上 下
119 / 167
17. それがA・Dだろ 【R18】

それがA・Dだろ ①

しおりを挟む
 

 九月二週目、水曜日。

 晴日は彼を見た瞬間、箸をおいて耳を塞いだ。
 竜助は顔をしかめて席を立ち、その場から逃げ出そうとした。

 普段なら近寄っても来やしないくせに、この時期になって笑顔を振り撒いて来るとは、昨年の事が思い起こされる。
 彼が口を開く前に、晴日が先手を打った。

「やんねえよ」
「やだなあ。まだ何も言ってないじゃないか」

 逃げ出そうとしていた竜助を捕まえ、昨年に引き続き、生徒会長を任された柳田がニコニコと笑った。

「聞く気ないぞ。諦めろ」
「そう言わず、斉木く~ん」
「今年は自分で何とかしろ。俺たちに甘えるな」
「澤田くん。話聞いてくれないかなあ?」
「何のために?」

 にべもない二人の対応など関知せず、

「今年もA・Dのライヴ、お願いします」
「「ヤダッ!!」」

 晴日と竜助のユニゾン。

「そこを何とか。外部からの問い合わせも多くて、対応に困っているんだよ」
「俺たちの知った事か。去年は本当に困っていたようだから力を貸したけどな、うちのヴォーカル、終わったらボロボロだったんだぞ」

 クラスの催し物で二時間全力で逃げ回り、合唱部でウェイターと弾き語りをやり、学祭ライヴをこなした上で、本業のライヴをやった十玖は、見るも無残なくらい疲れ切っていた。
 十玖の何事も全力投球する生真面目さが、招いた結果とも言えるが。

 クラスの催し物も合唱部も、どちらも苑子が関わっている以上、十玖に逃げ道など残されていない。せめてこれ以上増やさないように、晴日たちが砦になってやらなければ、十玖一人が再び可哀想な事になる。

「奴は気力で乗り切ったけど、こっちとしてはベストな状態にしときたいんだよ」

 晴日が言うと、竜助も同意する。

「ただでさえ繁忙期なんだから、無理言われてもな」

 帰れ帰れとあしらい、二人が食事を再開する。
 突如、柳田が土下座した。

「この通り、なんとかお願いします」

 晴日たちは、そんな彼を無視して黙々と食べ続けた。



 クラスの出店内容を聞いて、十玖は教壇に立つ苑子を睨み据えた。
 クラス一丸となって、十玖を落とし込まんとする主謀者は、勝ち誇った笑みを浮かべ、クラスメイトの賞賛を浴びている。
 唯一、十玖の味方だと思っていた美空にまで裏切られた。

「では。前回好評を頂いた仮装スタンプラリー・リターンズと言うことで、今年も十玖には死ぬ気で逃げて頂きましょう」
「絶対にヤだッ! 去年僕がどれだけしんどかったか、解ってて言ってる?」
「もちろんよ。その有り余る体力と運動神経。加えて女装のよく似合う容姿。余すことなく発揮して頂きましょう」
「そ…その日はスケジュール的に無理!」

 立ち上がって抗議する十玖を苑子が鼻で嗤う。
 彼は一瞬で理解し、すとん、と力なく椅子に腰を落とす。余裕のあるあざとい微笑みを前にして、彼に為す術などない。

「あんたのスケジュールは、既に筒井さんに確認済みよ。年間予定表が渡された時点で、十玖の女装を条件に時間を貰ってるんだから、潔く諦めなさい」
「はあ!?」

 苑子の言う通りなら、春にはもう既に筒井と約束をしていたと言うことになる。
 十玖はポケットからスマホを取り出し、担任に「確認しても良いですか?」と見せながら了解を取った。
 しばらく待った後、筒井が電話口に出た。

「筒井マネ。どう言うこと?」
『何のこと?』
「学祭。女装を条件に僕を売ったわけ?」
『ああ。その事。売ったわよ』

 しれっと言った。思わず手から滑ったスマホでお手玉をした後、十玖は冷や汗を拭って気を取り直す。

「筒井さん、マネージャーだよねッ!? 何で危険極まりない苑子に僕を売るわけ!?」

 教壇の苑子が「何だとーぉ!」とチョークを投げてくる。それを簡単にキャッチし、緩く苑子に投げ返した。

『今年もトークの女装はあるのか、ファンの間で話題になってるし、トークが何の女装をするのかファンクラブの会員に予想して貰って、的中させた五名にファンミ招待ってことで。この機に会員増やせるし、うちとしても異論はないわ。この際だから苑子ちゃんと手を組んで遊んじゃいましょ』

 高校の学祭を利用して、年会費稼ぐとかって、

「汚い」
『マネージャーとしては当然の事よ。美空ちゃんも乗り気だし、逃げようとしたって無駄よ?』

 美空の名前が出て、十玖は二つ前の席に視線を向ける。
 こっちを見ていた彼女と目が合って、十玖は些か引き攣った笑顔を浮かべた。

「美空にどんな条件出したんですか?」

 美空は自分の名前が出たことで席を立ち、十玖の脇にしゃがみ込んだ。
 見上げてくる美空のきょとんとした眼差し。 “可愛い” と抱きしめそうになって、今が授業中なのを思い出し、手を引っ込める。

ZALZザルツのアルバムの撮影』

 ZALZとは、事務所の先輩で、APLMの稼ぎ頭の一つだ。
 美空にとってチャンスになる。
 十玖は天井を仰ぎ、溜息を吐いた。

「……了解です」
『十玖は聞き分けが良くて好きよ』
「僕は筒井マネが嫌いになりそうです」

 深いため息とともに電話を切った。
 この調子だと、来年も覚悟せねばなるまい。

 苑子と違うクラスになるために成績をわざと落としたら、A・Dの活動が危なくなる。成績が下がったら活動自粛が校則だ。十玖の場合、こっそりできるような仕事ではない。

「確認は取れたか? 三嶋」

 十玖はゆらりと立ち上がり、悪気もなく言った担任を見据える。

「だから苑子を副委員長にしないで下さいって、言ったじゃないですか!!」
「…そう…だったかな?」
「惚けないで下さいッ! …美空にまで売られる日が来るなんて」

 しゃがんだまま「へへッ。ごめんね」と笑う美空を見下ろす。
 十玖の手を引っ張って座らせ、彼の足の上に手を置いた。美空のボディタッチを拒めない十玖を知り尽くした、彼女ならではのおねだり。

「ZALZだけが条件だったらあたしも受けなかったんだよ? でもタロ先生とSERIさんが良い写真撮れたら、DUNEで何枚か撮らせてくれるって言うから。十玖とも仕事できるし…ごめんね?」

 ああ、と思う。

 美空のお願いを十玖が断り切れない事を知っていて、さらに周りを囲んで動けなくし、Yesと言わざる得ない状況を作り出すのが、得意な人を知っている。
 美空の頭を撫で、教壇の苑子に向き直った。

「苑子。ちょっと確認」
「なに?」
「華子さん絡んでる?」

 絡んでない事を祈りつつ、上目遣いで苑子を見る。

「やっぱり分かっちゃう?」
「…何で一介の高校の学祭に、一流のプロと言われる人たちが絡んでくるかなあ」
「そりゃあ、みんな十玖で遊びたいからでしょ」
「そこ僕 “と” じゃなくて、僕 “で” なんだ?」
「まあいいじゃない。誰も損しないんだし」

 ケラケラ笑う苑子。

「いや。僕が損してるよね!?」
「あんた一人が犠牲になれば、みんなが得するんだもの。小さい事に拘るのは良くないと思うの。まだ何か言いたいことがあるなら、一切あたしは受け付けないから、美空おくさんに慰めて貰って。じゃあ次決めまーす」

 美空が「奥さんだって」と照れながら見上げて、頭に手を伸ばす。前屈みになった十玖が頭を撫でられながら「最悪」と呟くのを、黙って見ていた太一がくすくす笑った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

可愛い女性の作られ方

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
風邪をひいて倒れた日。 起きたらなぜか、七つ年下の部下が家に。 なんだかわからないまま看病され。 「優里。 おやすみなさい」 額に落ちた唇。 いったいどういうコトデスカー!? 篠崎優里  32歳 独身 3人編成の小さな班の班長さん 周囲から中身がおっさん、といわれる人 自分も女を捨てている × 加久田貴尋 25歳 篠崎さんの部下 有能 仕事、できる もしかして、ハンター……? 7つも年下のハンターに狙われ、どうなる!? ****** 2014年に書いた作品を都合により、ほとんど手をつけずにアップしたものになります。 いろいろあれな部分も多いですが、目をつぶっていただけると嬉しいです。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...