43 / 65
7. 失くしたくないから…ですか?
失くしたくないから…ですか? ⑨
しおりを挟む碧と別れ、帰宅すると真っ先にしたことは、母に憤りを打るける事だった。
椥が亡くなっていた事、そしてドナーであった事をこの先もずっと沙和に隠していく心算だったのか、それだけは確認しておきたかったから。
夕飯の支度をしている母が手を止めて、カウンター越しの沙和を凝視している。間もなくして母は震える唇から言葉を繰り出した。
「どうして…それを……?」
沙和の口から聞くとは思っていなかったのだろう。母が酷く動揺しているのを隠そうと、冷蔵庫に身を翻し背中を向ける。
「お兄ちゃんの婚約者、碧さんに聞いた」
「な……っ」
振り返った母は瞠目し、取り出した麦茶を持つ指先が白くなっていた。それを見るともなしに見、母の考えを先読みすると、溜息混じりに言葉を紡ぐ。
「彼女を責めないでね。碧さんは悪くないから。あたしが、ううん。幽さんが彼女を気にしているようだったから、後を着けたの。着いた所は小出家の墓前だった。今日、お兄ちゃんの月命日だったんでしょ?」
焦点が定まらない母の瞳を覗き込んだ。頬を僅かに引き攣らせた狼狽ぶりに、沙和が薄く微笑む。
「幽さんが、引き合わせてくれたの」
「どうして幽さんが?」
察しは付いている筈だと思う。
母から差し出された麦茶で口を潤し、沙和の部屋辺りに視線をチラリと送って、目を戻す。
「幽さんね……」
そう言って短く息を吸い込み、麦茶のグラスをカウンターに置いた。
「幽さんの正体、お兄ちゃんだったよ。記憶も取り戻した。だから下手に誤魔化したりしないで、本当のこと教えて?」
手にしていた冷水筒を調理台に置き、母は溜息を吐くと「そう」と呟いた。しばらく何事か考えていた彼女は視線を上げて、沙和を見ると薄っすらと微笑んだ。
「なぎ……あの子が、沙和を守ってくれてるの」
二階に視線をやり、沙和に戻した瞳は微かに潤んでいる。
「いずれは、言わなければと思ってたのよ? 沙和の心臓が、もう少し落ち着いたら、椥が亡くなったことは伝える心算だったの。大好きなお兄ちゃんが死んだことを隠し続けるには、無理があるものね」
沙和が兄の身を心配した時に、尽々実感したらしい。
死んでも妹を心配していた椥と沙和の繋がりを改めて知ることになり、仲の良かった兄妹を引き離した事の呵責を母が漏らした。
両親は子煩悩だった。けれど子供ために自分を殺して、偽りの夫婦でいる事は難しかったようだ。
結婚はおろか、恋愛経験がほぼないに等しい沙和が、夫婦のことに口出すことは憚れた。子供の立場からしたら、離婚などして欲しくはなかったけれど。
「椥と、こんな別れ方をするなんて……疎まれても、もっと、椥に会いに行けば良かった」
母の涙がぽたぽたと落ちる。
調理台に出来る水溜りをぼんやり見ながら、沙和は自分の胸に手を当てた。心なしか、心臓の音が早く大きくなったようだ。
(聞こえてる? ……お兄ちゃん)
母を許せるかは別として、彼女の気持ちは兄に届いている。
嬉しいような切ないような、複雑な心境に戸惑っている椥を感じて、沙和は兄の蟠りが早く溶けていくことを願った。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
罰ゲームから始まる恋
アマチュア作家
ライト文芸
ある日俺は放課後の教室に呼び出された。そこで瑠璃に告白されカップルになる。
しかしその告白には秘密があって罰ゲームだったのだ。
それ知った俺は別れようとするも今までの思い出が頭を駆け巡るように浮かび、俺は瑠璃を好きになってしまたことに気づく
そして俺は罰ゲームの期間内に惚れさせると決意する
罰ゲームで告られた男が罰ゲームで告白した女子を惚れさせるまでのラブコメディである。
ドリーム大賞12位になりました。
皆さんのおかげですありがとうございます
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる