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15. GAME OVER 【R18】

GAME OVER ③

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  ***


 ようやくツアーも終了して、残すのは夏フェス一本のみとなった。
 合間合間に戻る事はあっても、すぐにツアーにとんぼ返りする毎日が続いて、やっとだ。

 土産を持って麻美の家に訪れたが留守のようで、竜助はその足で麻美の勤務先に出向いた。
 涼を取る客で混雑する店の中を見渡し、顔見知りの従業員を呼び止めた。

「麻美は?」
「…辞めましたよ」
「いつッ!?」
「十日くらい前かな…? リュウさん知らなかったの?」
「……聞いてない」

 一昨日電話した時は何も言っていなかった。
 昨日はずっと不通だった。
 ありがとと店を出て、麻美に電話をした。
 返って来たのは、使われていないと言う無情なメッセージ。
 麻美のアパートに急いで戻った。

「麻美ッ!」

 ドアを叩いた。ノブをガチャガチャと引っ張り、何度も、何度もドアを叩いた。

 ゴンッ。

 額をドアに打ち付けた。

「…なんで……?」

 スペアキーなんて貰ってない。
 欲しいとも、くれるとも言った事なかった。
 階段を上がって来る足音がして振り返ったが、たまに顔を合わす隣人だった。
 鍵を開けながらこちらを見る彼は、きょとんとした顔で「一昨日引っ越しましたよ。聞いてない?」そう言った。
 竜助は一礼して、その場を離れた。

 恭子なら何か聞いているかも知れない。高校からの親友だ。
 アドレスを開いたのに、しばらく恭子の名前が思い出せなかった。
 名前が見付けられなくて、焦った。

 その場にしゃがみ込み、頭を抱え、しばらく唸っていた。何度も頭を叩き、スマホの画面を睨んだ。焦れば焦るほど、思考が奈落に落ちて行くような感じ。
 竜助は深呼吸をし、「落ち着け」と繰り返す。

 ようやく視覚と脳が繋がって、恭子に電話を掛けた。
 コール音がやたらと長く感じる。

「もし。どうした竜助?」

 恭子の声を聞いた途端、不覚にも涙が出て来た。

「あ…麻美が……」
「麻美がどうかした?」
「麻美が…消えた。店辞めて、引っ越した。電話も繋がらない。恭子、なんか聞いてる?」
「……嘘ッ。何も聞いてない」

 寝耳に水だったのだろう。電話の向こうの恭子が、狼狽えているのが分かった。

「連絡来たら教えて」

 竜助は電話を切ると、その場に立ち尽くし、ぼんやりと空を見上げた。



 麻美が行方を眩ませて、二週間が経っていた。
 夏休みも終わり、通常の生活に戻っていたが、竜助はぼんやりしていることが多くなった。
 ライヴはきちんとこなし、迷惑をかける事はしなかったが。

 躍起になって麻美を探した。
 恭子は実家や友達に連絡し、麻美の行方を捜したが、誰にも何も言わず行方を眩ました。

 謙人は実家の顧問弁護士に、その権利を以って協力を乞うたが、住民票は移動されておらず、転居先は不明のまま。犯罪者でもなければ、重要な証人でもないため、それ以上の追跡は無理だと断られた。
 引っ越し業者を探したが見つからず、唯一分かったのは、家具の殆どを処分していた事だった。

「あの時、もっと僕が気に掛けてれば…」

 麻美の失踪で、意外にも十玖がダメージを負っていた。
 海辺での麻美が、消え入りそうだと思いながら、見過ごしてしまった。

「おまえのせいじゃないよ。近くにいて気付かなかった俺が悪い」

 十玖の頭をポンポンし、力なく笑った竜助。

 恭子もまた、麻美の悩みに気付けなかった事を悔やみ、遂には拒食症になってしまった。雑把な性格だから、そんなものとは無縁だと思っていたのに。

 ライヴの最中に倒れ、病院に担ぎ込まれた恭子は、すっかりやつれてしまっていた。
 水すらも飲めなくなった恭子。

 点滴が落ちるのを見ながら、竜助は麻美を思った。
 彼女のことが好きだった。それは間違いない。
 なのに、腹が空けば食べれるし、眠くなれば寝る。性欲が萎えたりもしない。溜まれば麻美を思い出し、抜く事だってした。
 恭子のように体を壊したりまでしない。
 ぽっかりと心に穴が開いているのに、体は生きようとしている。
 自分には何かが欠けているように思えてしまう。

 これが他の三人なら、もっとダメージを受けている。十玖なら最悪死んでしまうかも知れない。
 麻美がいなくなって、堪えているのに。

 不意に手を捕まれて、視線が辿った。恭子が目を覚まし、ぼうっとした面持ちで竜助を見上げている。

「目ぇ覚ました?」
「…付き添って……くれてたんだ。悪いね」

 恭子は左手で目を覆い、嘆息する。

「悪くないだろ。別に。調子はどうだ?」

 恭子の顔を覗き込む。

「…点滴効くねえ。大分楽になったよ」
「しばらく入院だってよ」
「え――――ッ!?」

 心底嫌そうに声を張り上げた。

「ならちゃんと食えよ」
「解ってるよ。けど、体が受け付けないんだから、しょうがないじゃん」

 力なく笑って、恭子は身を起こした。

「もう少し横になってろよ」
「平気平気。クワトロの恭子さんは、そこまでヤワじゃないよ」
「よく言うよ。担ぎ込まれたくせに」
「…ちっ」

 舌を打って竜助を睨む。睨んで、不意にその目が緩んだ。
 すっと手を伸ばし、竜助の頭を引き寄せた。

「なんだよ?」

 恭子は竜助のオレンジの髪を掻き混ぜて、「難儀な奴」と悲しげな笑みを浮かべた。
 その一言で、解ってもらえた気がして、目頭が熱くなってくる。
 項垂れた彼の双眸からポタポタと涙が落ち、白のリネンを滲ませた。

「…俺、何したんかなあ? 麻美が、逃げ出したくなるようなこと……そんなに…」
「……」
「お…俺がガキ過ぎて、話にもならなかったンかなあ?」
「そんなことない。麻美は、本当に竜助のこと好きだったよ。それはあたしが保証する」
「じゃあ何でッ! 何で…黙って消えるんだよぉ。こんな終わり方って…ねえよ」

 声を殺して泣く竜助を、恭子の手が優しく撫でる。
 嫌いなら嫌いと、別れたいならそう言って欲しかった。
 始めたのも、終わらせたのも、麻美。
 どう言うつもりだか知らないけれど、せめて一言欲しかった。



「俺、早く大人になりたかった」

 少し落ち着いた竜助が呟いた。

「…ん」

 ずっと二人を見てきた恭子が頷く。

「麻美が、並んで恥ずかしくない男になりたかった」
「…ん」
「愛してるとかって…この気持ちがそうなのか…俺、やっぱ分かんねえけど……麻美がいなくなるなんて、考えたことなかった……ずっと…」

 ずっと一緒にいるもんだと、思っていたのに。
 また止めどなく溢れてくる涙を拭いもせず、嗚咽する竜助の背中を撫で、恭子も頷きながら涙する。
 メンバーの前では気丈に振舞って、ちゃんと仕事をこなしてきた。
 恭子の前でなら、素直に泣けた。

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