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9. うん。まあそれなりに……?

うん。まあそれなりに……? ⑤

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本日、二話目です。


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 招待客の多さや動線を考えて、友人知人から始まったキャンドルサービスだったけど、各テーブルを巡る行為がこんなに恥ずかしく、精神をガリガリ削られるものだと思わなかった。

 祝いの言葉はとても嬉しく思うのだけど、その度に怜が惚気るので羞恥と居た堪れなさが半端ない。ヘテロの友人たちにさえタジタジになっていたと言うのに、ゲイの友人たちの歯に衣着せない言葉に怜は笑っていたけど、梓は何度心の中で絶叫を上げたろうか。

「お願いだからゲイキラーって、言わないでぇ」

 何度この台詞をこそこそと告げたろうか。
 梓の身内だけだったら、一向に構わない。何せ家系にゲイが多い上に、叔父の光明などはニューヨークでダンサー仲間と同性婚している。 “ゲイキラー” と呼ばれる微妙なスキルも彼女には必須事項だった。
 梓はそれを悪いことだと思わない。けれど怜の親族が、彼の性癖をどこまで知っているのか、分からない以上デリケートな問題だ。

(自分のことなのに、暢気に笑ってる場合じゃないってのっ!)

 こっそり怜の脇腹に肘鉄を食らわせつつ、ひきつった笑みを浮かべる。
 物心付いた時から周囲にゲイばかりだったから、これまでは大して気にした事もなかったけど、公の席では何と有り難くない称号だろう。
 とは言え、だからこその結婚とも言えるのだけど。

 親族席にほど近い友人席では、郁美と剛志が結構なピッチで酒瓶を空け、写真を撮りまくる香子は妖しげな笑みを浮かべて、ひたすら趣味に走っている。
 コンパクトカメラのレンズが向けられる先を注視して、怜と梓は項垂れた。香子のゲイセンサーの性能の良さには毎度舌を巻くが、「一体何しに来てるの!?」と思わずツッコんだ梓は悪くない。
 けれど元を取らんと飲みに徹する郁美と剛志のテーブルで、長居をするのは絶対に避けるべきだった。怜に対する鬱憤が溜まっていたのか、新郎を吊し上げる二人の恨み辛み言に、周囲から苦笑が聞こえてくる。
 特に剛志の恨みは深く「散々コキ使って梓を守らせといて、自分の嫁にするとかってホントないわぁ。無駄にした俺の十八年返せよぉ」とさめざめ泣かれた。泣き上戸が発動されたらしい。
 専らコキ使ったのは翔だが、剛志にとっては同罪みたいだ。
 おざなりな返事をすれば火に油なのが目に見えているため、怜は殊勝な顔をして「そうだな。悪かったな」と頷いたにもかかわらず、結局「嘘くさい」と二人に絡まれていた。
 進行役が梓たちに声を掛けてくれなければ、きっと延々と続いた事だろう。

 怜の親族たちはお家柄のせいもあって、とてもスマートな対応だった。一応。
 “枠” の怜を酔わせるような人たちである。今は涼やかな顔をしていても、蓋を開けたら一筋縄ではいかない人たちの可能性がある。そしてそれはきっと間違いない。
 何より押しの強い面々が揃い踏みの怜の家族を見たら、その同族たちに油断は禁物だと、被捕食者の本能が警告してくるのだ。
 失敗する訳にはいかないと、何処のテーブルよりも緊張した。
 ある意味、尚人に拉致されたよりも緊張したかも知れない。

 怜の親族席から梓の親族席に移動すると、彼女にホッとした笑みが浮かぶ。
 大石の親族は多くない。
 父方の祖母と母方の叔父が二人、そしてその家族が三人だけだ。父方の祖父は病気のせいで寝たきりのため来て貰うことは叶わず、父と反りが合わなかった伯父は、昔から疎遠で数回しか会った記憶しかなく、欠席の返事があっただけだった。
 気難しい人なので正直助かった感はあるものの、どこか寂しく思いながら家族席に移動した。

 大石の家族席には由美とその夫も一緒に座っている。『家族席なんて無理』と最初は断られたのだけれど、梓にとって由美は姉と同じであり、その夫は翔にとっても兄のような存在だ。両親が他界した時、どれ程彼女たちに助けられたか知れない。
 本来は母親の役目であるベールダウンも由美に頼んだ。
 由美は「怜がアズちゃんを不幸にするような事したら、旦那とシメに行ってあげるからね」と切り札をチラつかせると、怜は絶対的存在を前にして「そうならない事を誓います」と宣誓した。神に誓うよりも真剣な眼差しだったと、後から事ある毎に由美に揶揄われるネタになるのだけど。

 翔はヴァージンロードを歩く前からずっと無言だ。
 口を開いたら間違いなく号泣すると、彼が先に宣言していた通り、梓を見る目がウルウルしている。対して怜を見る目は射殺さんばかりで、顔色を変えた怜が渇いた笑いを響かせた。
 婚姻届けを出す時の兄のドライな反応が腑に落ちなかった梓だったが、翔もここに来て遂に、張りつめていたものが弛んでしまったらしい。

「お兄ちゃん。今まで有難う。これから先もずっと大好きだよ」

 礼など一切いらないと言っていた兄の言葉を無視して告げると、翔は一瞬無言で梓を見遣り、滂沱の涙を流しながら「怜なんか放って帰って来い。子供は俺が蝶よ花よと大事にしてやるから」とトーチを持っていた梓の手を取った。

「は?」

 シスコンの次はオジコンですか? とツッコミそうになったのを辛うじて呑み込んだ。
 かなりの本気度を感じて兄を見詰めれば、隣から不穏な空気が漂ってくる。
 引き離された怜は、翔の手に手刀を入れて梓を取り戻すと、体感温度がマイナスまで下がった錯覚を起こさせる冷淡な微笑みを浮かべた。

「梓も子供も、僕のだからね?」

 翔にどういう釘の刺し方だと、梓が顔を引き攣らせると、怜は不機嫌そうに口を尖らせた。まるで子供の喧嘩だ。
 怜はトーチを持つ腕に梓の手を再び絡ませ、「行くよ」とキャンドルサービスのラスト、怜の家族席に引っ張って行かれるのであった。

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