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20 . Prisoner

Prisoner ②

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 成績でクラスが決まる鬼システムの難関を乗り越えて、そのままA組で持ち上がりが確定した順位発表に、十玖たち四人はその前でへなへなと膝を折った。
 十玖と美空は一ヶ月の職務停止の危機を乗り越え、苑子は己が欲望を満足させる(最近ではグローバルな欲望に拡大されているが)玩具を手放さずに済んだことに安堵し、太一は苑子のお仕置きから免れたことで心底神に感謝した。

 そうこうしているうちに春休みになり、A・Dは恒例の春ツアーを巡り、合間合間に雑誌の取材や歌番組の出演、十玖に至ってはモデル業も熟し、怒涛の三月を乗り越え、四月に突入。
 春休み残り二日になって、ようやく四人にも休暇が与えられた筈だったのに、謙人の兄、渡来祐人から開業前の新事務所に招集が掛かった。
 新事務所の代表取締役社長は謙人だ。けれどライヴ等でどうしても不在になりがちな彼の代わりに、祐人が社長代行を務めてくれている。祐人としても自分が軽口を叩いてしまったがために、予定より大幅に早まった事務所設立に少々責任を感じているらしく、彼も相当多忙な時間を縫っての代行だ。

 十玖、晴日、竜助の三人が繁華街から程近い賃貸マンションの一室、新事務所 “.ism” を訪れると、そこには既に謙人と祐人が三人を待ち構えていた。
 二十畳はあるリビングに事務的なデスクが島を作り、渡来兄弟がスカウトしてきた面々が早くも活動を始めている。当然その中には、A・Dと苦楽を共にしてきたマネージャー筒井由紀子と、起業から駆けずり回っている松下佐保の姿も見えた。
 筒井は三人に気付くと軽く手を挙げ、直ぐに電話に戻る。

「お疲れっす」

 島から少し離れた左奥のデスクに、晴日が先頭を切って祐人に頭を下げて近付き、その後に十玖と竜助が続く。デスクの傍らに立っていた謙人が「お疲れ」と微笑み、立ち上がった祐人が「待ってたよ」と謙人の数年後を予想させる顔で、目尻に皺を溜めて微笑む。

「もう先に来てて、三人の到着を今か今かと待ち構えてたよ」

 くすくす笑う祐人は「こっち」と首を傾いで、着いて来るように促した。



 リビングから出て左側の部屋の扉を開けると、応接室になっている。そこには先客が二人、ソファにそわそわと腰掛けていた。

「お待たせ」

 祐人が声を掛けると、緊張し捲った若い男女が勢い良く立ち上がり、何か言わなければと焦って吃る姿が初々しい。
 ずらりと並んだA・Dを目の前にして、男子の方が些か強張った顔で口を開く。

「で……デケ―ッ!」
「ちょ、ちょちょちょっと、そそら。し…しつ失礼」

 吃りながらそう言った女子も、大きく見開いた目で四人を見上げ、カチコチになっている。

「この四人が並ぶと、圧迫感が半端ないよねぇ。部屋が一気に狭くなる」

 ギリ百八十センチの祐人に言われても、あまり説得力がないだろう。目の前の二人は、彼らから見たら大分可愛らしく見える。

「はいはい。みんな座って」

 手を打ちながら謙人が言うと、何かから放たれたように一斉に腰を落ち着けた。
 上座の一人掛けに祐人が腰かけ、四人掛けのソファに謙人、晴日、竜助が座る。十玖が片尻を肘置きに据えると、三人の対面に座っていた二人が慌てて立ち上がった。

「と、トークさん! す、済みません。自分たち、避けるんでッ」
「あー気にしなくていいよぉ。この形態が普通だと思ってくれる? あまり無理強いすると、床に正座して岩みたいに動かなくなるから」

 焦る男子に謙人がへらへら笑いながら座るように促すと、申し訳なさそうな目で十玖を見る。それにニコリと微笑んで頷き、

「気にしないで。この人たちを高い所から見下ろすの、結構気分いいから」
「床に正座するか、十玖?」
「それしちゃったら、彼らが可哀想なことになりますよ? ねえ?」

 晴日の脅しに平然と答えて、二人に同意を求める。『ハイ』とも『イイエ』とも答えられない二人に、竜助が「妙な圧掛けんなよ。怯えてるだろ」と顎をしゃくって視線を促した。成程、困惑した涙目でプルプル震えている。
 目の前に小動物がいる見慣れぬ光景に、四人が思わず「お~ぉ」と声を上げると、更に二人がビクついた。
 仕切り直しに謙人は咳払いをし、

「別にこの二人、仲が悪い訳でも、君たちを脅してる訳でもないからね? 寧ろラヴラヴ?」
「「さぶっ」」

 仏様のような微笑みを浮かべた謙人の最後の一言に、十玖と晴日が心底厭な顔をして身震いし、十玖は「鳥肌立ってる」と物凄い勢いで腕を擦る。そんな二人に謙人の上前を撥ねるような仏の笑みを浮かべた祐人に、ギクリと震えて大人しくなった。

「本題、始めても良いかな?」

 渡来グループ次期社長の有無を言わせない圧に、そこに居た全員がブンブンと首を縦に振ると、祐人は満足そうに頷いた。



 さて本題に、と祐人が口を開きかけた時、背後に三十代の男性を伴って筒井が入って来た。彼女が持って来た折り畳み椅子を受け取ると、ソファの背後に腰掛けた十玖が晴日と竜助の間から顔を出し、筒井と連れて来た男性が下座に並んで腰かけた。
 周囲を取り囲まれて完全に委縮している二人は、マネージャーの岡田の言う事に一々上擦った声で返事をし、頷いている。
 その姿に、A・Dの四人が『純朴だなぁ』と寸分違わぬ感想を抱いているとは、露ほどにも思っていない。

 男子は片岡そら、女子は片岡海。共に十六歳の二卵性双生児で、海が姉になる。
 決め手になったのはその音域の広さと、絶妙なハーモニーだった。
 二人曰く、北海道の広大な自然の中で培われたものだそうだ。

「そうそう。十玖。二人とも君と同じ学校の二年に編入するから」

 唐突に祐人が言い、きょとんとした十玖が見返した。

「天がB組で海がA組だっけ? そう言うことなんでフォローお願いするね」
「あ、はい。うちの編入通って、AとBなんて凄いね」

 入試よりも編入試験の方が難関だと言われていて、学年トップクラスに食い込むとは中々だ。

「あ、あのっ。娯楽がなかったんで、暇なら勉強しろってうちの親が。右を向いても左を向いても緑緑緑。お隣さんまで徒歩三百メートル。友達ンちに至っては、何キロ先? な環境だったんで、素直に従ってただけです」

 恐縮しながら天が言う。海は隣で頷いているだけだ。ちょっと人見知りらしく、十玖は彼女に親近感を覚えつつ、ふと亜々宮あーくの顔を思い出した。
 十玖にいちいち反抗的でつっけんどんな弟に、この人見知りの子の面倒を頼むのは、極めて難しいだろう。

「Aったら亜々宮か。……あの冷血漢に、頼めるか?」

 十玖の心の声を晴日が代弁すると、視線が一斉に十玖に集中する。
 晴日が言う通り、彼女の早坂智子以外には、極寒対応の亜々宮だ。元を辿ればすべて十玖のせいらしいのだが、心当たりがないから困る。

「亜々宮は、百パーセント無理。僕のお願いなんて聞きませんよ。だったら智ちゃんにお願いした方が間違いないです」
「亜々宮の彼女か。あの子、姉御肌の良い子だよな。奴には勿体ない」

 理不尽だとばかりに竜助が言うと、クスクス笑った十玖が言を継ぐ。

「萌が今回カツカツB組だったらしいんで、天は彼女に頼もうかと」
「ダメ! 男は自力で何とかしろッ。萌には近付く必要なし!」
「そんな晴さん。右も左も分からないのに」
「ダメなモンはダメ。俺なんか卒業して更に会えなくなったのにぃ」

 要はヤキモチらしい。
 三人のやり取りにキョトンとしている片岡姉弟に、謙人が我関せずの体で二人に補足説明を始めると、ほえ~っとした羨望の眼差しを向けてきた。はっきり言って毒気が抜かれる。
 で、毒気抜かれた序でにこんな事も起こる。

「あ。こいつらの曲、降りてきた」

 晴日は言い様スマホの打ち込みアプリを開き、もの凄い勢いで入力し始めた。

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