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8. そーゆーわけで…ってどーゆーわけですか!?

そーゆーわけで…ってどーゆーわけですか!? ⑨

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 階下がなにやら騒がしい。とは思ったものの、わざわざ様子を窺いに行く気力なんてない。沙和はベッドに俯せ、枕に顔を埋めている。

 小一時間ほど前に美鈴からLINEが届いた。よく確認もせず、通知からメッセージを開けば、そこには久し振りに見る篤志の近況報告。
 添付された写真を見て、しばらく思考が止まった。沙和が茫然と眺め下ろしていると、不審げに画面を覗き込んだ椥が小さく舌打ちし、それで我に返った。

 いつかはこの日が来ると思っていたけど、それがこんなにも早く訪れるとは。覚悟していたけど胸が軋むようだ。
 傍らの椥が『所詮はこんなもんか』と忌々し気に呟くのを聞き、彼女の胸は一層苦しくなる。

 沙和の目はずっと同じ文面を捉えていた。画面を見つめたまま微動だに出来ないでいると、彼女の頭を椥の手が優しく撫で、複雑な心境になる。
 正直、あの時椥が『会いたくない』と代弁しなければ、と思わなくもなかった。けど、先に逃げ出したのは沙和だ。責任転嫁したって、その事実は変わらない。
 沙和が篤志を拒絶した。
 だから篤志があれから何を思い、何をしたって沙和が文句を言える筋の話ではない。

 離れた所から写したのだろう。小さくても篤志は判別できるけど、相手の顔はよく分からない。どんな表情をしているかまでは、知りようがなかった。それでも親し気に腕を組んでいる様子を見れば、言葉では言い表せられないモヤッとしたモノが、胸の中に澱を作って行き、気持ち悪くて堪らない。

(…ムカムカする……なのに目が離せないなんて)  

 “篤志はっけ~ん。もしかして彼女かな…!?” のメッセージに、今更どんな返答をすべきだろうか?
 頭を悩ませて返した言葉は “そう” の一言だけ。
 それ以上の言葉が見つからなかった。
 どうやら階下は静かになったようだ。話し声はもうしない。
 脳裡から離れてくれない写真に、沙和は涙交じりの溜息を吐いた。



 扉をノックする音がし、沙和の返事を待つことなく開かれる気配を感じるのと、椥の心が騒ついたのはほぼ同時だった。
 母だろうと、顔を枕に埋めたままでいた沙和の名を呼ぶ声に、ビクッと躰を震わせる。それは酷く懐かしく感じる程、ずっと聞きたかった声色をしていた。
 微かな足音が近付いてくる。
 すっかり油断していた。

『何の用だ?』

 気色ばんだ椥の声を聞き、確信を持った沙和は尚のこと面を上げられなくなった。
 此処にはもう来ないものだと思い込んでいたのは、沙和だけではなかったらしい。彼女の小さくか細い指が、枕の端をギュッと握って身を固くする。

(……なんで……なんで篤志ッ…!?)

 不意打ちを食らって、沙和の頭の中が軽く恐慌状態だ。
 衣擦れの音でベッドの脇に座ったのが分かると、何が何でも枕を死守するとばかりに枕を顔に引き寄せる。というか押し付けた。
 ヤバいくらい心臓の音が近く聞こえる。
 身悶えそうになった彼女を冷静に戻したのは椥だ。

『沙和の事は諦めて、早速彼女を作ったんじゃなかったのか?』
「違う。アレは、美鈴の嫌がらせだ。相手の女子の名前だって知らない」
『そんな言い訳が通用するとでも?』
「沙和、信じて」
『誰がそんな都合のいいこと信じるんだよ』
「ホントのことだ! 幽さんが信じなくても、沙和は信じて! 友達に合コンに連れてかれたけど……ぁ」

 途中まで話して篤志が不自然に口を噤むと、沙和の肩がピクッと動いた。  

『合コン? 成程。それで上手いことヤッタか?』

 食いついてきた椥の言葉に、沙和の肩が先刻よりも大きく揺れた。

「ヤルわけないだろ!」
『どうだかな。そんな自己申告ほど、怪しいもんはないだろ?』
「本当にヤッていない。俺やっぱ沙和の事好きだ! どうしたって諦めらんなかった。寝ても覚めても、いつだって沙和の事ばかり考えてたよっ。だから、だから先刻のLINEだっ……ぃててててッ! 痛いって。放せよ!」

 耳の傍で暴れている様子に、沙和はそっと顔を浮かせて盗み見る。と、椥が篤志の腕を捩じ上げている最中だった。

『誰が触っていいと許可した』
「うるさい! 幽さんには関係ないだろ。これは俺と沙和の問題だ」
『偉そうに。沙和を泣かす奴、俺は認めない』

 さも当然のように椥が言う。
 しかし。

(ここ最近で、あたしを泣かす率ナンバーワンだよね? お兄ちゃん)

 思わず顔を上げ、椥に胡乱な目を向けてしまったとしても、それは仕方のないことだろう。沙和の心情を暗黙のうちに察し、椥は “ヤブヘビ” と顔に書いて、彼女から目を逸らした。
 反対に篤志からは、真摯な眼差しを向けられることになったけど。

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