「まあそうよね。…あれからちゃんと避妊はしてるでしょうねえ?」
「してるよ」
「頼むわよ。ヒヤヒヤするのは一度で充分だからね?」
「分かってます」
教諭と生徒の会話とは思えない。義理の姉弟になる間柄だとしても、学校でする会話ではない気がする――――と思ってるのは美空だけか。
新しい箱を開け、コーヒーを飲みながら黙々と食べる十玖を眺めていて、有理が「そう言えばね」と唐突に何かを思い出したようだ。
「A・Dのファンクラブに入ったのよ」
「ごふッ!!」
口に含んだカロリーメイトの粉が有理に向かって吹き飛んだ。十玖は慌てて口を押え、何とか飲み込もうとしているけど、咽て飲み込めないでいる。
「ちょっと。きったないわねぇ」
飛んで来た粉を叩き払う有理。背中を叩く美空がコーヒーを手渡した。十玖は咳き込みながら、コーヒーで少しずつ飲み込んでいく。
暫く咳き込んだ後、目を潤ませ、胸をヒューヒューさせながら、言葉を絞り出した。
「…な……んで?」
「何でって、会員じゃないと参加できないじゃない。予想ゲーム」
身近に筒井の策略にワザと乗っかった人がここにいた。と言うか公式ホームページを有理がチェックしていた事に驚きだ。
ガックリする十玖をせせら笑うかのように、有理は言を継ぐ。
「当たるかどうか知らないけど、当たったら面白いじゃない。ファンミの十玖なんて」
(絶対に当たんないで欲しい)
げほげほ咳き込みながら、上目遣いで有理を見やる。
「…いま当たるなって思ったでしょ」
十玖はぷるぷる首を振った。有理は訝し気に十玖を見て「まあいいわ」と湯呑のコーヒーを飲み、にっこり笑った。
「で? 何やるか決まったの?」
「知ら…ない」
しゃがれた声で十玖が言うと、有理が眉をそびやかせた。
「苑ちゃんのことだから、在り来たりにはしないだろうし、正々堂々と考えるか」
「ズルする気…だったの?」
「情報収集よ。やあね」
ほほほと笑う有理。図星だったようだ。美空はくすくす笑い、
「何でも筒井さんとの約束で、十玖が何をやるかは苑子ちゃんと筒井さんしか知らないんです。十玖すら当日まで教えて貰えないみたい」
「そうなの? ガード固いわね」
「漏洩したら意味ないし」
「そうよね」
当てが外れて残念そうな有理。十玖は「あ”~」と唸りながら席を立ち、残ったコーヒーを一気飲みして流しにカップを持って行く。
そろそろ昼休みも終了だ。
美空も慌てて飲み干すと、十玖がカップを受け取り洗いだした。
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