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11.いままでも これからも

いままでも これからも ②

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「あ…あの」

   咄嗟に追い駆けて、太一を呼び止めていた。
   振り返った彼は怪訝そうに眉を聳やかせ、如何にもな営業スマイルを浮かべた。

「…何ですか?」
「どーも御馳走さまです」
「ああ。気にしないでいいっすよ。いつもの事なんで」
「いつもなんですか? バイトの意味ないっすよね?」
「ハハッ。確かに。大盤振る舞いは出来ないけど、苑子だってバカじゃないですから。気にしないで食べて下さい」
「い…頂きます。あと一つ訊きたいんですけど、バンドやってる幼馴染みって、誰ですか?」

 太一はしげしげと神崎を見、

「苑子が話さない事を俺の口から言えないですよ。訊きたいなら本人に訊いて下さい」
「ですよね」
「じゃ失礼します」

 会釈して踵を返した太一を見送り、神崎は部屋に戻った。

(知りもしない野郎がいるのに、損得抜きで出来るか?) 

 交換条件ではあったけど、自分なら絶対に拒否する。他人のために何故自分が散財しなければならないのか意味が分からない。

「カッコつけだな。橘さんの幼馴染み」
「違うよ。単純に、あたしが嬉しいと思う事をしてくれるだけ。だからあたしも逆の立場ならそうするし。わざわざ媚び売らなくてもモテるよ太一は」
「じゃあ彼と付き合いたいとか思わなかった?」
「それよく言われるんだけど、生まれた時から幼馴染みしてると、もう姉弟みたいに扱われるからかな。もう一人も同じ。姉弟で付き合うなんて気持ち悪いでしょ」

 強がりでも何でもなさそうだ。平然としている苑子に興味が湧く。
 その前に、苑子との勝負に決着を付けねばなるまい。

 が、意気込みも虚しく決着は三曲目であっさり着いた。

「九十八点。残念でした」

 呆然と点数を眺める神崎の隣で、苑子が満足そうに頷いた。

「充分上手いレベルだったけど、約束は約束よ。ごめんなさいね」

 にこにこ笑って謝罪されても、気分が悪いだけだろう。もちろんワザとだ。
 苑子は太田に声を掛けて、会費を渡すと立ち上がった。

「橘さん?」

 神崎の呼びかけに応えず、みんなの方に向かって声を掛けた。

「急用が出来たんでごめんね。お先しま~す」

 苑子は手を振って、そそくさと部屋を出た。その後を神崎が追い駆けて来て、苑子の手を掴んだ。

「待ってよ」

 鼻でため息をついて、神崎を斜に見上げる。鬱陶しい事この上ない。

「なに?」
「何で帰るの?」
「さっき急用って言わなかった?」
「どんな急用?」
「いう必要が?」
「橘さん好みだって言ったよね? 俺にチャンスくれない?」

 苑子は舌打ちをした。

 わざわざ気分を害する事をしてるのに、全く気が付いてないのだろうか?

 神崎の手を解いて、不機嫌を露わにした。

「悪いけど、あたしは好みじゃないからチャンスもない」

 すぐに踵を返して、すたすた歩く。その後ろを神崎が付いて来る。

(コイツ……マゾ…? 悪態をついているのに、好みだって言って付いて来るのは、そういう事? キモッ!)

 身震いをして、歩を速めた。足早に店の外に出て、もはや小走りになっていた。神崎はそれでも付いて来る。そのしつこさに、苑子が心中で悲鳴を上げた。

「お苑ちゃん」

 急に前方から声を掛けられ、訝しみながら相手を見た。
 キャップにパーカーのフードを被り、ヨレヨレのビンテージ・ジーンズ。派手なサングラスの上から目を覗かせた。

「竜さん! 会いたかったわ」
「は?」

 いきなり苑子に抱き着かれて、竜助が目を白黒させる。
 苑子は神崎を振り返った。

「急用ってこおゆー事だから。じゃあね」

 竜助は得心したようで、さり気なく苑子の肩を抱き寄せた。神崎に一瞥をくれ、

「行くぞ」
「うん」

 苑子は茫然とする神崎の脇を通り過ぎ際に会釈し、竜助の背中に手を回すと声を潜めて話しかけた。

「竜さん。助かったわ」
「誰アイツ」
「合コン野郎。数合わせだからその気ないって言ってんのに、しつこくて」
「モテんじゃん」
「やあよ。あんな薄っペラいの」
「厳しいなあ」

 竜助がクツクツと喉で笑う。苑子が澄ました顔で「当然でしょ」と言うと、竜助は髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜた。

「もお。なんなの!?」
「カレカノの振り。さっきのヤツ、まだ付いて来てる」
「マジ?」
「振り返るな」

 言われて留まった。竜助のパーカーをぎゅっと掴む手が、僅かに震えている。

「鬱陶しいからタクシー使うか。他に用事あったか?」
「ない。竜さんは?」
「済んだ。あと帰るだけ」

 苑子の肩を抱いたまま、路肩に停まってるタクシーの窓をノックすると、すぐさま乗り込んだ。神崎はもう付いて来ないようだ。
 苑子は後ろを振り返って確認すると、深く息を吐き出した。

「竜さん。ホントありがと。助かった」
「お苑ちゃんに何かあったら、幼馴染みぃズが黙っちゃないだろ? 十玖に問題起こされたら困るの俺らだし」
「ですよねぇ」

 竜助はそう言う人だった。正直なだけいっそ清々しい。
 何にしても、あそこで竜助に会えたのは天の助けだ。

 土曜は地方ライヴに出てしまっているから、本来の土曜日なら会う事などなかった。むち打ちの件があるので、十玖曰く、しばらく遠征は控えるらしい。

「竜さんが街に出てるなんて、あたし運が良かったわ」
「姉貴夫婦に急に呼び出されてなかったら、今頃まだ付き纏われてるだろな」
「このお礼は何なりと」
「じゃあ、俺と付き合う?」

 にこにこ笑ってる竜助をマジマジと見て、苑子の乾いた笑いがタクシーに漂う。しばらく見合って、同時に「ないない」と手を振った。

「竜さん。その気もない子に言ったらダメですよ?」
「お苑ちゃんなら真に受けないっしょ」
「まあね。…竜さんが本気で好きになる人って、どんなだろ?」
「それ言ったら、お苑ちゃんも一緒だろ?」

 前から思っていたが、竜助と似ているのかも知れない。
 口では彼氏が欲しいと言いながら、十玖のように直向ひたむきに誰かを好きだと思えたことがない。自分と同じ空気を竜助からも感じる。
 竜助も同じことを感じているようだ。

「そもそも本気で誰かを好きになれるのかしら?」
「同感。まあ、別に不自由を感じないからいいんだけどな」
「どうかーん」

 こんな感じで苑子の家に着くまで、お互いの恋愛観に共感し、妙な結束が生まれたのだから、これはこれで無駄じゃなかったようだ。 
 久々に充実感を感じながら、この日苑子は深い眠りに就く事が出来た。


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