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8. そーゆーわけで…ってどーゆーわけですか!?
そーゆーわけで…ってどーゆーわけですか!? ①
しおりを挟む“幽さん” の正体が判明してから三日後の日曜日。
午後一で美鈴と篤志が山本家に訪れた。それはもう凄い形相で。
玄関の扉を開けた瞬間、捻じ込むように入って来た二人の勢いに沙和が後退り、彼女の背後に控えていた椥に詰め寄った。
「数々のご無礼、申し訳ありませんでしたあっ!! お兄様とお呼びしても宜しいですか!?」
『え、やだ』
「本当に沙和のお兄さんなのかよっ!? 根性悪、似ても似つかないぞ!?」
『なんだと。シバクぞ‼』
玄関でそんな遣り取りしていると、そこにサッカーのユニフォームを着た隼人が二階から降りて来て、四人をしげしげ眺めると突然踵を返し「おかあさ~ん! 今日サッカー休むから連絡してぇ!」とリビングに走って行く。
(……隼人よ……君が大好きなサッカーを休むなんて即断するの、お姉ちゃん初めて見たよ?)
どんなに熱が高くたって “休む” となかなか言わない子なだけに、呆気に取られた。
美鈴と篤志が来るまでは練習に行く気満々だったのに、二人に何を感じたのやら。
半分だけ、最早この世の人ではないとは言え、本当の兄だと知った隼人がブラコンを発動するまで、そう時間は必要なかった。何しろその前から椥に懐いていたし、椥も隼人を可愛がっている。
隼人に椥を取られ、椥に隼人を取られた気がして、少しばかり複雑だ。
(あたしって、案外やきもち妬きなんだわ……)
椥と隼人が沙和をぞんざいに扱うことはないけれど、二人でコソコソ話しているのを見ると焦れてしまう。かと言って奈々美と仲良くしてたら、椥が不穏な空気を撒き散らすしで、困ったと言いつつ、ちょっと嬉しいとか思っている。
奈々美だって椥には妹みたいなものになると思うのだけど、“長年妹を奪って姉の座に就いていた女” の認識が抜けないらしく、威嚇行動が治らない。まあ、以前に比べれば、理性が働いているだけマシだとは思うけれど。
反対に奈々美は、親愛の情を篭めて『お兄ちゃん』と椥に呼びかけるのだけど、その度に火花が散って危ないから止めてと姉に懇願したら、『あたしばかり仲間外れにするのね』と泣きべそを掻いていた。
三人が何だかんだと言い合っていた傍らで、連々とそんな事を考えていたら、トレーに四人分の飲み物を乗せて現れた隼人が「部屋に行こうよ」と階段を上がって行く。
小学生の隼人の方が余程大人な振舞いである。
成人四人はバツの悪い表情を浮かべ、子供の後を悄々と付いて行くという何とも情けない姿を晒すのだった。
『まあ、そーゆーわけなんで』
唐突に椥が口にすると、篤志が「どーゆーわけだよ!?」と食って掛かる。尤もだ。
椥は眉間に深い皺を刻み、篤志を汚らわしい物でも見るように一瞥し、沙和と隼人を背後から抱き込むように座って「あ~かわいい。俺の癒し」と頭をグリグリ押し付けて来る。
その様をぱっかり口を開いて眺めていた篤志に、椥がふふんと鼻で笑った。
『俺の目の黒いうちは、絶対にお前らの手には渡さないからな?』
「てかアンタとっくに死んでるから!」
『そういうツッコミいらない。要は、おまえら二人には絶対渡さないと言ってるんだ。それくらい気付けよ』
二人を小馬鹿にした目で見て、『尤も』と篤志一人に視線を注ぐ。
『いつまで経っても、沙和の周りを小蠅のようにチョロチョロするしか脳がないお前など、取るに足らない存在だけどな』
「な…んだとぉぉぉぉお」
喉をくつくつ鳴らして笑う椥に、怒髪天を突いた篤志が膝を立てて身を乗り出してくる。それが余計に椥の笑いを誘ったようで、篤志の肩が震え出し、その隣で黙って聞いていた美鈴が「ちょっと待ってよ」と不服そうな声を上げた。
「篤志が小蠅なのは同感だけど」
「同感するなよ」
「うるさい黙って。何であたしまで一緒くたにされるの?」
日本人形のような整った面に “篤志と同類扱いは甚だ遺憾だ” と書いて、冷ややかな眼差しを椥に向ける。すると彼はやれやれと言った風に溜息を吐き、
『沙和の唇を奪った罪は、大きいよ?』
半眼になった椥に見据えられ、美鈴がぐっと言葉に詰まる。
恨めしそうに椥を睨む美鈴をしたり顔で見る兄に、沙和はふにゃっと眉を寄せ、困った顔で肩越しから見上げた。
「お兄ちゃんがソレ言っちゃう?」
『沙和はちょっと黙ってようか?』
にっこり笑った椥の手が、沙和の口を覆い隠す。と、まったく口を動かすことが出来なくなった。
掴めない椥の手を剥がそうと踠いていると、もの言いたげな隼人の視線。沙和が眉を聳やかせて言葉を促すと、がばっと抱き着いてきた。
「みっちゃんとあっくんには、沙和お姉ちゃんはあげない」
『おおっ。それでこそ我が弟!』
「てか、二人ともおかしいだろッ」
隼人を抱きしめ返し、頬擦りしながら “弟可愛い” と蕩けている沙和を篤志が睨む。何で睨まれないといけないんだと、声にならないので睨み返すと、篤志の表情がさらに不機嫌に変わった。
「この鈍感女!」
篤志が叫ぶと、椥の手が沙和から離れる。彼が蹴りの体勢に入ると同時に、篤志の口から積年の思いが吐き出された。
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