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8. 梓、一難去ってまた一男(難)…!?
梓、一難去ってまた一男(難)…!? ⑨
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梓は深い深い溜息を吐いた。
向かいにソファには、雑誌をめくる南条家の長女、志織の姿が在る。
本来、平日である今日は出勤の筈なのに、梓は家から一歩も出られない状況下に置かれていた。
昨夜のことを思い返し、彼女は再び重い溜息を吐き出す。
“お清め” で散々焦らされた梓が反撃し、怜をその気にさせて、延々と続くかと思われた行為に、終止符を打った。まあそれまでに何度かイかされて泣きは入れたけど、彼はスマタでも充分満足していたようなので、ヘロヘロになっても解放感と達成感に、梓は嬉し泣きした。
怜は脚がガクガクして歩けない梓をバスタオルに包み、お姫様抱っこをして浴室を出た。丁度その時、玄関先に放置していた梓のバッグの中で、スマホが鳴動音を立てていて、怜は何の気なしにバッグを取って梓に渡し、彼女は急いで中から取り出すと、固まった。
着信はメールで、通知メッセージを見るや素早くバッグに突っ込んだ……が、怜の目を欺くには余りに不利な距離であり、梓は怖くて顔を上げられない。バッグをギュッと抱え込む。先刻までの湯上りの汗は、悪寒を伴う冷ややかな汗に取って代わられ、背中を伝い流れた。
「あ~ず~」
やんわりとした怜の声音に大きく身体を震わせ、恐る恐る上目遣いで彼を見上げる。梓はひっと短い悲鳴を漏らして、顔を引き攣らせた。優し気な声とは打って変わった底冷えのする半眼が彼女を眺め下ろし、見せろとばかりに顎をしゃくる。
梓に否を唱える度胸はない。
ベッドの上に下ろされ、怖ず怖ずとスマホを差し出した。
怜は隣に腰掛け、ロックされていないスマホの画面を展開する。そしてメールを確認すると、梓に返して寄こした。あっさりと返されて安心と不安を綯い交ぜにした面持ちで、訝し気に首を傾げながら怜を見返す。彼は冷ややかな微笑みを浮かべ、
「僕の見ている前で、奴からのメール、アドレス、履歴にその他の奴に関するモノ、全部消して?」
「……え?」
「必要ないよね?」
受け取れと怜の手が迫って来る。
梓は震える手でそれを受け取り、しばし怜の顔を見た。
必要か、不要かで考えたら、もう頻繁に連絡をする事もないだろうから、不要だろう。
一瞬だけ読めた文面は “大丈夫?” の言葉のみ。
それだけで、怜と揉めていないか案ずるものだろうと知れた。
(心配してくれてる城田さんには申し訳ないけど、削除しないと怜くん収拾付きそうもないので、本当にごめんなさいッ!)
逆らうよりも、もう関係ないのだと示さなければ、この先も城田に迷惑が掛かるかも知れない。
梓が操作を始めると、怜に「先刻のメールは読まなくていいからね」と釘を刺された。
彼女が小さく頷いて消去すると、怜はチェックして頷いた。
これで安心と思いきや、その後に複数の登録外番号で電話が鳴って、怜の神経を逆撫でする出来事が有り、翌日彼は志織を呼びつけると、梓を軟禁状態にして出勤して行った。軟禁なので、当然梓のスマホは彼が持って行ってしまい、あれよあれよという間に何処にも連絡が取れない状態に追い込まれていた。
(なんでこーなっちゃうかなぁ……)
すっかり温くなったミルクティーを啜りながら、問題の雑誌に目を通している志織をチラ見する。
必要な連絡は殆ど使われることがない固定電話か、志織に掛かって来るから不便はないけれど、持って行ってしまうのは遣り過ぎなんではと思う。
怜の言う事を利いて、城田に関わるものは全部消した。基本登録外の電話には出ないし、メッセージが残っていればこちらから掛け直す。けれど昨日の今日で、城田の電話に掛け直すようなことは、幾らなんでもしない。そこまで馬鹿ではないし、機微が分からない程の鈍感でもない。
(そ、そりゃ普段は鈍いって、郁ちゃんや由美さんたちに言われるけどさ、明らかな自爆行為だって分かるし! テロ起こすつもりなんて毛頭ないからねッ!)
そこまで信用がないのかと思ったら、悲しくなる。
梓はカップをテーブルに置き、ソファにパタリと横倒しになって、くすんと鼻を鳴らす。義理のお姉さんの前だけれど、今だけちょっと凹ませて欲しい。
志織は知ってか知らずか、梓の顔を見て口元に笑みを浮かべた。
「この写真、個人的には素敵だと思うんだけどねぇ」
志織が唐突な誉め言葉を口にする。
梓は意外そうに義姉を見た。てっきり怜側に着いて、非難されると思っていたから、呆気に取られたと言うのが正しいかも知れない。
「そう、ですか?」
「キレイなのもそうなんだけど、梓ちゃんが凄く自然で、見てると温かい気持ちになるわ。撮影した人の想いが伝わるから、怜が過剰に反応するのも解らなくないかなぁ」
「想い……」
会って数時間のことだったけど、そんなものだろうか?
確かに素敵な写真だし、キレイに撮ってくれた城田の手腕に尊敬の念を抱き、ポートレートを貰った時は感動した。
プロのカメラマンって凄いと、単純に思っていたけれど、それだけではなかったのか。
(…そー言えば、一目惚れしたって言われ……忘れてた。思いっきり。あたし人生でそうないことだってのに、何で忘れてた? それが第三者からも見て分かるって、あたしの目、どんだけ節穴!? どんだけ鈍い!? ああっ! 返す返すも城田さん、本当にごめんなさいッッッ!)
城田もなんでこんな女に一目惚れなんかするんだと思ったら、出会ってしまったことが不憫でならない。未遂で終わって良かったと胸を撫で下ろし、怜にしたって翔のままにしておけば良かったのに、と本人に知られたら非常に面倒臭い事になることを考える。
(怜くんに関しては、もう返品不可だけど)
絆されて彼の手を取った時から、クーリングオフ対象外に設定されていた。
カチャっと音がしてそちらに目を向ける。志織がカップをソーサーに置き、小さく嘆息した。
「淡々として空気掴むような所のある子だと思ってたけど、本性は嫉妬深くて過激で狭量。まさか軟禁の片棒を担がされるとは……」
そう愚痴ってまた深く溜息を吐く。
梓の体調が悪いから付いててくれないかと頼まれて、訪問してみれば軟禁だから無理もない。色々と買い込んできた志織は、その事実にへたり込んで暫らく動けなかった。
「すみません。お義姉さんにはご迷惑掛けると思いますが、よろしくお願いします」
「こちらこそ。あんな弟でごめんなさいね」
梓が恐縮して頭を上げれば、志織も倣って頭を下げる。二人は目を合わせ、微妙な笑みを浮かべた。
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