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16. 集まれば、古今東西…。

集まれば、古今東西…。⑦

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   ***


 二日目、早い朝食を済ませ、午前中いっぱい授業をし、午後から登山マラソンとなる。昨日と同様、頂上で合流し、休憩を挟んでクラス対抗捕獲ゲームが始まった。

 優勝したクラスには、学祭の打ち上げ費用として、金一封が出るため、生徒たちが恐ろしいくらいの団結力を見せる。

 ルールは至ってシンプル。制限時間内に森へ散らばった兵隊たちを捕まえるのだが、大将が捕まったらそのチームはゲームオーバー。大将は死ぬ気で逃げ切らなければならない。故にどのクラスも抜きん出た身体能力を持った者を大将に据える。

 基本武器の使用はないが、怪我をしなければそこいら辺りの物を利用するのはOKだ。各々センサー付きのネームを着け、それを奪われたら捕獲となる。捕虜たちは教諭たちの待つ場所に移動して待機となり、時間終了と共に残った人数で勝敗を決める。

 注意事項としては、張られたロープの外に出てはならない。万が一出た場合は、クラス全体が失格となる。クラス別に色分けされたセンサーが付いているため、ズルすればすぐに教諭たちにバレてしまうので、ロープに近寄らないのが得策である。
   何故なら、そこに敵方がいたら一網打尽になる可能性が高くなるからだ。尤も、自信があるなら、誘い込むことも追い込む事もOKだ。

 A組赤、大将十玖。B組青、大将佐野。C組黄色、大将今田。D組緑、大将常磐ときわ

 昨年、常磐と十玖の大将戦になかなか決着が付かなかった、因縁の二人。
 頭脳のA組対体力のD組。運動部所属の生徒が多いD組に対し、A組は極めて不利だ。大将が残ったとしても、捕獲数で敗北を喫した去年の経験を踏まえ、逃げながらトラップを仕掛けていく。
   またある者たちは囮作戦で捕獲数を稼いでいた。

 足がいささか不自由な美空は、格好の餌食になる。十玖は美空を木の上に引っ張り上げ、そこから動かないように言い含めると、森の中に消えた。動こうにも足場がなくて降りれないんだから、動きようがないと美空が苦笑する。
 以前の彼女なら平気で飛び降りたろうに。

 眼下で捕り物が行われているのを、見つかった時の事を想像して、最初はドキドキしながら見ていたが、意外とみんな上を気にしていないようだった。
 木登りと言う発想がないのかも知れない。美空は子供の頃よく晴日たちと登って遊んだものだけれど。

 時間が経過すると共に、下を徘徊する生徒が少なくなってきた。
 その頃十玖は、滝を囮にC組をせん滅したところだ。
 十玖が待機する木の下まで滝が逃げ切り、飛び降りて空かさず敵をロープの外に放り出した。

「ずっけーッ!」

 放り出されて喚く男子の声と同時に、マイクを通した教諭の声がC組失格のアナウンスをする。十玖と滝はハイタッチし、すぐさま別々に走り去った。

 同じく逃げ切っている太一は、無駄に走り回らず、茂みに身を潜めながら地道に敵を捕らえては、戦果を挙げている。

 苑子は太田、照井と組んで、女子ばかり狙う男子を標的にし、捕獲と銘打った天誅を食らわせていた。

 十玖は、美空を待たせている木の下に立ち、「大丈夫?」と声を掛け、手に持っていた淡紫色のアケビを差し出した。美空はそれを受け取りながら、

「全然平気だけど、ちょっと退屈ぅ。あたし楽していいのかしら?」
「みんなで決めた事だし、一人でも多く生き残らないとね」

 美空だけではなく、もう一人身体的に若干問題のある女子を木の上に待機させている。もし見つかったとしても、引き摺り下ろそうとして怪我でもさせたら問題になる。相手は女子だし、敢えて手出しはしないだろう。

「十玖。こっちに敵が向かって来る」

 発見した方角を指した。十玖はそっちを振り返り、

「了解。美空もう少し我慢してて」
「うん。頑張って」
「ありがと」

 十玖が走り去るのを見送り、美空はアケビの厚い皮を剥き、黒い種子を覆う甘い胎座をしゃぶって、種を吹き飛ばした。
 一方十玖は、木の陰に身を隠し、B組男子が通り過ぎた背後から首に腕を回し、ネームを奪い取った。

「あともう少しだったのに」
「申し訳ない」
「三嶋相手なら仕方ないか。常磐はまだ生き残ってるから、頑張れよ」
「ありがと」

 走りながら腕時計を確認する。制限時間まであと四十三分。
 味方はどのくらい残っているだろう?
 駆け回る人数は明らかに減っている。

 十玖は神経を研ぎ澄ませ、周囲に意識を張り巡らせる。そろりそろりと近寄って来る複数の足音。十玖を挟み込むつもりらしいが、そうは問屋が卸さない。
 足音の少ない方に走り、一気に間合いを詰め、拳を振りかぶる。顔前に寸止めで止まった拳に固まった所で空かさずネームを頂いた。継いでもう一人からも同じ手で奪い取ると、踵を返して走り出す。突進してくる十玖に慄いて、奪いにかかるはずが逆に逃げ出した。

 十玖の勢いに圧され、つまずいた男子からネームを奪い、すぐに目を付けた標的に走り出す。大声を出して逃げる男子に向かって飛び掛かり、押し倒して跨るとネームを奪い取った。

「おまえは野生児か?」
「ありがとう」
「褒めとらんわ!」

 十玖はカラカラ笑いながら、残る一人を追った。必死に逃げる相手との間合いが詰まり、背中を捕まえようと手を伸ばしたところで、十玖は咄嗟に後方へ大きく飛び退った。ギッと睨みつける先には、上から飛び降りて来た常磐が舌打ちをして立っていた。

「しくじった。おまえ人間かよ」
「耳が良いもんで」

 にっこり笑って身構えた。常磐も戦闘態勢になって、じりじりと詰めて来る。
 常磐は空手部の副主将だ。油断できない。

 さっき十玖が追い駆けて来た男子は、遠巻きに眺めていた。下手にちょっかいを掛けては、自爆するのが分かっている。
 十玖と常磐は互いに睨み合ったまま、隙が生じるのを待っていた。

 先に痺れを切らし、仕掛けて来たのは常磐だ。彼のフェイントを躱しながら、十玖は周囲の状況を確認する。
 ぶつかり合う音が森の中に響き、互いの呼気に耳を澄ます。どちらも劣ってない。

 常磐が身を沈め、足元を狙って蹴りを入れて来る。十玖が飛んで躱し、彼の足を踏みつけると、すぐさま反対の足が飛んでくる。十玖は飛び退って躱し、隙を与える間もなく地面に伏せる常磐に向かって飛び膝蹴りを放つ。彼は寸でで躱し、片膝を着いた状態で十玖を睨んだ。



「あと何分だッ!?」

 額を伝う汗を手で拭い、常磐が遠巻き男子に訊いた。

「…二十七分!」
「了解ッ!」

 互いに牽制しあったまま、微動だにしない。
 まんじりともしない時間が過ぎて、今度は十玖が仕掛けた。右、左、左、右中段蹴りから上段回し蹴り。前腕で受け身を取った常磐に、追い打ちをかける回転蹴りの応酬。足元の悪い中で絶妙のバランスを見せる十玖に、常磐が舌打ちをした。

 常磐の中段回し蹴りを腕で捉えた十玖に、反対の足で上段回し蹴りを見舞うが、体を反らして躱された。二人の間合いが取られる。常磐が二連蹴りをし、着地したところに十玖の旋風脚。常磐はガードした腕ごと蹴り倒され、背中を木に強か打った。

「虫も殺さなさそうな顔して、おまえってホント嫌な奴だな」
「先に仕掛けて来たのはそっちでしょ。大人しくネームくれたらいいのに」

 常磐のネームに手を伸ばすと同時に、彼の手が十玖のネームを狙って伸びて来る。十玖は常磐の手首を掴んで外側に捻り下ろした。空手にはない固め技を食らい、常磐が悲鳴を上げた。

「いでーッ!! 何さらすんじゃ放せーッ」
「ホントはこんな事したくないんだけど、これも勝負だからゴメン」

 言って常磐のネームを奪い取った。

「これで一勝一敗だね」

 十玖の満面の笑みを、面白くなさそうに鼻であしらう。
 去年は数で負けたが、今年は大将戦で勝った。
 D組の大将ランプが消えたのが確認され、マイクでゲームオーバーが知らされる。残す敵はB組のみ。

 十玖は一先ず美空の元に戻り、「アケビ美味しかった?」と声を掛けた。

「美味しかったよ。今年は常磐くんを抑えたね。さすが」
「ちょっとヤバかったけどね。そろそろ時間だし、降りる?」
「降りたい」

 十玖が腕を伸ばすと、美空がひらりと舞い降りて来る。彼女を抱き止めると、ふくよかな胸に顔を埋める事となった。予期せぬご褒美を貰った気分で、さらに力を込めて抱きしめる。

「もお十玖ッ!」
「美空から飛び込んで来たんじゃない」

 ニッと笑う。
 美空がポカポカと十玖の頭を叩いていると、右側方から走って来る気配を感じ、美空を下ろして背中に庇う。
 B組大将、佐野だ。その後ろから太一と数人が追い駆けて来ていた。

 敵方大将が十玖の存在に気が付いて、左に方向転換する。十玖は地面を蹴って走り出し、太一たちが合流すると、たちまち佐野を境界ロープ際まで追い詰めた。

「さて。俺たちにネームを差し出すか、境界線の外に放り出される不名誉な大将になるか、どっちにする?」

 じわじわと追い詰める太一が、ニヤニヤしながら言った。佐野は唇を噛んで睨んでくる。
 追い詰めて油断が生まれていた。小柄な佐野は十玖と太一の間をすり抜け、後を追って来た美空に突進して行く。そうはさせじと十玖が追った。
 佐野の手が美空の肩を掴んだ。

「美空に…触るなあッ!!」

 背中を掴んで引き倒し、馬乗りになって喉輪を決める。十玖の形相に震え上がり、「済みませんでした」と声を振り絞った。

「斉木を狙うなんて、一番やっちゃなんないって知らなかったの?」

 頭の脇にしゃがんだ太一が、ため息混じりに言った。
 A組では周知の事実だが、他のクラスではそうでもないのかも知れない。
 太一は大将のネームを奪うと、十玖の肩に手を置いて、

「もおいいだろ? 放してやりな」

 太一に言われ、十玖は不承不承手を放し、すくっと立って美空の元に行く。さっき佐野に掴まれた肩を汚らわしそうに払い、「行くよ」と美空を抱き上げ、すたすた歩いて行ってしまう。太一は鼻でため息をつき、佐野に手を貸して引っ張り上げた。

「正直ここまでされるとは思ってなかったよ」

 ジャージの汚れを払いながら、佐野が言った。太一は二人が消えた方に視線を走らせ、

「斉木の足、守れなかった自分のせいだと思っているから、過剰反応するんだよ。確かに度を超してるとは思うけど、十玖に程良くはないからね」

 ゼロか百しかない。本当に不器用だ。
 十玖の形相を思い出し、佐野はぶるると震える。殺されるかもと思った。それ程の気迫があった。

「斉木にはもう下手に近寄らないよ」
「賢明だね」

 心底からそう言った佐野に頷き、太一たちも集合場所へと歩き出した。

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