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13. The love is instinct

The love is instinct ⑥

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 臨時生徒終了日、学校はいつにもまして大騒ぎだった。

 淳弥たちの事を黙っていられなかった一部の生徒により、駅を始め学校の周辺はマスコミや一般のファンに囲まれ、大変なことになっているから休んだ方が良いと、連絡を受けた。

 お陰で終業日だというのに、淳弥たち三人と十玖たち三人は登校を断念せざる得なくなり、美空と太一たちに成績表を頼むと、六人は音楽室に集まった。

「じゃあ俺は大学行くから、足りないものがあったら母さんに言って」

 謙人は必要な食料を持って来ると、そう言って出かけて行った。マスコミ対策ばっちりの渡来邸は、緊急避難には持って来いの場所だ。
 今日はBEAT BEASTのライヴまで、ここで時間を潰すことになるだろう。

 箱買いの飲み物を冷蔵庫に移す十玖の隣で、買い置きのインスタント食品の数を数える竜助。謙人が運んできた食料を確認し、冷蔵庫に入れるものを十玖に渡す晴日。
 それが終わると、掃除が始まった。晴日と竜助が楽器を移動すると、几帳面な十玖が掃除機をかけ始める。戻した楽器や機材を拭き始める晴日たちを、淳弥たちも手伝いだした。

 普段はそれぞれ好き勝手に行動するくせに、一旦A・Dスウィッチが入ると、誰が何をするのか、暗黙の了解のうちに行動するチームワークの良さが、淳弥たちには小気味が良かった。

「なんかA・Dって居心地いいですよね」

 拓海がほわんとした顔で言った。

「なんかそれ分かります」

 十玖が同意すると、不思議そうに悠馬が訊いてきた。

「トークだってA・Dだろ」
「そうなんですけどね。僕って、人見知りが強くて、人に馴染めないところがあったから」
「そんな風には見えなかったけど?」
「だとしたら、A・Dのお陰です。会話もあまり得意じゃなくて、未だにMCは晴さん頼みですけど」
「俺は喋りたいから喋ってるだけだし」

 踏ん反り返って偉そうに言って、晴日は続けた。

「謙人は普段俺らを放置してるけど、締めるところはキッチリ締めてくれるし、竜助は背後から冷静に見ていてくれるから、安心してバカ出来るし、十玖は控えめでいて牽引力はA・Dでピカイチ。掃除の手早さもピカイチだし」

「掃除は関係ないんじゃ」
「何を言ってる。十玖がやらなきゃ誰がやる。ズボラ三人組が率先して掃除をするとでも?」
「自慢になりませんから」
「まあま。適材適所だねってことさ」

 そう言って晴日はバッグを開け、楽譜スコアを取り出した。ポケットからスマホを取り出し、作曲打ち込みアプリを起動する。

「新譜か?」

 竜助が楽譜を手にした。脇から十玖が覗き込み、歌詞を読んで何とも言い難い顔をした。

「晴さんこれって…僕が歌うんですよね?」
「なに当たり前のことを聞いてるんだよ」
「男子あるあるだけど、つまり懺悔曲だろコレ」

 冷静な竜助の突っ込み。晴日の口元がピクついた。

「十玖も心当たりあるよな? 俺の気持ち分るよな?」
「僕は誤解させるような事しませんけど」

 ピシリと言い切られ、晴日は胸を押さえてソファーに倒れ込んだ。
 淳弥たち三人も、竜助の了解を得て楽譜を見た。しばらくして淳弥が吹き出し、悠馬と拓海は必死の形相で笑いを堪えている。

「お前ら笑ってるけどな、身につまされる事はないのかよ!?」
「ありますよ。あるけど…これってハルさんが最近経験したって事ですよね? 流れ的に」

 淳弥が涙目で言うと、「だから何だよ」と不貞腐れた晴日が言った。淳弥はハンカチで涙を拭いながら続ける。

「あの萌にですか?」

 爆弾を投下してしまった。

「淳弥殺す」

 ぼそりと呟くやテーブルを踏み台にして、対面の淳弥に飛び付いた。
 晴日の攻撃に無防備な淳弥はまんまと捕まり、あっという間に卍固めの餌食となった。暴れまくってバランスを崩し床に倒れると、躊躇なく腕挫うでひしぎ十字固めに切り替わる。

「ギブギブッ!」

 淳弥のタップを聞き入れず、更に腕を固めていく。
 十玖は淳弥の脇にしゃがみ込み、顔を覗き込んだ。

「やっちゃったね」
「と……十玖助けて」
「自力で頑張って」
「わ――――っ! 薄情もん!!」

 淳弥の罵声を無視して、十玖は竜助と新譜を見ている。悠馬と拓海は淳弥が気になるものの、十玖が放置しているので、手出しできない。

「助けないの?」

 悠馬が訊くと、十玖は淳弥を一瞥し、

「彼女を悪く言われたら、僕だって許さない。あれは淳弥が悪い」
「そうだけど」

 これ以上聞く耳はないようだ。十玖は楽譜を持ってシンセサイザーに向かうと、指のストレッチを始め、弾き始めた。
 軽快でポップなダンスチューン。

 “そりゃないよ”と言うタイトル通り、好きな子に振り回されっ放しで、欲求不満の赤裸々男子あるあるソング。結構際どい歌詞のオンパレードで、男子ウケはするだろうが、果たして女子の評価が気になるところだ。

 一通り流してみると、腕挫十字固めを一向に緩めない晴日が「どうよ?」と鼻高々に言った。落ちる寸前の淳弥を一瞥し、楽譜を手にしてソファーに戻った。

「いいと思います。ノリも歌いやすさも。ただ女子ウケは、気になりますね。いつも以上に際どいんで」
「意外と女子にウケんじゃね? 赤裸々っぽいの好きな奴多いだろ。うちのファンって」

 竜助がニヤリと笑う。

「放送コードギリだから、メディアは微妙だけど」

 そう付け足して晴日を見ると、彼は眉をそびやかして笑みを浮かべた。

「そもそもA・Dがそんなこと気にしたことあったか?」
「ねえな。ところでシングルか? アルバムか?」
「アルバムだろうなぁ。かなり遊んだ楽曲になってるし、筒井マネがシングルは許してくんなそーだし」

 一応その辺りは気にしているようだ。

「あのお、お話中申し訳ないんですが、淳弥オチてますけど」

 恐縮して言ったのは、悠馬だった。
 晴日が淳弥を解放すると、十玖が脈を確認し「すぐ気が付きますよ」と言うや無表情で淳弥の顔が吹っ飛ぶ勢いの張り手を喰らわせ、全員が仰天して十玖を見る。

「っだ――――っ!!」
「ほらね」

 にっこり微笑む。

「おまえ何気に鬼だな」

 引き攣った竜助に、さらに極上の笑みを浮かべて見せる。

「気付けにはこれが一番ですよ」
「って、殴ったの十玖!?」
「殴ったんじゃなくて、叩いたんだけど。平手だし」

 ひらひらと手を振って見せる。淳弥の左頬には、十玖の手形がくっきりと付いていた。

「屁理屈だ!」
「とんでもない。殴るは拳。叩くは平手。大きな違いだよ」
「僕は殴られたと思ったんだから、殴られたんだ!」
「僕が殴ったら、奥歯、無事じゃ済まないよ? 淳弥アゴ細いし、顎関節がくかんせつまで逝いっちゃうかもだけど、なんなら試してみる?」
「……遠慮します」

 軽い調子で言われると、怖さが増すのは何故だろう。
 淳弥はじんじんする頬を手で覆い、仏頂面でソファーに腰かけた。

「冷やせば?」

 十玖はキンキンに冷えたミネラルウォーターを差し出した。淳弥はムスッとしたまま受け取り、頬に当てる。

「これに懲りたら、もう晴さんの前で萌をバカにしない事だね」

 隣に腰かけた十玖をチラリと見、晴日に向き直って「すみません」と頭を下げた。それからすぐに十玖を見て言を継ぐ。

「ところで、さっきのビンタ私情入ってなかった?」
「気付けだよ。一発で気が付いたでしょ?」
「気が付きましたけどね。もうちょっと手加減してくれても」
「何回も叩かれるよりマシでしょ」

 十玖の力でそう何度も叩かれては、顔が変形してしまう。もうすぐクランクインなのに、そんな危険は冒せない。

「そうですねっ」

 ソファーで膝を抱える淳弥の右隣に悠馬が腰かけ、左側の背凭れに拓海が腰かけた。
 A・Dの三人が竜助を中心に集まり、新譜を見ながら話し込んでいる。淳弥たち三人は彼らを見ながら、ぼそぼそと喋り出した。

「ハルとトークは武闘派ってホントだったんだね」

 SNS情報を思い出した悠馬が言う。

「十玖はめったに怒らないけど、怒らせたら多分、こんなビンタどころじゃないから」

 中学二年になったばかりの頃、練習試合で大の大人をいとも容易く打ち負かしていたのを思い出し、左頬を抑えて淳弥は震えあがる。

「俺、絶対にあの二人にケンカは売らないって固く誓う」

 手を挙げて宣誓する拓海。他の二人も大きく頷いた。
 十玖が楽譜を持ってシンセサイザーに向かうと、二人も一緒に向かう。譜面台に楽譜を置き、徐に十玖が弾き始めると、両サイドから見守る様に鍵盤に視線を落とした。
 さっきと曲が同じようで微妙に違う。即興のアレンジ曲だ。そこに晴日が主旋律を合わせて弾き始める。

「いーんじゃね?」

 晴日がニコニコと言う。

「もうちょっと詰めて、仕上げようや」

 晴日の目には、もう淳弥たちのことは見えていないようだ。
 十玖と晴日が弾くのに合わせて、竜助がドラムを叩き始めると一つの音楽が形を成していく。ドラムが加わることで、アレンジも微妙に変えていっている。
 試行錯誤しながら、絡まり合い溶け合い昇華できるところまで、三人は何度も何度も繰り返し、それは謙人が帰ってくるまで続けられた。


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