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19. I than you ……【R18】
I than you …… ⑨ 太一
しおりを挟む太一が洗い場で下がってきた食器を片付けていると、彼女と別れたことを早くも聞きつけたバイト仲間の一人が、ニコニコしながら声を掛けてきた。年は同じだが、太一よりも二月ほど早く入った彼女は、何かと先輩風を吹かせてくる。
ぶっちゃけ苦手な人種だ。何故なら……。
「江東くん田中さんと別れちゃったんですって?」
「はあ、まあ」
「ここだけの話、田中さんって今一つ気が利かないし、その癖、男には媚び売ったとこあるから、時間の問題かなとは思っていたのよね。別れて寧ろ良かったじゃない」
私は味方よと言わんばかりの穏やかな微笑みで、頷きながら太一を見ている。
これだ。人のプライバシーに勝手にズカズカ上がり込んで来て、さも自分は気の付く女子をアピールしてくるのだ。しかも男性スタッフ限定で。
(男に媚び売りまくってるのは、寧ろあなたの方ですから)
スタッフたちから嫌厭されているのに気付いてないのは、本人くらいだろう。
元カノを弁明するならば、誰にでも気さくな子で、人に優劣を付ける性格ではなかったし、決して気が利かない子でもなかった。そこは一応、サービス業に従事しているくらいだ。
「何か、田中さんが悪者になってますけど、俺が悪くて振られたんで」
余計なことを吹聴しないでくれと言外に言ってはみたものの、彼女に通じたかどうかはかなり怪しい。
「えっ、嘘ッ!? …彼女を庇ってんじゃないの?」
「事実です」
これ以上はもう聞いてくれるなオーラを出して、遣りかけの仕事に戻る。
彼女は暫く太一の仕事を見ていたが、ふと思い出したように口を開いた。
「ねえ江東くん。今度トーク紹介してくれない?」
「何で?」
太一の顔に微かな怒りが浮かぶ。
「だって友達なんでしょ? 紹介してくれたって良くない?」
然も当然だろうという風情で、彼女は太一の顔を覗き込んでくる。太一は拒否を滲ませた溜息を吐いた。
先日、十玖と二人で久しぶりに遊んだ帰り道、偶然バイト帰りの彼女と遭遇してしまったのだ。
バイト先のカラオケボックスから離れた所だったし、かなり油断していた。
十玖の顔を見た時の反応でヤバいと判断し、早々に逃げ出したのだが……。
「大事な親友に、よく知らない柴田さんを紹介なんて出来ないよ」
「え~何それ。あ、もしかして彼女にしか会わせないとか、勿体ぶってるの? だったらあたし江東くんと付き合ってもいいよ?」
彼女の余りに短絡的な思考に、太一は絶句して見入ってしまった。それを了承と取ったのか、「じゃあ決まり」と手を打って嬉しそうにしている。太一の腕に自分の手を絡めようとして来て、咄嗟に腕を引いた。
「悪いんだけど、そんな軽いノリで女の子と付き合う気ないから。しかも十玖目的って、明らかに俺に失礼だとか思わないわけ?」
「だって彼女じゃないと紹介してくれないんでしょ?」
「田中さんにも十玖は紹介してないよ」
「何で!? トークに取られちゃうから!?」
その言葉で、太一の中で何かがキレた。
予洗いしていた皿が手の中でピシッと音を立て、慌てて力を抜くと柴田を睨んだ。いつもニコニコしている太一の豹変に、鈍い彼女も何かを感じ取ったようだ。数歩後退った。
十玖の母、咲に仕込まれたフェミニストも、流石に限界だった。
「十玖はそんな奴じゃないし、田中さんを侮った言い方もして欲しくない。柴田さんはA・Dのトークのイメージで紹介して欲しいと言ってるんだろうけど、素のアイツに威圧されないで相手にできる女の子は、そう多くないよ」
美空と付き合う前は、それで女子に遠巻きにされていたくらいだ。なまじ綺麗な顔をしているから、無表情でジッと十玖に見られただけで、女子たちがビクビクしてそそくさと退散する様を、嫌と言う程見て来た。
「けど、この間会った時はそんな感じしなかった」
諦めず、尚も言い募って来る彼女に辟易する。
食洗器のラックに皿を伏せ、あからさまな侮蔑の色を表情に浮かべた。
「それは柴田さんが “A・Dのトーク” って騒ぎだしたからだよ。だから直ぐに俺ら退散したでしょ。それに俺がどんなに良い奴だからって紹介したって、十玖本人が認めない人間は、知り合いにすらなり得ないから。もおいい加減仕事に戻ったら? 先刻からマネージャーが睨んでるよ?」
下膳カウンターの向こう側、バックヤードの入り口で腕を組んで太一の隣を睨んでいるマネージャーがいた。彼女は「ヤバ」と独り言ち、急いで持ち場に戻ろうと踵を返し、厨房を出て行く直前で振り返った。
「あたしいつでも彼女OKだから」
「断るッ!」
彼女は「え~」と言いながら出て行くと、すぐマネージャーに捕まってお小言を頂いている。
台風一過とばかりの厨房では、スタッフが苦い笑いを漏らしていた。
柴田のような人間は、何も初めてじゃない。
彼女になってもいいよと言ってきたのは、彼女が初だったが。
十玖がA・Dに入ってから、二人の仲を知っている人間がやたら声を掛けて来るようになった。
通信講座とタイアップした曲が売れたら、更に増えた。
そして秋に公開された映画にA・Dが友情出演したら、またまた増えた。
A・Dの知名度が上がって行くのは、素直に嬉しい。
(けど俺は十玖とのパイプ役じゃないし)
みんな勘違いしている。
(俺と仲良くなれば、十玖とも仲良くなれるって何で簡単に思うんだ?)
十玖にだって、十玖には選ぶ権利がある。
大体あの人見知りが、自ら進んで交友関係を広げるわけがない。小・中・高と同じ学校に通ったならば分かりそうなものだ。
仲良くなれるものなら、とっくになっていただろうと何故気が付かない?
普通の学生だった時は、ただ遠巻きしかしなかった癖に、顔が知れ渡り出したら、会いたいとかいけしゃあしゃあと言ってくる。質が悪いヤツは友達に自慢した手前、繋ぎ取って貰わないと困ると泣きついて来る奴らだ。十玖にクラスメートだったことを認識されているかも怪しいのに、本当に調子の良さに腹が立つ。
勿論、そんな連中には端から取り合わない。
今でこそ兄貴分と慕っているA・Dの三人の事だって、最初は逃げ回るほど嫌がっていた。それはもう見てて気の毒なくらい。
(三人の粘り勝ちだったけどな)
粘れば十玖と仲良くなれるかと言ったら、そうでもないが。
A・Dがラッキーだったのは、晴日が美空の兄だった事が大きく影響しているからだろう。
美空を餌に引き込まれた感は否めないが、三人の人柄が十玖に受け入れられないものだったら、トークはなかった。
そもそも十玖はレスキューになりたかったのだ。小学生の低学年の頃から近所の消防署に通いつめ、訓練の様をうっとりと見ているようなマニアックな少年だった。中学の頃から職員に誘われて訓練に参加させて貰い、身体能力を買われてスカウトされていた男が、そう易々と考えを変える筈がなかった。
(毎回ホント嬉々として参加してたもんな)
太一も何度か誘われたが、丁重にお断りした。化け物染みた十玖と同列にされたら、命が幾つあっても足りない。
それを僅かな時間で変えてしまったA・Dは、頑固な十玖を変えるだけの物を持っていたと言うことだ。
常盤との事でもそうだ。とことん勝負して、仲良くなった。どっちも格闘バカで筋トレマニアだったから成し得たことだ。
ゼロレンジコンバットに挑戦しようかと、二人で話していた時は、バカもここまで来たかと正直引いた。平和ボケした日本で殺人格闘技を身に着けて、二人は何処に向かって行くんだろうと心配になったのだが、面白そうだから、二人がそう言った時は、心配した自分が哀れに思えた。
太一たちが仲良くなった経緯は、苑子の性格から推して知るべし。
まずその位のことがないと、十玖と仲良くなれない。尽々面倒臭い性格をしている。
しかし一旦仲良くなった相手は、如何なる時でも裏切らない。たとえ相手に裏切られても。
だから太一も十玖の盾になることを厭わない。
(波打ち際で排除できるものは排除しないと、十玖がぶっ壊れるしな)
小学校でクラス替えがある度、パニックになって太一と苑子に泣きついていたのは、今となってはいい思い出だ。
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