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19. I than you ……【R18】

I than you …… ⑪ 太一

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 十玖が駆け付けたのは、それから十分もしてからだった。

「苑子! 太一はッ!?」

 言って直ぐに太一の姿が目に入ったのだろう。そして居並ぶ面々。
 太田たちのいる所で足を止め、「なに?」と予想外のギャラリーを指を差して訊く顔は、もう既に鉄仮面張りの無表情になっている。

「意外に掛ったわね。どこで油売ってたのよ」
「“音楽室” から謙人さんに車飛ばして貰ったんだけど」
「なんだ。仕事してたんだ。悪かったわね」

 カラカラ笑う苑子は、絶対に悪いと思ってない。

「苑子。太一の何がピンチなんだか訊いてもいい?」
「あーそれそれ。とーくに会いたいから、太一に彼女にしろって言うおバカさんが居てね、付き合ってますってホラ吹いてるらしいのよ。ね、ピンチでしょ?」

 小首を傾げてニッコリ笑い「この身の程知らずの大バカ女が」と指を差した。これが無音声ならば、可愛い女の子にしか見えないのに、本当に残念でしょうがない。
 しかし “身の程知らずの大バカ女” は、十玖に目も心も奪われて、全く聞こえてないらしい。座り込んだまま身動ぎもせずに見詰めていた。
 十玖が微かに眉を寄せ、苑子を見る。

「それで。僕が来たら何か変わるの?」

 訊かれて苑子はニコニコと笑い「もちろん」と答えるだけだ。
 確かに変わる。金の出所が。

(あ……悪どい)

 ここで苑子の下心をぶち撒けてやろうかとも思ったが、どうせ十玖は怒らない。溜息吐いて、仕方ないなと笑う。今までがそうだったように。
 美空ほどではないにしろ、苑子に甘過ぎるきらいがあるのは如何なものか。常盤が苦労していなければいいのだがと、つい要らぬ心配をしてしまう太一は絶対に悪くないと思う。

 そして十玖は、キラキラした視線が自分に集中している事に気が付き、大きく一歩後退っていた。彼の目が太一に注がれ、苑子では当てに出来ない説明を目で求めている。
 太一はゆっくり立ち上がりながら「悪い」と苦笑した。

「ここに呼んだのは、苑子の一存」
「……ちょっと嫌な予感」
「まあ当然だな」

 太一が肩を竦めると、十玖はシレっとしている苑子を見遣った。直ぐに太田たちに目を向け、太一に戻ってくる。

「必要なのは、もしかしなくても財布?」
「十四年の付き合いは伊達じゃないな」
「嬉しくない」

 十玖は恨めしそうに苑子を見、「打ち込み、途中で投げ出して来たのに」と深く長い溜息を吐いた。
 十玖の言葉に逸早く反応したのは、そのまま呆けてくれたら良かったのに、目を輝かせた元凶だった。

「新しい曲!? どんなのどんなの!?」

 距離感なしの言葉遣いに、十玖の目が細められた。それを傍で見ていた太一は、苑子に目配せすると、苑子もまた後方の太田たちに目配せした。
 三歳から礼儀礼節を重んじる武道を嗜んできた十玖だ。ライヴ会場なら無礼講でも、プライベート、しかも初対面でこのフランクさは頂けない。そこに持って来て太一を煩わせているとなったら、致命的と言える失態だ。
 自分の愚かさに気付かない柴田は、更に致命的な行動に出た。十玖を捕まえようとして手を伸ばして来たのだ。

 十玖はスッと身を躱し、冷ややかな目で柴田を見下ろしていた。
 太一は背中を氷が滑り落ちたような感覚に身震いする。苑子にも伝播したようで太田の所まで一気に撤退した。
 他の居合わせたスタッフたちも、十玖の雰囲気がただならないことに気が付いたのであろう。息を呑んで様子を窺っている。

「あなたとは初対面ですよね?」
「前にちょっと会いましたよぉ。江東くんと一緒のところ。覚えてないなんてショック~ぅ」

 しなを作って懲りずに十玖へ手を伸ばし、またも躱される。が、彼女は挫けない。また手を伸ばしては逃げられ、また伸ばして逃げられる。
 ヒラヒラと躱され、流石に彼女も苛立ってきたようだ。しかし周囲の反応は、彼女の滑稽さに笑いを堪えるのに必死になっていた。

「もおっ! 何で逃げるの!?」
「不快だから」

 十玖の一言は、彼女の動きを止めるには充分だった。

「初対面の相手にベタベタ触られそうになって、普通は喜んで触らせないですよね?」
「いつも触らせてるじゃない!」

 傍から聞いたら十玖が変態みたいな台詞を吐かれ、瞬時の反応が出来なかったらしい。十玖の中では有り得ない答えだったろうし。
 彼女の言わんとしている事に気が付いた十玖は、この非常識な柴田に憂いた眼差しを向け、大仰な溜息を吐いた。

「は――――ぁ……それは仕事の時ですよね? ファンに囲まれている状況と、プライベートでは全く違う。あなたがしようとしている事は立派なセクハラです」
「なにそれ! 男のくせにセクハラとかって、意味わかんないんですけど!!」
「セクハラに男も女もないです。不快だと感じたら、もう犯罪なんですよ?」

 十玖が初対面の相手に饒舌になる場合、相当のストレスと嫌悪を感じている。それを知っている太一と苑子は下がれと周囲に合図を送った。 
 ぎゃんぎゃんと喚き散らす彼女に、俯いて堪える十玖だったが、遂に顔を上げて太一を見た。

「殴っていいかな?」
「え…俺を? まさか彼女?」
「後で弁償するって、上の人に言うから」

 言うが早いか、行動するのが早いか。
 十玖は廊下の壁を正拳突きした。
 ゴゴッ!
 余りの音の凄さに地響きしたように感じたのは、果たして錯覚だったのか。
 十玖の破壊力に恐れをなして、一同倣って後退して行った。

(……せ、石膏ボードだけどさ、グラスウール突き破るって有りか? 有りなのか? てか、突き破れる物だったか? しかも肘関節までガッツリ貫かなくても、いいだろ?) 

 壁に腕を突っ込んだまま、冷静になろうと肩でゆっくり息をしている。
 暫くすると音を聞きつけたマネージャが駆け付けて、十玖の姿を見るや “ムンクの叫び” を彷彿させる姿を晒した。
 十玖はマネージャーを振り返ると腕を抜き取り、「すみません」と会釈する。石膏ボードの欠片がバラバラと崩れ落ちた。そこで掃除の心配をする太一は、流石十玖の幼馴染みだ。

「申し訳ない事をしました。修理はこちらで直ぐに手配させて頂きますので」

 茫然としているマネージャーに、十玖はそう言って矢庭にスマホを手にする。

「…あ、謙人さん。今どの辺りですか? ……えっとぉ、ちょっと遣らかしてしまいまして、建設部門の手配をお願いできないかと。……石膏ボードと、グラスウールぶち抜きました。…はい。有難うございます」

 通話を終了すると、十玖はもう一度、謝罪の言葉と共に頭を下げた。

(謝るくらいなら、最初からするなって思ってるだろうな~。とは言っても、あそこでクールダウンしなかったら、十玖もっとヤバかったし)

 やっと気を取り戻したマネージャーが、十玖とその場にいたスタッフ全員に説明を求め、穴の開いたスタッフルームに入って行った。
 十玖を呼んだ苑子は野次馬根性で残ると言ったが、彼から軍資金を握らされ不承不承で太田たちと一緒に帰って行った。

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