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8. 梓、一難去ってまた一男(難)…!?
梓、一難去ってまた一男(難)…!? ⑮
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式まであと四日と迫っていた。
現在、梓の安全確保のため、セキュリティーが万全な怜の実家に、二人で一時退避している。怜は実家に戻りたくなくて、最初は梓だけ預ける心算だったらしいが、尚人も怖いけど、三魔女を一人で相手にする心労も考えて欲しいと、彼女に泣きつかれては、否とは言えなかったようだ。
けど実際には、怜を一人にするのが怖いと言うのが、梓の本音である。
それと言うのも、何とかここまで漕ぎ付けたものの、 “その気になれば殺せるぞ” 的なパフォーマンスをしておきながら、妙に静かなのが気になってしょうがない。嵐の前の静けさなのか、尚人の姿を見かけない時も増えて来て、これをどう捉えたものか判断し倦ねている。
飽きてきたのか、水面下でとんでもない事を計画しているのか、さっぱり分からない。前者ならそれに越したことはないのだけれど、それならそれで、式までは是非とも大人しくしていて貰いたい。
目下の所、結婚式という一大イベントのクリアが目標だ。
緊張感がないと言われようが、時間もお金も莫大に掛っているし、お腹だって大きくなってくる。今回のお式がご破算になっても、三魔女たちが近々にスケージュールを捻じ込んでくるのは予想できるし、また何やかやと引っ張り回されるのは、勘弁願いたい。今回のお式にしたって、何度怜に『やめていい?』と聞いたか知れないのだ。当然彼が頷く筈もなく。
一度は通らねばならないなら、面倒事はこれっきりにして貰いたい、と口には出さないけど、鬱陶しく思う梓は枯れている訳ではない。一応女子だし結婚式にはそれなりに夢があった。
だがしかし。
三魔女の梓と結婚式に掛ける情熱と、その底知れないパワーに着いて行けないだけで、彼女は多分、悪くない筈だ。
そして。会場の警備の方も南条系列の警備会社で固めてくれる事になっている。
南条家としては、諦めていた息子の結婚と子供を、何が何でも守らなければならないから必死だ。
最初怜は、尚人のことを言い躊躇った。
定年したとは言え、元社員の息子であり、怜と彩織の家庭教師をした人だ。家人の信用は篤い。
しかし。だからこそ言わなければ、何食わぬ顔で近付いて来られた時の対応が遅れると腹を括り、込み入った内容は省いて説明した。
最初は信じがたいと言った様相を示した両親も、住み込みの家政婦が『やっぱりですか?』と口を挟んでから、当時彼女が訝しく思っていたことをボロボロと語り出し、納得するに至った。
本人も恐らく気付いてないところでボロが出ていたのだろう。尚人も完全無欠ではないと知って、少しホッとしたけれど、安堵するにはまだ早い。
空間デザインを手掛ける怜が、イメージを膨らませるのに、現場に足を運ぶのは多々あることで、南条から派遣されたSP擬きを引き連れて、今日も社用車で出掛けて行った。
擬きとは言ってもそれなりに腕が立つ人ではある。専属ではないだけで。
専属SPは要人に遣って欲しいと怜が固辞したため、通常警備でも腕が立つ人が選出された。最初はそれでも彼はかなりの難色を示し、梓の元に置いて行こうとしたのを、彼女が脅し、宥め賺して連れて行く事を納得させた。
梓は常に社内にいて、怜よりも危ない目に遭う確率は低い。
「梓さんッ」
血の気が失せた清香が瞠目して梓を見ている。訝しげに清香を見返した。
「警察からです!怜さんがッ」
震える手が受話器を必死に握っている。弾かれるようにして、蒼白になった彼女から受話器を取り上げ、梓は電話口に出た。
心臓がバクバクする。
第一声を発しようとした喉が、張り付いたように声が出て来ない。漏れた空気音だけが、やけに耳に響いた。
代わろうかとジェスチャーで言ってくる由美に頭を振り、梓は深呼吸するとようやくひっくり返った声が絞り出される。
電話は、怜の車が玉突き事故に巻き込まれ、救急搬送されたと言うものだった。
事故と聞いた瞬間、脳裏に尚人の顔が浮かんだ。
意思とは関係なくガタガタ震える。
梓が警察官の言葉を復唱している間にも、清香がメモを取り、由美が帰り支度を始めていた。ロッカールームから二人分の荷物を抱えて来た由美は、内勤の営業に声を掛け、清香からメモを受け取ると、愕然とする梓の背中に手を当てて「しっかり」と声を掛けてくる。梓は頷くことも出来ないまま、由美に支えられてエレベーターに乗った。
頭の芯が痺れて麻痺し、浮かんでくるのは『どうしよう』の言葉ばかり。
どうしようと考えたところで、どうしようもないのは分かっているのに、それ以上の思考が停止してしまっている。
エレベーターがやたら遅く感じた。
怖い。最悪な状況が頭を掠め、どうしようもなく怖い。
(怜くん…ッ!!)
一階に到着した機械音がし、扉が開くのを待つのももどかしい。梓は開き掛けた扉の隙間に手を突っ込んで、こじ開けようとする。普段ならそんな無意味なことはしないのに、それだけ平常心を失っていた。
開いた扉から飛び出し掛け、膝の力がカクンと抜けて転びそうになる。咄嗟に由美が手を引っ張り事なきを得たが、梓は脱力して膝を付いた。
完全に笑っている膝を眺め下ろし、ギュッと唇を噛む。
(馬鹿ッ! 何してるのあたし!! 怜くんがこんな時に、あたしまで何かあったらどうする心算よ。…しっかりしないとっ)
梓は自分の両膝を平手でパンパンと叩いて、気合いを入れる。脚は瞬く間に真っ赤になった。
「アズちゃん大丈夫!?」
心配げに顔を覗き込んでくる由美に頷いて、深呼吸をする。
「大丈夫。行きましょう」
「本当に大丈夫?」
「平気です。早く怜くんの所に行かないと」
「そうね。怜ならきっと大丈夫よ。あの捕り餅並みに粘着質な男が、アズちゃんと子供を置いて逝くわけなもの」
「…ですよね」
由美の軽口に、梓も笑みを返す。
気合いを入れ直した脚を踏ん張り、すくっと立ち上がった。もう一度、膝頭を叩いて気合いを篭めると玄関に向かって歩き出す。
前を行く由美が「タクシー捕まえるわね」と先に外に出、梓が追いかけて外に出た。
刹那、両目と鼻に激痛が走り、涙と咳きが止まらなくなる。粘膜という粘膜が熱をもって焼け付きそうに痛い。
「アズちゃん! あんたたち……きゃっ!!」
梓の異変に気が付いた由美の悲鳴が聞こえた。と同時に梓を見舞う浮遊感。
涙を流し咳き込む梓を誰かが担ぎ上げたのだろう。鳩尾に感じる固い感触は、どうやら肩のようだ。上半身が逆さまになった状態で暴れる梓に、「落とすぞ」と恫喝した男の野太い声で身体を戦慄かせると、彼女は抵抗するのを止めた。
今の状態では逃げることは不可能だ。
況てや目が見えない状態で落ちたら、怪我をしないとも限らない。梓が怪我する程度ならそれも厭わないけれど、打ち所が悪ければもっと酷いことになる。彼女の母性本能が瞬時にそう判断した。
由美の劈くような声。
梓は車に押し込められ、すぐ様走り出した。
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