上 下
55 / 167
9. Love Holic 【R18】

Love Holic ④

しおりを挟む

  ***


 時間は遡り、日曜の午前十時。
 萌の自宅マンションに迎えに来た。萌の父親が出したデートの条件である。

 インターフォンを鳴らすと、ロックが解除されてドアが開き、エントランスを抜けてエレベーターのボタンを押す。相原家は六〇三号室だ。

 去年の夏休みに、家庭教師で来たのが最初だった。あれからたまに時間を作っては、萌の受験勉強に付き合った。

 あの頃は、美空にかかりっきりの十玖の負担を軽くしてあげられればと、家庭教師を買って出たのだが、まさか付き合う事になるなんて、考えもしなかった。

 美空を十玖に任せて、寂しかったのもある。
 大好きな十玖の慟哭と、やり場のない苛立ちや切ない愛情を前にして、号泣した後に諦めた萌の姿がいじらしく、明るく振舞う彼女がほっとけなくなった。
 萌をからかって、可愛がって、甘やかして、単純に美空の代わりが見つかったと思っていたのだが、いつの間にか離れ難い存在にまでなっていた。

 そうなると色んなケジメは付けねばならず、これまでの割り切った付き合いの出来る女たちと完全に別れて、萌を合格させてから交際したいと両親に伝えた。萌の父親は、晴日を外人だと誤解した後に、違うと知るやチャラ男扱いしたのだが、萌を合格させると不承不承許してくれた。

 インディーズバンドのギターと言う事に不満を持っているようだが、信用の塊と言える十玖が太鼓判を押してくれたので、今のところ大きな問題はない。そう。大きな問題は。

 ドアチャイムを鳴らした。応答したのは萌の父親だ。

(やっぱこの人かぁ)

 娘の父親と言うものは、得てしてこんなものなんだろうか?
 今でこそ仲の良い父と十玖だが、最初は陰険なくらい十玖の扱いは酷かった。

「来たのか。来なくてもいいのに」

 ドアが開いて、一発目の言葉がこれである。

「ちょっとパパ邪魔。どいて」

 玄関先を塞いでる父親を鬱陶しそうに押し退ける。その対応に泣きそうな表情を浮かべた。

「邪魔って」
「晴さんお待たせ。行こ」

 父親をスルーして、晴日の腕を引っ張る。晴日は「いってきます」と会釈して、引っ張られて行った。



 手を繋いで歩いても、ある意味悲しいくらい違和感がなく、晴の存在に気付いても萌を中傷する声は上がらない。
 問題は、二人の身長差にあるかもしれない。
 晴日が百八十四センチであるのに対して、萌が百四十八センチ。実に三十六センチ差だ。しかも萌のお子様サイズが、到底カップルに見えない状況を作り出していた。

 金髪が目立たない様に帽子をかぶり、色の薄いサングラスで目を隠す。ここでいつもならアクセをジャラジャラ付けてるところだが、萌父にこれ以上チャラ男の烙印を押されることは勘弁願いたいたく、服だって持っている中で地味目の物にしている。
 結構、努力しているのだ。

 対して萌は、花の模様を編み込んだ綿ニットのピンクのプルオーバーに、黒のレギンスパンツ。小ぶりのショルダーバッグと黒のスニーカー。
 同じものを美空が着たら大人っぽく見える物も、萌が着ると頑張ってるお子様に見えてしまうのは何故だろう。決して口にはしないけど。

 傍から見たら、仲の良い兄妹、もしくは親戚か、近所のお兄ちゃんか…。
 隠れ蓑にはなるけど、複雑だ。

 ホームでも萌が腕を組んだって、ぶら下がって遊んでる風にしか見えない。いや。実際今は本当にぶら下がって遊んでるのだが。
 一体十玖はどんな構い方をしてきたのか? ほとんど人間ジャングルジムだ。
 お陰様で、なんと微笑ましい光景だろうか。

 電車を乗り継ぎ、郊外の遊園地。
 券売所で萌が身を乗り出して言った。

「高校生二枚」
「…はい?」

 受付の女性が、すぐ後ろに立っている晴日の顔を見る。萌は学生証を突き出して、

「小さいですけど何か?」
「い…いえ」
「パスポート学生二枚で」

 学生証とお金を出しながら、笑うのを必死に堪えてる晴日のスネを蹴る。
 同じ学生証でも用途が微妙に違う。年齢の証明の点では一緒だが、理由は真逆。
 ホント失礼しちゃう、とさっきまで憤慨していた萌だが、アトラクションの前では長続きしなかった。

 日曜の混雑の中、あれもこれもと晴日を引っ張りまわし、少し遅い昼食を取る。昼食代は、萌が出すと言って利かなかったから、彼女の奢りだ。

「俺、稼いでんだから気にしなくていいのに」
「そーゆー問題じゃないの。萌が来たいって言ったんだし、そーゆーの当たり前になっちゃダメでしょ。晴さんのお陰でお小遣い上がったんだし」

 母親はその辺、話が分かる人だ。
 ホットドッグに齧り付き、リーフレットの案内図を確認しながら楽しそうな萌を見て、晴日も楽しそうに笑っている。萌がふいに顔を上げて、にっこり笑いかけてきた。

「晴さん苦手なものってないの? ジェットコースターとか観覧車とか?」
「いや全く」
「なあんだ。面白くない」

 ぷうっと膨れる萌の頬を指で潰し、

「何で? 一緒に楽しめなかったら、それこそ面白くないだろ?」
「漫画とかドラマで、イケメンがそーゆーのダメ設定あるじゃん」
「残念。速いのも高いのも大好きだね」

 ニカッと笑う晴日の前で、企みは虚しく費えたようだ。

「まあいっか」
「萌は?」
「お化け屋敷」
「テンプレだなあ」
「意味分かんないのがヤなの」
「ふ~ん。十玖は? 苦手なもんあんの?」
「遊具に? ないよ。唯一、苦手なものはGだけだも」
「Gか。俺も目が合った瞬間、凍り付きそうになる。アイツ等、顔目掛けて飛んで来やがるから始末に悪い」
「とーくちゃんもおんなじこと言ってた。子供の頃、追っ駆けられて怖い思いしたって。だから汚くしてると怒られるからね?」

 A・Dの三人が散らかすと、後を追って片付けるから助かるけど、几帳面で、潔癖なところがあるとは思っていたのは、トラウマのせいだったらしい。
 しかしせっかく手に入れた弱みも使えないんじゃ意味がない。

 二人は話題を変えて、さくさくと昼食を済ませると立ち上がった。
 手を繋いで歩いていた二人だが、突如晴日が萌を小脇に抱えて走り出した。

「晴さん、なに――っ!?」
「萌。腕のパスポート準備OK?」
「パスポート?」

 左手のパスポートを前に突き出した。晴日は手首を掴んで「オッケー」とニヤリ笑う。
 目前に鉄板の外装をしたアトラクションを発見し、萌は悲鳴を上げた。

「いやーっ! 晴さん放して~ぇ」
「とっつげき~ぃ」
「ぎゃ――っ!!」

 人の出入りが少ない入り口を速やかに通過し、少し進んだところで萌を下ろした。磁石さながら瞬く間に張り付いて、顔をすっかり隠してる。

「も~え。そんなにがっちりしがみ付いたら歩きづらい」
「やだ~あ。晴さん離れないでぇ」
「作り物だろ。怖くないって」
「か…かかか…げから本物で…でっでっ出てきたら死ぬう~ぅ」
「出て来ないからっ」

 仕掛けがガタガタ動くたび、脅かしがいのある悲鳴が轟く。足が震えてまともに歩けない萌を抱き上げると、首根っこにしがみ付いた。うなじに萌の吐息がかかり唇が触れた。
 あまりに久々の感覚に、一瞬足の力が抜けてコケそうになり、更にデカい悲鳴が上がった。

「あ、悪ぃ」
「いまのワザとおぉぉぉぉぉ?」
「違う違う。抜けた」

 腰の力が。

(何やってんの俺ぇ!)

 萌をお子ちゃまだと侮っていたら、天然の反撃が来るなんて想定外だ。
 ちょっとからかって、泣かせて、めちゃくちゃ可愛がってやろうと思ったのに、読み誤って腰を取られるなんて。

(策士策に溺れるか? これは。そうなのか?)

 くらくらする。
 唇の触れた首筋から耳まで熱くなってくる。

「萌。顔ちょっと上げれる?」
「ムリムリムリ」

 一層力を込めてしがみ付いて来るのをグイッと押す。

「せめて少しズレてくれる? 首熱い」

 言われてみれば確かに首が熱っぽいのだが、怖くて顔を上げられない。

「もぉえ~。怖くなくなるように、おまじないしてあげるから。目ぇ瞑ってていいよ」

 萌の後ろ頭をポンポンする。恐る恐る顔を上げたが、目はぎっちり瞑ったままだ。晴日は頭を撫で「いい子だね」と微笑むと、すっと引き寄せてキスをした。
 萌はしばらく怖いのも忘れて、薄明りの中晴日をマジマジと見るが、しれっと歩いているものだから、実は勘違いだったんじゃないかと、自分を疑う。

「あ…の。晴さん?」
「ん?」
「いま何かした?」
「おまじない」

 萌の唇を指先でつついて、にこっとする。
 しかしさっきの感触は指ではなく、もっと柔らかくてしっとりと熱を帯びていた。

「……ってキスじゃん! 酷いっ!! 萌初めてだったのにお化けやし…き……や――っ!」

 思い出して、また大騒ぎだ。

「だからおまじないって言ったじゃん」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

四天王最弱と呼ばれ「おめぇの席ねぇから!」と学園を追放される。が、新たな学園で無双する~戻ってきてと言われても新たな学園が楽しいのでもう遅い

織侍紗(@'ω'@)ん?
ファンタジー
 グラフト王立第二学園に通うサシュタイン・ベルウノ。通称サス。四天王と呼ばれるほどの成績は残せてはいたが、出自の影響もあり四天王最弱と馬鹿にされていた。だが、とある日「おめぇの席、ねぇから!」と告げられ、学園を追放されてしまう。  するとサシュタインへ妹であるスノウが第一学園に編入するようにねだってきた。第一学園の方がより身分の高い貴族や長子などが通い、差別意識は高い。だから……とサシュタインは渋るが、スノウの強引さに折れて第一魔法学園へと編入することを承諾する。  サシュタインはたった一つだけ魔法が使える。それは重力を操る魔法。だがその魔法はサシュタインが望んで、スノウによってサシュタイン自身にしか使えないという制限をかけられていた。だが、編入の際にその制限をスノウが解いてしまう。  そして制限を解かれたサシュタインは、その圧倒的な力で新たな学園で無双していってしまうというお話。  以前掲載していた作品の再掲載です。ホットランキングに乗らず削除しましたが、ファンタジーカップ? とやらが開催されるとのことでテーマに沿ってるような気がしたので再掲します。気のせいだったらごめんなさい。  内容は一部諸事情により登場人物の名前が変わるくらいで変更ありません。また、それにより一部会話等に変更ありますが、大筋は変更ありません。ただ、規定文字数の関係上、以前の掲載していた場面より先は新規で執筆いたしますので、そちらも併せてご覧頂ければ幸いです。

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっております。……本当に申し訳ございませんm(_ _;)m

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

私が妊娠している時に浮気ですって!? 旦那様ご覚悟宜しいですか?

ラキレスト
恋愛
 わたくしはシャーロット・サンチェス。ベネット王国の公爵令嬢で次期女公爵でございます。  旦那様とはお互いの祖父の口約束から始まり現実となった婚約で結婚致しました。結婚生活も順調に進んでわたくしは子宝にも恵まれ旦那様との子を身籠りました。  しかし、わたくしの出産が間近となった時それは起こりました……。  突然公爵邸にやってきた男爵令嬢によって告げられた事。 「私のお腹の中にはスティーブ様との子が居るんですぅ! だからスティーブ様と別れてここから出て行ってください!」  へえぇ〜、旦那様? わたくしが妊娠している時に浮気ですか? それならご覚悟は宜しいでしょうか? ※本編は完結済みです。

悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜

ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……? ※残酷な描写あり ⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。 ムーンライトノベルズ からの転載です。

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...