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6. たまには学校行事にも参加しましょうね

たまには学校行事にも参加しましょうね ②

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 十月に入って二日目には、A・Dの学祭ライヴの開催が、仕事の早い生徒会のおかげで告知に至った。
 一人の生徒が買い占めないように、一人二枚まで。今週末にはチケットの枚数限定で予約販売開始となるようだ。

 放課後、生徒会室にA・Dのリーダーとして謙人がやって来ると、普段は生徒会室など見向きもしない生徒まで、廊下にたむろしていた。

 私立でも学費がお高い事で有名な超進学校の制服を着た謙人は、生徒会室で異彩を放ち、役員たちが気後れしているのが目に見えて気の毒だ。
 そんな人間が、何故バンドなんてやってるのだろう、とは果たして誰の考えか。

 謙人と柳田が対峙しているのを、十玖たちは後ろで眺めていた。
 ツンツンと十玖は袖を引っ張られ振り返る。

「何であたしまで?」

 美空は場違い感たっぷりの状況に、些か居心地が悪いようだ。
 謙人に呼ばれて来たものの、何も聞かされていない。大方ポスター撮りか何かだとは思うのだが、ここに呼ぶ必要性はないだろうと思う。

「僕も聞いてない」
「そっか」

 柳田と打ち合わせをしている謙人は、普段の人を食ったような性格を隠し、真面目くさった顔をしている。それがどうやら晴日のツボになったらしく、肩を小刻みに震わせながら竜助の足をカッカッと何度も蹴飛ばし、竜助は晴日の尻を抓っていた。
 そんな二人の地味な攻防を知ってか知らずか、淡々と話し合いは続き、謙人は美空を振り返った。

「クーちゃん」
「なに?」
「部活の方で忙しいとは思うんだけど、ポスター頼んでいい?」
「いいけど、いつ?」
「これから。校内で撮って欲しいんだけど」
「校内で? 大丈夫?」

 廊下には生徒たちが群がって様子を伺っているのに、校内で撮影とは少々無謀ではないか、美空の心配を他所に、謙人はニカッと笑う。

「全員が制服着てるなんて、超レアだよね」
「レアだけど」
「全員が制服なんて、今年度で終わりだからさ。ちょっとした遊び心だよ」

 来年謙人は大学生になっている。

「で、抽選か何かでそのポスターをあげちゃお。校内張り出し用とプレゼント用の二パターンでお願い出来るかな?」
「分かった。謙人さんの頼みだし、さっさと撮っちゃいますか」
「ハルと違っていい子だねぇ。お兄さんは嬉しいよ」
「俺と違ってて何だよそれ」
「なんかツボってたよね。さっき」

 にこりと、薄ら寒い謙人の微笑みに、晴日はぐっと押し黙った。
 A・Dの力関係を間近で見た生徒会役員は、ひきつった笑顔を見せている。
 もしかしてこの二人仲悪い? なんて考えが及ぶほど、冷え冷えとした空気が漂い、生徒会役員の肝を冷やしてくれた。

 普段、晴日はやりたいようにやってるが、謙人が泳がせているだけに過ぎない。真の権力者は謙人だ。

「さて。撮影しちゃおうか。クーちゃん、どこがいいかな?」
「うーん。教室、屋上? 音楽室…軽音部とかは?」
「えっ。なに。俺、放置?」

 晴日は謙人の首に抱きつき、小突かれる。

「いちいち抱きつくな。重い」

 言いながらも笑ってる。晴日も歯を見せて笑っている。
 普段、学校で見せる事のない甘ったれた晴日の姿に、柳田が吹き出した。

「なんだよ」

 じろりと睨む晴日に臆することなく、柳田は笑った顔を隠さない。

「可愛いところもあるんだな」
「ふん。ケントは大好きな兄貴だからな。てか、こいつら全員家族だし、カッコつけても意味ねーよ」
「そっか。いいな」
「だろ?」

 満面の笑顔につられて柳田もいい笑顔で笑う。
 謙人は晴日の腕を解きながら、

「軽音にしばし場所を貸して貰えるか、ひとっ走りして来る気は?」
「おうっ。竜助行くぞ」
「俺もかよ。十玖行け。走るのたるい」
「わかりました。行ってきます。晴さん行きましょ」
「十玖と走ったら心臓破けっから」
「十玖を追っかける時は平気じゃん」

 謙人と竜助の異口同音のツッコミ。
 晴日の舌打ちを聞き逃すことなく、謙人は物凄い音をさせて彼の尻を叩いた。

「早く行っといで」
「……おう」
「本気で走りませんから」
「やかましい」

 フットワークの軽い晴日も、体力バカの十玖には敵わない。
 十玖に引っ張られて生徒会室を後にすると、美空は「さて」と踵を返す。

「カメラ持って来まぁす」
「頼むねぇ」
「は~い」

 思わず見惚れてしまうような美空の笑顔を見送って、謙人は「ちょっと失礼」とスマホで筒井に電話をかけ、粗方決まった内容を報告した。
 電話を切るのを待ち構えていたように、柳田が口を開く。

「斉木がスカした奴だから、A・Dはもっとカッコつけたヤな奴らだと思っていました。すみません」

 テーブルに手をついて頭を下げられ、謙人は一瞬きょとんとし、思い切り吹き出した。

「俺たち結構バカよ? 勢いでやりたことやっちゃうから、いつもマネージャーに怒られてるし。なあ?」
「変装して勝手にゲリラやって、そんで十玖を生贄にして逃げたりとか? 十玖を餌にフォロワー増やすのは常だし、生放送で十玖に無茶振りして、あわや放送事故なんてのもあったな」
「三嶋くん、なんか気の毒だね」
「末っ子の宿命ですよ」

 言った謙人と竜助の悪びれない笑み。

「俺ら流の末っ子の可愛がり方なんで。なんやかんや言いながら十玖も楽しんでますよ。会長も学祭のライヴ観てくれたら、きっと分かります」
「楽しみにしてます」
「はい」

 ほどなくして美空が戻り、次いで十玖だけが戻って来た。
晴日は軽音部で遊んでると聞いた謙人の舌打ちを、全員が敢えて聞かないフリをした。


 ファンを後ろに従えて軽音部に行くと、異様に盛り上がっていた。

「おう。待ってたぞぉ」
「何やってんの?」
「ドラム叩いてた」
「見たらわかる。何でドラム叩いてるのか聞いてんだけど?」
「コイツ本職じゃない俺より下手くそ! しょうもないミスばっかしてさ」

 と軽音のドラマーを指さすと、謙人は額を抑えてため息をついた。
 もう突っ込んで聞くのもバカらしい。
 気を取り直して、謙人は部員を一巡すると深々と頭を下げる。

「学祭前の貴重な時間に、場所の提供、感謝します」
「いいよ。こっちとしても貴重な経験になるし、後で一緒に写真撮ってくれればそれで。一応、部長の関です」

 差し出された手を取り、握り返す謙人。

「渡来です。よろしく」
「こちらこそ」

 挨拶も終え、間もなく撮影が始まった。
 楽器を傍らにしたもの、手にしたもの、演奏しているもの。
 十玖は何気なくシンセサイザーに触れると、少し考えたように天井を仰ぐ。

「弾けるのか?」

 いち早く見留めた竜助が聞く。
 晴日たちも一斉に十玖を見ると、首を傾げた十玖が指のストレッチをしながら、

「小三までピアノ習っていたんで」
「初耳」

 美空が呟くと、十玖は優しく微笑み返す。

「苑子の母親がピアノ教室やってるんですよ。そこに太一と一緒に通わされてました」

 指動くかな、と言いながら鍵盤に触れ、紡ぎ出される音楽――――Stupid Fellow
 A・Dのラヴ・バラードの中でも人気で、謙人の作詞作曲だ。
 合わせて謙人のベースが入り、ギター、ドラムも続く。
 好きな人を些細なすれ違いで傷つけて泣かせ、手放すしかなかった馬鹿な男の歌。
 訥々と心情を語るような曲。

 美空はひたすら写真を撮り続け、曲が終わる頃には相当数の写真を撮った。
 軽音部員の拍手が起こり、気の抜けた十玖が大きく息を吐く。

「何回か弾いたことあるの?」

 美空の素朴な疑問。
 それだけ堂に入っていたのだが、十玖はケロっとした顔して首を振った。

「ないよ。頭の中の音をそのまま鍵盤に合わせただけ」

 十玖の応えに一同唖然とした。
 動物的な直感と反応の速さがあると常々思っていたが、よもや音楽まで動物的勘の良さと耳の良さだったとは思っていなかった。

「なんでピアノ辞めたの? もったいない」

 難しい曲ではないが、ぶっつけで弾けてしまう十玖がピアノを辞めたのが、謙人は不思議でならない。
 十玖は頬をポリポリ掻きながら、

「ずっと座って弾きっぱなしって、苦痛だったんですよね。発表会の練習とか、本気で逃げ出しましたもん。少林寺にも通っていたんで、自然とウェイトがそっちに傾いたというか、母に対する反抗だったというか」
「あのお母さんに反抗とかするんだ」

 謙人はパワフルな十玖母、咲を思い起こして目を丸くした。

「半殺しの目に遭いましたよ。根負けしたのは母ですけど」

 十玖の頑固さは、晴日が身を持って知っている。
 しかも小学生だった十玖に、あの咲が根負けしたとなると、いま十玖がA・Dにいるのは奇跡に等しいかも知れない。

 晴日は真の功労者の美空に抱きつき頬ずりすると、彼女は本気で嫌がり、十玖がムッとして晴日を引き離そうとするが、これがなかなか離れない。
 ひとしきり頬ずりを堪能するや、標的が十玖に変わり、今度は美空が晴日を十玖から引き剥がそうと躍起になっていた。

 関は謙人の隣に静かに並び、

「いつもこうなの?」
「そうだねぇ」
「ハルってあんなキャラだったんだ」
「嬉しいと、すぐあーやって抱きつくんだよね」

 と謙人が言えば、

「怒らせると直ぐに殴りかかってくる。感情表現がストレート過ぎるんだよな」

 と竜助。
 専ら有名なのは怒らせた方の表現だが。
 パンパンと手を叩いて、謙人は注目を集める。

「ほらほら。いつまでも遊んでないで、時間ないからサクサク行くよぉ」

 約束通り、軽音のメンバーと写真を撮って別れると、一番近い晴日と竜助のクラスに移動し、続いて屋上に移動を始めた。
 その際も、美空は縦横無尽に場所を移しながら、彼らのショットを逃さない。

「あ~この後、事務所に呼ばれてるから。クーちゃんもね」

 屋上の扉が開かれるのと同時に、思い出したように謙人が言った。
 ぞろぞろと屋上に出るメンバーをカメラに収めながら、

「あたしも?」
「筒井マネがクーちゃんも読んで欲しいって。もしかして用事とかあった?」

 振り返って、なんか意味深な笑みを浮かべる謙人。美空は一瞬言葉に詰まった。

 これが終わったら、十玖とデートする予定だったのだが……。
 十玖は諦めた表情で肩を竦めてる。
 仕事を放棄して、デートするわけにいかない。

(そんな事、口が裂けたって言えないし)

 あからさまに肩を落として、美空は気の抜けた笑顔を浮かべた。

「大丈夫です」
「そお? 良かった」

 やっぱり意味深な笑みを浮かべる謙人に、眉をひそめる美空。

「謙人さん何か言いたい事ある?」
「いや。約束…あったら悪いかな、ってね」
「謙人さん、もしかして分かってて言ってる?」
「何のこと?」

 絶対にデートのことに気が付いている確信犯だ。
 美空はぷうっと膨れて、謙人を睨み見る。

「意地悪でしょ?」
「だから何のこと? リア充の邪魔しようなんて思ってないよ。別に」
「思ってるんだね」

 謙人はくすくす笑って、他のメンバーの元に行ってしまう。

(今日は、デートしたかったなぁ)

 普段、十玖と一緒にいられる時間が少ないし、しばらくは大学の学祭やらライヴやらでもっと時間がなくなる。
 それでも以前はライヴについて回ったけれど、あの事件から控えめにしていた。まだ怖いというのもあるが、未だに嗅ぎ回るマスコミのせいで、A・Dに迷惑をかけない為でもある。

 ラベンダーのグラデーションをバックにする彼らをカメラに収めていった。
 薄闇が辺りを包み始めると、謙人が近寄ってきて写真データを確認し、ようやく撮影は終了した。



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