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4. 怜、不測の事態に困惑し、結果突っ走ることにした
怜、不測の事態に困惑し、結果突っ走ることにした ②
しおりを挟む自宅マンションに向かうタクシーの中で、腕の中に抱き込んだ梓の匂いを鼻腔一杯に吸い込む。
鼻の奥に染み付いて頭痛すら覚えた凶悪な香水の臭いが浄化されて、怜は安堵の吐息を漏らした。
社長の孫娘からようやく解放されてやれやれと思っていた所に、梓が男連れで現れた瞬間、何かが頭の中で爆ぜた。
目を放すと直ぐこれだとか、自分たちの知らない男と何処で知り合ったんだとか、剛志は何処にいる? ぶん殴るとか、いつもなら当然考えることが一切出て来なく、一気に沸点に達していた。
こちらに気が付いた梓は男を逃がそうとしていたが、言われたからと早々に逃げる奴ではなかったようだ。尤も、背中を見せていたら速攻捕まえて、有無も言わせず半殺しにしていただろうが。
傍から離れようとしない男の代わりに梓が逃げ出した。
男を助けたいなら、賢明な判断だ。優先順位一位の梓が逃亡しようものなら、怜たちは間違いなく梓を追う。男は二の次だ。後にゆっくり時間をかけて、男と今後のお話をすればいいのだから。
如何に梓が俊足であったとしても、ローヒールの上、怜とのストライド差を前にして逃げ切れるはずもなかった。逃がす気もなかったが。
梓を捕まえたらさっさとタクシーに乗り込み、自宅まで連行するのが通常のパターンなのだが、この時怜の中にイレギュラーが発生していた。
相当なストレスを、あの数時間で溜め込んでいたのかも知れない。
梓の腕を掴んだ瞬間、タクシーにではなく、人目のない方へと歩いていた。そうしようと目論んでしたわけではない。身体が勝手に動くままに任せていたら、梓を壁に追い詰め「アレ誰?」と訊いていた。
頑なに口を開かない梓ににじり寄れば、彼女は怯えた顔をする。頭の中で色々と現状打破する何かを画策しているようだが、名案は閃かなったらしい。
怜が動くたびに赤くなったり青くなったりする梓は可愛かったが、彼女の行動の全てが男を庇うもののような気がして、「面白くないな」と漏らしていた。
そう。とことん面白くなかった。
当たり前の様に並んで歩いていた男も、その男に戯れて笑う梓も、お互いに庇い合う仕草も何もかも全てが面白くなかった。
そこにいるべきなのは自分だ。
梓が戯れて笑うのはお前にじゃない。
あの瞬間、確かにそう思った。
「無防備な顔で男に笑い掛けるって、何かの冗談?」
ついそんな言葉を口走っていた。意図して言った言葉ではなく、無性に梓を詰りたくなって口を吐いて出た。
指に絡みつけた梓の髪に口付けたのは無意識だったが、彼女の顔色が変わったのは見逃さなかった。頬に朱が走り、そのくせ怯えた表情も隠さない。なのに梓は目を逸らさずに見つめ返してくる。
もっと追い詰めたら彼女はどんな反応を示すのか、興味がわいた。
「アレ、だれ?」
もう一度訊いた怜に梓は首を振ることで拒否した。
その所為で巻き付いていた髪が引っ張られ、歪められた梓の顔。怜の肌の表面がサワッとした。撫で上げられたような、寒気のような感覚。
その先の頭が真っ白になる感覚に続いていく、前兆の震え。
普通なら有り得ない事だった。
こんな衝動を今まで梓に感じたことなどなかったのに。
梓がどうして怜のそんな感覚を呼び起こさせる事が出来たのか、また新たな興味が湧いた。
目の前の梓はそんな事とは露知らず、男に壁際に追い詰められている状況をきちんと理解しているのかいないのか、何やらまた頭を巡らせているようだ。
怜は心の中で盛大な溜息を吐く。
男に対して警戒心の詰めの甘さは、怜と翔の責任に寄るところが大きいだろう。
何せ純粋培養だ。
梓は、最初こそ警戒心全開で対応するだろうが、一度気を許したら警戒の微塵もなくなる。怜が初めて梓と会った時がそうだったように。
(だから少し目を離した隙に、あんな男に引っ掛かるんだ)
梓を一人放り出したら、すぐさま結婚詐欺に遭うのは目に見えている。
翔と二人、ずっとずっと大切にしてきた唯一無二の存在。
昨日今日出て来た男なんぞに容易く渡せるはずがない。
誰にも渡さない――――浮かんだ言葉に思考が停まった。
ドクンッ、と大きく脈打つ。
湧き上がり渦巻く感情は、怜の知っているモノと同様なのだろうか?
ただの気の迷いかも知れないと思いつつ、梓を前にしていると言葉にし難い感情が競り上がって来る。怜をこんな気持ちにさせる彼女には、責任を問う必要があるだろう。勿論そこに梓の意思は全く反映されていない。
梓の顎を持ち上げ、彼女の脚の間に膝を差し込んだ。ぐっと顔を近付けると、瞬く間に血の気が引いて震えだした。
彼女の様子がとても愛おしく、どうしてやろうかと想像しただけで楽しくて、怜は喉を鳴らして笑う。
相変わらず梓は思考の中の住人で、表情が目まぐるしく変わる。そして彼女は唐突に言った。「わかった。ごめんなさい」と。
余りに脈絡のない彼女の言葉に首を傾げた。当然だろう。
思考の世界から帰って来た彼女の話は、怜の思考と相反するもので、彼女らしいと言うか、緊張感がなさ過ぎて思わず呆けてしまった。
怜は後ろ暗い事を考えていたのに、彼女は何ともおめでたいと言うか、彼の行動を好意的に捉えて自分の落ち度だと言う。確かに今後も同じような事を度々繰り返されたのでは、心労が重なりそうで遠慮したい。
しかし梓は自信満々に話したことが見当違いだったことに気付き、オロオロし始めた。その姿が怜の笑いツボにクリーンヒットすると、たちまち不貞腐れた。
むくれる彼女が可愛すぎて、「帰したくないな」と唇から零れていた。
それまでギリギリで留まっていた彼女の唇を奪うと、次なる衝動が芽生えた。
一体どうしたんだ!? と訊いて来る声。
解る訳がない。そんな事。
翔の顔が掠めた。
彼に対する二重の裏切りだと頭では理解しているのに、突き上げて来る衝動が止まらない。
梓も困惑している。兄の恋人にお持ち帰りされるとは、努々思わなかっただろうから。
でも一番困惑しているのは、自他ともに認めるゲイであるのに、これから取ろうとする行動を止められないでいる怜自身だった。
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