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14. A・Dの夏休み 【R18】

A・Dの夏休み ⑥

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  ***


 燦々と輝く太陽は、ただいま真上から容赦なく照りつけ、気温をどんどん上昇させている。

 そんな中で、すっかり体が冷え切ってしまった十玖は、一足先に上がって甲羅干しをしていた。
 頭にタオルを被って、顔が完全に見えないようにして寝入っていたところを、いきなり背中を踏まれて、頭を持ち上げる。

「よお。昨日ぶり」

 人好きのする笑顔の謙人が、膝を抱えてしゃがみ込んでいた。

「謙人さん!? なんでここに!?」

 十玖は驚いて飛び起きた。正座してマジマジと見返してくる十玖に苦笑する。

「うちの別荘、ここから車で十分かかんないよ。萌ちゃんにホテル聞いて驚いた」
「よく僕が分かりましたね」
「見飽きるほど見てるからな。この長身と体脂肪三パーセントはそういないだろ。晴たちは?」
「まだ遊んでると思います。僕は三パーが仇となって休憩です」

 はははと笑いながら謙人は立ち上がり、沖を見る。人がごちゃごちゃいる中で、トレードマークのひよこ頭を見つけ出すが、少し遠い様だ。

「叫べ十玖」
「了解です」

 マイクなしでもガンガン行ける肺活量の見せどころだ。
 すくっと立ち上がり、深く息を吸い込んで、一気に吐き出した。

「晴さ――――んッ!!」

 周囲の度肝を抜く大声だった。
 真横で聞いていた謙人は、耳を塞いでいたにもかかわらず、絶賛耳鳴り中。晴日が気付いて、美空、萌とともに戻って来る。

「竜助もこっちに来てるみたいだよ」

 ハウリングを起こしている耳を手のひらで軽く叩く謙人に、十玖は些か申し訳ない顔で見ながら訊き返した。

「竜さんもですか?」
「クワトロの恭子女王に連行されるみたいだ」
「連行ですか。それはまた…」

 気の毒の言葉を飲み込んだ十玖。謙人も眉をひそめて小さくため息を漏らした。
 晴日が小脇に萌を抱え、ヘロヘロの足取りの美空の腕を取って上がってきた。はしゃぎ過ぎだろう。

「謙人、なんでいんの?」

 萌を下ろして、訝しげに見る。それはそうだろう。
 十玖は三人にタオルを渡しながら、

「竜さんもこっちに向かってるそうですよ」

 晴日は十玖と謙人を交互に見て、眉を寄せた。

「こっちで合流する約束してたっけ?」

 そんな約束をした覚えは全くないのだが、こうして集まってくると、自分の勘違いのような気がしてくる。

(いや。そんな約束、絶対する訳ない!)

 萌としっぽり過ごすのがこの旅行の目的なんだから、邪魔者が介入するような危険は犯さない。十玖と被ったのは誤算だったが。

「謙人さんの別荘、ここから近いそうです」
「そうなんか?」

 美空をタオルでくるみながら言い、「お帰り」と抱きしめ、額と額を擦り付ける。因みに晴日の “そうなんか?” は全く聞こえていない。
 謙人は十玖の後頭部に手刀を入れた。

「あたっ」
「十玖。お陰様で炎上してんだけど?」

 頭をさすりながら、十玖は「ああ」と嫌そうな顔をした。

「僕と晴さんがちょっと離れた隙に、美空を連れて行こうとした不届き者がいたんで、危ないからTシャツを着せようとしたのに嫌がるから」
「で、ああなったと…?」
「です。こんな事なら、最初から付けとけば良かった」

 美空の胸に指を差し、本気で言ってる十玖のスネを蹴飛ばして、彼女はパラソルの下に移動する。濡れたTシャツを脱いで、自分のパーカーを羽織った。スネを擦りつつ美空の手からTシャツを貰い、水気を絞る十玖を見て謙人がにこりと笑う。

「筒井マネ、対応に追われて半狂乱だったよ?」

 凍り付いた十玖を尻目に、「佐保が待ってるから移動するよ」と謙人が荷物をまとめだすと、美空と萌は、自分たちの荷物を慌ててカバンに突っ込み始めた。
 十玖はビニールシートの砂を払って美空に渡し、力一杯突き刺したパラソルを引っこ抜く。その刺さっていた深さに、十玖と謙人以外の全員が言葉を失っした。
 道理で傾かない訳だ。
 謙人は眉をひそめ、すたすた歩きながら晴日を振り返る。

「晴もぼさっと見てないで、止めるとか出来なかったわけ?」
「十玖に蹴られて死ねってか?」

 決して冗談なんかで言っていない。
 謙人はじっと晴日を見て、ぽんと肩を叩き「すまん」と頭を下げた。
 こと美空が絡むと人が変わるのは、今に始まった事ではない。こんなに人の多いところで暴れられる方が、後々困ったことになる。

 十玖と晴日に加え、謙人まで現れて周囲の視線が釘付け状態だ。

 長身に彫刻のような姿態。艶やかな黒髪と甘く整った面立ちの十玖と、その彼に引けを取らない長身に、きれいな金髪とやんちゃそうなブルーグレーの瞳の晴日。今年ののっけからマスコミを賑わせ、知らない者が少ないだろう御曹司。赤毛と人好きのする愛嬌のある謙人。場違い感たっぷりな面子が揃っていた。

 その三人が一塊になって歩く姿を、少し離れた後ろから美空と萌は眺めていた。

「やっぱカッコいいよね」

 うっとりした萌が呟いた。
 遠巻きに三人を眺め、写メを撮る女性客たちが、見るともなしに目に飛び込んでくる。

「うん。カッコいい」

 その一人が恋人であることが、奇跡のようだ。
 苦手だと思っていた頃が今では嘘のように、十玖が愛おしい。

 萌と顔を見合わせ、手を繋ぐ。二人がくすくす笑っていると、後ろから声を掛けられた。
 聞こえない振りをして歩く美空の肩を掴み、足を止めさせた。

「無視すんなよ」

 まあソコソコ整った面立ちで、ナンパ慣れしているのか自信ありげに笑いかけてくる。
 ざわりと総毛だった。
 A・Dと身内以外に感じる拒絶反応。

「彼女に触るな」

 男の手から美空を奪い返し、背中に隠す。
 晴日は萌を抱き上げ、二人が冷ややかな目で男を見下ろすと、自信ありげだった笑みが、引き攣ったものに変わった。
 十玖は美空の手を取り、「これだから心配なんだ」と踵を返して歩き出す。

「いつもの三割増しでナンパされてない? ちょっと離れるとすぐに虫が集る」

 かつての晴日が、美空に集る男どもを蹴散らしていた苦労を、十玖は最近とみに痛感する。
 むっとした顔で美空を見下ろし、

「もお絶対海に来ない。気が気じゃない」
「えーっ!? そんなのつまんない! 横暴だわ」
「横暴と言われようと何と言われようと、他の奴が美空にいやらしく触るなんて、絶対に許せない。無理だから!」

 衆人環視をものともせず、堂々と言って退ける。それはすごく嬉しいと思うけど、やっぱり横暴だとも思えて、美空は口をへの序に曲げて、引っ張って歩く十玖を睨んで見ていた。

「まあまあお二人さん。周囲の目もある事だし、痴話喧嘩はその位にして。俺も佐保を一人で待たせているんで、心配なんだけど」

 佐保の待つ海の家を指し、謙人は苦笑した。
 尤も佐保の場合、男をやり込めてしまうので、別な心配だ。相手が早々に退散してくれれば問題はないのだが、キレられたら困る。

「どうしても泳ぎたいなら、今度からはうちのビーチにおいで」

 ね? と謙人に宥めすかされ、美空は十玖をひと睨みしてから、笑顔で応えた。

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