上 下
100 / 115
9. うん。まあそれなりに……?

うん。まあそれなりに……? ⑦

しおりを挟む
 
 ***


 一時はどうなることかと心配になった披露宴は、一部二部ともに無事に終了した。
 彩織の私怨を弟の結婚式に持ち込むってどうなの!? と思うシーンが度々見られたものの、城田がうまく躱していたようで大事にはならず、もう一人の困ったちゃん怜は、城田の忍耐力を試すかのように、彼が見ているのを確認した上でイチャついてきては、城田がイラッとするのを見てほくそ笑んでいた。

 披露宴の終わり間際に、城田から憐憫の眼差しを向けられ、「俺にしとけば良かったのに」と尽々言われたら、返す言葉もなかった。
 ほとほと困った姉弟に、うっすらと後悔の念が過ったのは、二人には内緒だ。



 人生の一大イベントをやり切ったら、やっとホッとできる日常が戻ってきた。
 怜に絆されてからこっち、とにかく忙しなかった毎日を振り返り、平穏がこんなに有り難いものなんだと、何度噛み締めたことか。

 妊娠六か月目に入り、お腹の膨らみも目立つようになってきた。
 検診の度に着いて来る怜は絵に描いたような親バカっぷりを発揮し、つい先日も性別が判明するアングルを彼は見逃さなかった。
 一瞬、目が光ったように見えたのは、気のせいだと思いたいけど、かなりヤバ目なスイッチが入ってしまったのは、まず間違いない。

 アズちゃんにそっくりな女の子希望――――のうちの “女の子” は、怜の執念により叶ったみたいだ。
 診察室で人目も憚らず喜び狂う怜を見ていたら、急に冷めた気分になったと言うのも大いにあるけど、いや、ほぼそうなんだけど、“きっとこの子も同じ目に遭うんだろうな” と申し訳なさが、何よりも先に感じた梓の本音である。

 そして怜が翔に報告すると、二人とも喜びがリミッターを振り切って、その日完全に壊れて使い物にならなかった。

『生まれる前からこんなんで、生まれたらどうなるの? この馬鹿ども』

 由美の辛辣な言葉に最早笑うしかない。
 とは言え、なんやかんやと幸せである。



 そんなある日の晩の事。
 お風呂も済ませ、いつも通り怜にバックハグされ、脚の間に座ってテレビを観ていたら、テーブルの上のスマホが鳴動した。
 音からして梓のにショートメールが届いた様だ。
 梓は通知を見て一瞬固まった。
 怖々、肩越しから怜を振り返り、ピシーッと戦慄が走る。

(……この緊張感、久々なんですけど)

 半眼で笑う怜が怖い。

「ソレ、見るの?」
「……え、とぉ」
「見る必要あるの?」
「………な…ないかな?」
「ないよね?」
「……ないです」

 言ったそばからまた鳴動する。口から心臓が出そうなくらい驚いて、梓は思わずスマホを放り出してしまった。それを拾った怜が「何で着拒にしないの?」とブツクサ呟き、画面を見て首を傾げた。

「僕に用だって」
「えっ?」

 ショートメールの主は、言わずと知れた城田である。
 彼が怜に用なんて、青天の霹靂だろうか?
 胡乱な顔をして城田に連絡をすると、怜は大きな手で額を押さえ、これまた大きな溜息を吐いた。

「アズちゃん。ちょっと出掛けてくる」
「どうしたの?」

 渋面で立ち上がった怜を見上げると、

「サオ姉が泥酔して管巻いた挙句、爆睡してるから引き取りに来いって」
「泥酔って……城田さんと飲んでたの?」
「さあ? 兎に角行ってくるから」
「う、うん」

 犬猿の仲だと、散々喧嘩を吹っ掛けていた彩織を思い出す。
 そんな二人がわざわざ一緒に飲むだろうか?
 首を傾げつつも怜を見送り、梓は暫くの間ソファで唸っていた。



 怜が戻ったのは、それから二時間後。
 迎えに行ったのはいいが、起こした怜に彩織がキレて、大分手間を掛けさせられたそうだ。

 同級の友人二人が結婚し、友人だけを招いた披露宴だった。
 彩織も城田も、互いの友人から天敵は来ないからと聞いて出席したが、実はまんまと騙されていたわけだ。そこで話が違うと怒って帰ることも出来たけど、祝いの席でそれはあんまりだと友人たちに説得され、そのまま酔った勢いで二次会に引っ張り出され、我慢の限界が来た彩織は城田を捕まえると、高校時代まで遡って絡みだした。
 散々絡んで管を巻き、突然電池が切れたように寝てしまった彩織を城田に押し付け、同級たちは無情にも帰って行き、いよいよ途方に暮れた城田は梓に連絡を寄越し、怜を迎えに来させたらしい。

 暴れる彩織を宥めて実家に連れ帰った怜がマンションに戻って来ると、それはそれは可哀想なくらい疲れ切った顔をしていた。
 それからと言うもの、怜は度々城田から呼び出されることになる。彩織のお迎えに。



 いい加減にして欲しいと切実に思う。
 この人には反省し、学習する能力がなかったのかと思い知らされ、毎度毎度下げたくもない相手に頭を下げる屈辱。
 こうなるのが分かっていて、姉に付き合う方も付き合う方だ。

 カウンターに突っ伏して寝ている姉にどんよりとした溜息を吐くと、怜は彼女が握り込んでいる指を解き、シャツの裾を解放する。

「あんた馬鹿なんですか? 毎度懲りずに」
「今日のは不可抗力だよ。ここで先に飲んでいたの俺だし。彼女は彼女で友達と一緒だった」
「サオ姉見たらさっさと帰ればいいでしょ。毎回呼び出される方は堪ったもんじゃない」
「そうは言いながら無視できないよね、南条くん。どう? アズちゃんとの仲に不協和音とか生まれてない?」
「あんたの狙いはソレか!?」
「さあ。どうだろうね」

 城田は愉快そうにクスクス笑う。
 強ち冗談とも思えないから困る。

「アズちゃんとの仲は変わりなく良好なんで、心配無用」
「そう思ってるのって、君だけじゃなくて?」
「どーゆー意味ですかね?」
「別に。深い意味はないよ。ただ情緒不安定になりがちな時だから、と思ってね」
「だったら呼び出さないようにして下さいよ」
「それは君のお姉さまに言ってくれ。尤も、暫らくはこういう事もなくなるから、枕を高くして眠れるようになると思うよ」

 そう言って笑った城田の表情は、どこか寂し気でいてホッとしている様にも見える。
 怜が訝し気に眉を寄せると、城田は「さてと帰るか」と立ち上がった。

「あ、そうそう。半年から一年、姿晦ますんで、アズちゃんに元気な赤ちゃん産んでって伝えて」
「はあッ?」
「じゃあそう言う事で。南条姉にもヨロシク」

 寝ている彩織にチラリと視線を落とし、城田は踵を返して店を後にする。
 怜は暢気な顔をして眠っている彩織の後頭部を軽く叩き、

「おいっ! 寝てていいのか!? 城田が蒸発するぞ!!」

 肩を掴んでゆっさゆっさと揺すれば、目を醒ました彩織は「気持ち悪ぅ」と怜にしがみ付き、次の瞬間、彼の劈く悲鳴が上がった。

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

彼氏に別れを告げたらヤンデレ化した

Fio
恋愛
彼女が彼氏に別れを切り出すことでヤンデレ・メンヘラ化する短編ストーリー。様々な組み合わせで書いていく予定です。良ければ感想、お気に入り登録お願いします。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...