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19. I than you ……【R18】

I than you …… ⑩ 太一

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 スタッフルームで帰り支度をしていた時、高校生スタッフがぞろぞろと入って来た。その中に元カノの姿も見られた。
 別に居た堪れないと言うわけでもないけど、別れた彼女に馴れ馴れしくするのもどうかと思うので、太一は「お先です」と声を掛けて部屋を出た。

「太一く…江東くん」

 背後から聞き馴染んだ声がして、太一は口角を上げて振り返った。
 怖ず怖ずと近付いて来る彼女に「どうかした?」と訊ねると、田中は「ごめんなさい」と勢いよく頭を下げた。
 唐突に謝られて、太一が呆気に取られていると、田中は言い難そうに口を開いた。

「な、なんか…別れたことが、一気に広まっちゃったみたいで。その。たい…江東くん私を擁護してくれたって、聞いて。ありがとう。ゴメンね」
「気にしなくていいのに。俺が悪かったのは本当のことだし」
「でも、太一、江東くんが浮気男だって、言いふらされてるよ?」
「柴田さんでしょ? 彼女の言葉、みんな信用しないでしょ」
「じゃあその相手が柴田さんで、今度付き合う事になったって言ってるって知ってる?」

 予想だにしなかった柴田の行動に、太一は瞠目し「はあっ!?」と言ったまま口を閉じられない。

「みんな真面に取り合わないと思うけど、揶揄われるネタにはなるんじゃない?」

 柴田もほとほと困った性格だ。
 どっと疲れて、太一がその場にしゃがみ込む。そんな彼を見下ろしていた田中は、同じようにしゃがみ込んで目線を合わせると、

「デマが消えるまでなら、また付き合う事にしたって言ってもいいよ?」

 彼女の提案に、今度は眼を瞬いた。
 なんて出来た元カノだろうと思う。
 肩の荷が下りたと安堵した自分が許せない。

「有難いけど、それじゃ甘えすぎだろ? 元々彼女の魂胆は、彼女になれば幼馴染みに会わせて貰えると思い込んでる事だから、それを挫かないと」
「苑子ちゃん?」
「いや。もう片割れの方。田中さんは会った事ないけど」

 会った事がないばかりか、殆ど話題にもしなかった。苑子が偶に口に出していたかも知れないが。

「苑子だったら幾らでも好きなだけ会わせるんだけど」

 そしてケチョンケチョンに遣り込められるだろう。

「もう一人の幼馴染みに、そんなに会わせたくないの?」

 胡乱な目で見詰められたら、太一には言葉もない。
 田中にしてみれば、別れる原因にもなった幼馴染みだ。気にならないと言ったら嘘になるだろう。
 いっそ彼女に正直に話してしまおうかと口を開きかけた時、振り返るまでもなく誰だか判る声がした。

「とーくに会わせてやれば?」
「苑子ぉ。いつから聞いてたんだよ。趣味悪いな」
「誰だかと付き合うとか合わないとか?」
「何でいるんだよ?」
「カラオケボックスに来て何しにはないでしょ。上がる頃だと思って、可哀想な太一をみんなで迎えに来てあげたのに」

 そう言われてみれば、見知った女子がニヤニヤ笑ってこっちを見ている。
 振られた太一を肴にしていたことは察しがついた。

「じゃなくて、何か食わせろって事だろ?」
「そうなんだけど。とーく呼んだらもっと美味しいものに有りつけるんじゃない? 呼ぼうスポンサー!」
「お前、趣旨が変わってるからね?」
「いいじゃん別にそんな事どうだって。とーく稼いでるんだし。要はガチとーくに会わせて、現実を知らしめればいいんでしょ? それでもってうちらはガッツリご飯を頂く。ハイ決定ね」

 捲し立てて、苑子はサクサクと電話を掛け始めた。
 暫くコール音がして、やっと十玖が出ると電話口の向こうに怒鳴りつけた。

「遅いッ! 可愛い苑子ちゃんからの電話をなんと心得る! この馬鹿者! 太一がピンチだからソッコー来て。……バイト先に決まってんでしょ! ダッシュよダッシュ!!」

 これで良し、と呟いて苑子は満足そうに太田や照井たちを振り返り、満面の笑顔でピースする。まんまと呼び出され、急いで駆け付けるであろう十玖が、不憫でならない。

「苑子ぉ。呼び出して集るのは良しとして、財布に金入ってない事だってあるだろ?」
「平気よぉ。とーくクレカ持ってるもん」
「お前、それ仕事用に作らされたヤツだからな?」
「デビカも持ってるよ?」

 にんまりと笑う苑子は鬼だった。
 太一はこめかみに痛みを覚えて、頭を抱えた。

「お前のそのチェック力の高さ、平伏するわ」
「どこで何が身を助けるか分からないでしょ? 大体ねえ、今から結婚資金貯めてるなんて、高校生の風上にも置けないわ」
「どーゆー理屈だ」

 太一は遂に膝を着き、がっくりと項垂れた。田中が「あのぉ」と申し訳なさそうに声を掛けて来る。

「もう一人の幼馴染みって、何してる人?」
「…来たら分かるよ。多分」

 A・Dを知らなくても、ファッション雑誌をよく見ている彼女なら、きっと直ぐに気が付くだろう。DUNEの専属モデルという事に。

 廊下でそうこうしているうちに、帰り支度を済ませた高校生スタッフが部屋から出て来た。そこで喜色を浮かべたのは柴田だ。
 太一に擦り寄って「待っててくれたんだぁ」と甘ったるい声を出し、勝ち誇った目で田中を見る。太一は腕を絡めようとした柴田からスッと身を躱すと、彼女は見事に前のめりになって手を着き、苑子がブッと吹き出すと、今度は苑子を睨み上げた。

「問題の困ったちゃん?」

 意地悪そうな笑みを浮かべて訊いて来る苑子に、太一は小さく頷く。苑子は矢庭に手を腰に当て踏ん反り返った。

「感謝しなさい。念願のトークに会わせてあげるわ」

 柴田の狂喜する声が上がったのは、言うまでもない。

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