1 / 167
0. プロローグ
プロローグ
しおりを挟む初めて出会ったのは、二人がまだ中学二年の晩秋の放課後。
オレンジの空が辺りを染めている。
部活動中の生徒の声が、この中庭まで遠く聴こえてくる。
三嶋十玖が、幼馴染みの橘苑子にダメ出しを食らって、気分転換がてら所属する合唱部を抜け出し、この中庭でタオルで顔を覆ってうとうとをし始めた頃に、垣根の向こうから、女の子の声が聞こえてきた。
どこかウキウキした明るい声が「先輩」に話しかける。しかし先輩はそれに応える様子もなく、女の子の声だけが耳に届いてくる。
どこか耳障りの良い声。高過ぎもせず低過ぎもせず、ふわっとした話し方がじっくりと浸透するような、そんな声。
(この声……好きだなぁ)
十玖はぼんやりと思う。
合唱部に欲しいな、などと呟いた時、今まで無言だった先輩が重い口を開いた。
「あのさ……こーゆーのもお止めね?」
「えっ?」
寝耳に水と言った少し間の抜けた声が聞き返す。
「なんで?」
「ほら、俺一応受験生だし、さ」
歯切れの悪い物言いの先輩に対して、滑舌の良い声が控え気味に訪ね返す。
「あたし邪魔してますか?」
「……てか晴日の妹だからもっと軽いノリで、ヤらせてくれんじゃないかって思ったのに、おまえ全然じゃん。だったらもおいいわって感じ?」
聞く気はないけれど、ついつい聞いてしまった言葉に彼女は無論、十玖まで絶句してしまった。
(……酷いなぁ)
微かな同情と、別れ話の現場に居合わせてしまった間の悪さに溜息をつく。
気を取り直した彼女は憤りを声にする。
「なんですか、それ」
「なんですかって、そのまんまだよ。おまえ重いし、ヤれないんだったら別にいらねえし」
「ひどっ」
「なんで、呼び出しはこれきりにしてくれよな。んじゃ」
言いたいことだけ言って、先輩は振り返りもせず、小刻みに震える彼女を置き去りにしてこの場を立ち去った。
いたたまれない。
十玖は物音を立てないように、そろそろと身を起こし、垣根に身を隠しながら四つん這いで移動を始めたその時……場の空気なんて分かりようもない声が、屋上から十玖に降り注がれた。
「ちょっと十玖!いつまで油売ってんの!?」
ヤバイと思うのと同時に、慌てふためいて自分でも訳のわからない行動をバタバタしている十玖を、苑子は冷ややかに眺めおろし、
「さっさと戻ってきなさい!」
怒声が容赦なく降ってくる。当然彼女も気が付くわけで。
十玖は諦めて立ち上がり、そしてゆっくりと彼女の方を振り返った。
彼女は静かに泣いていた。雫が頬を伝い、オレンジの粒が滴り落ちる。
――――見とれた。
不謹慎だという考えも及ばない。ただ見とれてしまった。
色素の薄いふわふわと肩先で揺れる髪にオレンジが映える。抜けるように白い肌もオレンジに染められて、大きな雫をたたえる瞳は鳶色。
数秒だったのか、数分だったのか、彼女に睨まれて十玖は我に返った。
さっきまで顔を覆っていたタオルをぎゅっと握り締める。
垣根を回って彼女の前に立ち、タオルを突き出した。彼女は一瞬タオルに目を落とし、すぐにそっぽを向く。当然の反応だ。しかし十玖も気まずさやら恥ずかしさやら、何か理由がわからない感情でテンパってしまっていて、引くに引けずに彼女の手を取り、タオルを握らせた。
「……やる」
一言だけ言って、十玖は走り出した。
後から、自分の顔に掛けていた事を思い出して、頭を抱えて身悶えするのだけど、この時はただひたすら幼馴染がいる屋上を目指して走っていた。
彼女は握らされたタオルにふと視線を落とし、次々と溢れてくる涙をそのタオルで覆う。
柔軟剤の優しい香り。深く吸い込んで、彼女は号泣した。
0
お気に入りに追加
162
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
可愛い女性の作られ方
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
風邪をひいて倒れた日。
起きたらなぜか、七つ年下の部下が家に。
なんだかわからないまま看病され。
「優里。
おやすみなさい」
額に落ちた唇。
いったいどういうコトデスカー!?
篠崎優里
32歳
独身
3人編成の小さな班の班長さん
周囲から中身がおっさん、といわれる人
自分も女を捨てている
×
加久田貴尋
25歳
篠崎さんの部下
有能
仕事、できる
もしかして、ハンター……?
7つも年下のハンターに狙われ、どうなる!?
******
2014年に書いた作品を都合により、ほとんど手をつけずにアップしたものになります。
いろいろあれな部分も多いですが、目をつぶっていただけると嬉しいです。
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる