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10. 歪み

歪み ⑥

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 六月になってすぐ、DUNEの記者会見での事である。

 秋冬物のイメージモデルにトークが起用され、そのプロモーションのポスターをバックに「トークはコミュ障だから」とほぼ瀬里がインタビューを引き受けていた。

 大体にしてSERIが男をサポートするなんてあり得ない光景なのに、トークに気を遣ってる時点で、当然マスコミは勘ぐった。

「今回のポスター、まるで本当の恋人同士のように息がピッタリのようで素敵ですが、プライベートでも仲は宜しいんですか?」
「仲? メチャクチャいいですよ。トークとは」
「トークさんが弟の淳弥さんとキッズモデルしていたとの事ですが、それ以来のお付き合いとか?」
「トークさん。例の噂の彼女とはどうなっているんですか!?」

 記者会見の内容とは関係ないインタビューの応酬で、終始穏やかな顔をしつつ、十玖はキレる寸前にまで追い込まれていた。
 美空とどうなっていようと、あんたらには関係ないだろう、と言う言葉が喉元まで出掛かったが、瀬里が袖を引っ張り目配せしてきた。

「そりゃ仲いいですよ。トークとは従姉弟だし」
「従姉弟なんですか!?」
「そお従姉弟。キッズやってたのだって、うちでスカウトされたんですもん。ただ一か所にじっとしてるのが苦手だから、性分に合わなくてすぐ辞めたみたいですけど。A・Dのライヴを見たことある人なら、言ってる意味分かると思うわ」

 いつも所狭しと動き回ってる。
 ライヴに来たことのあるインタビュアーは、納得したように笑った。

「A・Dの名前を広く知って貰う、いいチャンスになりますよね?」
「ですね」

 気のない返事に、一瞬の沈黙が下りた。見ている筒井はハラハラもんだ。

「あまり嬉しくない?」
「僕はモデルじゃないんで。音楽で認知されなきゃ意味ないです」

 無表情で生意気な発言をする十玖に取り付く島はない。助け舟を出したのは瀬里だ。インタビュアーを一巡して、しょうがないと言わんばかりに肩を竦める。

「もお。トークは人見知りのコミュ障って言ったじゃないですか。これでよくヴォーカルやってると思うわ」

 ケラケラ笑うSERIにつられて、インタビュアーからも笑いが漏れる。筒井は胃が痛くなる思いだ。

「今回のモデルの件も、嫌がるトークに “うん” と言わせるの、ホント苦労したんですから。あたしの名前で這い上がってく気概のあるヤツなら良かったんだけど、トークってば音楽しか興味ないんですもの」
「それが仕事なんだけど」
「何言ってんのよ。アーティストだって俳優やる時代に」
「ジャケット撮影すら一杯一杯なのに」

 ぶつぶつ言う十玖の足を抓る。爪が刺さって顔を歪めた十玖に「笑いな」と営業スマイルのSERIに言われ、引き攣った笑いを浮かべた。

「歌っていれば幸せな子だけど、あたしの従弟だけあって、見てくれはイイでしょ?」
「見てくれって…」
「見てくれは大事よ? ねえ?」

 SERIの珍しい掛け合いに、会場に笑いが湧く。お陰で終始和やかにインタビューは終了した。



 六月二週目、水曜日。

 SERIとの関係が世間の知るところとなり、出来れば静かに暮らしたい十玖の胃が、キリキリ痛くなる日々だ。
 第三者から――――高橋からバレるよりも、公表した方がいいとの見解だった。

 A・Dのトークってだけでも重荷に感じるのに、そこに今度はSERIの従弟とまで追加された訳だ。
 基本、目立ちたくない。
 今更もう無理な話だが。

 広告看板を飾り、雑誌にも掲載されてしまっては、逃げようもない。

 憔悴しきった十玖の頭を美空が撫でる。
 美空の部屋で、ベッドに頭を預けてうとうとしていたようだ。
 彼女の手を掴み、引き寄せて抱きしめる。

「ごめん。いま寝てた」
「お疲れだもん。仕方ないよ」

 十玖の前髪を掻き上げて、やんわりと笑う。互いに見つめ合い、口づけを交わし、美空の存在を確かめるようにきつく抱きしめた。
 あれから高橋は特に何もしてこない。
 美空への嫌がらせも、いまは落ち着いているようだ。

「タロさんにも紹介しないとね」

 慎太郎と会わせる約束を、まだ果たせていないのが気がかりだった。
 十玖の心音を聞きながら、美空は「落ち着いてからでもいいよ」と呟いた。彼女の髪を指で梳いて、背中を優しくゆっくりと擦る。

「何かごめんね。周りが騒がしくて」
「あたしは平気。十玖の方が大変でしょ?」

 記者会見の後から、ライヴには冷やかしが増えた。そのせいでファンが入れなくなる事態も発生しており、それをカバーするために、顔見知りのファン限定のライヴを増やしていた。
 今日はライヴハウスが確保できなかったので、やっと休めた。

 久しぶりに美空とゆっくり出来る時間。
 聞かなければならない事がある。
 腕の中で体を預ける美空に。

「生理…きた?」

 しばらく間をおいて、「まだ」と答えた美空の声は、少し震えていた。

「でも遅れてるの三日だし、違うかもしれない」
「そう言うのって、いつ頃はっきり分かるもの?」
「予定日より一週間以上たってから、検査は可能みたい」
「不安にさせてごめん」

 今の状況じゃ傍にいてあげる事も難しい。ただでさえ嫌がらせも有り、情緒不安定になりやすいのに。病院に付き添う事だって無理だ。
 それでもと思ってしまうのは、エゴだろうか?

「ねえ。正直に答えて。もし…妊娠してたら、美空はどうしたい?」

 受け入れなきゃいけないと美空は言ったが、産むとは言ってない。簡単に決められる事でもないだろう。この数日、ずっと不安だったはずだ。

 十玖は傍にいてあげられないのだから尚更。

「妊娠が学校に知れたら、きっと退学になる。色んなこと諦めなきゃならなくなるだろうし、美空ばっかり割食うかもしれない。でも僕はずっと一緒に居たいし、どんな事だってサポートするつもりだけど、美空が決めて。後悔しない様に。僕はそれに従うから」

 そう言ったものの、知らず体が震えてくる。
 彼女に傷なんて付けたくないけど、原因は自分にある。
 美空は、凛とした顔で十玖を見た。

「バカね。どっち選んでも後悔するに決まってるじゃない」
「……」
「なら十玖が喜ぶ方を選ぶわ」

 呆然とした。
 最悪の答えばかり想像していたから。

「……本当に?」
「うん」
「良か…たぁ。その時は、いろいろ頑張るから」 
「いろいろ?」
「まずはみんなに怒られるよね。美空のお父さんには半殺しにされるかも」
「ははっ」
「それ以上にヤバいのは母さんか。死んだら骨は拾って」
「縁起でもない。やめてよ」

 本気で嫌がる美空を抱きしめて、くすくす笑う。
 まずはこれで一つ安心した。

「あと四日か」
「…うん」

 心配事は山積してる。高橋の事にしてもそうだ。
 確証はないけれど、十玖は高橋の事を話すことにした。

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