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13. The love is instinct

The love is instinct ①

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 七月三週目、月曜日。夏休み前の最終週に、十玖のクラスは騒然となった。

 終業式までの五日間、学校がお祭り騒ぎになる事は、容易に想像できる。
 教卓の脇に立ち、こっちを見て手を振る人物に、十玖は引き攣った笑顔を浮かべていた。

 話は、筒井から聞いていた。
 バンドを題材にした映画の出演者が、しばらく取材で来るから協力して欲しいと、A・Dに言ってきたのは、先週の火曜日。

 しかし、学校にまで密着してくるなんて、聞いてない。しかもその出演者が、高本淳弥なんて、一言も言ってなかったではないか。

 赤茶けたくせっ毛。襟足は短く刈り込んで、長い首をさらに長く見せている。弓なりの眉と、瞼にきれいなラインを描く双眸、通った鼻梁、柔和な笑みを称えた口元は、どこか中性的で同じ三次元の生物には見えない。そうまるで二次元から飛び出してきたような、美少年だ。
 人気の若手実力派俳優が、限定五日間だけのクラスメートになり、女子の目の色が変わって怖い。

 もはや担任の話なんて、聞こえていないようだ。
 淳弥の席は、十玖の後ろに用意された。

「十玖、ちょっとの間だけど宜しくぅ」

 十玖の席の脇に立って淳弥が声を掛けて来た。十玖は淳弥を見上げ、

「学校まで来るなんて聞いてなかったんだけど?」
「驚いた? 内緒にして貰ってたんだ。言ったら十玖、嫌がると思って」
「言わなくても同じでしょ」
「だよねえ」

 悪戯っ子の笑みを浮かべて、十玖の前の席に「たいっちゃんも宜しくねえ」と手を振り、少し離れた苑子にも手を振った。
 十玖は体をやや斜めに座り、淳弥に話しかける。

「バンドの話でしょ? 学校にまで来る意味が分からないんだけど」
「高校生インディーズバンドの日常をくまなく取材するため…? てのは事務所に対する建前で、たんに十玖と遊びたかったんだよねえ」

 悪びれなく言う。六人兄弟の末っ子は、外見を裏切った超マイペース。

「だってさ、せっちゃんとばっかズルいよ。それに十玖の彼女にも興味あったし」

 にこにこと他意のない笑顔。

「十玖を落としたってだけで尊敬するよ」
「その言い回し、ヤだな」
「そお?」

 淳弥の言葉に嘘はないだろうけど、それだけじゃないような気がした。
 淳弥に会うのはかなり久し振りだったが、子供の頃しょっちゅう一緒だった。人間根っこのところはそう変わらない。きっと何かある。

 訊いても正直には答えないだろうから、この従兄弟が自分から話すまで待つ外ないけれど。



 一限目の最中、晴日からラインが来た。

 《HAL――うちのクラスに映画の出演者が来たんだけど、何か聞いてたか?》

 読んだ瞬間、後ろの淳弥を振り返った。目が合って彼は微笑む。

 《Talk――こっちには淳弥が来てます。僕の後ろの席に》

 《HAL――マジか!? どうなってるんだよ?》

 《Talk――僕も聞きたいですよ》

 学校側には前から話が来ていたはずなのに、A・Dには一切の確認がなかったとは、どういうことだろう。私立の高校ならともかく、公立の進学校でこんなお茶らけた事をするなんて、信じられない。
 そもそも、淳弥が通う高校は芸能人が多く、それこそ取材し放題のはずだが。

(なに考えてるんだろ?)

 十玖は後ろを盗み見る。

(言葉を額面通りに捉えていいもんかな?)

 確かに最近、SERIと仕事するようになったから、以前より会う機会は増えた。お姉ちゃん子で十玖とも仲の良い淳弥が、ズルいと思うのはあり得なくない話だけど、取材というには動機が薄すぎる。
 相談したいことがあるなら、そう言ってくれればいいのに。
 わざわざ手の込んだ事をしてくる淳弥の考えが読めず、十玖は小さく唸った。



 一限目が終わると、淳弥の周りは女子に囲まれた。と同時に十玖の顔が凍り付いて行く。
 この機に乗じて色々聞いてくる女子に、淳弥は丁寧かつ優しく受け答えし、美空さえ知り得ぬことを話してくれて、本当気が気じゃない。

「淳弥。余計な事は言わないでよ?」

 淳弥の袖を引っ張って十玖が耳打ちすると、淳弥は「分かってる」とウィンクした。
 太一と苑子は美空の席の周りに集まっている。十玖は女子の垣根から抜け出すと美空の机に腰かけて彼女の手を握った。

「晴さんたちのクラスにも来たらしいよ」
「出演者?」
「うん。誰かは聞いてないけどね」

 淳弥をチラリと見る。
 他にも何人いるか訊きたいところだけど、今は女子たちの質問を捌くので、それどころじゃなさそうだ。
 美空はすかさず晴日のクラスに来た俳優をラインで聞きだした。

青木悠馬あおきゆうま近藤拓海こんどうたくみだって。最近の注目株って話だよね」
「そうなんだぁ」
「十玖はてんでそーゆーの弱いよね」

 妙に感心している十玖を呆れた顔の苑子。 

「芸能界知らなくても、別に歌えたら問題ないし」
「あんたも一応芸能人の端くれでしょ。確かに畑違いだけど、またいつ今回みたいに絡んでくるか分からないわよ?」
「そおゆうの面倒臭い。てか僕には向いてないし、晴さんいるからいいじゃん」

 美空の頭を抱えるように抱き着いて、頬擦りする。

「いいじゃんじゃない。またそうやってドサクサに美空ちゃんに懐くっ」

 ぺしっと平手で十玖の頭を叩いたところで、後ろから「たいっちゃん」と声がかかった。淳弥だ。
 太一は振り返り、

「なに?」
たかし先生たちって帰国してる?」
「父さんたちなら盆前まで戻らないよ」
「そっか。じゃあダメだな。苑ちゃん、柊子しゅうこ先生は夜空いてるかな?」
「母さん? 多分。あの人基本夜は暇だけど。何したの? うちらの親に用事って」
「ああ。今日から今週一杯、十玖の部屋に転がり込むんで、その間練習見て貰おうと思って」

 ニコニコと笑って言う淳弥。十玖は座っていた机からずり落ちそうになり、「大丈夫?」と声を掛ける美空に手を挙げて応えると、彼は目を剥いて淳弥に食い掛かった。

「聞いてないよ!?」
「叔母さんにはOK貰ってるよ。十玖の部屋でいいわねって言ってたけど?」
「何で? 大した距離でもないのに、何で泊まるの!?」
「僕が泊まったら不都合でもあるの?」

 言葉に詰まると、太一と苑子がニヤニヤして十玖と美空を見、淳弥は悪気のない笑顔で言った。

「十玖の部屋に泊まるの、何年ぶりかなぁ」


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