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5. それぞれの想い

それぞれの想い ⑦

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 それは瞬く間に広まった。

 美空の耳にも届き、学校中が騒然とする中、校内放送で有理と十玖が校長室に呼び出され、さすがに放っとけないとなった苑子が、美空に「大丈夫だから」と言ってスマホを取り出した。

「もしもし。苑子だけど、有理ちゃんと十玖、ちょっと困った事になったかも。学校に来れる? てか来てくんないと困る。速攻で来て」

 一方的に捲し立て、苑子は通話を切ると美空の手を取った。

「行くよ」
「どこに?」
「校長室に決まってるじゃない。十玖に口止めされてたから言わなかったけど、二人の潔白を証明しないと。呼び出されるような色っぽい関係じゃないし」

 太一拾って行かないと、と言いながらぐいぐいと美空を引っ張り、教室を出た所でその太一と鉢合わせ、三人は校長室に走り出した。

 その頃、有理に叩き起され、呼び出された旨を聞いて、青褪めた十玖がゆらゆらと校長室に向かい始めていた。

「だから関わり合いたくなかったんだ」
「遅かれ早かれバレるんだから、ごちゃごちゃ言わないの」
「卒業するまでバラして欲しくなかったんだけど」
「うるさいわね。黙らないと抱きつくわよ」

 そう言いながら、視線を送ってくる生徒たちに手を振る有理を一瞥し、十玖は肩を落とした。

 きっと美空の耳にも届いてる。彼女にも話しておくべきだった。

 苑子が機転を利かして話してるかとも思ったが、十年以上も前の天駆との約束を律儀に守るような子である。きっと十玖の了承もなく話さないだろう。

 二人が校長室の前に立って、有理がノックをしようとした時、走り寄る群れに十玖は絶句した。美空、苑子、太一、晴日と竜助までいる。

「あらま。お揃いで大変ねぇ」

 クスクス笑う有理を睨んだ十玖を尻目に、ノックして入室する。

「鈴田、三嶋。釈明に参りました」

 あっけらかんとした有理に、美空、晴日、竜助の三人が呆気に取られた。
 二人の後をぞろぞろと付いてくる生徒たちに、教頭は教室に戻るよう追い返そうとしたが、苑子の「私たち証人です」の言葉で、立ち会うことを許された。

 校長は咳払いをし、言いにくそうに口を開いた。

「保健室で抱き合っていたという情報が耳に入りましたが、事実ですか?」

 十玖に集まる視線が痛い。
 心底嫌そうな顔をする十玖に、有理は素早い蹴りを入れた。あまりの素早さに、偶然目撃してしまった美空たちは愕然とする。

「抱き合っていたと言うのは事実ではありません。確かに三嶋の頭を抱き寄せましたが、おとうとを慰めて何か問題でも有りますか?」
「…おとうと?」

 美空、晴日、竜助は校長のオウム返しに同様の疑問を抱いた。
 姉が居るなんて聞いたことないし、まず苗字が違う。記憶違いでなければ有理はまだ独身のはずだ。
 彼女はその疑問に答えるかのように微笑んだ。

「厳密に言うと、これから義弟おとうとになるんですけど。ここの卒業生の三嶋天駆は私の婚約者ですが、彼から義弟がナーバスになってるから宜しくと頼まれました。心身のケアは養護教諭の仕事でもありますが、この義弟は昔から泣きついてこないので、無理やりしょっ引いて、強制的に泣き言を言わせたところです。以上」

 有理が言い切ったところで、けたたましい足音とともに校長室のドアが開いた。

「天駆!?」

 振り返った十玖と有理の異口同音。
 お互いに顔を見合わせて首を振る。その疑問はすぐに解けた。

「天駆兄ちゃん早っ!」
「苑子が早くしろって言ったんだろ。で、どういう事?」

 有無を言わせなかった苑子の呼び出しに、自宅からバイクですっ飛んできた天駆である。
 予想してなかった大人数に今頃気づいて、一瞬たじろいだ。

「相変わらず賑やかだね、三嶋会長」

 苦々しい笑みを浮かべる校長と教頭に、へらっと笑う天駆。

「ご無沙汰してます。校長先生、教頭先生。お変りないようで…と思ったら、教頭また少し薄くなりましたか?」

 悪びれない天駆に怒りを堪える教頭は、打ち震える拳を手のひらに隠し、平静を装いながら嫌味を吐く。

「なんで君が生徒会長だったのか、今でも不思議だよ」
「人気者だったからに決まってるじゃないですか。分かりきったことを。で、何で呼び出されたんでしょうかねぇ?」

 ぐるりと見渡し、呼び出した張本人で視線を止めた。
 苑子はさっき聞いたままを天駆に伝えると、天駆は咽むせるほど爆笑した。

「あー腹いてぇ。有理とそんな噂たったんか?」

 ひとしきり笑った天駆が涙を拭って言った。 

「天駆も有理も最悪」
「変に隠すからだろ。いっそ美人な姉さんを自慢しときゃ良かったのに」
「ヤだ。付け上がってやりたい放題になるじゃんか」
「どっちにしろバレたんだから、結果は一緒だな」

 にこりと微笑む天駆に、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 有理との出会いは、中学一年の冬だった。
 その年の夏、大学のオープンキャンパスで、天駆が三つ上の有理に一目惚れし、押せ押せで迫りまくって一度は完全に振られたのだが、少林寺の道院と大学のサークルの練習試合で、大学側の選手として参加していた有理と、大人に混じって参加した十玖の応援にきた天駆が再会した。

 当時の十玖は身長もまだ低く、女の子に間違われる事もしばしばで、そのくせ大学生を相手に勝ち上がる彼に興味を持った有理と、五歳下の弟が可愛くて仕方ない兄バカの天駆が仲良くなるのは、差して時間はかからなかった。
 二人が共通の楽しみを見出したから尚更、十玖にはかなり迷惑な存在だった。

「十玖は俺たちのキューピッドなんで、ついつい有理も構いすぎるきらいはありますけど、あくまで弟なんで、そこんとこ宜しくお願いします」

 さり気なく有理と肩を組んで、「この際、籍入れちゃう?」と軽口を利く天駆の額をぺしっと叩く。

「大学卒業したらね」
「え~~~」
「えーじゃない。お義母さんにシメられるわよ」
「それはイヤ」

 真顔で言った天駆に、三嶋家の母を知る者は一様に吹き出した。
 三嶋家の法である母は絶対だ。
 振り返った天駆に、一同は愛想笑いを浮かべる。

「お前らヤロー全員、あの人にとっちゃ息子同様だからな」

 女子は天国、男子は地獄。
 天駆の有り難くもない忠告は、他人事じゃなくなる可能性大である。
 特に晴日は。

「校長、二人にお咎めなしってことで、いいですよね?」
「まあ、そうですね。弟なら咎める理由にはなりませんし、戻って結構です」

 天駆は十玖と有理の肩に腕を回し、後ろに控える晴日たちに「行くぞ」声を掛け、先頭を切って校長室を後にすると、外で状況を伺っていた生徒たちに、愛想よく笑った。

「鈴田先生は俺の奥さんで、十玖の姉さんだからもう騒ぐなよぉ」

 校内一の美人教諭がお手つき宣言され、周囲がどよめいた。特に男子。
 有理は得意げに笑顔を振り撒く天駆を斜に見上げ、「まだでしょ」と肩に回された手を抓る。十玖も大きく頷き、向こう隣の有理を見た。

「有理に振られる可能性、忘れてるよね」
「ホントにね」
「こらこらこら」

 二人を交互に見て「縁起でもない」と天駆は顔をしかめると、有理が心底愉快そうに笑い声をあげた。

「学校ブッチして来たのに、君たち扱い酷くない?」
「はいはい。どうもありがとうございました」

 棒読みで言った十玖は肩の腕を戻し、すいっと「お騒がせしました」と後ろから付いてくる美空たちの元に行く。天駆は眉をそびやかして有理を見ると、彼女も眉を持ち上げて苦笑した。
 なんだかんだとイチャ付きながら、天駆たちはそのまま来客専用玄関へと向かった。



 前を歩く十玖のブレザーの裾を抓むと、振り返った彼が微笑む。

「鈴田先生、お姉さんだったんだね」
「暫定だけどね」
「教えて欲しかったな」
「…ごめん」

 ちょっと顔を曇らせた十玖の腕に手を絡め、その先に視線を走らせる。

 朝は気付かなかった右手の怪我。
 十玖がナーバスになってると言って、有理に頼んだ天駆。
 原因は自分なのだろうと、察しがついた。

 十玖が怖いわけじゃない。
 自分から触れることには問題ないけど、どうしても身体が触れられることに拒否反応を示してしまう。

 自然に触れ合える晴日と萌を前にして、言葉にし難い感情が生まれた。
 十玖はどう思ったのだろう。
 自分を殺してでも、十玖は美空を大事にしてくれる。

 キスをしたらその先を望んでしまうから――――そう言われた時、正直心が凍りついた。

 悲しそうに微笑んだ十玖。

 ごめんとしか言えない自分が、「嫌いにならないで」という資格なんてあるのだろうか?

 十玖の為に出来ること。
 果たして何が出来るのだろう。

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