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3. 梓、出会いを拾う

梓、出会いを拾う ①

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 あの合コンから二週間。
 翔、怜、剛志の三人とは、仕事以外の会話は一切していない。
 梓のご機嫌を取るのに三人は必死だが、そんな事知ったこっちゃない。勝手に回っていればいいんだと思う。
 梓一人に翻弄されている代表二人に、スタッフの嘆かわしそうな溜息が、ここ最近の定番になっている。
 二人と旧知の仲の鈴木由美だけは『いい薬よ』と実に楽しそうだ。

 合コンの翌日、西田朱音に電話を入れ、謝罪した。
 彼女は怒っている風でもなく、寧ろ翔たちを聞きしに勝ると爆笑してくれたのが、せめてもの救いだ。
 流石に男性陣は、暫く翔たちを悪し様に言っていたようだが、郁美と香子が取り成してくれたとのことだった。後は楽しく終わったらしい。残念ながら誰一人纏まらなかったみたいだが。
 男性陣曰く、あの兄共がいなけりゃなぁ、とのこと。折角の出会いを完全に棒に振ってしまったようで、本当に口惜しい。



 日曜日。ちょろちょろと様子を見に来る翔と怜が鬱陶しくて、取るものも取り敢えず的に家から逃げ出した。
 出てから、さて何処に行こうかと街中をぶらぶらしていて、本屋の窓ガラスに貼られていたポスターが目に入った。
 美術館の別館催事会場で、カメラメーカー主催の写真展が開催されているらしい。
 梓は何となく惹かれて、足を運んだ。

 美術館なんて、学生以来でちょっとワクワクする。
 会場に向かうホールを歩いていると、何かが足元に転がって来た。梓はそれを拾い上げ、首を傾げた。
 直径十センチ大の黒くて薄めの丸い物体。ひっくり返して見ると、梓でも知っているカメラメーカーの名前が入っていた。どうやらレンズカバーらしい。

「あ…すみません」

 斜め前方から声がしてふとそちらを見ると、三十代前半と思われる男性が、小走りで近寄って来る。

「ポケットから、思いの外転がってしまって」

 人好きのする笑顔の青年が頭を掻きつつ、ペコペコ頭を下げている。梓は彼にレンズカバーを手渡しながら「ここって撮影OKでしたっけ?」と疑問を投げかけた。すると彼は「写真展を見ている人を撮る仕事だったんで」あっけらかんと言った。梓は「あ~ぁ」と声を漏らしながら小さく頷く。ちゃんと意識をしてみれば、胸元に “スタッフ” のネームプレートがぶら下がっていた。
 じゃあと梓は会釈して立ち去ろうとした。

「写真展ですか?」

 訊いて来た彼につい警戒心Maxの眼差しを向ける。彼は苦笑して「ごゆっくり」と軽く頭を下げ、元居た場所に戻って行った。

(ちょっと好みのタイプかも……あ)

 折角のチャンスを棒に振った事に今更気が付き、かと言ってわざわざ話しかけに言ったら、今度は梓が変に思われそうだ。

(はぁぁぁ……経験値低いとこれだから……あたしのバカ。威嚇してどうするのよ…)

 梓は肩を落として催事会場にトボトボと歩き出した。
 入り口前の受付でお金を払い、パンフレットを片手に中に入った。
 日常の風景がテーマらしく、プロアマ関係なく展示されている。
 ゆったりとした時間の流れを感じ、心が癒されて行くのを感じた。
 梓が半分ほどの行程を消化した時、背後から「アズちゃん?」と聞き覚えのある女性の声がして振り返った。

「あ……Cooクーさん」

 声の主はAZデザイン事務所で、時折仕事を依頼する女性カメラマンCooこと三嶋美空みしまみくうだった。梓はお辞儀をしながら彼女に近付き、笑顔を浮かべる。
 光の加減で金髪にも見える栗色の緩やかに波打つ髪と、鳶色の瞳。抜けるように白い肌はお母さんがアメリカ人だからと言う彼女は、日本人離れした面立ちのキュートな美人だ。

「観覧ですか?」
「それもあるけど、出展してるの」
「そうなんだぁ。どの辺りですか?」

 ぐるりと見回せば、一際背の高い男性が目に入った。じっと見入っている後ろ姿は、なかなか威圧感がある。

「あそこですね」
「あそこです」

 梓が無表情で指を差せば、美空が苦い笑いを浮かべた。
 見入っている男性は、彼女の旦那様だ。
 二人並んで、見入っている彼の元に行く。梓が声を掛けると、驚いたように振り返ってやんわりと微笑んでくれた。

(く~っ。いつ見てもいい男だわ)

 百九十センチにあと少しと言う長身に見下ろされると、威圧感に及び腰になりそうだが、柔和な面差しに見詰められるとそれも忘れてしまう。

 彼女とは正反対に艶やかな黒髪と大きな黒目がちの瞳。高校の頃までよく女装をさせられていたという彼は、今でもイケそうなほどの美人だ。何しろ彼はAngel Dustエンジェル・ダストと言うバンドのイケメンヴォーカルで、モデルもしているくらいだ。
 二人とも高校の時からプロとして活動している。

 梓はすっと視線を落とし、彼こと三嶋十玖みしまとおくの脇に回り込んだ。
 横長のベビーカーで、すやすや眠っている二卵性双生児の赤ちゃんを前にして、梓はしゃがみ込む。昨年末に生まれたばかりのほやほやだ。

風歌ふうかちゃんと陽歌はるかちゃん、また大きくなりましたね。可愛いなぁ」
「でしょ!? うちの娘たち殺人的に可愛いでしょ!?」

 そう言ったのは、生まれた瞬間から『嫁にはやらない』と宣言したらしい十玖だ。
 身近で嫌というほど聞いて来た言葉に、男ってと思った瞬間だった。
 確かに十玖の言う通り、綺麗な赤ちゃんに間違いない。

(二人とは同じ年なのに、こうも違うと嫌になるわぁ……はぁ。切ない)

 二人が結婚したのは、十玖が十八になった日だそうだ。紆余曲折あって、家族になりたかったから結婚したと言う。
 二十四になった二人は、今や一気に二児の親だ。
 運命的に出会って、二人の様に結婚する人もいれば、梓みたいに出会いが悉く潰される人間もいる。理不尽だと思う。

 梓が写真もそっちのけで双子に見入っていると、美空が「そうだ」と何か思い出したらしい。

「この間タロ先生のスタジオで翔さんに会ったんだけど、顔色が土気色だったわよ? 体調悪いの?」

 心配気に眉を寄せた美空。
 因みにタロ先生と言うのは、美空の師匠で、AZデザイン事務所の仕事はほぼ彼にお願いしている。
 翔の名前はしばらくは聞きたくなかった。
 梓が嫌な顔をして美空を見上げると、彼女は納得したらしい。何とも言い難い笑顔で、しみじみと梓を見下ろす。

「あたしもダッドとお兄ちゃんの過保護に悩まされたけど、翔さんや怜さんほど酷くなかったからなぁ」
「いや、酷かったでしょ。僕が被害者だからね?」

 水掛けられるわ、凶器持って追い駆けられるわ、とブツブツ言って昔を思い出した十玖のなんとも苦々しい表情。
 そうは言っても今二人は幸せそうだ。
 未だに新婚のような熱々ぶりを目の前で展開する二人を、梓は恨めしそうに見上げる。

「でも結婚してるじゃない。あたしなんて、それ以前の問題だよ? この間なんか合コンの会場に乱入してきて、強制送還だからね!? もお流石にこっちもキレて、あたしに構わないでって、それから口利いてやってない」

 十玖の口が声を出さずに「うわ~ぁ」と言っていた。何に対してうわ~なのかは聞いてないけど、彼の表情を見る限り、酷似した内容を十玖も経験していると見た。

(めちゃくちゃ仲の良い二人でも、喧嘩とか、するんだ……?)

 それはまあ、そうだろう。
 翔や怜も意見の衝突はままある。梓の目の前では痴情絡みの喧嘩はないけど、十四年も一緒に居たら、一つ二つの喧嘩もあった筈だ。
 梓は項垂れて溜息を吐いた。

「あたしだってもおいい大人なんだから、ちょっとくらい信用してくれてもいいと思わない?」

 プロの世界で大人になることを余儀なくされた二人を見上げる。
 美空が膝を抱えて梓の隣にしゃがんだ。

「信用して欲しい人に、信じて貰えないのはツライよね」

 こくりと頷くと、美空は聖母のような微笑みを浮かべ、梓の頭をそっと抱き寄せる。彼女の掌が優しく髪を撫でるのが心地良くて、梓は目を閉じて感じ入った。

「でも自棄を起こさないでね。良い事ないから」
「……Cooさん、奥さんに欲しい」
「僕のだからね?」
「ケチ」
「そういう問題じゃないから」

 本気でムッとした顔をしている十玖に、梓は思わず吹き出した。彼が “奥さん激ラヴ” なのは、数々の武勇伝でファンすら周知の事実だ。と言うか、夫婦のファンが結構多い。
 梓はニヤニヤ笑って、十玖を煽るように美空に抱き着くと、彼は口角をへの字に下げて不満を露にした。女にまでヤキモチを妬く十玖に、梓はクスクスと笑い、そして静かに口を開いた。

「あたしにも、命を張って愛しあえる人、現れるかな…?」





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十玖と美空でちょっと遊んでしまいました (;^ω^)
本編では、まだ高校を卒業してないのに、ね

  
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