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9. ずっと一緒だよ。

ずっと一緒だよ。⑪

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ノロノロ更新で、本当に申し訳ありません (ノД`)・゜・。

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 ***


 ふと、気が付いた。
 いつだって、煩いくらい視界に入って来るのに。
 沙和が篤志と居たら、絶対と言うほど離れたりなんかしないのに。
 椥の姿が見えない。

 披露宴の途中で、急に何かが欠けてしまった心許なさを感じ、無意識に椥の姿を探していた。
 最初は、結婚するはずだった碧のことを思い出して、 “会いに行ったのかな?” くらいにしか思っていなくて、大して深く考えては居なかったのだけれど。

 ひしひしと募っていく正体の分からない喪失感に、沙和の焦りはいや増すばかりで。
 意識を集中して椥の気配を探す。けれど、この身に馴染んだ兄の存在を掴むことが出来なかった。

(お兄ちゃんが……いない?)

 まさかと不安に駆られながら、何度も兄の名を呼んだ。
 しかし、何処にも兄の存在を感じることが出来ない。
 椥がふらふらとほっつき歩いていても、 “存在する” と確信できる繋がりが沙和と椥にはいつだって有った。それがまったく感じられない。

(また? また置いて行かれた……?)

 二度と、沙和に黙って居なくなったりしないと約束したのに。
 沙和との約束は簡単に反故にできるほど、椥には軽いものだったのだろうか?

 花嫁の瞳に涙が見る見る浮かんでも、みんな沙和が感極まっているとしか思わないから、彼女にとって頓珍漢な声を掛けてくる。

(そうじゃない! そうじゃないのに……っ)

 心の中の否定を声に出したら、きっと篤志を酷く傷つけてしまう。
 この結婚を望んでいない訳ではないし、感情に振り回される程まだ冷静さを欠いてはいない。
 だけど。
 椥のことがなかったら、幸せを願って声を掛けてくれる人たちに、心から喜んで微笑んでいたはず。けど、そこまで気を配れない自分が、途轍もなく矮小に感じてしまう。
 ドレスのスカートに涙がぽたぽた落ちて浸み込んでいく。

「……沙和」

 不意に隣から声を掛けられて、がばっと顔を上げた。

「あ…あつ……おにぃちゃ……」
「うん」

 そう言って静かに頷いて、篤志は沙和の涙をそっと拭く。

「まっ、またっ!」
「…うん」
「ふ………ぇええええ」
「よしよし。もうちょっと我慢な。二人になったら、好きなだけ聞いてあげるから。な? 沙和?」

 篤志からハンカチを取り上げ、化粧が崩れるのもお構いなしに涙を拭う沙和を優しく抱き寄せて、困ったように眉を下げた篤志が背中をポンポンする。
 事情を知らない招待客に揶揄われながらも、篤志は何とも言えない笑みを浮かべるのだった。


 ***


 椥が去ってしまう少し前。彼は微かな苦みを含んだ笑みを浮かべ、篤志の隣に並んだ。招待客の余興にケラケラ笑っている沙和に視線を送り、溜息混じりに呟いた。

『とうとう沙和も篤志の嫁さんかぁ』
「何か?」

 散々邪魔してきた椥をじろりと見る。すると彼はふっと笑いを漏らし、目を細めて妹を見た後、篤志に視線を戻した。
 目が合って、篤志は息を呑んだ。

『沙和を、妹を頼むな』

 小馬鹿にしたようでも、意地悪げでもない、真摯な眼差しがそこに在った。
 やっと認めて貰えた、そんな感慨と共に篤志が大きく頷くと、途端に椥の顔が緩んでいつもの何処か飄々とした笑みが浮かぶ。その所為で “何かの罠か!?” と瞬時に考えてしまったのは、虐げられてきた年数の為せるわざだろう。
 けれど、身構えた篤志に『何もしないって』と苦笑しただけで、愛おし気に妹に目を戻して椥は言を継いだ。

『そろそろお暇しなきゃならないからさ』

 事も無げにさらりと言った椥を、信じられないものでも見る目で見てしまった。そんな篤志をまったく気にも留めず、椥の言葉が続く。

『沙和には、内緒な? 泣かれたら、ホント俺ダメだからさ』
「すぐ気が付くでしょうに」
『それでも、だよ。そして、お前の夫としての最初の仕事は、初夜ではない』
「ッ!?」
『ギャンギャン泣き喚き、俺の悪態を吐く沙和を宥めることだ』
「っ……それが狙いかっ」
『ふん。俺の置き土産にしては、生温いと思うけどな? 有難く頂戴しろ』
「嬉しくないわ」
『沙和を宥めるのはお前の力量次第だろ。……どれ。そろそろ逝くかな』

 名残惜しそうに沙和を見るくらいなら、そう言いそうになった篤志に椥が不敵な笑みを刷くと、唐突にデコピンをされて一瞬面食らった。が、直ぐに気を取り直し、掴めないと解っていながら、椥に手を伸ばしていた。
 椥の躰をすり抜け、篤志の手が空を掻く。
 椥の唇が “ば~か” と動いたのを見て、篤志の眉間に皺が寄る。

「逃げるのか?」

 篤志に負けるのを良しとしない、椥を挑発する言葉だった。
 うぬぬと睨む篤志に束の間呆気に取られた顔をし、椥は唇の片端を上げる。

『I'll be back. 首を洗って待っておけ』
「ふ……不吉な」
『精々、胆を冷やしておくんだな。戻ったら今度こそ容赦しない』
「くっ……返り討ちにしてくれるわ」
『それは楽しみだ』

 そう言って、どこまでも腹の立つ艶然とした笑みを浮かべた椥は、『またな』と直ぐにでも会えると言いたげな言葉を残し、掻き消すように姿を消してしまった。

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