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17. それがA・Dだろ 【R18】
それがA・Dだろ ①
しおりを挟む九月二週目、水曜日。
晴日は彼を見た瞬間、箸をおいて耳を塞いだ。
竜助は顔をしかめて席を立ち、その場から逃げ出そうとした。
普段なら近寄っても来やしないくせに、この時期になって笑顔を振り撒いて来るとは、昨年の事が思い起こされる。
彼が口を開く前に、晴日が先手を打った。
「やんねえよ」
「やだなあ。まだ何も言ってないじゃないか」
逃げ出そうとしていた竜助を捕まえ、昨年に引き続き、生徒会長を任された柳田がニコニコと笑った。
「聞く気ないぞ。諦めろ」
「そう言わず、斉木く~ん」
「今年は自分で何とかしろ。俺たちに甘えるな」
「澤田くん。話聞いてくれないかなあ?」
「何のために?」
にべもない二人の対応など関知せず、
「今年もA・Dのライヴ、お願いします」
「「ヤダッ!!」」
晴日と竜助のユニゾン。
「そこを何とか。外部からの問い合わせも多くて、対応に困っているんだよ」
「俺たちの知った事か。去年は本当に困っていたようだから力を貸したけどな、うちのヴォーカル、終わったらボロボロだったんだぞ」
クラスの催し物で二時間全力で逃げ回り、合唱部でウェイターと弾き語りをやり、学祭ライヴをこなした上で、本業のライヴをやった十玖は、見るも無残なくらい疲れ切っていた。
十玖の何事も全力投球する生真面目さが、招いた結果とも言えるが。
クラスの催し物も合唱部も、どちらも苑子が関わっている以上、十玖に逃げ道など残されていない。せめてこれ以上増やさないように、晴日たちが砦になってやらなければ、十玖一人が再び可哀想な事になる。
「奴は気力で乗り切ったけど、こっちとしてはベストな状態にしときたいんだよ」
晴日が言うと、竜助も同意する。
「ただでさえ繁忙期なんだから、無理言われてもな」
帰れ帰れとあしらい、二人が食事を再開する。
突如、柳田が土下座した。
「この通り、なんとかお願いします」
晴日たちは、そんな彼を無視して黙々と食べ続けた。
クラスの出店内容を聞いて、十玖は教壇に立つ苑子を睨み据えた。
クラス一丸となって、十玖を落とし込まんとする主謀者は、勝ち誇った笑みを浮かべ、クラスメイトの賞賛を浴びている。
唯一、十玖の味方だと思っていた美空にまで裏切られた。
「では。前回好評を頂いた仮装スタンプラリー・リターンズと言うことで、今年も十玖には死ぬ気で逃げて頂きましょう」
「絶対にヤだッ! 去年僕がどれだけしんどかったか、解ってて言ってる?」
「もちろんよ。その有り余る体力と運動神経。加えて女装のよく似合う容姿。余すことなく発揮して頂きましょう」
「そ…その日はスケジュール的に無理!」
立ち上がって抗議する十玖を苑子が鼻で嗤う。
彼は一瞬で理解し、すとん、と力なく椅子に腰を落とす。余裕のあるあざとい微笑みを前にして、彼に為す術などない。
「あんたのスケジュールは、既に筒井さんに確認済みよ。年間予定表が渡された時点で、十玖の女装を条件に時間を貰ってるんだから、潔く諦めなさい」
「はあ!?」
苑子の言う通りなら、春にはもう既に筒井と約束をしていたと言うことになる。
十玖はポケットからスマホを取り出し、担任に「確認しても良いですか?」と見せながら了解を取った。
しばらく待った後、筒井が電話口に出た。
「筒井マネ。どう言うこと?」
『何のこと?』
「学祭。女装を条件に僕を売ったわけ?」
『ああ。その事。売ったわよ』
しれっと言った。思わず手から滑ったスマホでお手玉をした後、十玖は冷や汗を拭って気を取り直す。
「筒井さん、マネージャーだよねッ!? 何で危険極まりない苑子に僕を売るわけ!?」
教壇の苑子が「何だとーぉ!」とチョークを投げてくる。それを簡単にキャッチし、緩く苑子に投げ返した。
『今年もトークの女装はあるのか、ファンの間で話題になってるし、トークが何の女装をするのかファンクラブの会員に予想して貰って、的中させた五名にファンミ招待ってことで。この機に会員増やせるし、うちとしても異論はないわ。この際だから苑子ちゃんと手を組んで遊んじゃいましょ』
高校の学祭を利用して、年会費稼ぐとかって、
「汚い」
『マネージャーとしては当然の事よ。美空ちゃんも乗り気だし、逃げようとしたって無駄よ?』
美空の名前が出て、十玖は二つ前の席に視線を向ける。
こっちを見ていた彼女と目が合って、十玖は些か引き攣った笑顔を浮かべた。
「美空にどんな条件出したんですか?」
美空は自分の名前が出たことで席を立ち、十玖の脇にしゃがみ込んだ。
見上げてくる美空のきょとんとした眼差し。 “可愛い” と抱きしめそうになって、今が授業中なのを思い出し、手を引っ込める。
『ZALZのアルバムの撮影』
ZALZとは、事務所の先輩で、APLMの稼ぎ頭の一つだ。
美空にとってチャンスになる。
十玖は天井を仰ぎ、溜息を吐いた。
「……了解です」
『十玖は聞き分けが良くて好きよ』
「僕は筒井マネが嫌いになりそうです」
深いため息とともに電話を切った。
この調子だと、来年も覚悟せねばなるまい。
苑子と違うクラスになるために成績をわざと落としたら、A・Dの活動が危なくなる。成績が下がったら活動自粛が校則だ。十玖の場合、こっそりできるような仕事ではない。
「確認は取れたか? 三嶋」
十玖はゆらりと立ち上がり、悪気もなく言った担任を見据える。
「だから苑子を副委員長にしないで下さいって、言ったじゃないですか!!」
「…そう…だったかな?」
「惚けないで下さいッ! …美空にまで売られる日が来るなんて」
しゃがんだまま「へへッ。ごめんね」と笑う美空を見下ろす。
十玖の手を引っ張って座らせ、彼の足の上に手を置いた。美空のボディタッチを拒めない十玖を知り尽くした、彼女ならではのおねだり。
「ZALZだけが条件だったらあたしも受けなかったんだよ? でもタロ先生とSERIさんが良い写真撮れたら、DUNEで何枚か撮らせてくれるって言うから。十玖とも仕事できるし…ごめんね?」
ああ、と思う。
美空のお願いを十玖が断り切れない事を知っていて、さらに周りを囲んで動けなくし、Yesと言わざる得ない状況を作り出すのが、得意な人を知っている。
美空の頭を撫で、教壇の苑子に向き直った。
「苑子。ちょっと確認」
「なに?」
「華子さん絡んでる?」
絡んでない事を祈りつつ、上目遣いで苑子を見る。
「やっぱり分かっちゃう?」
「…何で一介の高校の学祭に、一流のプロと言われる人たちが絡んでくるかなあ」
「そりゃあ、みんな十玖で遊びたいからでしょ」
「そこ僕 “と” じゃなくて、僕 “で” なんだ?」
「まあいいじゃない。誰も損しないんだし」
ケラケラ笑う苑子。
「いや。僕が損してるよね!?」
「あんた一人が犠牲になれば、みんなが得するんだもの。小さい事に拘るのは良くないと思うの。まだ何か言いたいことがあるなら、一切あたしは受け付けないから、美空に慰めて貰って。じゃあ次決めまーす」
美空が「奥さんだって」と照れながら見上げて、頭に手を伸ばす。前屈みになった十玖が頭を撫でられながら「最悪」と呟くのを、黙って見ていた太一がくすくす笑った。
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