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6. 梓、ビビッて逃走する
梓、ビビッて逃走する ②
しおりを挟むずっと手を繋いでいたいからと言う理由で、中心街までタクシーで来ると、流石クリスマスだけあってカップルで溢れていた。
指を絡め合わせた繋ぎ方は、それでなくても恥ずかしいのに、怜は自分のコートのポケットに突っ込んでしまって、不慣れな梓の顔から熱がなかなか引いてくれない。しかも先刻から怜の親指が、梓の手の甲を撫でているから余計にだ。
「ほら。あれがヤドリギ」
もう片方の手が店の軒先を指差した。赤のリボンが結ばれた枝葉が吊るされている。梓が近付こうと一歩踏み出したところで、怜が「あっちにもある」と街路樹に向かう。彼女は手を引かれるままついて行った。
同じように数本の枝葉が赤のリボンで結ばれて、幾つも吊り下げられている。
下から見上げたそれは小枝の先に二枚、丸みのある葉をつけていた。
「ヤドリギは寄生木って書いて、こうやって木にぶら下げるのは、或る意味理に適ってるのかな」
「寄生木?」
「鳥の糞に紛れた種が他の木の枝に落ちて、そこに根を張る。成長すると寄生した枝を丸く包むように葉を茂らせるんだ」
「へ~。そうなんだ? で、このヤドリギがどうかしたの?」
クリスマスなのにヤドリギがない、と言った怜の言葉の意味を訊いてみた。そもそもそのために来たのだ。
怜は顔を覗き込むようにして微笑んで来た。梓が小首を傾げてきょとんとしていると、不意に唇が重なって、すぐ離れていく。呆気に取られて彼の顔を眺めていると、悪戯が成功したかの様に口端が笑みを象った。途端に顔が真っ赤になる。
「れっ! 怜くんッ!!」
「クリスマスのヤドリギの下のキスには、女性の拒否権は有りません」
「なにソレ! 人権無視!」
「昔からの伝統らしいよ? キスを拒んだら翌年の結婚は望めないんだって。で、恋人同士のキスは、結婚の約束を交わしたことになるんだよねぇ」
細めた双眸に愉悦の色が浮かんでいる。
完全に後出しだ。
「けッ………この詐欺師」
「なんでよ。知らないアズちゃんに丁寧に教えてあげたのに」
もおっと拳を振り上げたところで、梓のコートのポケットから着信音が聞こえた。
「あッ。忘れてた」
慌ててポケットからスマホを取り出す。
「ごめん郁ちゃん。今日はあたしから掛ける日だったのに」
『なんかあった?』
「え…とお」
言い淀んだ梓の手から、スマホがするりと奪われた。唖然と目で追いかけると、
「郁ちゃん邪魔だから切るね」
『れ…』
通話終了。
はいとスマホを返して寄こし、にっこり微笑む怜に口を噤んだ。目が電話を拒否している。無視したらまた面倒臭いことになりそうなので、梓は大人しくポケットにしまった。すると今度は怜のポケットで着信音が鳴りだした。
発信者を確認すると気味が悪いほどニコニコ笑い、怜はそのまま電源を落としてポケットにしまう。
「さてと。ちょっと遅くなったけど、何処かでご飯食べて帰ろうか?」
「…異存なし」
「了~解。何食べようか?」
そう言って怜はゆっくりと梓の手を引いて歩き出した。
昨夜は夕飯を食べた後、梓を送り届けると怜は直ぐに帰って行った。
怜の手を取ってしまった手前、家に上がり込まれるかと内心冷や冷やしていただけに、ちょっと拍子抜けした。
(いや…何かを、期待してた訳じゃないんだけどねッ!)
いざとなった時の強引さは身に沁みって知っているから、と自分に言い訳しつつアパートの階段を上って来ると、そこに怜の姿はなかった。
今日も忘年会かな? と特に気にした風でもなく、玄関の鍵を開けていると、階段を駆け上がって来る音がする。梓は反射的に扉を開けると、中に身を滑り込ませ慌てて扉を引き寄せた。
「あーずっ! 何で逃げんの!?」
ガシッと扉を掴んで梓とは逆の方向に引っ張る。梓が全体重をかけて引っ張るのにビクともしないばかりか、じわじわと開いて行く。
「や…条件反射?」
「だったらもう弛めてもいいでしょ」
「なんとなく従いたくない」
「結婚するって言ったのに」
「勝手に作り変えないで。前提でしょ前提!」
「昨日の今日で何故その塩対応!?」
「怜くんだからッ」
その一言で怜の手から力が抜けた。全体重で引っ張っていた扉が閉まり、ノブから手がすっぽ抜けると、もの凄い音を立てて尻もちを着き、そのままの勢いでぐるんと後転して座り込んだ。
「アズちゃん大丈夫ッ!?」
血相を変えて怜が飛び込んで来た。梓が玄関から離れた所にペタンと座り込んで呆然としていると、彼は慌てて家に上がり込み「痛い所ない?」と彼女の顔を覗き込んだ。
痛い所はある。が、それは怜だけには絶対言えない。きっと後から蒙古斑のような痣になるだろうモノは決して。
首をフルフルと横に振ると、怜の指が梓の髪を優しく整え、それが終わるとショートブーツを脱がせて玄関に揃えて置いた。
怜は梓の前に正座し、「いきなり手を離してごめん」と平伏する。
「あ、あの。ちょっとビックリしただけだから。まさかの一回転に」
「…一回転?」
そう言って玄関から梓の場所まで目で辿る。
怜は滑って行ったのだと思っていたらしい。
「うん。高校の体育の授業以来だわ」
「ぷっ……それはちょっと見たかったかも」
「怜くんッ!」
怜の太腿をパシパシ叩くと、彼は愉し気な笑い声を上げる。それから直ぐに真面目な顔に戻って「本当にどこも痛くない?」と訊いて来た。
先刻まで怜の脚を叩いていた梓の手を取り、もう片方も重ねて大きな手の中に包み込む。梓は俯き、包み込まれた手に視線を落とした。
「本当に平気だから。驚いただけ」
「なら…良いんだけど。先刻は本当にごめんね。付き合ってくれるって手を取ってくれたけど、アズちゃんの中ではまだ、完全に赦して貰えてないんだって分かったら、急に力が抜けて……本当に酷いことした。何度謝っても足りないかも知れないけど、ごめんなさい。でも僕がアズちゃんを愛してるって事は本当だから」
怜の手に少し力が入った。思わず手を引きそうになって、留まった梓に怜が苦笑する。
「キスしても、いい?」
「…何で訊くの?」
「だってここにはヤドリギがない」
つまり拒否権がある、という事だろう。
上目遣いに怜を見れば、榛色の双眸に怯えの色が混じっていた。
梓は返事の代わりに瞼を伏せた。
怜の唇が、震える梓の唇にそっと触れて離れていく。
梓の手を包んでいた彼の手が離れ、彼女の頭をふわっと抱き寄せると「ありがと」と呟いて、怜は梓の髪にキスを落とした。
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