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7. Please, open the box 【 R18】

Please, open the box ①

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 冬休みになり、A・Dのスケジュールと睨めっこする美空は、晴日に聞こえるように大きなため息をついた。

 分かっていたけど、ちょとは夢見ていた。
 しかしその夢も、このスケジュールを前に儚く散った。
 二人きりのクリスマスは何処へやら。

 イヴは出演イベント目白押し。クリスマスはBEATビート BEASTビーストで恒例のクリスマス・ライヴをやって、ラストはいつ終わるとも知れない事務所のクリスマスパーティー。

 やっぱり十玖との時間は確保できないみたいだ。
 十玖の誕生日の時の二の舞か。
 つい先日、二十一日に竜助のバースデイ・パーティーをしたばかりなのに、またパーティーの名目で十玖が拘束されてしまう。
 大人たちは余程飲む口実が欲しいらしい。

 もう一度、大きなため息をつく。

「何なんだよ。しょうがないだろ」
「あたしの彼氏なのに、お兄ちゃんが盗るよぉ」
「筒井マネに言えよ」

 部屋の片付けに勤しむ晴日の顔は、すこぶる嬉しそうだ。
 美空はむっとして、せっかく片した本をワザと崩してやる。

「おまえねぇ」

 子供みたいな嫌がらせをする美空に、やれやれとばかりにため息をつく。
 拗ねて膝を抱える妹の頭を撫でてあやしてると、階下が騒がしくなって、集団の足音が近付いて来た。

「晴さ~んっ!」

  元気よく登場するや目標へまっしぐらに飛びつき、晴日は彼女を抱きかかえた。

「子ザル。元気だったか?」

 久々の再会だ。
 嬉々としている萌を晴日は目を細めて見る。

「萌だも! 晴さん聞いて聞いて。この間、塾の模試でA判定取れたよッ」
「頑張ったじゃん」
「うんっ」
「このまま気ぃ抜くなよ」
「分かってるも」

 ちょっと表情を引き締めて、萌は大きく頷く。
 少し遅れて十玖たち三人が入って来た。

「どうしたの? 美空?」

 膝を抱えたまま、晴日たちを恨めしそうに眺めていた美空に気付いて、十玖は傍らに膝をついた。頭を撫でる十玖を上目遣いで見やり、すんと鼻を鳴らす。

「スケジュール見て拗ねてんの。そいつ」
「ああ。そうだよね」

 少なからず十玖もガックリした。
 美空との初めてのイベント事が、悉く妨害されているのはきっと気のせいじゃない。

「相手がいるだけで幸せだと思うけど」

 フリー二人組は、買ってきた食料をテーブルにドンと置いて、どっかりと腰を下ろした。

「毎年同じメンツで誕生日にクリスマスって、切ないよなぁ。うちの女子はお手付きだし、ライヴで潰れるの分かってて、限定彼女ってのもあり得ないし」

 竜助のぼやき。
 恋愛感情が希薄な竜助と言えど、この時期にイベントがダブルの分だけ、侘しさを感じずにいられない。
 久しぶりの逢瀬で浮足立ってる晴日たち以外、意気消沈してる三人を見やり、謙人は用意されていたグラスをテーブルに並べ始めた。

「まあまあ。イヴイヴ始めようよ」



 翌日のイヴは、午後から公開ラジオの出演から始まり、テレビのイベント数本をこなし、ライヴハウスのイベントゲストとして出演した。

 十八歳の謙人以外は、労働基準法に引っかかってしまうので、二十二時前にはすべて終了となったが、その後、翌日の確認がてら食事をし、辛うじて午前様は免れての帰宅となった。

 クリスマス当日、夜がダメならと十玖は朝から美空を水族館に誘い出した。
 家族連れとカップルばかりだ。
 誰も二人を感知しない。
 薄闇にブルーの水槽の光は、水の影を作って辺りをゆらゆら幻想的に彩る。
 悠々と泳ぐ魚を眺めながら、ゆっくりと手をつないで歩いてく。

 付き合うのと同時にA・Dの活動も開始となり、この半年デートらしき事がなかった。
 普通の恋人同士みたいに付き合う事が出来なくて、美空には寂しい思いをさせているのがいつも気がかりで、いつか彼女の心が離れて行ってしまうのではないかと不安になる。

 色とりどりの魚たちに目を輝かせる美空が愛おしい。
 手を繋いだまま、美空をすっぽり腕の中に収めた。
 ふんわり抱きしめる十玖を斜めに見上げ、彼の腕を抱く。美空の頬に軽く口づけた。くすぐったそうに、ふふっと彼女が小さく笑う。
 抱きしめたまま、よたよたと揺れながら移動して歩くと、「ペンギンの親子みたい」と美空にウケた。周囲からもくすくすと笑い声が聞こえてくる。

 多くの人が立ち止まった大水槽の前で、二人も足を止めた。目を輝かせて魚を追う彼女の口から、声にならない感嘆の声が漏れているのを聞いて、十玖からも小さな笑いが漏れた。
 他愛のない幸せが、しっとりと胸に沁みわたって来る。

 十玖は徐にコートのポケットから小さな箱を取り出すと、美空の手に乗せた。目を瞠って見上げてくる彼女に笑みを浮かべ、「開けて」十玖が促すと、ルビーのプチネックレスが顔を見せた。

「美空の誕生石だよね?」

 ネックレスを抓み上げ、「首輪のお返し」といたずらっぽく笑いながら付けてあげる。美空はルビーを掌に乗せ「ありがとう」と嬉しそうに微笑んだ。

 二人は店が混む前に昼食を済ませ、午後一番のイルカショーが終わると、またゆっくりと館内を見て回る。
 美空は、くねくねニョロニョロするチンアナゴを前に「癒されるねぇ」と言ったまま、動かなくなった。
 時間は刻一刻と過ぎて行く。

「やだなぁ」

 ぽつりと美空が言った。
 十玖が行かなければ、周囲に多大な迷惑を掛ける事くらい分かってる。
 そんな事を言ったら十玖がなんて言うかも。

「抜けちゃおうか?」

 後ろから美空を抱きしめ、耳元で囁いた。
 責任感の強い十玖が、美空の為に自分を曲げてくれる。その言葉だけで充分だった。

「冗談だよ。そんな事出来るわけないでしょ」

 腕の中から抜け出し、十玖に向き直る。彼の手を取って歩き出した美空の前に身を屈めて覗き込み、「ごめんね」と言ってキスをした。
 デートひとつ真面にできない因果な仕事をする恋人に、彼女が嫌気を差したりしないだろうかと、いつも不安になる。
 キスで彼女の心を探る自分は本当に余裕がない。

 帰りの電車は満席状態で、左足を引きずる美空がよろめかない様に、開かない扉側に陣取った。伊達メガネにニット帽を目深に被り、乗客に背を向けていれば、顔をジロジロ見られる事もない。
 二人は無口だった。
 たまに見上げる美空に十玖が微笑み返すだけのやり取り。

 最寄りの駅から徒歩十分足らずの距離をゆっくり歩き、BEAT BEASTの看板を前にしてどちらからともなくため息をついた。

 控室にはみんな揃っていた。
 やっと現れた二人に安心したのか、談笑しながらセッティングのために控室を出て行くのを見るともなしに見て、伊達メガネとニット帽をテーブルに置き、筒井が用意してくれているペットのお茶を一口含んだ。

 晴日が持って来てくれたカメラ一式をカバンから取り出す美空に、今日何回目かのキスをする。美空の頭を押さえ、唇を割り入る十玖の舌先に意識を絡め捕られそうになって、彼の頬を軽く叩いた。

「……用意しないと」
「…ん」
「今日どうしたの? ずいぶん甘えたさんだね」

 叩いた頬を撫でると、その手首を取って掌に口づけた。艶っぽく潤んだ瞳に美空は引け腰になる。

「ちょっと十玖。なんかフェロモン全開なんですけど」

 焦った顔をしている美空の首に手を回し、目線を合わせて。

「大好きだから、僕を捨てないでね」

 こつんと額を合わせる。

「女の子みたいなこと言ってる」
「なんでもいい。美空いなくなったら、僕ダメダメになる自信あるから」
「そんな自信持たないで」
「でも不安なんだ。いつでも美空の傍にいてあげられない」

 もどかしそうにする十玖の胸に手を当てた。
 不安になる根底にあるものはわかってる。あの事件の後遺症だ。
 美空もそれがわかってるから、出来るだけ十玖の傍にいたいと思う。

「十玖が近くに来られない時は、あたしが傍に行ってあげる」

 彼の胸元を飾るネックレスのプレートを、指先でトントンと軽く叩く。
 “My heart is always by your side”の刻印。

「大好きだよ十玖」
「僕の方が美空より数倍好きだと思う」
「そんな事ないよ……もお十玖!」

 隙あらばキスしてこようとする十玖を押し退けてるところに、筒井が入って来た。

「あんたたち何戯れてるの。さっさと準備して」

 筒井は十玖の横を通り過ぎようとして、足を止める。

「何か今日のトーク、色っぽくない?」
「はははははっ」

 美空の乾いた笑いが宙を舞う。
 何処でどうスイッチが入ったのか。フェロモンだだ漏れでステージに上がって欲しくない。危険すぎる。

「ああ。そうだトーク。ハルが呼んでるから、ちょっとステージに行ってくれる? クーちゃんも」

 ステージ袖に行くと三人が待ち構えてた。
 謙人が手招きし、十玖は従った。後ろを美空が付いてくる。
 ステージのど真ん中にリボンのかかった大きな箱があった。人ひとり楽勝で入れそうな箱に、十玖は目を瞬いた。

「これは俺たち全員からプレゼント」
「え?」

 ニコニコ笑う謙人を見返し、箱に視線を戻した。
 晴日にリボンの端っこを握らされてやおら引っ張ると、リボンが解けるのと同時に箱がパタンパタンと広がって、中身が顕わになった。

 そろそろと近付きそっと触れる。
 ローランド製のシンセサイザー。足元にショルダーキーボードまである。

「プレゼントと言う名の初期投資だから。遠慮しないで受け取ってくれな」

 謙人が肩を組んでくる。

「え…でも」

 プレゼントと言うには値が張るものを真に受けていいのだろうか?

(…てゆーか、シンセ担当…決定?)

 呆然とシンセを眺め下してる十玖に、晴日は苦笑気味だ。

「気にするなって。十玖を引っ張り込んだ負い目と、こっちの勝手でシンセ担当にするわけだから。筒井マネも出してくれたし」
「兄貴が弟に何かしてやるのはおかしい事じゃないだろ?」

 竜助が十玖の頭をガシガシ掻き混ぜる。
 普段この兄貴たちが何かしてくれるのは、十玖を弄る事ばかりだが。
 美空は笑って頷いた。
 三人を見回して、微妙に納得しがたいが「ありがとうございます」と深く頭を下げる。

(美空と逃げ出さなくて良かった)

 この人たちにひどい裏切りを犯してしまうところだった。
 目頭が熱くなって、小さく唸っている十玖を晴日たちはくすくす笑っている。

「十玖。試しに弾いてみて」

 美空に促されて、晴日たちも煽ってくる。
 竜助が足元のショルダーをスタンドに立て掛けてくれるのを見やりながら、指のストレッチを始め、頭を巡らす。謙人の家にある物と同じモデルだから、問題はなさそうだ。

(さて…何の曲で指慣らししよう? ……やっぱここはクリスマスらしくかな)

 “ホワイトクリスマス” から始まった鉄板のメドレーを弾いているうちに、晴日たちが合わせ始めた。

 袖からひょっこり顔を表した筒井が珍しく口ずさむ。
 BEAT BEASTのオーナー、田所信之もパイプ椅子を持ってきて腰かけた。

 時間は瞬く間に過ぎ、スタッフが開場時間1十分前を伝えて来る。
 楽器を一度置き、十玖たちは控室に下がった。


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