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9. うん。まあそれなりに……?

うん。まあそれなりに……? ⑯【R18】

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 寒さが身に堪える二月。
 愛姫が二歳の誕生日を迎えたその数日後、梓は第二子となる男の子を無事に出産した。

 六ヶ月を過ぎた頃に男の子だと判った時は、怜の落胆振りが見ていて可哀想になったけれど、男でも女でも “梓の子” と言うのが重要らしいので、生まれてしまえばやはり子煩悩なパパだった。

 そして人生最初の贈り物、名前である。
 決まるまでこれもまた紆余曲折があったのだ。
 ここで怜は妙なこだわりを見せた。

 妊娠中にどうしようかと話になって、上が “めごひめ” だから下は “政宗” にするつもりだったらしく、『姉弟で夫婦の名前は止めた方が良くない?』と梓に敢えなく却下されると、彼も色々と考えあぐねた末に、候補として戦国武将、高坂弾正こうさかだんじょうの “昌信” を上げてきた。
 が、生まれてすぐに抱き上げた息子の顔を見て『蘭丸』と呟くや、不意に天から降りてきたと言うその名前が決定事項になった。

 “なんで蘭丸?” と思わなくもなかったが、怜の思考は、どうしても戦国時代から離れられなかったらしい。
 しかしまあ、顔がこれまた怜にそっくりなので、蘭丸と言う煌びやかな名前が妙にしっくりしているような気もする。

(南条昌信も格好良くて、捨て難い名前だったんだけどねぇ。信玄とか信長とか家康とか、如何にもな名前じゃなくて良かったけどさ。でもだからって、かの有名なお小姓の名前を選ぶあたり、元がゲイだって痛感するわ)

 それを言ったら、信玄と高坂弾正の痴話喧嘩も有名らしい。あの信玄が “浮気はしてません。僕には君だけだよ” 的な文面の手紙を高坂に送っていると怜から聞いた時、武田信玄のイメージがガラリと変わった。
 梓は知らなかったのだけど、怜曰く、戦国時代はBL万歳の時代だったそうだ。同性愛とは少々趣が違うらしいけれど、男色は武士の嗜みであり、イコール立身出世に欠かせなかったとか。その為、男色を嫌い、女好きだった秀吉は当時変態扱いだったらしいので、名前の候補からは完全に外されていた。

(怜くんにそっくりの息子が “サル” とか “禿鼠” の異名持ちとか、イメージ的に想像したくないし、あたしもちょっと……いや。大分嫌だし……ごめんなさい。秀吉さんッ!)

 個人的には “秀吉” と言う名前は格好良いと思う。だけど “女神様” の異名を持つ麗しい怜の遺伝子を継ぐ息子に、それを名付ける勇気も度胸も梓にはない。

 しかし。怜は息子に何を望み、どこに向かおうとしているのか、些か不安になる。
 旦那が最初からストレートなら、梓だってこんな妙なことは考えなかっただろう。同性愛者の多い環境で育って来たから否定はしないけど、身内だけでもゲイが五人。うち血縁者が二人にその伴侶二人、一人は “元” とつくけど、英才教育に事欠かない。

(ゲイの英才教育とか、これってどうよ?)

 しかし持って生まれた性癖は、周りがどうの言ったところで本人の負担にしかならないし、その辺はどこの家庭よりも柔軟に対応する自信はある。
 しかしあるだけで、息子の名前を周知した時の『やっぱ怜だわ』と言ったゲイサイドの反応が、非常に気になるところだ。
 ある意味特殊な環境下にあるけれど、蘭丸には少しでも生きやすい異性愛者で育って欲しいものだと、願ってしまう梓はめちゃくちゃ切実である。

(でもこればかりは、どうにもならないもんねぇ)

 吐くともなしに吐いた溜息は、梓の母としての複雑な心境そのままであった。



 子供たちはスクスク成長し、愛姫五歳、蘭丸三歳になって最近、二人は保育所に通い始めた。
 由美が結婚十五年目、三十六歳にしてようやく子供を儲けることが叶った為だ。二人きりの人生を楽しもうと、夫婦が開き直った矢先の事だったらしい。
 由美はギリギリまで働き、彼女が育休に入る前に梓は復職した。

 最初こそ愛姫と蘭丸はメソメソしていたけれど、順応性の高さは梓譲りで、先生曰く二人とも男女問わず、なかなかのモテっぷりらしい。
 梓の心配の種であった蘭丸は、今のところ変わった様子は見せていない。集団生活を始め、問題はこれから先なのだろうけど、概ね順調。
 愛姫に悪い虫が付かないかと、毎日ハラハラしているのは、過保護のツートップ、怜と翔だけだ。自分たちが梓に復職を頼んできた癖に、うだうだとまったく迷惑な話である。

 怜と梓のミニチュアは、お陰様でどこに行っても可愛がって貰える。それはとても有り難いのだけど、特に南条の家では、結婚しただけでも御の字の怜に、端からないものと諦めていた子供が二人、しかも一人は男の子とあっては、じじばばの箍が外れまくって、梓には少々頭が痛い案件となっていた。
 彼女の両親が他界しているから、その分も代わりに可愛がっていると言われたら、嫁としてはあまり強くも言えなくて、ほとほと困っているのに、怜は『高い物は南条に買わせよう』と取り合ってくれなかった。

 何だかいつも梓一人が悪役で、つい先日、ぷつっとキレた梓は郁美と香子を誘ってプチ家出をしてやった。一泊二日の温泉旅行だったけれど、梓の家出にトラウマがある怜の胆を冷やしてやるには、それでも充分だったようで、ちょっと溜飲が下がった。
 子供たちがまだ小さいから無理だけど、そのうち海外に家出してやろうかと画策している。『その時は誘ってね』と言ったのは、唆した親友たちだ。

 郁美と香子は相変わらず合コンに励んでいるけど、成果は芳しくないらしい。郁美は『世の男は見る目がないッ!』と怒り心頭だったけれど、毎回同じ愚痴を聞かされている剛志は鼻で笑っていた。この二人寄ると触ると喧嘩する癖に、文句を言いつつ連んでいるのは相変わらずだ。

 その剛志はと言うと、智樹の店で知り合った男性に迫られているらしく、『俺はノンケだッ!』と拒否しつつも彼女が出来る気配はなく、『何だかんだと仲良くやっているみたいだぞ』とは智樹談である。翔が梓のお目付け役に選んだくらいなので、そちら側に足を踏み入れるのも、そう遠くないのかも知れない。

 翔と聖一はのんびりしたものだ。この二人の周りだけ、時間の流れが違うような気がする。ただ最近、愛姫か蘭丸を養子に欲しいみたいなことを言い出して、怜に本気の蹴りを入れられていたが。

 彩織と城田も相変わらずだ。この二人、未だに籍を入れてない。“竣が小学校に入学するまでには” と思っていた双方の両親も今では完全に諦めて、傍観することにしたらしい。まあ色んな愛の形があっても良いだろうと、結論したみたいだ。



 ちゃぷん……と水面が小さく揺れる。
 本日二度目のお風呂の怜が、梓を後ろから抱き込むようにして、ほうっと吐息を漏らした。
 こうして二人でゆっくりお風呂に浸かるのは久し振りだ。

 子供が優先になってしまうのは仕方ないと言いつつも、偶に怜が拗ねて見せる。それでも二児のパパにもなると、ちょっと我慢を覚えた。
 愛姫の時はそうでもなかったのに、自分にそっくりな蘭丸がおっぱいを吸っているのを見て、本気でヤキモチを妬いていた時は、心底イラっとさせられたものだ。

 蘭丸もある程度ものが解ってくると、怜を挑発するように甘えてきて、それに乗った怜と蘭丸が梓の取り合いを始めると、愛姫がヤキモチを妬いてパパを奪いにくる。で、四人がぐちゃぐちゃに入り乱れ、ちびっ子二人のどちらかが泣き出して、宥め賺すのが最近の常になっていた。この一連が結構疲れたりして、子育ては体力だと痛感する三十代の二人である。

 首筋でちゅっと音がした。
 唇が這い、吐息が耳に掛かってくすぐったい。反射的に首を竦めると、頭をくいっと反対側に倒された。
 熱い舌が項を舐め上げ、耳殻を口中に含むと輪郭をなぞるように舌先が蠢き、梓が好きな怜の長い指がやわやわとの双丘を弄びながら、勃ち上がって来た頂を抓む。親指の腹で強めに扱かれると、肩がピクッと跳ねた。

「ちょっと、怜くん」
「アズちゃん、しよ?」

 同意を求める言い回しだったにも拘わらず、怜の右手が性急に弄る。身体のラインに這わせて辿り着いた秘所に指を潜り込ませ、クレバスをなぞった。
 腰がぞわぞわと震える。

「だ…ダメッ! 絶対のぼせるからッ!」

 そう言ったら、怜は梓を引き上げて壁に手を着かせ、続行の意思を見せる。

「そーゆー問題じゃないんだけどッ」
「したい」

 背後から覆い被さり、耳元で囁いたテノールが甘く掠れ、お腹の奥がギュッとする。追い打ちを掛けるように花芯が抓まれて、跳ねた腰に熱く猛る屹立が押し付けられた。
 梓を追い詰めていく愛撫に、早くも膝がカクカクしてきた。このままだと、なし崩しに頂かれてしまうのは必至。

「ぁ……やっちょっと待って。れ……れいく……ぁあん…やぁ……ねえ、ちょっ、落ちつこ?」
「……無理」
「無理じゃなくて~ぇ……っあ…て、ダメだってばあ」
「聞こえなぁい。ねえ。僕のことも構ってよ」

 艶っぽい声で甘えてくる。

(あ……ダメなやつ。コレ)

 何度この手で、声で落とされた事かッ!
 その結果が蘭丸である。

「アズちゃん気持ち良いこと嫌い?」

 切先が蜜を纏ってぬるぬると滑る。少しでも動いたら、簡単に穿たれてしまいそうな危うい状況に焦る梓を、怜はくすくすと愉しんでいる。

「じゃないけどっ……好きだけどッ。今はだめぇ」
「ダメはダメ。ここのところお預けの頻度多過ぎ。チビたちの前で襲われたくなかったら、観念して抱かれて下さい」
「そーゆー脅しは反た……あ…んんっ」

 言い終わらないうちに熱杭を一気に穿たれた。
 急にお腹の中を一杯に充たされ、梓は項垂れて息を整える。

「はあ……気持ちいい」

 梓の肩に額を預けた怜が吐息混じりに呟く。彼女が「もお、ばかぁ」涙声で言い返すと、怜は「うん」と小さく頷いた。
 ゆるゆると馴染ませるように、怜の腰が揺れる。

「膣内に一杯出すからね? もし妊娠したくなかったら、アフターピルで対処お願いします」
「や、ちょっと。しないって選択肢は!?」
「ある訳ないでしょ。何年経ってもめちゃくちゃ愛してるのに。だから可能な限り、ずっとこうして抱き合おうね?」

 そう言って艶然と微笑んだ怜は、まだしばらく落ち着いてはくれなさそうだ。


 あと何年、こうやって彼に翻弄されるのだろう。
 思えば、初めて肌を重ねた時から、彼には振り回されっ放しだ。
 きっと怜は、梓と逆の事を言ってくるだろうけど。


 うん。
 まあそれなりに……?
 問題はあるけれども、幸せなんだなぁとニヤケてしまう梓だった。



*************************************


ここまでお読み下さいまして、有難うございました。
本編は、以上を持ちましてラストになります。
ここまでこれたのは、偏に応援して下さった皆様のお陰です。重ね重ね有難うございました。

本編では書けなかった話は、後日、ぼちぼち番外編でお届け出来たらなあと思っております。
いつになるかは、未定ですけど (;´Д`A ```
気長にお待ち頂けましたら幸いです。



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