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8. 梓、一難去ってまた一男(難)…!?

梓、一難去ってまた一男(難)…!? ⑤

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 梓はやや俯いて一点を注視し、何から話すべきか考えているようだった。
 城田はせっつくことなく、彼女のペースで話し出すのを待っている。
 二つのグラスが空になっていることに気が付いた彼は「同じ物でいい?」と訊ね、遠慮しながら頷いた彼女に微笑んだ。
 彼女が重い口を開いたのは、新しい飲み物が来て口を潤してからだった。

「兄たちがもの凄い過保護なのは、ご存じですよね?」

 何とも言い難いといった風な苦笑を浮かべる梓に頷くと、彼女も頷いた。

「彼、怜くんに連れ帰られて、兄以上の感情をぶつけられて、正直困惑してしまって」
「彼には恋人が居るって、言ってたよね?」

 一瞬、城田と目を合わせて、梓は口元を僅かに歪めながら頷いた。

「高校の頃から付き合ってて、凄く仲が良くて……その人を差し置いてどうしたいとか考えた事もなかったから、凄く困りました」
「そりゃそうだよね。アズちゃんの性格なら」

 梓は返答に困った笑顔を浮かべる。
 人を出し抜いてまで自分がどうのと言う性格ではないのは、梓に出会ってすぐの頃から感じていた。人を蹴落とすのが当たり前の世界で生きてきた城田には、それがとても好ましく映ったし、愛おしい存在になるのに時間は掛からなかった。そもそも城田の一目惚れから始まっていたのだから、当然だろう。

 梓はグラスの雫を指で払いながら、次の言葉を探しているようだった。
 一度唇をきゅっと引き結び、今度は薄く開かれる唇が躊躇する。梓は吐息をひとつ漏らし、漸く言葉を舌に乗せた。  

「どっちのことも好きだし、あたしの事で不仲になって欲しくなかった。けど怜くんは違ってて、このままだと城田さんにも迷惑掛けそうで……自分勝手だったとは思ってます。けどあの時そうするのが最善だとしか思えなくて」

 小さな肩を丸めて俯く彼女を見つめる。
 二人の間にどんな遣り取りがあって、梓をそこまで追いつめてしまったのか、下衆な考えがチラリと頭を掠めたが、当時がどうであれ梓は彼を赦している。自分が口を出すことでもないと、軽く頭を振った。

「それでも、俺を頼ってくれたら良かったのに」

 当時の切実な思いを口にすれば、目を見開いた梓がぶんぶんと首を振った。

「そんな虫の良い事、出来ませんよ」
「それでも良かったのに」
「あはっ……正直言っちゃうと、城田さんに頼れたらって思わなくもなかったんです」
「だったらなんで?」

 頼ってくれていたら、違う未来があった――――そう思った矢先に、梓は城田の仄かな想いすら掻き消すような言葉を口にする。

「でもあたし、気付いちゃったんです。怒って腹立てても、怜くんのことやっぱり嫌いになれないんです」

 梓が耳まで真っ赤になって俯く。胸がチリリとして城田は顔を顰めた。
 恥ずかしがり屋の梓がこうやって俯く姿を見るのが、好きだった。
 けどそれは、他の男の為に頬を染めているのが、ではない。
 城田は椅子の背凭れに寄り掛かり、小さな溜息を漏らした。
 決着がついているのに、今更言っても詮無いことだと分かっているのに。

(……悔しいッ!)

 何も出来ず、指を咥えていただけだった。
 まだ赤い顔を上げた梓は凛とした面持ちで城田を見る。

「だから城田さんのこと、頼っちゃいけないって思いました」

 普段はふにゃふにゃと頼りないくせに、芯の通った眼差しを向けてくる梓に見惚れてしまう。この眼差しが自分のためのものだったら、そう考えて苦笑する城田は死刑宣告を待つ罪人の様に、梓を切なげに見詰めた。

   
   
 区切りの良い所で仕事を切り上げ、怜は地下駐車場に向かうべくエレベーターに乗り込んだ。カゴ室は怜を乗せて滑らかに降下して行く。
 疲れ目の目頭を指で揉んでいると、不意に停まって扉が開き、数人が乗り込んで来る。彼女たちは怜をチラチラと窺い、小突き合って譲り合っている。いつもなら我先にの彼女たちが、だ。
 つい不審気に見てしまった。

「なに?」

 いつもなら怜から声を掛けることなどしない。面倒事になるのは真っ平だ。けれど、何かがそうさせた。虫の知らせとでもいうのだろうか。
 怜が声を掛けると、彼女たちは顔をパッと輝かせ、「あのぉ」と勿体ぶって話しかけてくる。

「これって、いつも一緒にいる子ですよね?」

 そう言った彼女が、怜の眼前にスマホの画面を向ける。鬱陶しそうに焦点を画面に合わせ、怜は目を瞠った。

(何だこれは?)

 愕然とした面持ちで見入っていると、彼女たちがニヤニヤと下卑た笑いを浮かべていた。彼女たちにはそんな心算はないだろうが、少なくとも怜にはそう見える。
 スマホの持ち主がシレっとして言う。

「なんか最近、話題になっているみたいですよ? この写真を撮ったカメラマンが、モデルの子の行方を探してるとかで」

 と言えば、別の女性がゴソゴソと鞄から雑誌を取り出し、「この人なんですけど」と開いた雑誌を怜に差し出した。
 見覚えのある顔だった。
 つい先日、会ったばかりの男がインタビューに答えている記事が、腹立たしくもそこにある。

「……城田ッ!」

 何食わぬ顔で初対面だと抜かした男が、梓を探していると知り、怒りが沸々と込上げる。そして火に油を注ぐように、スマホの女が「あっ!」とこれ見よがしに声を上げた。怜が剣呑な目で彼女を見ると、怯えた顔を見せつつ隣の女性に「これって…」と画面を見せ、チラリと怜を見る。

「今度は何?」

 冷静を装うとする声が微かに震えている。
 彼女は躊躇う振りをし、怖ず怖ずと画面を向けて差し出した。

「ちょうど今、会ってる、みたいですね…?」

 気の毒にと言いたげな眼差しを向ける彼女の瞳の奥に、仄暗い色が見え隠れしているのに気付かないじゃないが、構っている余裕などない。
 そしてまた目の前で更新される。

 “梓じゃなければいいのに” そう思いながら、“僕が梓を見間違える訳がない” と確信を持って言える自分が嫌になる。
 今日は由美と清香が一緒だと聞いていた。なのにそこに写っているのは、梓と城田だけだ。梓に騙されたとは思いたくないが、嫌な思いを払拭することが出来ない。
 最初から城田に会う心算で、由美や清香に協力を頼んだのだろうか?
 タロのスタジオで会った時は思い出せなかったが、城田は間違いなく梓と一緒にいた男だと思い出した。一瞬でも間近に見て、脅しを掛けた男の顔をどうして忘れていたのだろうと、自分の迂闊さに腹が立つ。

 梓は城田に好意を寄せていた。
 それが許せなくて、梓の処女を散らした事は今でも自責の念となって残っているが、渡すわけにはいかなかった。

(梓は渡せないッ!!)  

 怜はGPSで検索し始める。彼女たちが取り囲んで、怜を気遣った風な言葉を並べているのが癇に障り、薙ぎ払いたい衝動に駆られるのを必死に堪え、苛々しながら場所を確定する。一階に着くや、怜はいささか乱暴に彼女らを押し退け、梓の元に走り出した。

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