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9. うん。まあそれなりに……?

うん。まあそれなりに……? ⑥

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 キャンドルサービス最後のテーブルは、待ち構えていた怜の家族だった。
 煌びやかな錚々たる面々は、何度見ても凄い絵面だなあと感心してしまう。唯一親近感を感じてしまうのは、志織の夫の賢二だろうか。
 人好きのする柔和な面立ちと気さくさは、同じ庶民の香りがしてホッとする。もちろん社長婿に選ばれるくらいだから、仕事はバリバリとこなすのだろうけど、ごく一般的な感性の持ち主なのは、梓一人がアウェーじゃないと安心させてくれるのだ。
 何しろこの家族、色々とぶっ飛んでいるので。

 トーチから火を移し、明かりが灯ったキャンドル。

「ママ。きれいねぇ」

 頬を紅潮させて志織にそう言ったのは、怜の姪だ。
 早くも南条オーラを発揮している八歳の甥っ子と六歳の姪っ子を見、梓はにっこりと微笑んでみる。そして返される無垢な子供の笑顔の、破壊力の凄まじいことと言ったら。
 最近、腹黒い笑顔にばかり接しているせいか、心が洗われるようだ。

(だめ。可愛すぎて、鼻血出そう……)

 ビスクドールのような可憐さと愛らしさに眩暈を覚えてふらつくと、テーブルが俄に騒がしくなった。

「アズちゃん大丈夫ッ!?」

 全員が全員、椅子をガタッと鳴らして腰を浮かせた。
 一糸乱れぬ行動にビクッと肩を揺らし、梓は脅えた目をしてテーブルを一巡する。

「だ…大丈夫です。すみません。ヒールの高い靴、久しぶりだったので」

 トーチを持った怜の腕をぎゅっと掴み、強ばった笑顔で無難な答えを舌に乗せた。

(迂闊によろめくことも出来ないとは、孫パワー恐るべし)

 ないものと諦めていただけに、梓の双肩に掛かる家族の期待は大きいと切実に感じる。

「何やってる、怜。ここはいいから、早く座らせてあげなさい」

 珍しく慌てた様子で、義父の修一が二人を追い立て、ちょっと蒼褪めた怜が「わかってます」と梓の腰に回していた手を引き寄せる。一歩踏み出して彼はテーブルを振り返って見た。

「サオ姉ぇ。訊きたいことあるから、後でちょっと来てくれないですか」

 高砂を指さしながら怜が言うと、きょとんとした彩織が「いいけど」と頷いた。



 〆のキャンドルタワーに火を灯し、二人がようやく腰を落ち着けると、「話って何?」と正面に立った彩織が訊ねてきた。

 彩織は、梓が食べるに食べられないでいたオードブルにフォークを刺し、「あーん」と口を大きく開けて彼女の口元に突き出す。しばし躊躇してパクリと口に含むと、彩織が満面の笑顔になった。
 勢いに乗って、梓の口に食べ物を運ぶ彩織に目を白黒させながら、必死に咀嚼する。
 怜はそんな梓を蕩けそうな笑みで見つめ、なかなか干上がることがないビールグラスに口を付けると、用件を切り出した。

「城田ってカメラマン、指名したってどう言うこと?」

 ずっと気になっていた事だ。
 彩織はほけっとした顔で怜を見て、「なんだ。その事」と口角を上げて微笑み、梓の餌付けを再開する。

「大したことじゃないわよ? あたしの義妹いもうとに懸想するんじゃないわよって、牽制かしらね」
「サオ姉がそんな事して、何の意味があるんです?」

 憮然とした怜が言うと、彩織はフォークを持つ手を止めて、弟を見遣った。

「高校の同級なの、あたしと城田。で、犬猿の仲だったのよね」

 それは、思いもかけないカミングアウトだった。



 入学式が終わり、そわそわと落ち着かない教室で、偶然目が合った。
 彩織は、直感でソリが合わないと感じたらしい。
 お互いが自然と距離を取っていたのにも係わらず、何の悪戯かオリエンテーリングで、彩織のグループと城田のグループが、一緒に行動することになった。
 それに対して物言いを付けた彩織を、城田が小馬鹿にしたように笑ったそうだ。あくまで彩織の主観だが。
 その日から寄ると触ると喧嘩になり、三年間牙を剥き合っていた――――と言うのも彩織の主観である。その三年間を知っている者は、彩織と遠くに離れている城田しかいない。彼の態度からしても、友好的とは言えなかったので、概ねその通りなのかも知れないと、勝手に納得する。
 しかし解らないのは、それだけお互いが嫌厭し合っているのに、彩織は何故仕事を依頼したのだろう?

 始まりは偶然だった。
 偶々開いたファッション雑誌で、城田のインタビュー記事を見つけ、胸くそ悪いと独り言ちてページを飛ばしかけた手が止まった。
 掲載された写真のモデルが、梓だったからだ。
 慌てて記事に目を通し、彩織はこの時、知りたくもなかった城田の想いに気が付いてしまった。
 これは何が何でも遠ざけなければ、弟の未来に暗雲が立ち篭め、引いては喜びに沸く南条家に翳りを落としかねないと思ったそうだ。

 彩織にとって、城田の存在は鬼門だと言う。

「なら係わらなければいいのに」

 怜の意見は尤もだ。梓も小さく頷いて同意する。
 お陰でどれほど肝が冷えたことか。

(下手したら、披露宴がめちゃくちゃになるところだったし)

 先ほどの二人の険悪な雰囲気を思い出すと、胃がシクシクしてくる。
 怜は皮肉っぽい笑みを浮かべて、ビールを口に運んだ。

「それだけ仲が悪くて、アイツもよくサオ姉の依頼受けたね」
「最初は断られたわよ。けど、もう関係ないって言葉だけじゃ信じられないから、ケジメ付けに来いって言ったのよ」
「ケジメ?」

 怜の反芻に頷きつつ彩織は口をあーんと開いて見せ、プロシュートを突き刺したフォークが梓の口の中に消えるのをニコニコ見ている。梓が嬉しそうにモグモグしていると「いい子ねぇ」とまるで母親の様な顔をして、話を続けた。

「好きな女の子が、他の男のものになったことを、しっかとそのファインダーで捉えて、止めを刺されに来いって。それを拒否するなら、弟の嫁に未練たらしく想いを寄せている不届き者だって、同級に一斉メールしてやるって脅してやったわ」

 勝ち誇った顔で彩織がコロコロ笑う。
 社会的にそれは不味いだろう、と梓の顔が引きつった。
 怜が半端ないヤキモチ妬きだから、城田に構われると少々困るけれど、彼の事は嫌いではない。寧ろ好ましい。なので、この事態に良心が痛む。

(仮にも、お付き合いを考えた人だし……ね)

 あの日、あそこで怜に出会わなければ、城田と真剣に付き合うことも考えていた。
 残念ながら、梓とはそのご縁はなかったようだけど。
 ご満悦の彩織に何とも言えない表情が浮かぶ。
 因縁の仲の城田を遣り込める為だけに、弟の結婚式で積年の鬱憤を晴らす姉。

(目的達成の為なら、手段選ばない家系なんだなぁ)

 喉を鳴らしてプロシュートを呑み込み、先の未来を思うと不安な面持ちで怜を窺う。
 怜はどんよりとした表情で彩織を見、大仰な溜息を吐いた。

「サオ姉。あんた相変わらず鬼ですか」
「ありがとう」

 そう言って嫣然とする彩織が、素晴らしく綺麗なのが解せない。

 二人に酌をしたくて待ち構えているゲストをチラリと見て、「そろそろ譲らないとね」と席に戻っていく彩織を見送りながら、城田に同情の念を禁じ得ない梓であった。

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