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7. 怜、果たして彼女は本当に自分を好きなのか?

怜、果たして彼女は本当に自分を好きなのか? ⑪

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 昨夜は寝落ちしてしまいました。すみません <m(__)m>


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 西田聖一と名乗った男は、仕立ての良いスーツを身に纏い、短めに揃えた髪を後ろに流し、笑みを絶やさない双眸は奥二重の切れ長で、高くはないが通った鼻筋と薄い唇は、素の顔になったら少しきつく神経質に見えるかも知れない。
 だからこその笑顔か、と聖一を観察しながら彼の話を聞いていた。
 穏やかな口調と物腰は、育ちの良さを窺わせる。

 昨年、郁美たちに誘われて梓が参加した医者との合コンの男側幹事だった。女側幹事は西田朱音と言い、聖一の従兄妹で香子の同僚だそうだ。
 合コンの席に身内が乱入して掻っ攫い、支払いを全て終わらせていたなんてのは、稀に見る珍事だったらしい。郁美と香子から詳細を聞き出し、直接翔に礼を言いたくて事務所を訪れたらしいが、逃げられていると思うくらいタイミングが合わず、勤務医の聖一自身も何かと忙しく、すっかり機を失っして今日に至ると言った。

 翔はドライマティーニに仕上げのオリーブを入れ、聖一の前に出す。それに目を落としていた聖一が正面の翔に笑みを浮かべた。

「ご縁がないものと諦めていたのに、まさか思いも掛けない所でお会いするとは」

 そう言ってから聖一は暫らく翔を見て、口を噤む。躊躇しているのが有り有りと分かり、眉尻を下げて苦笑する翔の代わりに智樹が言葉を引き取った。

「コイツは俺の甥っ子みたいなもんで、偶々飲みに来たのを手伝わせただけだから。会社は問題ないからね」
「そうなんですね。良かったです。安心しました」

 緊張していた顔を緩めて、グラスに口を付ける聖一に向かって「どお?」と智樹が探るような興味津々と言ったような目で訊ねた。

「美味しいです」
「そっかそっか。九年ぶりに復活した翔の一杯目だから、心して飲んで」
「馬鹿なこと言ってんなよ。普通に飲んで下さい」

 ステアするだけのカクテルなら、家でも偶にやっていたからそこまで勘は鈍っていない。商品として出すのは、智樹の言う通り久々ではあるが。
 智樹を横目に睨んでいると、扉のカウベルが鳴って視線をそちらに向けた。

「智樹さ~ん、来たよぉ」

 入って来た男女三人組を見て、喧しいのが来たと、翔は凛々しい眉を思い切り寄せた。

「ホントだ! 翔兄がいる!!」

 そう言ったのは郁美だった。続いて剛志と香子が「お~~~ぉ」と声を上げる。
 この反応を見る限り、智樹が営業を掛けたうちの三人だろう。
 郁美たちはカウンター席に腰掛け、郁美と剛志はマジマジと翔と見、香子一人が顔を真っ赤にして「眼福」と鼻を押さえていた。
 香子の趣味は梓からさり気なく訊いているが、どうにも対応に困る。翔はガン見する香子から目を逸らし、郁美と剛志に「おまえら何飲むんだ?」と振った。

 郁美と香子はモヒート、剛志がジン・トニックを頼むと、カウンターに身を乗り上げて翔の手捌きに見入っている。翔は苦笑しながら「今日は梓も一緒だったんだろ?」と訊くと、郁美の顔が途端に不機嫌になった。
 郁美はストンとスタンドチェアに腰を落とし、むくれた顔でカウンターに頬杖を着く。

「怜くんが十分おきに電話寄越して、鬱陶しいのなんのってもお! あたしの梓を奪っておきながら、偶に遊ぶくらい良いじゃない! 終いには迎えに来たから、泣く泣く帰ったわよ」
「……アイツはぁ」

 偶には友達の付き合いも大事だよねと、物分かりの良いようなことを言って置いて『これかッ!』と思った途端、翔の肩がガックリと落ちた。溜息を吐きながらモヒートを女子二人に提供し、すぐ剛志のジン・トニックに取り掛かる。
 郁美はストローでスノーアイスをシャクシャクと掻き混ぜ、一口含むと「うまっ」と漏らし、すぐ話題を戻して来た。

「怜くんの独占欲って何とかならないのッ!? 入籍前はまだ多少の遠慮が残ってたのに、今じゃ欠片も残ってないんじゃない!?」

 郁美が憤慨し捲っている脇から「え?」と声がして、そこで三人はカウンターの先客に意識を向けた。誰と言いたげな眼差しを向けられている聖一は、まるで構うことなく翔を見詰める。

「妹さん、ご結婚されたんですか?」

 そう言われて初めて、聖一が合コンの相手だったことを思い出す。翔にお礼を言いたかったのは単なる口実だったかと、何となく腑に落ちた気がした。
 翔はあからさまな不快を顔に浮かべ、「そうですが」とつっけんどんに返す。ところが誠一は満面の笑顔を翔に向けた。

「おめでとうございます。梓さんにもそうお伝え下さい」

 予想に反した言葉に翔は虚を突かれ、バー・スプーンを回す手を止めてポカンと聖一を見返した。

「……梓狙いだったんじゃ?」
「いえいえ。友人たちを紹介した手前、仕方なく参加しただけなので」

 そこまで聖一が話したところで、香子が「あーっ! 朱音ちゃんの従兄の人」と行儀悪く指差した。剛志は「こらっ」と香子の手を下に下ろし、郁美もやっと思い出したらしく、目を見開いて聖一を見た。



 四人がその節は云々の挨拶をする合間にも、“翔復活” の連絡を受けた常連たちがぞろぞろと顔を出し、夜対応の挨拶を平然と交わす翔に、郁美たち三人が呆然としている。

「翔さんの意外な一面を見た」

 専ら高圧的な翔ばかりを見て来た剛志が呟き、他の二人が頷く。三人が成人した頃には既に事務所を興していて、昔話に聞く程度だったから仕方ない。
 男女関係なく口説かれている様子に唖然となっている剛志を見、翔は「羨ましいか?」と厭味ったらしくニヤリと笑う。

「翔さんがモテるのは解ってたけどね!」

 男にもかよ、とむつけた顔でぼやけば、翔が小馬鹿にしたような笑みで剛志を見る。

「折角梓のお目付役から解放されたってのに、女の幼馴染みとばかり連んでたら好機もないわなぁ」
「うるさいな」
「ま、そもそもが間違ってるからな。お前」
「間違ってるって?」

 剛志が片眉を上げ怪訝な顔をすると、近付けとばかりに翔が手招きし、カウンターに身を乗り出す。翔が耳打ちを始めると、途端に剛志の顔が赤くなったり青くなったりと忙しなく色を変え、「そんなの絶対嘘だ」と喚きだした。
 ニヤニヤ笑う翔に、興味津々の女子二人が「何の話!?」と食いつけば、剛志が「関係ないだろ」と二人を牽制する。聖一は目を瞬いて傍観していた剛志から、翔に視線を移すとにこっと笑った。

「成程。そういう事」
「……え?」

 唐突な聖一に間抜けな返事をしてしまった。 
 聖一の言葉の意味を捉え損なってポカンとしていると、剛志が「何が言いたいんですか?」と聖一に噛みつき、「言ったらきみ困らない?」と遠慮がちに返されて、彼が何を言わんとしたのかが、翔と剛志に伝わった。
 翔と剛志は暫し目を合わせ、まさかと思いつつゆっくり聖一を振り返る。彼はグラスを空け、「クラシックを」と翔に向かってグラスを滑らせ、「畏まりました」とグラスを下げる。新しいグラスに氷を入れ、シェーカーにも氷を入れる作業をこなしながら、聖一にチラリと視線をやると、彼はニコニコと翔を見ていた。

 この察しの良さからお仲間か? と胡乱な目で見る。
 クラシックのカクテル言葉は “本質” だが、それを知った上での注文なのか、どうにも図り兼ねる。
 グラスの淵にレモンを滑らせて砂糖を付け、シェーカーを振り出すと、郁美たちが凝視している事に気付き、口元に苦笑が浮かんだ。
 この店でゲイだという事を隠してはいないが、今それを口にすることは憚れた。

 郁美は翔がゲイだと小学生の時から知っている。問題は、香子だ。
 梓に『家に住み着かれたくなかったら、リアルゲイって事は香子にバレないようにして』と釘を刺されている。安息の為にも、腐女子香子にネタ提供するなんて、死んでも御免被りたい。

 クラシックを注いだグラスをコースターに乗せ、滑らせながら「意味はご存じで?」と涼しい顔で訊ねれば、聖一は「もちろん」と口元に笑みを這わせながらグラスに口を付けた。



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