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8. 梓、一難去ってまた一男(難)…!?
梓、一難去ってまた一男(難)…!? ⑪
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結婚式まで一ヶ月を切り、カウントダウンが始まった。
七月に入った一週目の休日、翔の手を借りて梓の引っ越しが行われた。とは言っても差ほど荷物があるわけじゃない。徒歩十分の距離だし、必要な物があればいつでも取りにいける。便宜上の引っ越しと言えなくもない。
それでも梓の帰る家が同じ所になって、怜はすこぶる機嫌がいい。対して翔の顔は浮かなく、荷物を運びながら「いつでも帰って来ていいんだからな?」と言っては、運び出した荷物をまた家の中に運び込もうとする。そんなだから荷物が少ないのに、時間ばかり食ってしまって、終いには怜に怒られて拗ねてしまった。
梓もそんな兄が不憫で、「引っ越すのもう少し遅らせようか?」なんてつい絆されて言ってしまったら、今度は怜が拗ねてしまう有様に、様子を窺いに来た郁美が呆れていた。
同じく様子を窺っていた剛志はあまりの馬鹿馬鹿しさに「三人で住めば早くね?」と名案とばかりに得意げに言っていたけど、いろんな意味で無理なため、三人に一斉に否決されて、今度は剛志がイジケた。
本当にこの三人は昔から何かと面倒臭い。同じ方向に向いている時は、半端ない結束力を見せるけど、一旦バラバラになると収拾が困難になっていく。
すぐ近くに住んでいるのだから、怜がしょっちゅう泊まりに来ていた状態に近いパターンとなりそうなものだけど、と梓が楽観視している傍らで、怜はサクサク作業を続け、翔が邪魔をしていた。
それでも何やかやと引っ越しも無事終わり、マンションで引っ越し祝いの食事会が行われると、郁美や剛志はもちろん、香子や由美夫妻も祝いに現れ、夜半まで賑やか……もとい。相当五月蝿かった。防音が行き届いたマンションで良かったと、梓が安堵していたのは言うまでもない。
そして、一人二人と酔い潰れ、リビングに酔っ払いたちが累々と転がる中、一人素面の梓は、翔と怜の二人をさっさと見切って寝室に引き上げ、見捨てられた男二人のウダウダが明け方近くまで続いたのだった。
この所急に調子が悪くなっていたスマホが、遂に出先で勝手に落ちて、使い物にならなくなった。怜はこれからの予定をザッと浚って、ショップに寄ることにした。
買い替えて帰社するその道中、後ろから怜に声を掛けて来る者がいた。ファーストネームで呼ばれて訝しみながら振り返ると、「やっぱり怜か」と破顔した男が近付いて来る。
シンプルな白無地のTシャツとブルージーンズ。ジャラジャラ着けたアクセサリーは、一体どれだけの重さが有るのか計ってみたいものだ。肩に届いたストレートの茶髪。長めの前髪から覗く双眸は切れ長で、微笑んだ所で隠しきれない彼の本質を浮き彫りにする、鋭い眼差し。鼻梁は通り、酷薄そうな唇にも彼の性格が反映されている。彼を一言で言い表すなら、蛇だ。それも毒蛇。
その顔を見るのは、実に十五年ぶりだ。
怜は微かに眉を寄せ、直ぐに相手に微笑みかける。
「久し振りですね。尚人さん」
「最後に会ったの、高一の夏だったか?」
「……そうですね」
余所行きの微笑みを張り付ける。それを見透かしたように尚人は薄く笑う。
この人にはあまりいい思い出がない。最後の最後で、酷い目に遭わされた。どの面下げてと思わなくもないが、尚人がまったく気にしていないのは今更だ。
穏やかに笑いながら警戒を緩めない怜を分かっていて、ニコニコしながら肩を組んで来る。
「翔、だったか? アイツも元気?」
悪気なく訊いて来る尚人の真意が解らず、今度はあからさまに眉を顰めた。
「尚人さんには関係ないと思いますが」
「ツレないなぁ。お前と俺の仲じゃん」
「どんな仲だって言うんですか? あなたとの縁はとっくに切れてます。厳密に言ったら、尚人さんが切ったはずですが?」
尚人はきょとんとして「そうだったっけ?」とケラケラ笑いだした。ひとしきり笑って、急に真面目な顔をして脇から怜の顔を覗き込んで来る。怜は彼から目を離すことなく、ぐっと尚人と反対側に頭を退くと、彼は怜の顎を掴んで「おまえさぁ」と息が掛かりそうなくらい顔を寄せてきた。
「いつから両性愛者になった?」
思いもよらない言葉に目を瞠り、尚人から目が離せない。彼はそんな怜を可笑しそうに喉を鳴らして笑っている。
尚人は何を知っているのだろう?
不安が沸々と込上げてくる。
「そんなに驚くことか? あんなに堂々とキスしてる画像アップされといて」
「画像……?」
尚人の顔を押しやりながら反芻する。彼は眉を聳やかし、怜の耳元に唇を寄せてきた。囁くように怜の鼓膜に毒を流し込んで来る。
「偶々見たんだけどな。SNSでちょっと話題になってた写真のモデルだろ? お前がキスしてた女。お前がゲイだって知ってんの? いや。今はバイか?」
怜の顔から一瞬で血の気が失せる。
由美に拡散されても知らないと言われたのを、今更ながらに思い出し、怜はとんでもない失態を犯した自分を呪った。
(……最悪だ。この人に知られるなんて)
口の端を歪めて、笑っているように見せかけた尚人の顔を見て舌打ちする。
先刻からゲイだのバイだのと言っているせいか、チラチラと盗み見る周囲の視線。素知らぬ顔してスマホを向けている姿もチラホラ見掛ける。
プライバシーも何もあったもんじゃない。
怜はその麗しい顔を思い切り歪めた。
(この人相手に、ゲイの痴話喧嘩とか思われるのも癪だなぁ)
尚人がカフェでの一件を偶然知った例もある。今日のことを梓が知る可能性はないと言えない。
何で忘れていた今頃になって、尚人なんかに再会したのだか。
どうしてあの時振り返ってしまったのか。
言っても詮無いこととは知りながら、怜は自分の星回りを嘆き罵倒したくなる。
馴れ馴れしく肩を組んでいる尚人の腕を退け、汚れを払うように肩を叩いた。その際も彼から目を外すことなく見据え、怜は口を開く。
「どう言う心算で彼女のことを持ち出したのか知りませんけど、金輪際、僕に関わらないで下さい。迷惑です」
完全な拒否を言葉にした怜を、尚人が面白くなさそうに見返してくる。ここで彼に飲まれて負けるわけにはいかない。
彼との間に一歩距離を取り、双眸に力を篭めて尚人の目を見た。
「彼女は僕のことを誰よりも知ってますよ。脅しにはならないので、悪しからず」
「ふん。異性愛者のフリしやがって、面白くねえヤツ」
興醒めと言いたげな尚人を睨み付ける。目の前の男が望むような玩具を与えてやる気は毛頭ないと言って遣りたいが、挑発に乗せられないように一度だけ深呼吸した。
「別に尚人さんに楽しんで貰わなくても結構。じゃ。僕行きますね」
そう言って怜が踵を返した。
尚人は追い駆けて来ない。もう呼び止めもしない。怜はこの場から一刻も早く逃れたくて足早に先を急ぐ。
尚人は昔から、何をやらかすか分からない人だった。自分さえ愉しければいいと言って憚らない。折角、引っ越しも終わりこれからだと言うのに、梓のことを知られている事実が怜を戦慄させた。
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