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8. そーゆーわけで…ってどーゆーわけですか!?
そーゆーわけで…ってどーゆーわけですか!? ④
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突然の結婚話にブラックアウトして、気が付いた時にはとっぷりと日が暮れていた。
真っ暗闇に薄ぼんやりと浮き上がって見える椥の姿を見つけ、戻って来たんだとこれまたぼんやり思ったのは昨夜のこと。
椥の姿を確認して、沙和はそのまま眠りに落ちてしまった。
そして気が付けば、カーテンを通した陽の柔らかな光が辺りを明るくしていて、小鳥の囀りが爽やかな朝の訪れを伝えて来る。
なのに頭が重い。躰も心なしか怠い。
倦怠感を押してのそのそ起き上がり、ぼーっとした頭でつま先の方を眺めた。
(……なんだっけ?)
何かを忘れているような気がする。
いつ寝たのかすら覚えていない。
取り敢えず椥の姿を探すが、部屋に彼の姿は見えなくて、ハッとする。昨日母に怒られて椥が飛び出したのを思い出し、咄嗟に天井を見上げて椥を呼んだものの応えはない。
言い知れない不安が押し寄せて来る。
母を詰って飛び出したきり、会えなくった兄の走って行く後ろ姿と、昨日の椥の姿が重なった。
やっと会えた兄は幽霊となって現れ、今度こそ永遠の別れになるかも知れない、そう思ったら心臓が凍り付きそうなくらい、冷やりとしたものが胸を圧迫してくる。
沙和は眉を絞って俯き、固く握った拳で胸を叩く。
どんっ、どんっ、と嘗て兄を生かし、沙和と椥を繋ぐ心臓の上を。
『お兄ちゃん…ッ!』
息を詰めて椥を呼んだ。
もう二度と沙和に黙っていなくならないと約束してくれた兄を、切実な思いで。
『どうした?』
声がして振り返ると、血相を欠いて壁を突き抜けて来た椥の姿を見つけた。
『今にも泣きそうな声出して、悪い夢でも見たか?』
「ぉ……にぃぃぃぃぃ」
『いきなり鬼とはご挨拶だな』
椥はすぅーっと沙和によって来ると、頭を撫でながら仏頂面して見せる。けど目が笑っていて、沙和はようやく安堵した。
「また、何も言ってくれないで、どっか行っちゃったのかと思ったぁ」
『大丈夫。約束したろ? もう黙っていなくならないって』
安心して緩みそうになる涙腺を必死に抑え込んでいるせいか、沙和の顔がくしゃくしゃになると、椥は目線を彼女に合わせ、両頬を優しく包み込んでそう言った。
兄の薄っすらと笑みを刷いた双眸を覗き込み、こくりと頷くと『よしよしっ』と椥が破顔する。
居なくならないで良かったと心底安堵していたら、椥の指が彼女の頬をムニッと抓んだ。
『けど何だってあんなに必死に呼んでたんだ? 俺が外フラフラしてんのなんて、今に始まったことじゃないだろ?』
「だってぇぇぇ。お母さんに打たれて、そのまま出てっちゃうからぁ」
沙和の言わんとしたことを察し、椥は妹の頭を抱き寄せる。沙和はふわりと包み込まれる感覚に小さな息を漏らすと、椥が背中をそっと撫で摩った。
『ごめん。……沙和の、トラウマになっちゃったみたいだな』
兄の腕の中で「トラウマ…?」と口中で反芻する。
『昨夜も同じこと言ってた』
「昨夜…?」
『目を覚ましたと思ったら、『黙っていなくならないでね』って泣きながらそのまま寝たから、寝惚けてたと思うんだけどな』
「記……憶にございません」
でも言われてみると、椥の姿を確認して安心した気もする。
(…や、それでも、泣きながら寝るって……そんな……)
子供の頃じゃあるまいしと否定したいけど、そうも言えない違和感が目元にある。椥がいない事にパニックになって、今まで気付かなかったけれど。
沙和の両手が椥の躰を擦り抜け、両の掌で目元を擦るとザリッとした感触がする。乾いた涙の跡をごしごし擦って、ふと自分の手を見た。
兄の躰から生えているようにしか見えない両手は、何度見てもシュールな光景だ。そして兄がもう生きてはいないんだと思い知らされる。
『沙和との約束、今度は絶対に守るからっ』
嬉しいはずなのに、そう言った兄の真摯な声に寂寞感が募っていく。
(でもね、お兄ちゃん。……死んじゃう前に、こうして欲しかったよ)
そんな事を思ったら、知らず涙が零れて来た。
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